表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔眼姫戦記 -Record of JewelEyesPrincesses War-  作者: ひろすけほー
王覇の道編
101/329

第二十九話「僻地の梟」(改訂版)

挿絵(By みてみん)

 第二十九話「僻地の(ふくろう)


 小津(おづ)赤目(あかめ)の領都であり、政治軍事の中枢であり、

 ()()(そび)える小津(おず)城は赤目(あかめ)随一の堅城であった。


 「おぉぅ!この兵士の数々……勝機が見えてきたとあって流石に赤目(あかめ)諸将も重い腰を上げ始めたと言うことか!」


 小津(おづ)城の天守にある一室からその光景を見下ろして、荒井(あらい) 又重(またしげ)は満足そうな声を上げる。


 小津(おづ)城本丸から眼下に見渡せる練兵場には、ここ数日で赤目(あかめ)領内各地から集った兵士達で(ひし)めきあっていた。


 「これだけあれば今日にでも臨海(りんかい)に占拠された各地を解放する事が出来るのではないか!?」


 緩む口元を(こら)えきれない男は室内に視線を戻すと、部屋中央に設置された軍議用テーブルに向かって嬉々とした声で問いかける。


 「確かにな……未だ征服者たる臨海(りんかい)軍の顔色を(うかが)って四十八家当主の方々は表立っては動いておらぬが、現状で見るように密かに麾下の兵をこの小津(おづ)城に集わせておるのは明白」


 荒井(あらい) 又重(またしげ)の言に、軍議用の席に座した老将、松長(まつなが) 平久(ひらひさ)が応えるが……

 ()(ちら)の男は綻んだ顔の内にも冷静で含むモノが存在する”不敵な面構え”だった。


 「…………」


 そして更にもう一人……

 先の二人に比べて年若い青年は応じずに、テーブル上の戦略地図に視線をやっていた。


 ――姓名は、宗三(むねみつ) (いち)


 黒髪を尻尾のように後ろで結わえた、スッキリした顔立ちの青年だ。


 「ふんっ」


 荒井(あらい) 又重(またしげ)は一人だけ呼応しない宗三(むねみつ) (いち)のその態度に、不機嫌に鼻を鳴らして席に着く。



 ――ここ数日で小津(おづ)城に集まった赤目(あかめ)の兵はざっと見積もって二千は下らない


 数日前、乗っ取った鍬音(くわね)城をあっさりと放棄した荒井(あらい) 又重(またしげ)松長(まつなが) 平久(ひらひさ)の二将は、その守備兵五百全てを引き連れて守りに有利な小津(おづ)城に移動して来た。


 ――小津(おづ)(あか)()領都にして現在、小津(おづ)城は(りん)(かい)を寝返った宗三(むねみつ) (いち)が押さえる城だ


 よって、二将の目論見は、防衛するにより有利な堅城、小津(おづ)に兵を集中させる為であり、また臨海(りんかい)を寝返った男を監視する為でもあろう。


 「…………」


 今正(いままさ)に、二人の眼前で無言にて戦略地図を睨む人物を……


 「やはり松長(まつなが)殿もそう思われるか?ならば早急な戦支度が必要だな……」


 荒井(あらい) 又重(またしげ)宗三(むねみつ) (いち)をひと睨みしたが、その後は無い者と無視をして老将、松長(まつなが) 平久(ひらひさ)とだけ話を進めて行く。


 「先ずは一番近い”尾鷹(おだか)城”か?それとも”小津(おづ)”を失った今、実質的に敵の本拠地足る”枝瀬(えだせ)城”か……」


 ガタンッ!


 「っ!?」


 多少浮ついた感じで事を進めようとする荒井(あらい) 又重(またしげ)の眼前のテーブルに、兵士を形取った木製の駒が無遠慮に置かれた。


 荒井(あらい) 又重(またしげ)は……


 「…………」


 ――先ずその駒を眺め


 ――次いでその駒が置かれた軍議用テーブルの赤目(あかめ)領地図を眺め……


 「……」


 ――そして最後に、その駒をこれ見よがしに自分の前に置いて、自分の高揚する気分に水を差した男を睨む!


 「……なにか?宗三(むねみつ) (いち)……殿」


 荒井(あらい) 又重(またしげ)から見て、戦場の指揮を執るには余りに年若い男……

 ()(ちら)の策とは言え、簡単に主君を裏切る恥知らず……


 ――こんな程度の若造が、(あか)()でも名の通る我ら二人と同列で軍の指揮を執るというのか!?


