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南溟の艦隊  作者: 飛龍 信濃
トラック沖海戦 エニウェトク環礁沖海戦
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第56話エニウェトク環礁沖海戦

どうもです ストックあと2話ですが2日ごと投稿で第1章完結させます

早期完結のため、この話だけ2万字文量がありますが、どうか最後まで読んでください

巡洋戦艦「天城」の放った高角砲弾は、1斉射当たり、16発。

それが4秒ごとに高空に打ち出される。

間に伝わる衝撃は大きく無いものの、連続して射撃を敢行するため、その射撃音は相当なものがあった。

甲板上では、大声で叫ばなければ、上手く声が通らないほどだった。

そして、ドーントレスの進路上が、真っ黒に染まっていく。

その黒煙の密度は、重巡の放つそれの倍以上のものがあった。

当たり前だろう。

重巡の倍の砲門を1隻の集中的に、搭載しているのだ。

2隻が離れて撃つのと、1隻の中で密集した状態で撃つので比べれば、差は歴然だった。

相当な勢いで、上空を多量の黒煙が包んでいる。

もちろん、9隻の重巡も射撃を続けている。

また敵機を射程距離に収めたためだろう、4隻の秋月型駆逐艦も、その駆逐艦としては大柄な体躯に詰め込んだ、8門の長10センチ高角砲を3〜4秒の間隔で打ち出していく。

その為上空における弾幕密度は、幾何級数的に増加していった。

ドーントレスの上下左右で高角砲弾が炸裂し、その断片が艦隊を襲う不躾者を撃墜せんと、宙を舞う。

その為、少しずつだがドーントレスは、花の葉が落ちていくように落とされるようになっていった。

日本海軍の対空体制は、アメリカ海軍のそれに比べれば、劣っているのも否めないが、ここでは数が戦場を支配した。

正確には、勘数だろうか。

射撃にあたれた。

それは高空を飛行ぢてるが為に、高角砲の死角に何ずらかったのだ。

確かに。、敵機が通過した反対側の高角砲は射角の関係上射撃不能になっていたが、すべての砲門を封じられた艦は無かった。

9隻の重巡は最低でも4門の高角砲を、天空に向け放ち続けていた。

また、戦艦列の前方に位置する「霧島」「比叡」の2隻も片舷3基の高角砲を仰角最大にして、連続して砲弾を吐き出している。

敵機は、「高雄」「愛宕」「翔鶴」「瑞鶴」の4空母をしつこく狙うつもりのらしく、まだ急降下に移る機体は無かった。

その為2軍に分かれた各20機ほどの編隊は、すでに15機ほどになっていた。

だが敵機を撃墜できるとはいえ、敵機が落ちるのは散発的である。

敵機は編隊を崩しつつも進撃を諦めるそぶりを見せない。

一方その頃、散々零戦にうち減らされたデバステーターも高度をさげ、攻撃態勢に入りつつあった。

狙ったかどうかはわからないが、雷爆同時攻撃に近い形になった。

だが、最外郭を守る艦隊型駆逐艦32隻の艨艟たちの目は、低空にも向いていた。

いや高角砲を搭載していない時点で、機銃によって迎撃可能であり、最も驚異の高い、雷撃機を狙う他無かったとも言えるのでは無いか。

「打ち方始め!」

その号令が、どれかの駆逐艦の艦内を駆け巡り、機銃を発射し始めた瞬間、輪形陣右舷側に指向可能な19隻の駆逐艦の各3連装3基単装12基の25ミリ機銃が射撃を開始する。

それは数を減らしたデバステーターにとっては、地獄でしか無かった。

確かに残存18機を左右に分割せず右側一辺倒で突入してきたのは、数が特に物を言う航空戦という戦場では間違ってはいなかっただろう。

だがそれは必然として、回避される確率の上昇否、回避しやすくなるだけだった。

それに幾ら1隻あたりの搭載数が少ないとはいえ、19隻228門もの機銃が、僅か18機のデバステーターに向けられたのだ。

確かに、左舷側は向けられないかもしれないが、最終的にはそのような計算になるだろう。

1機につき平均で12〜13門もの25ミリ機銃が向けられた計算になるし、中央付近は、外側が薄くなるのも構わず集中したはずだから、下手したら20門を超える25ミリ機銃が向けられたのではないか。

それはただでさえ鈍足のデバステーターにとって、墓場いや、鉄の暴風と言えた。

確かに後年アメリカ海軍輪形陣は、その堅陣を誇るようになるが、その時の日本海軍攻撃隊が食らったそれ以上の攻撃をデバステーターは、この戦場では食らったのだ。

なんせ駆逐艦を越えれば、さらに重巡1隻頭10門の機銃が向けられる。

しかし、巡洋戦艦「天城」「赤城」「霧島」「比叡」の4隻は、機銃を満足には、デバステーターに向けることができなかった。

ちょうどその頃になって、ドーントレス30機あまりが、左右から空母を挟み込むように、急降下を開始したからである。

「目標、直上急降下!」

機銃指揮官の号令が、迷いなく響き渡る。

その命令を受け取った機銃座は、即座に仰角をあげつつ、旋回に移る。

直後、「天城」の両舷が今までに増して、真っ赤に燃え盛るように染まった。

3連装、単装合わせて80門もの25ミリ機銃が射撃を開始したのだ。

25ミリ機銃が放つ火線は、すべてが、ドーントレスを狙ったものだった。

それは、空母にとって、飛行甲板を失うのは、浸水するのと同程度に致命的な事象であるからだ。

戦艦ならば主砲が生きてる限り、幾ら甲板に穴を開けられようが、戦闘力を失わないが、航空機を発艦させる飛行甲板を潰されると同時に、空母は戦闘力を喪失する。

ドーントレスに向け、高角砲、機銃の弾丸が放たれる。

天空が、高角砲弾が炸裂した黒煙で汚され、断片や機銃弾が海面を騒がせる。

ドーントレスは、左右8方から無作為に急降下をかけ始める。

激しく曳光弾が、天空を駆け上る。

ドーントレスの搭乗員には、突如艦が火を吹いたように見えたのでは、無いだろうか。

それほどの、放火だった。

たちまち何条もの曳光弾に、絡め取られ胴体を切り裂かれるドーントレスが現出する。

幾ら装甲が厚いと言っても、鉄壁では無い。

操縦系統がやられたか、搭乗員がやられたのかは分からないが、その機体は火を拭かないまま海面に落下した。

輪形陣中央に占位する4隻の空母も、自助努力を怠らず、持てる対空砲を撃ち放つ。

「高雄」「愛宕」「翔鶴」「瑞鶴」、それぞれから、多数の火線が飛行甲板両側から放たれる。

多数の薬莢が、25ミリ機銃から排出され、スポンソンを転がる。

「高雄」「愛宕」は12.7センチ高角砲を6基12門、25ミリ3連装機銃18基、単装10基を搭載し、「翔鶴」「瑞鶴」は、12.7センチ高角砲8基16門25ミリ3連装機銃20基単装機銃20基を搭載する。

