第57話エニウェトク環礁沖海戦
ようやくここまできました
何名の艦隊第1ラウンドもう直ぐ終わります
また、次章絵のつなぎの話はちびちび、投稿していきます
九七式艦攻によって放たれた、凶悪な魚雷20本余りが海面に明確に白い航跡を引きながら、空母「コンスティチューション」へ、死の宣告をするかのように迫り寄ってくる。
だが、3万6千トン余り物排水量を持つ「コンスティチューション」の舵は、恨めしいほどすぐには効いてくれない。
むしろ自ら、魚雷に対し横っ腹を向けようとしているようにも思えてしまうが、そんなことはない。
体躯が大きすぎるために、十分な大きさを持った舵をもってしても、なかなか聞いてくれないだけなのだ。
「まだか!」
航海長が思わずそう叫ぶ。
このままでは、「コンスティチューション」むざむざ敵の魚雷網の中に突っ込んでいくだけに、なってしまうだろう。
だが、ここであきらめるわけにはいかない。
「落ち着け、まだ距離はある」
艦長は、冷静にそういった。
だが、そんな艦長の額にも、うっすらと汗がにじんでいる。
気温が高いためにかいた汗なのか、冷や汗なのかは、判然としなかった。
艦長のことだから、暑いからで片づけてしまうだろう。
だが、それは紛れもない冷や汗であり、老練な艦長としても、自らの艦に迫る脅威を否定できないのだ。
確かに、「コンスティチューション」の舵の効きはあまりよくないようだった。
おそらく、航海のうちに艦艇に、貝などの付着物があり、無駄な抵抗となってしまっているのだろう。
もしくは、乗員の私物や、大目に積み込んだ食料が、負荷となっているのではないか?
何が真相なのかはわからなかったが、敵の攻撃機の放った、魚雷という名の狩人は、自爆することもなく、刻一刻と迫ってきていた。
おそらく、躱すことは難しいだろう、誰もがそう思ったが、そのころになって、ようやく舵が聞き始めた。
最初は少しだけ、僅かに左に艦首を振ってから、一気に右に回り始めた。
速度を出していることもあってか、その効きはそこそこスムーズだった。
艦首の内側で打ち砕かれた白波が、舷側を打ちたたく。
艦の右舷の海面が、回頭に合わせて激しく波打つ。
艦の揺れも心なしか増大したように思えた。
乗員は、その光景を艦橋で、最上甲板で、飛行甲板で、スポンソンで、艦首甲板で、艦尾甲板で、見守っていた。
艦橋から一切の雑音が、消えたように思えた。
ついに艦首が、敵魚雷の立てる白波と平行になったころには、魚雷との距離は400ほどにいなっていた。
敵機が到来したのが、1500ほどだったから、ずいぶんと距離を縮められていた。
「舵もどせ!」
艦長は、周囲の対空砲火の、音響に負けないような大音声で命じた。
「舵戻します!」
航海長はそう答えると、全力で舵輪を回し、舵を中央に戻す。
そちらの動作に対する反応もやや鈍いように感じられるが、それ以上回りすぎることなく「コンスティチューション」は、艦尾で泡立つ白く太い航跡を、円のそれから真っすぐのそれ絵と戻した。
程なく、「敵魚雷、100!」の報告が入る。
ぎりぎり、魚雷の航跡と正対させることができたが、何本かの魚雷はそれでも横っ腹を食い破ろうと、葉の字を上になぞるように迫ってきていたし、艦首を真正面から、食い破ろうとする魚雷も、みることができた。
いくら完璧をきそうとしても、敵の精度いや狙いによって、それはそらせられたようだった。
確かに、ほとんどの魚雷は、明後日の方向を向いているように見えたが、そのうちの何本かが、「コンスティチューション」の息吹を消そうと迫ってくる。
今でも、4機のタービンが唸りをあげながらスクリューを高速回転させて、「コンスティチューション」の巨躯を30ノットの高速で起動させているが、それがかえって、艦首への被雷があったとしたら、被害を増加させる要因のように思えた。
それは単純な話であって、直進しているがために、艦首には真正面からの水圧がかかっているが、被雷氏大穴が開けば、普段艦首が受けている、抵抗がさえぎられることなく艦内へと流れ込むのだ。
「総員衝撃に備えろ!}
敵の魚雷の航跡が、さらに接近したのを見て、艦長が艦内放送で、そう下令した。
そして、魚雷が引く白い航跡が、飛行甲板に隠されて見えなくなる瞬間がやってきた。