 自身よりも優に一回り以上年若い男の顔を睨みつけて、荒井(あらい) 又重(またしげ)は横柄な口調で問う。


 「……いや、貴公の案に一つ、二つ異議があるだけだ」


 しかし当の年若い指揮官は威嚇する猛者の眼光にも全く臆する感じも無い。


 「なんだと?」


 更にドスの利いた声と顔で、若い男の顔を睨み上げる荒井(あらい) 又重(またしげ)


 「赤目(あかめ)領内の臨海(りんかい)軍総兵数は二万数千……突発的な反乱で中央に位置するこの”小津(おづ)城”を失っても尚、領内の他の城々が包囲網を敷いて牽制し警戒状態を維持している。主不在の臨海(りんかい)軍と赤目(あかめ)諸将が様子見の現状では、()(ちら)も守りを固めるのが最も有効だ」


 宗三(むねみつ) (いち)は兵を形取った駒を自身の拠点である”小津(おづ)城”の前に置いたまま、誰に話すでも無い感じで言葉を発した。


 因みに宗三(むねみつ) (いち)が言うところの”赤目(あかめ)諸将”とは、既に臨海(りんかい)に降った赤目(あかめ)の将達の事を指している。


 このまま臨海(りんかい)軍に付き従うのか、それとも一念発起して支配権の奪還を目指すのか……

 再び揺れる赤目(あかめ)の実力者達の状況判断を見極めてからだと。


 「グダグダと理由を並べているが、実際は臆病風に吹かれたか?それとも古巣に弓を向けるのが今更怖くなったか、宗三(むねみつ)?」


 そんな宗三(むねみつ) (いち)の態度を、恐れて目も合わせられないと勘違いした荒井(あらい) 又重(またしげ)は、トコトン挑発的な眼で見下してくる。


 ――裏切り者風情が何を偉そうに(いっ)(ぱし)の講釈を……


 荒井(あらい) 又重(またしげ)の眼光には、そういう解りやすい侮蔑が浮かんでいた。


 「……戦の道理を説いたまでだ。赤目(あかめ)攻略戦での勝利の連鎖で臨海(りんかい)軍の士気は高い、この反乱で現在(いま)は多少混乱してはいるが、戦の初戦を落としでもすれば相手は勢いに乗って”小津(おづ)”を一呑みに平らげようと猛攻撃に転ずるだろう、そして信頼を失った我ら小津(おづ)勢力の大半が味方の離反と戦死により地上から消え去る事になる」


 だが、宗三(むねみつ) (いち)は凄む相手に平然と淡々と反論する。


 「臨海(りんかい)兵二万といってもそれは我が赤目(あかめ)を吸収した上での数だろうがっ!!我らが奮戦すれば必ず()(ちら)に帰順するわっ!」


 「()(ちら)が負ければそれは逆になる」


 「ぬっ!か、勝てばよいのだ!!臆病者め、屁理屈を並べるだけの臨海(りんかい)の若造めっ!」


 口論で全く歯がたたない荒井(あらい) 又重(またしげ)は思わず立ち上がって唾を撒き散らすが、それに対して宗三(むねみつ) (いち)は終始冷静そのものだった。


 「…………」


 普段と変わらぬ表情で座したまま、普段と変わらぬ表情で自身を見下ろす猛々しい武将を見上げている。


 「ぬぅぅっ!!」


 一度は敗戦し、支配された臨海(りんかい)からの独立。


 その為には目前の男……


 つまり、臨海(りんかい)軍の重臣で、君主である鈴原 最嘉(さいか)の従兄弟にして側近中の側近。


 臨海(りんかい)では誰もが知る、鈴原 最嘉(さいか)の右腕……


 ――この反乱成功には、あらゆる意味で宗三(むねみつ) (いち)の寝返りは無くてはならない!