それらが、一斉に火を吹いたのだ。

 南海の蒼空へと、細い曳光弾の火箭が吹き伸び、銃口か放たれた黒い火薬の煙が、ドーントレスの視界を汚す。

 艦隊上空が、人工的な煙で覆われていく。

 だが、星のマークを付けたドーントレスは、それにおののいた様子を見せない。

 むしろそれに向かっているようにも、「天城」からは見えた。

 30ノットほどの高速で波を切り切り裂きながら、高角砲やら機銃から西洋の騎士のように火箭をやりのように突き出す光景は、壮観なものだったが、いかんせんその迫力とは裏腹に、火箭の照準はあまりよくはなかった。

 近藤信竹中将も、艦隊戦にならば、絶対の自信を持っているが、航空戦、特に防空戦ともなると自信を持つことはできなかった。

艦隊戦ならば、日露戦役等経験があり、確実なことが言えたし、まさに先ごろ、砲戦部隊である、第一艦隊が、仮想敵としてきた、米太平洋艦隊戦艦部隊を打ち破ったばかりであった。

 確かに、航空戦でも先ごろ、「飛龍」「蒼龍」で構成される、第二航空戦隊が凱歌を上げていたが、それとて、に交戦自体は、敵の攻撃を食らってはいない。

 敵は防空用のF4Fのみを搭載していたのである。

 そのため、攻撃隊にもそれなりの損害が出たようだった。

 今更感というか余談で話をまたいだわけでもないが、現在は航空戦のため第一航空艦隊世呼ばれるこの部隊は、敵艦隊からの空襲をもろに受けていた。

 おそらく、これが敵航空部隊による空襲を帝国海軍の歴史の中で初めて受けた、そういうことにでもなるのだろう。

 否、世界初の機動部隊同士によるけっせんとでも呼ばれることになるのかもしれないが、それは現状の時間列では関係のない、未来のことだろう。

 そう、余計な話とでも呼べるであろう物が、一応終わったころ、満を持してドーントレス隊が左右から挟み込むように、急降下を開始した。

 帝国海軍が現在所持していない種類の航空機である。

 だが開発自体は進められている。

 いや、先代が九七式艦攻の増産のため、採用されなかった、いやこれも理由の一つであろうが、そういうわけで、空母には零戦と九七式艦攻が積まれていたのだ。

 これも余談の類に入ってしまうのはかくじつだろう。

 4空母は敵がいよいよばう劇体制に入ったのを見据え、即座に回避行動に入った。

 いや、舵を取ったが正しいか。

 どの道、早すぎても敵に体勢を立て直す時間を与えるだけだろうし、何より急降下いてくる鉄器の下側に潜り込むのがこの場合一番効率的なのだ。

 いや可能性が高いというべきだろう。

 「面舵いっぱい、速力32ノット!用意」

 航空母艦「高雄」の艦橋でそう吠えたのは、ほかならぬ長谷川喜一艦長である。

 その命令は、艦長が発令というと同時に実行に移される。

 おおよそ艦橋内の人間には二通りのパターンが見て取れた。

 一つは、やられないだろうと、余裕綽々とも取れる態度をとっているもの。

 もう一つが、逆にそれから恐れおののき、体が硬直してしまっているものである。

 どちらがいいといえば、悠然たる態度を見せつけている、前者であろう。

 敵機の打擲が間もなく始まろうとしているためか、これまれにも増して、12.7センチ高角砲や、25ミリ機銃が、狂ったように火炎を吐き出す。

 特に25ミリ機銃から吐き出される曳痕が、狂ったように弾幕を張る。

 艦上にいる兵や、射撃を行っている当人たちは、興奮しているためか、それが効果絶大だと信じ込んでいるのか、悲壮感を漂わせている。いや迫りくる命運に向けて、心を決めているのは、ほとんどが、古参兵であるように艦橋からは見えた。

 さすがに遠くから軽く見渡しただけなので、絶対そうだと言い切る自信はほかの数名同様なかったが、傾向として間違っているとは思えないようにも思える。

 いや実際そうなのかもしれないし、違うかもしれないが、精子のやり取りをおこなうこの場では。矮小な考えだとも思えた。

 そんなことを考えている間に、どこかから歓声が聞こえてきた。

 少し耳を傾けるとそれは、艦首側から聞こえてくるようだった。

 おそらく25ミリ機銃が、敵機を落としたのであろう、

 だが敵機のダイブレーキガ打ち鳴らす騒音が途切れたわけではなく、むしろ距離が接近してきている分大きくなってきてるようだった。


 攻撃を行っているドーントレス隊としても楽な戦ではなかった。

 想像を超えた対空砲火に襲われたためだった。

 敵の対空砲火に慣れてくると、それが見た目が派手なだけで、実害はそう大きくないと、聡い者は、気づいているようだったが、大体においては、その迫力に翻弄されるもののほうが多かった。

 そのため戦闘意欲を削られ、早々に投弾してしまう機が目立った。

 特に高い機体では、高度1000メートルほどで、投下してしまう場合もあった。

 「しっかりしろ!」

 ベテラン搭乗員たちは、そう無線を通じて檄を飛ばすが、一度こびりついた恐怖心は、そう消えるものではないし、ベテランも含めて、実践はこれが初めてというのだから、仕方ないのかもしれなかった。

 それでもベテランの操る何機かのドーントレスが、高度500まで急降下を敢行し、低高度で投弾する。

 急降下に入る前の機体からは、敵戦闘機や、対空砲火によって散々なぶられ、数を減らされながらも、全身を続ける、デバステーターの影がかろうじて見ることができた。

 できれば、彼らを痛撃している敵艦に急降下爆撃を仕掛けたいところだが、敵空母の飛行甲板をつぶすのを優先せよと命令されていたため、彼らは、当初の目標である航空母艦を標的に置き続けていた。

 急降下を敢行する機体もあれば、進撃を続ける機体もある。

 彼らは貪欲にも、敵空母4隻すべての飛行甲板を打擲し、使用不能にしようとたくらんでいたのである。

 「コンスティレーション」「コンスティチューション」2隻の空母から飛び立ったデバステーターは、40機そのうち何機が食われたかはわからないが、まだ半分は残っているだろう。

 そうだとしても、1隻の敵艦当たり、5機のデバステーターが爆撃を行える計算になる。

 

 「敵機直情急降下!」

 見張り員の怒号が一番早く艦に響いたのは、旗艦空母「高雄」だった。

 確かに対空砲火はどの艦でも、狂ったように打ち出されていたが、明確に目標となったのは、「高雄」が一番最初だった。

 「発令!」

 長谷川艦長が、そう叫ぶと同時に舵輪が右に回される。

 敵機は右方向から逆落としに襲い掛かってきた。

 それは艦長の読み通りであった。

 だが、260メートルほどの、巨体はすぐには回頭を始めない。

 早く舵を切れたのはいいが、回避が間に合うかは、まだわからない。

 「高雄」艦首は、これまでと変わらず、波を切り続けている。

 まだ回頭は始まらない。

 「まだ回らないか!」

 誰かがそう叫んだ。

 相当な大声であったが、音が散乱している状況では、誰が言ったのかだれも分からなかった。

 すべての砲門が火を噴き敵機を邀撃するが、当たらない。

 敵機はダイブレーキの騒音をまき散らしながら、「高雄」に迫ってくる。

 対空砲火のほとんどが、その1機に向けられた。

 艦上からでは、曳光弾の曳痕や高角砲団の炸裂炎で敵機がまともに見えないありさまだった。

 だが運が悪いのか、狙いが甘いのか、弾道特性が悪いのか、敵機に当たりそうというところで、絶妙にそれてしまう。

 時折至近弾が炸裂し、敵機の挙動がぶれたように見えた。

 だが敵機が致命傷を受けたようには見えなかった。

 甲板横のスポンソンにて待機する上院の間に絶望の色が見えたころだった。

 艦首が右に回り始めた。

 長い時間をかけ、ようやくその巨体に舵の効力が発揮され始めたのだ。

 それからは早かった。

 一気に艦が回頭し、遠心力によって、艦が左に傾斜する。


 「なに!」

  デバステーターのコックピットで、照準装置をにらんでいた彼は、思わずそう叫んでいた。

 あと少しで爆撃できる、その位置まで来たところで、敵艦が自機の内側に入るような形で回頭したのだ。

 体勢を立て直すには、高度が低すぎた。

 「くそっ!」

 彼はそう呪わしげな声を吐き出しながら、命中しないことを確信しながら、腹に抱いた1200ポンド爆弾を重力に任せて投下する。

「敵機投弾!」

 見張り員の悲鳴がこだまするが、艦橋から見る限り当たらな相だった。

 この場合砲弾が斜めに見える場合は、当たらず、真円に近く見える場合は、自艦に向かっていることを示す。 

 今回は、回頭のタイミングが良かったこともあり、弾体の横側が見えていた。

 「無駄弾だな」

 長谷川艦長があざ笑うように言った。

 その爆弾は彼の言通りに、蒼海の海に着弾しむなしく水柱を立てて終わった。

 「後続がうまくやってくれることを祈るしかないか」

 彼はそう言いながら、機体を低空にて離脱させる。

 対空砲火は、現実的な脅威である未投弾のドーントレスや、投雷前のデバステーターを狙っているようで、曳光弾はほとんど吹き伸びてこなかった。

 敵は投弾済みの敵機には興味を示さず、脅威度の高い敵を優先して狙っているようだった。

 それは、賢明な判断だといえるだろう。

 対空砲弾も無限にあるわけではないのだ。

 敵機の攻撃を邀撃するため以外に、無駄弾を吐くべきではないだろう。

 

 2番手で急降下を仕掛けてきた、敵機は回頭後に急降下を始めただけあって、体制の立て直しに成功していた。

 だが、「天城」や「赤城」「霧島」「比叡」そして直掩艦である「秋月」が激しい砲火を浴びせる。

 特に、至近に占位していただけあって、「天城」「秋月」の砲火が全力で浴びせかけられた。

 一気に弾幕密度が増した。

 100門を超える25ミリ機銃が1機のドーントレスに向けられたのだ。無事に済む可能性は、対空射撃がよっぽど的外れな向きに放たれるか、機体の装甲がよっぽど厚いかでない限りありえないだろう。

 そして案の定、その時はやってきた。

 曳光弾がデバステーターに吸い込まれたかに見えた瞬間、両の主翼が、はじけ飛んだのだ。

 その瞬間敵機は揚力を失い、重力に任せてエンジンや爆弾の重みによって加速されながら、落下するだけの物体に変わった。

 空中に落下傘が開かないところから見て、コックピットにも直撃弾が出たのだろう。

 おそらく搭乗員には、やられたと思う暇もなかっただろう。

 だが敵機はひるまず、「高雄」に襲い掛かってくる。

 その執拗さはまるで「高雄」を親の仇とでも見ているようだった。

 2機目が撃墜されたのを見届けたかのように、3機目4機目が左右から「高雄」を挟撃せんと図ったかのように襲い掛かってくる。

 それに対しても再び、対空射撃の猛火が襲い掛かる。

「高雄」から放たれる橙色の火弾が敵機を覆い尽くしたかの世に見えるが、直前で後落しているのか、着弾角度が浅く、装甲にはじかれているのかは、判然としなかった。

 「総員対衝撃体勢とれ!」

 長谷川艦長の怒号が、艦内放送を通じて響き渡る。

 だが対空砲火は、打ち上げ続けている。

 だがその弾幕が敵機を絡める瞬間は。無情にも訪れなかった。

 「敵機投弾!」

 その見張り員からの、報告が入った時から艦橋、いや艦全体の時間のながれがゆっくりになったように感じられた。

 見張り員の目には、投弾された、黒い爆弾が「高雄」に吸い込まれるように迫りくるのが、嫌なくらいはっきり見えたのではないだろうか。

 「躱せ!」

 神仏にすがるような、悲鳴が艦橋のどこかから上がる。

 だがその願いが、八百万の神に受け入れられることはなかった。そんな彼の願いをよそにその物体は、「高雄」飛行甲板左前方に着弾した。

 激しい衝撃が、「高雄」全艦を揺るがした。

 それは、関東大震災を思わせる激震であった。

 いくらしけていたとしても、ここまでは揺るがされないのではないかと思えるほどだった。

 だが、左中央部に設けられた、艦橋には更なる被害が襲い掛かっていた。

 いやいうならば、惨劇とでもいえばいいだろう。

 敵の投下した爆弾は、第1層格納庫で炸裂していた。

 そのため第二層目の被害が、直下に限られ、第二エレベーターより工法は健在だったことは、僥倖といえるのではなかろうか。

 だが、第一層にて炸裂した敵弾は、木製の柔らかな飛行甲板をえぐり、弾き飛ばし衝撃波を周囲に発散した。 

 それによって、大小の木片や、針として使用されていた、鉄鋼材が360度全周に、渡りまき散らされた。

 それは、日本空母は全周格納庫を採用しているため、逃げ場を亡くした衝撃波が、直上に集中的に放たれた結果であった。

 そのため、まき散らされた、様々な破片の一部が、質量や速度によって、破壊力を持った状態で、艦橋を襲ったのだ。

 だが、幸いにも艦首脳部や司令部の人員から死者は出なかった。

 なぜか、着弾の衝撃に備え伏せていたこと、そしてそこそこの距離が開いていたため、被害が艦橋上部に集中したからであった。

 運が悪ければ、艦隊司令部が、全滅していたとしてもおかしくなかったのである。

 だがその代償として、艦橋上部に設置されていた電波探信儀や、方位測定用アンテナが破壊されてしまった。

 特に電探が破壊されたのは大きく、「高雄」の索敵範囲を一気に前時代的なものにしてしまった。

 また、飛行甲板全部が大きく破壊されたため、零戦以外の艦載機の発艦が不能になってしまった。

 だが着艦はできるため、空母としての能力は、3分の2ほど残されていた。

 確かに雷戦合同の攻撃隊を放つことはできなくなったが、他空母から放たれた攻撃隊の直掩任務なら、十分に務まる。

 それが「高雄」にとって救いだったろう。

 「高雄」の食らった損害は、これが最後となった。

最後の1機は、熾烈な弾幕を潜り抜けることに成功したものの、爆弾の投下高度がやや高く、左舷側の海面に、水柱を高々と吹き上げただけで終わった。

 結果「高雄」は、浸水することもなく、最少の損害でこの空襲を切り抜けたのだ。

 デバステーター隊は、「高雄」には襲来しなかったのだ。

そのころには他の空母「愛宕」「翔鶴」「瑞鶴」にも敵機が、襲い掛かっていた。

 「敵機直上急降下!」

 「雷撃機、接近!」

 二つの報告が、ほとんど同時に、航空母艦、「翔鶴」艦橋に上げられた。

雷撃機の報告は、左舷側からだった。

 「「高雄」被弾!」

 その報告が、舞い込んだのもそれらとほとんど同時だった。

 「損害報告」

「翔鶴」艦長、有馬正文大佐が、ほとんど同時に、命令を下し返していた。

 「飛行甲板に被弾した模様!」

 即座に、見張り員が報告を返してくる。

 飛行甲板に被弾し、黒煙に包まれている「高雄」の姿は、「翔鶴」の艦橋からでも嫌なくらい、はっきりと見ることができた。 

 その姿は満身創痍といった趣を醸し出していたが、実際黒煙が覆っているのは、艦上部だけであった。

 実際、損傷の激しいのは、飛行甲板だけであり格納甲板より下は、損傷をほとんどこうむっていなかった。

 だがそこまでを、「翔鶴」から見渡すことは無理な話だった。

だが、僚艦の被弾にかまているほど、「翔鶴」が暇な状態かといえば、全く違いまさに今から敵機の集中攻撃を食らおうとしていた。

 そして、「翔鶴」のみが、デバステーターの洗礼を浴びることになるのだ。

 なぜか、日本側の激しい迎撃によって機数を半数、いや三分の一近くにまで、うち減らされたデバステーター隊に複数の敵をたたけるだけの余力を持っていなかったのだ。

 だがその代わり15機ほどのデバステーターが「翔鶴」1隻を狙うという、「翔鶴」としてはたいへんついていない状況になっていた。

 当然のごとく、艦の四方に配置された、護衛艦や、自艦の舷側に設置された機銃、高角砲が、不躾なる敵機を撃墜せんと火を噴くが、ドーントレス及びデバステーターに対して、砲火が分散してしまったために、弾幕の密度が下がってしまい、敵機の侵入を比較的容易に許す事態になってしまった。

 確かにされるがままにされたわけではないのだが、撃墜率は大幅に下がってしまっていた。

 「取り舵いっぱい!」

 有馬艦長が、「翔鶴」の長大な艦体を雷撃機の放つ魚雷と並行にすべく、命令を下す。

 一見すると、魚雷に対し、自ら当たりに行くかのように見えるが、正面が一番相対面積を小さくできるし、一番のかなめである、スクリューをやられる危険も小さくすることができるのだ。

 そのため、あえて魚雷に対し艦首を向けるのだ。

 ドーントレスの風を切る音が、急激に大きくなっていく。だが編隊の先頭を行く機に高角砲弾が至近距離で炸裂した。

 その瞬間、敵機の進路がぶれたように見えた。

 さらに25ミリ機銃の曳光弾が、突き刺さったよう見えた。 だが、「翔鶴」の巨躯を前に舵はすぐには効かない。

 制動、がかかるまでしばらくの時間が必要だった。

「翔鶴」は直進を続ける。

 急降下で接近する、ドーントレスが、低空を重い魚雷を腹に抱き低速で接近するデバステーターが、直進から行動を移さない「翔鶴」をあざ笑うように、急激に接近する。

 艦橋では、有馬艦長の歯ぎしりする音が聞こえた気がした。


 その瞬間は、その直後に来た。

 敵機の主翼が砕け散り、錐もみを始めたのだ。さらに垂直尾翼にも命中弾が出たらしく、空中をのたうち回っていた。

 また「翔鶴」から見ることはできなかったが、高角砲弾は手始めにキャノピーを粉砕しており、落下サンが開くことはなかった。

 「やった!」

 今度は、左舷側から歓声が巻き起こった。 

 「翔鶴」を護る直衛艦がが集中した、火箭に、鈍足のデバステーターがからめとられ、南海の波頭に、もろに突っ込んだのだ。

だが残る敵機は、突撃をやめようとはしない。むしろ味方をやられた怒りからか、より低空に機位を変え、「翔鶴」に襲い掛かる。

 だが、頭に血が上っていたからだろう、機位を下げすぎた1機があえなく波頭に突っ込んだ。

 「てええええ!」

 機銃指揮官が、叫び声をあげ、部下を督促する。旋回手と射撃手が息を合わせ照準を付ける。

 すでに対空射撃が始まってからも、時間がたっているため25ミリ機銃の周囲には、薬莢がまき散らされており、歩くのも苦労しそうだった。

 その乱雑としている空間で、給弾手が弾薬箱に駈け寄り、弾倉を運んでくる。

 彼は素早く、打ち尽くした弾倉を取り外し交換する。

 その間も機銃自体は、弾丸を吐き出し続けている。

 といっても、3連装機銃のうち、1門だけだ。

 なぜか、それは3門同時に射撃を行うと、銃弾を同時に打ち尽くしてしまい、対空砲砲火に穴が開いてしまうからだ。

 そのため、1門が射撃、1門が待機、1門が給弾するといったサイクルで射撃を行うのだ。

 確かに、弾幕自体は薄くなってしまうが、それよりも、弾幕を途切れさせないことのほうが重要と考えられたのだ。

 だがその1機だけだ砲火を放っているわけではない。

 「翔鶴」だけでなく、直衛艦も対空砲火を激しく打ち上げている。

 その中を、低空を低速で飛翔する、デバステーターが突破するのは、難しいように思われた。

 だが敵機はほとんど落ちない。

 絶妙に隙間を縫ってきているのか、そもそも射撃の精度が甘いのか、どちらにせよ当たらないことには意味はない。

 「そろそろだな」

 有馬艦長のつぶやきと共に、「翔鶴」が左に向け、回頭を始めた。

 ようやく、巨躯に対して十分な制動力を発揮したのである。 

 それからは早かった。「翔鶴」の巨体が遠心力によって右に傾き、航跡は左回りの円尾を描き始める。

 30ノットを軽く超える高速力で、「翔鶴」が旋回する。

 艦首が激しく白波を切り裂き、艦首甲板を大波が洗う。

 その飛沫の一部は、飛行甲板の高みにさえ到達した。

 南海の蒼海を疾走する「翔鶴」に対し、大洋は容赦なくローリングやピッチングを浴びせかける。

 だが、3万トンもの質量を持つ「翔鶴」は、大自然の試練をいともたやすく打ち破る。

 艦首が大波に突っ込み、しばし波頭に隠されるが、伝わってくる衝撃はそう大きなものではない。

 だが、大自然の試練はたやすく打ち破った「翔鶴」に対し、人工の脅威が2方向から襲いかかってくる。 「敵機直上!」

 その叫びが響き渡るとともに敵機の腹から、黒い輝きを持った弾体が放たれる。

 ひゅーんと、甲高い音を立てながら、それは「翔鶴」を撃沈すべく迫ってくる。

 まるで意思を持っているかのようであったが、初弾は右舷側の海面に着弾した。

 だが、炸裂した敵弾によって激しく水柱が巻き上げられる。

 その飛沫が、艦橋上部に設置されたレーダーを襲い、太陽の下で輝かせる。

 遠くから見たら、幻想的な光景であるが、当人たちにとっては、そんな感傷を抱く暇はない。

 ほとんど間をおかずして、2発目が、今度は艦の行く手をふさぐように艦首前方で炸裂する。

 そのため発生した水柱に、艦首が直撃し柱を突き崩すように突進する。そのため飛行甲板に大量の海水が襲い掛かった。

 それが、木甲板にたまった汚れを洗い流したようにも思えた。

 だが次の3発目は、「翔鶴」に直撃した。

 激しい振動が「翔鶴」を襲い、乗員に対し天地がひっくり返ったかと思わせるほどの衝撃を与える。

 被弾個所は、飛行甲板前縁だった。

 その個所は被弾の衝撃によって、激しくまくれ、 木甲板が黒く焦げていた。

 だが被害はそれだけでなかった。

 飛行甲板を突き抜けた敵弾は、艦首甲板に至りそこで炸裂したのだ。

 その衝撃で、左舷側アンカーはキャプスタンを破壊され、格納位置から脱落し、南海に消えていった。

 続く3発目も直撃弾となって、「翔鶴」を襲った。

 次は、飛行甲板後部だった、

 後部エレベーター付近で炸裂した敵弾によって、大穴が飛行甲板に開けられ、さらに右舷側の着艦誘導灯が破壊された。

 当然付近の着艦制動索も切断されていた。

そして、火柱が天高く舞い上がった。

 格納庫にあった、燃料に誘爆したのだ。

 その瞬間、「翔鶴」は立て続けに激震に見舞われた。

 さらに4発目も投弾されたが、今度は外れた。

 だが、飛行甲板には火がつき、甲板を焼いていた。

 それが、急降下爆撃でくらった損害の最後だった。

 だあが敵機の攻撃はこれで終わりというわけではなかった。

 「敵機投雷!」

 ドーントレスの攻撃で見張りが手薄になっていた、舷側から接近した、デバステーターがついに魚雷を放ったのだ。

 その数4本。

 「翔鶴」はいまだに旋回を続けていた。

 旋回を続ける「翔鶴」の横っ腹めがけて白い航跡が伸びてくる。

 だが、「翔鶴」も白い航跡と艦を平行にせんと艦首を振り回す。

 遠くから見ると火の手の上がった艦が、白波を切り裂きながら、魚雷に介錯されに近づいているかのようにも見ることができた。

 だがとうの「翔鶴」では、生き残るため最善の判断から、この行動をとっていたし、死ぬ気もなかった。

 時間の流れが、極度の緊張からスローモーなものに変化し、乗員の心臓の鼓動を早めさせる。

 それは、投雷という大仕事を終え、命中するかを見守るデバステーターの上院も同じだろう。

 カチカチ、そう艦橋では普段は轟音に紛れて聞こえない時計の音が変に大きく聞こえた。

 「魚雷抜けます!」

 その報告が、入った。

 翔鶴から見て最も左側に投下された魚雷が、艦の左舷を抜けていったのだ。

 これで残る魚雷は、3本。

 避けきれるのではないか、そんな考えが芽生えたころだった。

 「魚雷きます!」

 そんな悲鳴に包まれた衝撃がもたらされた。

 「総員耐衝撃体勢取れ!」

 艦長がそう叫んだのとほぼ時を同じくして、今までにない衝撃が、「翔鶴」の巨躯を揺るがし、有馬艦長を壁にたたきつけた。

 艦首左舷側についに「翔鶴」が被雷したのだった。

 白く太い水柱が、一気に天空へと吹き伸び、それに呼応するように被雷か所から浸水が、始まる。

 幸い艦首には、爆薬など危険物は存在しなかったため誘爆は起こさなかったものの、鋭く波を切り裂いていたために、浸水が一気に進んでしまった。

 だが、「翔鶴」も黙ってみていたわけではない。

「ダメコン班向え!」

 有馬艦長の指示のもとに、副長の管轄である応急班(通称ダメコン班)が即座に動き出す。

 さえらに手空き乗員も向う。

 現場に到着するなりまず、防水処理が始められ、同時に排水処理も行われる。

 また姿勢を水平に保つための注水も行われる。

 「速力微速!」

 浸水を最小限で抑えるため、減速指示が下され、エンジンテレグラフに反映さえる。 

 それと同時に、スクリューに伝えられる力が小さくなっていく。

 それと同時に、艦首が切り裂く波が小さくなっていく。

 それに伴い、浸水した隔壁にかかる圧力が、多少なりとも減少する。

 だからと言って、「翔鶴」が傾斜していないわけでなく、左舷側に傾いた状態で、会場で立ち往生しているように見えた。

 そもそも装甲の薄い空母であり、空母として高速力を出すため細長い艦型を持った「翔鶴」が傾斜しないわけがなかった。

 これが戦艦ならば、話が変わるのだろうが、あいにく、空母である「翔鶴」にはできない相談だった。

 「翔鶴」が立ち往生したことによって、陣形に乱れができてしまっていたが、それほど大きなものではなかった。

 