その瞬間、艦長は来るべき時が来たか、そう思った。
そして、やり過ごしたかと、誰かがそう言おうとした瞬間、「コンスティチューション」を天地がひっくり返したのではないかと、乗員たちに思わせるほどの衝撃が、襲い掛かった。
さらにそれとほとんど同時のタイミングで、艦内灯の電源が落ちたのか一瞬艦橋内が暗くなり、数瞬後真っ赤な血のような色の非常灯がともった。
そして、艦橋には一挙に被害報告が届いた。
「艦首に被雷、被害甚大浸水拡大中!}
「左舷前部に被雷、進水あり」
「右舷後部に被雷、第四タービン停止!}
特に最後の報告が、痛かった。
だが、艦が沈むような損害ではない。
これが初めから空母として設計されていたのならば、致命傷になっていたのかもしれないが、この艦はもとは巡洋戦艦の艦体を改装した艦である。
その防御力は戦艦としては脆弱だったが、空母としては十分であったし、水雷防御もそこそこ宇よかった。
「微速まで速力落とせ」
艦長は、流れ来る報告を、一度聞き流すようにして、そう艦内放送用のマイクに対し怒鳴った。
その命令は即座に機関科に届き、罐圧が下げられ、タービンに送り込まれる蒸気の量も一気に減らされた。
それによって、「コンスティチューション」は、先の魚雷でくらったのと同等レベルの、急減速を行った。
だが、この判断が大きく功を通しただろう。
なぜなら減速を行ったことにより、艦首隔壁にかかる水圧が減少したからだ。
「傾斜、左右に対してはほぼありませんが、前方へ傾斜あり」
「第四タービン室に進水、閉鎖します」
「了解、逃げ遅れるものがいないようにしろ」
「了解です」
「後部中排水区画に注水、水平を保て!」
艦首側に被雷したために、「コンスティチューション」の巨躯はつんのめるように前方に傾いていた。
もしこのまま前進したとするならば、潜水艦のように潜水してしまうのではないか、甲板に立っているものにそう思わせるほどだった。
とはいえ、感覚と実際の傾斜角度は異なる。
実際にはそこまでの傾斜ではない。
すでにダメコン班によって、「コンスティチューション」を救うための処置は始まっている。
「隔壁を補強しろ」
「角材早く持ってこい」
「区画閉鎖は終わったか?」
「第四タービン室、閉鎖完了」
「艦首からです、浸水止まりません!」
ダメコンの指示をとることになっている副長が、「応援をよこす、持ちこたえろ!」とげきを飛ばす。
そして、艦首側では区画を閉鎖するため、防水扉が次々に閉められていた。
少しでも浸水があったような区画は即座に閉鎖され、全く水気のないところまで、乗員は後退していた、
「ここで止まれ!」
現場のリーダー格だろう男がそう全員に聞こえるよう、大音声で叫ぶ。
「訓練の成果を見せるぞ!
水密扉は閉まってるか?」
「ばっちりです!」
「いいか、ここを食い破られたら終わりだと思え!」
「イエッサー!」
その叫びがこだました頃から、角材による隔壁補強が開始される。
すでに停止に近い状況に艦があるため、前進に伴う水圧の上昇はなかったが、今は浸水によって起こされた重量増による艦首の沈下によって、水圧が上がろうとしていた。
だが、大分余裕を見て後退してきたことと、通行した通路の水密扉をすべて閉じてきたため、爆発的な浸水の増加は避けられそうだった。
「第四タービン室が使えないか…」
そう機関長はつぶやいた。
起きてしまったことは仕方ないが、修理に時間がかかることは確実だった。
浸水の度合いによれば、タービン自体へのダメージも考慮しなければならないだろう。
とはいえ、横方向への浸水はさほど大きくはないから、致命的なまでの浸水にはならないだろうと艦長は読んでいた。
それに海戦が終われば、舷側から穴をふさぐことも出きるだろう。
「敵機は去ったようだな…」
「レキシントン」が被雷し戦場離脱を余儀なくされたために旗艦変更を行い、今はもう片方の巡洋戦艦すなわち、「サラトガ」に身を寄せているフレッチャー中将はそうつぶやいた。
すでに、攻撃隊が敵空母2に打撃を与えたことは無電で分かっていた。
隻数からくる、機数の差から考えれば善戦したほうだろう。
フレッチャー中将はそう考えていた。