 臨海(りんかい)軍の各支配地の地盤を揺るがし、その機に乗じるためには……


 荒井(あらい) 又重(またしげ)もそれを勿論理解しているだろう。


 だがそれでも……


 「ぐっぬぅぅ!!」


 荒井(あらい) 又重(またしげ)宗三(むねみつ) (いち)を心中で裏切り者と侮蔑していた。


 息子ほど年が違う若造が!と軽んじていた。


 「戦の”いろは”も知らぬ若造が……!」


 赤ら顔で睨み付ける赤目(あかめ)の猛将、荒井(あらい) 又重(またしげ)の顔にはそういう葛藤が在り在りと浮かんでいたのだった。


 「そうか、なら、やりたければやればいい。だが、斥候からの情報だと直前に迫っている臨海(りんかい)軍は一千ほどで……”久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)”の部隊らしいが」


 「っ!!」


 一転して”しれっ”とそう言う(いち)に、荒井(あらい) 又重(またしげ)のつり上がった眉毛がピクリと反応していた。


 「く、久井瀬(くいぜ)……雪白(ゆきしろ)……あの”殲滅(せんめつ)将軍”……」


 ――閃光の如き光の剣で(ことごと)くを斬り伏せるという、元南阿(なんあ)の将軍”純白の連なる刃(ホーリーブレイド)


 ――”那原(なばる)城”を二日で陥落させ、赤目(あかめ)が誇る暗殺部隊を只一人で(ほふ)った臨海(りんかい)の”終の天使(ヴァイス・ヴァルキル)


 「う、うぬぅぅ……」


 勇ましく立ち上がったままの男の無骨な顔面を、一筋の汗がゆっくりと流れ落ちた。


 ――


 「そう、角を突き合わす事もあるまい……宗三(むねみつ)殿も……我らは、ほんの数日前まで敵味方であったが今は志を同じくする同胞(はらから)、お互いもう少し言葉を選ばれよ」


 暫らくその様子を見守っていた老将が、慌てる様子も無く仲裁に入る。


 特徴的な刀傷が眉間に刻まれた痩せぽっちの老将だ。


 「……」


 「ぬ、平久(ひらひさ)殿がそう言われるなら……」


 宗三(むねみつ) (いち)はその人物に油断無い視線を向け、荒井(あらい) 又重(またしげ)は渋々、内心はホッとしているであろう顔で頷いた。


 ――赤目(あかめ)領内でも梟雄(きょゆう)と呼ばれし松長(まつなが) 平久(ひらひさ)


 赤目(あかめ)主家、四十八家のひとつである多羅尾(たらお) 光俊(みつとし)が配下の将にして、一筋縄でいかない曲者は、どこか歪んだ笑みを浮かべていた。


 「とはいえ、攻めて来るとなれば対応は必要だろうて……又重(またしげ)殿、貴殿は三千ばかりの兵を率いて臨海(りんかい)軍、久井瀬(くいぜ) 雪白(ゆきしろ)を迎撃されよ」


 「う……むっ!いや……(それがし)はもう……」


 兵数は三千対千……

 しかし、荒井(あらい) 又重(またしげ)は微妙な顔でそれを提案した松長(まつなが) 平久(ひらひさ)を見る。


 「ふはっ!大丈夫だて、兵力は三倍であるし、城から後方支援も行う……そうそう、三千の兵の内、一千は宗三(むねみつ)殿の軍を借りるが異論はあるか?」


 そして続けて老将は”しれっ”とそう言ってのける。


 「…………いや、無い」


 チラリと二人に視線を向けられた青年はそう答えた。


 この場合、当然、宗三(むねみつ) (いち)としてはこう答えざるを得ないだろう。


 臨海(りんかい)を見限った心に、自身が二心が無いと証明するにはそうするしかない。


 「(ちょう)(じょう)(ちょう)(じょう)……では、我らはこれにて戦の準備があるので失礼する……さ、又重(またしげ)殿」


 ”してやったり”と言わんばかりの顔で、ニヤリと(いち)を見た老将は同僚を促す。


 「お……応っ!」


 さっさと仕切る松長(まつなが) 平久(ひらひさ)に、少し呆然としていた荒井(あらい) 又重(またしげ)も後に続いて退室した。


 ――

 ―



 「ど、どういうことだっ!松長(まつなが)殿!!」


 「いや、そのままであるが?」


 「ぬ、ぬぅぅ!!」


 部屋を出たところで直ぐに老将へと食ってかかる荒井(あらい) 又重(またしげ)だったが、即座にそう返され男は蹈鞴(たたら)を踏む。


 「お主?まさかとは思うが……杉谷(すぎや) 善十坊(ぜんじゅうぼう)の元にこの人ありと云われし猛将、荒井(あらい) 又重(またしげ)ともあろう御仁が臆病風に……」


 「な、なにを!?……ははっ、いや、腕が鳴るのぉ!ワハハッ!」


 「…………」


 明らかに図星を突かれた男は、それを下手な誤魔化し笑いでやり過ごす。


 「し、しかし松長(まつなが)殿……何故あの臨海(りんかい)者の兵を我が隊の編成に?これでは動き難いと……」


 そして、どう見ても誤魔化し切れていない状況の中、荒井(あらい) 又重(またしげ)は改めて別の質問をしていた。


 「うむ……この”小津(おづ)”に集結せし兵力は今のところ合わせて五千余……内、この城を抑えていたあの宗三(むねみつ) (いち)の軍は二千……ここは奴の手元に(まと)まった兵を置かせず分散させるのが吉じゃろう?」


 老将、松長(まつなが) 平久(ひらひさ)は、まぁ良いとばかりに頷くと、男の疑問にそう答えた。


 「なるほど……(それがし)が奴の兵を半数連れて行けば城に残る元臨海(りんかい)軍兵士は千……集った赤目(あかめ)の兵の内、残るのも千、迂闊な事は出来ぬ……未然に裏切りを防ぐためか」


 荒井(あらい) 又重(またしげ)は納得してウンウンと何度も頷いた。


 「()()にも……とはいえ、(わざ)(わざ)()(こく)を裏切り赤目(あかめ)に寝返っておいて、さらに今度は我らから寝返るとはとても思えんがな」


 松長(まつなが) 平久(ひらひさ)は本心でそう考える。


 ――それでは己に危険ばかりが増すだけで益が全く無い


 ――(おの)が一国の主足る利を求めるとはいえ、危険(リスク)が大きすぎる


 赤目(あかめ)梟雄(きょゆう)と称される松長(まつなが) 平久(ひらひさ)の価値観は、一貫して利益と危険の天秤……

 ”それ”に終始していた。


 「どちらにしろ、元は()(まいま)しき臨海(りんかい)兵共。(せい)(ぜい)、前戦でこき使い、同士討ちさせてやれば良い」


 そして松長(まつなが) 平久(ひらひさ)は歪んだ笑みを浮かべる。


 「ふふ、なるほど……我が赤目(あかめ)の兵を消耗する必要は無いと。それもそうだな」


 荒井(あらい) 又重(またしげ)は完全に納得いったとばかりに大口を開けて笑い、老将に同調していた。


 「……」


 ――なんとも(ぎょ)しやすい、単純な男だ……


 ――だが武勇はある


 老将は内心ほくそ笑む。


 それは、自分たちに利用される元臨海(りんかい)軍の宗三(むねみつ) (いち)(あざ)(わら)ってか、


 それとも、”駒”の如く使われていることに気づかない目の前の男に対してか……


 「ははははっ!しかし平久(ひらひさ)殿は相変わらずの切れ者よなぁ!ははははっ!」


 「ふはははっ!又重(またしげ)殿こそ、後顧の憂いは無い故、存分に武勇を振るわれよ、ふはははっ!!」


 ――潰し合えぃ!元臨海(りんかい)兵も!赤目(あかめ)の残党共も!ふははぁ!ふはははぁぁ!!


 そして、松長(まつなが) 平久(ひらひさ)は内心笑いが止まらない。


 (あか)()での独立国主という立場を餌に、宗三(むねみつ) (いち)なる敵将を(たばか)って……


 未だ故国の再興をなどという、愚かな夢を見る赤目(あかめ)諸将を煽動する事に成功して……


 「ふはははははぁぁぁぁ」


 自分以外、全てを出し抜いて老将は笑いが止まらない。


 ――この地を征するのは”四十八家”等という過去の遺物では無い


 ――無論、臨海(りんかい)軍や、その裏切り者なんぞという()()(もの)でも無い


 ――赤目(あかめ)を新たに手に入れるのはこの儂だっ!!


 ――松長(まつなが) 平久(ひらひさ)なのだぁっ!!



 赤目(あかめ)きっての梟雄(きょゆう)松長(まつなが) 平久(ひらひさ)の野望の黒き翼は――


 本州中央で”(あかつき)”全土を揺るがす大国同士の動乱が勃発する渦中にあって……


 独立小国群、赤目(あかめ)領土内という僻地も僻地にて、大きく羽ばたいたのであった。


 第二十九話「僻地の(ふくろう)」END

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