 「排水ポンプ起動します」

 その声とともに、排水ポンプが起動しホースに海水が吸い込まれる。

 「消火いそげ!」

 一方飛行甲板では、消火ホースを持った兵員たちが、一斉に消火液を飛行甲板撒いていた。

 すでに格納庫で起こった火災に対しては、泡沫式消火装置が作動しており、すでに鎮火していた。

 だが飛行甲板の火災のほうは、木甲板であることもあり、いまだ鎮火には至っていなかった。

 そもそも、前後部2か所で火災が発生したために、消火装置の数が足りなくなっていたのだ。

 だが幸いにも、艦内へ延焼することはなさそうだった。

 また、対空火器に対する打撃も少なく、いまだに曳光弾を吐き出し続けている。

 

 「瓦礫どかすの急げ!」

 そんな叫びが、被弾個所近くで、巻き起こる。

 敵弾の炸裂によって兵員が、倒壊した備品の下敷きになっているのだ。あまり大きいようにまみえないが、重量があり、彼一人でどかすことができないようだった。

 「きたか」

 仲間が駆け付けたのを見て、彼は一時ほっとしたような表情をした。

 「どうしたらいい?」

 駆け付けた3人のうち、一番の古参兵であろう、一人が言った。

 「奴が下敷きになっちまった。

 奴の上に載っている、あれをどかすのを手伝ってくれ」

 彼はそう言いながら、通路の先を指さした。

「いくぞ!」

 駆け付けたうちの一人がそう言うと、4人は全力でがれきを持ち上げにかかる。

 だがそれはよっぽど重いのか、全く動く気配を見せない。

 「あの棒を使うぞ!」

 彼が指さした先には、角材が置かれていた。

 「よし!」

 4人はすぐさま角材を確保しにかかる。

 だが、艦が波で動揺するため、思うように歩けない。

 だが、何とか取り付くと、引きずるようにして、瓦礫のもとに運ぶ。

 死して瓦礫の下に、角材を差し込み、「せーの!」の掛け声とともに一気に押し下げる。

 「くっ!」

 だが瓦礫は動かない。

 しばらく、力を入れては緩めるの繰り返しが続いた。

 何回かそれを繰り返すと、引っ掛かりがとれたのか、角材から伝わってくる感触が変わった。

 「押し切るぞ!」

 その声と同時に、4人が総出で、渾身の力を振り絞り角材を押す。

 「よしっ!」

 誰かがそう、確信を持ったように言った。

 その核心は間違っていなかった。次の瞬間わずかだが、瓦礫が浮き上がったのだ。

 これ幸いと一人が角材から離れ、下敷きになっていた彼を引きずり出す。

 「医務室絵運ぶぞ!」

 「担架はあるか?」

 「ない、おぶっていくしかない」

 結局4人で、手足を1本づつもって運ぶことになった。

 だが負傷者は彼だけでなく、医務室では軍医や看護兵がせわしなく動き回っていた。

 ほとんどの負傷者が彼よりも重体のように見えた。

 「しっかりしろ」

 看護兵が今にもこと切れそうな負傷者に声をかけるが、素人から見ても彼はもうだめだろうと思えた。

 だが、もう助からないだろうというものは意外と少なく、何とか手術すれば助かるのではないかと思えるものも多かった。

 彼らはそんなものから先に治療をするだろうから、彼に順番が回ってくるのはあしばらく先になるだろう。

 いくらなんでも4人で場所をとることもないだろうし、彼らも持ち場に戻らなければならなかった。一瞬戦闘が終わったかのようにも思えるが、途切れずことなく聞こえる砲火の喧騒から、いまだに船上から離れたわけではないと思い知らされる。

 「いくぞ」

 古参兵の彼がそう言って2人を連れて、持ち場に戻っていく。

 「ありがとうございました」

 彼はそう言って見送ることしかできなかった。

 「火事は鎮火したか?」

 有馬艦長はそう副長に聞いた。

 「はい、格納庫の火災につきましては、改装行為の際に新設した、泡沫式消火装置の働きによって、鎮火しましたが、飛行甲板についてはまだ鎮火していません」

 「鎮火したら、航空機運用能力は戻ると思うか?」

 「それは難しいでしょう。

 確かに、飛行甲板前部への被弾だけならなんかなったかもしれませんが、後部エレベーター付近にも大穴をあけられてます。

 場合によっては、着艦制動索だけでなく巻き取りドラムまで行かれてる可能性もあります。

 なので、発艦着艦ともに難しいと思われます」

 「そうか・・・

 浸水のほうはどうだ?

 傾斜も収まってきているようだが」

 「はい。

 浸水のほうは、何とか拡大を防ぐことに成功したようです。

 ですが場所が場所だけに巡航速度以上を出すと、隔壁が圧迫され、耐えきれなくなって破られてしまう危険もあります」

 「どのみち、ダメだったか」

 有馬艦長はそう悔しげにつぶやいた。

 彼としては、こんな中途半端な時に戦列を離れざる得ないことは断腸の思いだったろうが、すでに艦隊は、「翔鶴」を取り残す形で戦闘を続けていた。

 「翔鶴」には第三十一駆逐隊に属する「夕雲」「巻雲」の2隻が護衛として残されていた。

 すでに艦隊司令部から、「艦の保全に全力を尽くせ」との命令が届いていた。

 「やりきれなさは残るが、本艦はトラックへ帰投する」

 艦長はそう、艦内放送で、命令を伝えた。


 そのころには、艦隊に対する空襲も終結していた。

 結局被害を受けたのは、「高雄」「翔鶴」だけであり、戦線離脱を余儀なくされたのは、「翔鶴」ただ1隻であった。

 「空襲が終わったか」

 「高雄」に座上する南雲一航艦司令長官は、そう安どの息を吐いた。

 「ですがまだすべての戦闘が終わったわけではありません」

 参謀長草鹿龍之介少将は、そう戒めるように言った。

 彼のいうところの終わったわけではないというのは、第二次攻撃隊のことである。

 おそらくこれが最後の戦闘になるだろう。

 「わかっているよ。

 だが問題はどこまで戦果を挙げられるかだ。

 敵はまだ十分な隻数を残している。

 第二次といっても、どこまで拡大できるか、わからないではないか」

「確かにそうですが……」

 草鹿少将がそう言いかけたころだった。

 「トツレ受信しました!}

 そう電信員が先びながら、扉をたたきもせずに入室してきた。

 「きたか」

 南雲長官は、それだけ言った。

 

 「突撃開始!」

 その命令が、攻撃隊隊長島崎中佐から下されると同時に、第二次攻撃隊計84機が、攻撃態勢に入る。

 まだ敵機による迎撃はなかった。

 だがないはずがない、油断は禁物だった。

 すでに敵機の機影も見えていた。まだ攻撃隊に仕掛けてこないのは、ぎりぎりまで引き付ける気なのか、九七式艦攻に攻撃を集中するためか、わからなかったが、油断できるはずがなかった。

 だが敵機の数は、10機ほどと思われた。

 第一次攻撃隊の面々が、うち減らしたのだろう。

 それに対し、第二次攻撃隊には、48機の零戦が直掩のため存在していた。

 戦力差は、すでに圧倒的だった。

しかし、これで安泰とは言い切れなかった。

 第一次攻撃隊の時もそうだったが、雷撃機のみの攻撃のため対空砲火が集中しやすく戦闘機ではなく、対空砲火によって、撃墜される率が高いのだ。

 「やはり、第一次の連中が大した戦果を挙げられなかったのは事実のようだな」

 島崎中佐は、眼下に広がるアメリカ太平洋艦隊合同機動部隊の威容を見やり、そうつぶやいた。

 それもそのはずだろう、結局第一次で落後したのは、4隻だけであり護衛としてさらに4隻引いていたとしても、まだ40隻ほど残っているのだ。

 それはもう十分大艦隊と呼べる規模であるし、そもそも十分な軍事力を持たない小国ならば、叩き潰せるだけの戦力である。

 これだけの戦力をそろえるのは、世界三大海軍国でもないと難しいだろう。

 それほどの規模の艦隊同士が激突しているのだ。

 どちらかのワンサイドゲームにはなりえないだろう。 

 今はまさにそう言う状態だった。

 バランスの取れた、合同機動部隊による空襲を受けた、第一航空艦隊、第二艦隊は空母2隻に損害を受け、機数は多いが艦攻に偏った編成の攻撃を受けた合同機動部隊は戦艦1重巡2駆逐艦1に損害を受けた。

 現状被害はトントンとみるべきだろう。

 すでにどちらも矢を放ち終わっている状況であるため、空母の損害も追撃するかしないかの判断の分かれ目ぐらいでしかなく、今の戦況を大きく変えるほどではない。

 「やはり、数が多い分余力もあるのだろうか・・・」

 島崎中佐はそうつぶやいた。

 ほかにこの状況を言い表せる言葉が見つからなかったからかもしれないが、そうとしか思えなかった。

 確かに敵機の数は少ないようだったが敵艦が減っていないのでは大した救いにはならない。

 すでに零戦隊の半数は前方に進出し敵機と接触せんところまで進出していた。

 だが、半数といっても敵機の倍はいる。

 敵機による攻撃を艦攻隊は考えなくてもよさそうだった。

 九七式艦攻36機の編隊は、敵艦隊を片側から押し流すように突撃していた。

 それは、機数が十分でないため挟み撃ちを狙ったとしても十分な戦果を期待できなかったからだ。

 ならば一方から確実に1隻の敵空母を打ち取る。

 それが一番の良策に思われた。

 すでに艦攻隊は3機小隊ごとに分かれ、各々の進路で、突撃を敢行しようとしている。

 突撃高度は20メートルから50メートルの間である、

 10メートルほどの超低空飛行ではないため、プロペラを波頭に突っ込ませてしまい墜落してしまうということは起こらないだろう。

 ほどなくして、敵艦隊の輪形陣を構成する、幾多の艦が火箭を吐き出し始める。

 第一次攻撃隊を襲ったのと同様の、濃密な対空砲火である。

 まずは、グリーブス級駆逐艦による、5インチ両用砲と20ミリ機銃の洗礼だ。

 防御のないに等しい機体を一撃で粉砕する威力を秘めた、40ミリ機銃は、まだ搭載されていない。

 だが、20ミリといっても、装甲のない九七式艦攻にとっては、十分すぎる威力がある。

 先んじて零戦隊が、機銃群を掃討すべく、突入していったが、効果は薄かったようだ。

 目の前から、豪雨のような密度で曳光弾が、吹き伸びてくる。

 高度はそこまで低くないが、距離がまだあり、密度もそこそこなため、撃墜される機はまだ出ていない。

 だが、それは偶然であるということは、あれの目にも明らかだった。

 偶然でないというのならば、第一次攻撃隊がほとんど被害を与えられなかった理由がわからなくなってしまうからだ。

 九七式艦攻は、最大速力の378キロで突撃しているため、敵艦との距離があっという間に詰まる。

 そして距離が詰まっていくのに従って、対空砲火が強烈になってくる。

 徐々に照準があってきているような感じを、操縦桿を握る操縦員は皆一様に、感じていただろう。

 風防の直上を機銃弾が過ぎ去って、激しく震える。

 また、左翼の上側で、両用砲弾が炸裂し、搭乗員たちの肝を冷やす。

 そしてついに、被撃墜機が出た。

 その気は、曳光弾が吸い込まれたように見えた直後、両用砲弾が図ったかのように炸裂し、一瞬で空中分解を起こしていた。

 だが彼らに仲間の死を弔う暇は与えられなかった。

 自らの意志で、敵艦隊に接近している以上、その運命から逃れようとしたとしても手遅れだった。

 むしろ味方を、惑わしいらない被害を増やしただけだったかもしれない。

 どの道、幸運の女神は、そこまで微笑んではくれなかった。

 そして、駆逐艦による、防衛線を突破したころには、全部で4機余りが敵の凶弾に倒れ水面にジュラルミンの機体を横たえていた。

 だが、まだ32機は残っている。

 だがその見立ては甘かっただろう。

 その直後から、次の防衛線を構成する巡洋艦、とりわけ重巡から後方の駆逐艦どもと挟み撃ちするかのように、猛火が浴びせかけらけられたのだ。

 その中には、当たり所と車種によっては、戦車すらも屠れる威力を持った、ボフォース社製の40ミリ機関砲から放たれた、それも交じっていた。

 即座にその効力射は出た。

 まさに、敵に幸運の女神もしくは、戦場の神がついたかのようだった。

 その1機にこれまでよりも太い曳光が吸い込まれたのを、何機かが視認した直後だった。

 右翼の付け根で、大爆発が起こったのだ。

 おそらく炸裂弾の引き起こした、爆発が、機体の破壊だけにとどまらず、燃料タンクに引火し盛大な爆発を起こしたのだろうと思われた。

 まるで打ち上げ花火のように空中に花を咲かせる羽目になったその機は、まだギリギリ原形を保っているように見えたが、さらに追い打ちをかけるように、連続して大小の機銃弾が命中しぼろ布のように、姿を変え3翅のプロペラを止める暇もなく、日航に照り輝く群青色の海面に落下していった。

 敵艦では、喝采が起こっていたことだろう。

 だが、第二次攻撃隊に対する試練はまだ序の口だった。

 敵機をおとして、士気が上がったからか、対空砲火の照準が正確になってきたように思われた。

 だが、残る30機ほどの艦攻は、そこまで小隊の形を崩してはいなかった。

 確かに、芥子のみが抜けたように、三角のうちのどれかの辺が欠けているのはあっても、体形が崩れてしまっているのは、目に入ってこなかった。

 むしろ仲間がやられたことに奮起し、敵艦を沈めようと硬い意思をより強くし、なにが何でも攻撃を食らわせてやろうと考えているようでもあった。

 だが主力艦への攻撃を防がんとする、敵艦隊の砲火は、巡洋艦群の上空を通過するころからさらに苛烈さを増してきた。

 そのころから、艦隊に残った唯一の巡洋戦艦である「サラトガ」による対空砲火が放たれ始めたのだ。

 すでに、「レキシントン」は戦場から離脱していたから、巡戦が守っているのは輪形陣片側だけであった。

 攻撃隊は、攻撃を急ぐあまり不幸にも巡戦の残存する側に飛び込んでしまったのだ。

 「打ち方始め」

 そう、艦長が命じると同時に「サラトガ」の右舷側が激しく明滅した。

 その瞬間、「サラトガ」から放たれたのは、5インチ両用砲弾10発、40ミリ機関砲弾20発、20ミリ機銃弾20発であった。

 それは一瞬のことであって、まさに大量の銃砲弾が第二次攻撃隊をせき止めるように、殺到した。

 さらに、後方からは巡洋艦群までが射撃を敢行してくる。

 それは海上のキルゾーンとも呼べるものだった。

 一気に濃密さを増した弾幕によって、相次いで4機もの艦攻が撃墜された。

 1機は、それこそ一瞬のうちに、40ミリ機銃弾の弾幕にからめとられ、跡形もなく、撃墜されてしまった。

 それだけではない。 

 もう1機は、前後から20ミリ機銃の細い火箭にとらえられて、機体をやすりで削るかのように少しづつ機命を削られていった。

 表面のジュラルミンが、それこそ木材をカンナ掛けした時のようにはぎとられていく。

 だが、燃料タンクと発動機には命中弾が生じていないらしく火は吹かなかったし、エンジン買うリングが穴だらけにされることもなかった。

 だが、胴体に鮮やかに描かれた日の丸は、ほとんど姿を消しモノコック構造の内部構造が丸見えになっていた。

 そして、主翼はというと両翼ともに中央部から先端部の範囲にかけて、主に下側の外版がはぎとられ主翼の構造を浮き彫りにしていた。

 だが、搭乗員の裂ぱくの気合がそうさせるのか、機首が下には下がらない。

 機速が早く、補助翼がまだ聞いていただろう。

 だがもう限界に近付いているだろうことは、付近を飛行する列機からもよく見えた。

 ふと風防から、手が見えたような気がした。

 それは、手を振っているようであったが、それが下がるとともについに命運尽きたようで、機首をがくんと下げた。

 そのころには、火がさすがについてしまっており、もう助かりようがなかった。

 それから数秒もたたないうちに、その機は頭から海面に突っ込んだ。

 残る九七式艦攻は、25機ほどに減っていた。

 すでに3分の1近くが敵の、忌まわしいほどの対空砲火によって、撃墜されていた。

 もし艦爆があればまだ負荷は分散していたのではないか、そう思わなければやっていけなかった。

 だが、敵の砲火は今も途切れることなく、浴びせかけられていた。

 もう、この中に入り込んだ敵を絶対に逃すまいとしているようでさえあった。

 「こんな中を、第一次の連中は突っ込んでいったのか・・・」

 そうつぶやくのが精いっぱいだった。

 たとえそうつぶやいたところで、敵の攻撃が緩まることはない。


 「ケイト、接近します!」

 空母、「コンスティチューション」の艦橋に、見張りからの報告が届けられる。

 すでに敵機は艦橋から双眼鏡を使えば視認できる距離に近付いていた。

 敵機がいる空域は、引っ切り無しに高角砲弾が炸裂し、海面近くの空を黒く染めてしまっていた。

 それが、おおよその場所をつかむ目印になったのだ。

 「護衛艦の連中はしっかりやっているようだな」

 艦長のそんなつぶやきが漏れた。

 すでに、艦は30ノットの艦隊最大速度に達していた。

 本当は33ノット出せるが、それだとつていけない艦が出てしまうため、30ノットに抑えられているのだ。

 だがそれでも、十分に高速であり、艦首は激しく白波を切り裂いていた。

 まれに吹き上がった海水が飛行甲板を襲うほどだった。

 だが、航空機の速度に比べれば4分の1ほどであり、速度差は明白だった。 

 だが、より鈍足な戦艦に比べればはるかに身軽であったし、旋回性能もそこそこよかった。

 徐々に、敵機の奏でるエンジンの爆音が肥大化してくる。

 我慢できないほどではないが、徐々に戦場の洗礼を受ける時が近づいてくるとあっては、誰も緊張の色を隠せなかった。

 艦長は落ち着いているようだったが、副長は足を震わせていた。

 だが、どうせふくちょうに「どうしました?」と聞いたとしても、「武者震いしているだけだ」と返されるのが、分かりきっていたため誰も聞こうともしない。

 彼は、演習の時もしばしば同じような状態になるが、決め台詞のように、そう返すのだった。

 艦橋員たちは、艦長の悠然とした態度を見て己を落ち着かせていた。

 「罐とタービンの調子はどうだ?」

 艦長は突如旗艦参謀にそう聞いた。

 「はっ、

 少しお待ちください」

 かれは、面食らったように、そう途切れ途切れにいうと、艦内電話を使い機関長に確認を取り始めた。

 「どうして今の段になって、そのことを聞くんですか?」

 航海長が、思案顔で聞いた。

 「回避の時に、喘息を出すかもしれないからだ」

 艦長は、短くそう答えた。

 「敵機きます!」

 「機関以上ありません、蒸気圧も最大船速に備えています」

 二つの報告が重なって、入った。

 彼らの発声が終わるのを見計らったかのように艦長は、双眼鏡に目を押し当てて、敵機の飛来する右舷側を見やった。

 艦橋が右舷側にあるため、飛行甲板にさえぎられるということもなく(どのみち起こりえないだろうが…)すぐに敵機の輪郭を発見した。

 距離は1万ほどだった。

 もう、敵機との距離はしこの差になっている。

 「航海長、備えろよ」

 艦長は、そう声をかけた。

 さすがにこの距離は一瞬で詰められてしまう。

 「敵機、攻撃態勢に入ります!」 

 敵機が、機首を変えてきた。

 「コンスティチューション」に対し、照準の微調整に入ったようだ。

 敵機は、横に広がって、右舷側から覆いかぶさるように迫ってきた。

 そしてついに、その瞬間が訪れた。

 「敵機投雷!」

 「面舵いっぱい!」

 報告と命令が、一瞬のうちに取り交わされた。

 第56話完

久しぶりのハイペース投稿です

第2章もよろしくお願いします

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