だがそれにしても、こちらの損害もばかにできないことは確かだった。
これ以上進撃したところで大した意味がないのは、簡単にわかることだった。
敵艦隊の戦艦は、1隻も傷つけることができなかったからだ。
これで4対1である。
到底勝ち目がないということは、よほどのバカでない限りは、分かることだった。
だが、彼らにひくことは許されない。
彼らの放った攻撃隊がまだ帰投していないからだ。
また、「コンスティチューション」も隔壁の補強が終われば何とか18ノットほど出せそうだとの報告が入っていたから、むざむざとどめを刺されないためにも、護衛をしっかりやる必要があった。
早く攻撃隊が帰投しないか、彼らの心配はそれだった。
すでに、太平洋の水平線まで何もない雄大な大空は夕焼けに染まりつつあった。
それが、すべてを飲み込む漆黒の闇夜に変わるまでそう時間はかからなそうだと思えた。
艦隊は現在、「コンスティチューション」に合わせるような形で遊弋していた。
本当は、先に帰投の途に就いた「レキシントン」や「インディアナポリス」のように、「コンスティチューション」に数隻の護衛艦艇を付けて先に帰投させるのもよかったが、それでは残った「コンスティレーション」のみで攻撃隊を収容しきれるか、分からなかったことまた傾斜が少なく収容だけならできそうであったからである。
そのため、「コンスティチューション」では突貫工事が行われていた。
すでに、浸水した区画からの排水作業もだいぶ進んでいた。
鬼のいない間の洗濯といったところか。
幸いにも、飛行甲板に被害がなかったことが良かった。
もしあれば、穴をふさぐのが間に合ったか微妙なところだっただろう。
「結局、敵艦を沈めることもできなかったがこちらにも沈没艦艇はなかったか…」
フレッチャー中将は、そう喜べばいいのか悲しめばいいのか微妙な感情がこもった声音で言った。
彼の悔しさがにじみ出ているようであった。
「麾下の艦艇に命令、攻撃隊を収容次第撤退する。
通信長頼んだぞ」
フレッチャーは、疲れ切った表情のままそう伝えた。
「もちろん暗号文でだ。
無線でいい、傍受されたところで攻撃される恐れはないだろう」
彼はそう加えた。
断言しきれないとも思えたが、敵にも相応の損害を与えている。
更なる隠し玉がない限り、大丈夫だろう。
やがて、夜の帳がやってきそうなころ、「サラトガ」に備え付けられている対空レーダーが、機影を補足した。
「敵味方不明機発見」
そうレーダー室は伝えてきたが、それが帰投してきた味方機であることは明らかだった。
もう漆黒に包まれようとしている海上を迷わず、飛行できるとは思えなかったし、いくらなんでも遅すぎるというのが理由だった。
その報告を聞いたとき、フレッチャーの双眸に安堵のそれがあったように見えた。
「機影視認!」
その報告が、外郭を護る駆逐艦よりもたらされた。
だが、光量が少ないことやまだ距離があるため双眼鏡を使っても判別はできないようだった。
だが程なくして、
「接近する機は見方機と認む」
と上空警戒に当たっていた数基のワイルドキャットのうちの1機が、報告を送ってきた。
やはり味方機であったという安堵と、敵機でなくてよかったという、安堵の気持ちが重なった。
司令部のみなも、朝からほとんど途切れることなく続いた、エニウェトク環礁をめぐる海空戦に伴い雪崩れるように届いた、戦闘報告に一喜一憂し疲弊しきっていたのだ。
戦勝報告ならともかく、入ってくる報告のほとんどが敗北を告げるものばかりと来れば、気分が高揚数はずもなかった。
フレッチャーを始める幕僚は、常に敗北の報告にいやおうなしに付き合わされたのだ。
その心労たるや、相当なものがあったろう。
彼らはようやくそれらから解放されるのだ。
それが敵空母に損害を与えてきたとなればなおさらだった。
このころには、「コンスティチューション」の修理もだいぶ進んでおり、何とか20ノットならば出せるまでになっていた。
「見えました!」
見張り員が、疲労の声に喜びの声をブレンドしたように言った。
「攻撃隊収容開始!」
その命令が、力強く伝えられ、2隻の空母は風上に艦首を立てた。
それが終われば、漸く帰投できる。
彼らの長い一日が終わりを告げるのだ。
第57話完




