第50話エニウェトク環礁沖海戦
お久しぶりです
航空戦が多いですが、戦艦が主役の話です
また間が空くかもですが、完結はさせるつもりです
「行くぞ!」
そう、彼が怒鳴るとともに、「翔鶴」隊の零戦、20機あまりが機首を下げ敵艦に接近する。
敵艦の艦影が突撃に伴い、一気に拡大する。
海面が後方に、かっ飛んでいく。
名香野大尉を隊長とする、「翔鶴」隊は「高雄」「愛宕」隊の九七式艦攻の攻撃を、手助けするため敵艦隊へ真っ先に突撃を開始した。
零戦の操縦桿を握る手が、じとりと濡れる。
海面と敵艦がともに、迫ってくる。
高度はすでに、20メートル程だった。
この低空で零戦は500キロ越えの、最大速力で突っ込んでいく。
「来やがったか!」
その瞬間、外郭を守っている駆逐艦とおぼしき、敵艦から対空砲火が噴き出した。
まだ距離があるため、機銃の射撃は無いようだ。
合同機動部隊に所属する駆逐艦は、すべてクリーブス級駆逐艦であった。
フレッチャー級の前級で、66隻が製造されていた。
新鋭のフレッチャー級は、すべて第一任務部隊第二群に所属していた。
まだ竣工しても就役している艦が、少ないからだ。
合同機動部隊に所属するグリーブス級の兵装は、5インチ両用砲5基5門、20ミリ単装機銃8基8門、533ミリ5連装発射管2基10門だった。
40ミリ機銃を積んでいないのは、艦体が小さい為場所や重量バランス上置けなかったからである。
確かに魚雷発射管を減らせばいいが、時代は艦隊決戦であり、対艦攻撃力を減らす訳には行かなかったのだ。
その分20ミリ単装機銃2門を、大あらわで増設したのである。
これだけの、機銃でどこまでやれるか分からないが、やるしか無い。
「撃方始め!」
レーダー室から、5インチ両用砲の射程内に敵機が、侵入したのを確認してから、艦長が命じた。
その駆逐艦は「マドックス」であり艦長はマキラニ少佐だった。
「ジークが来るぞ!」
双眼鏡を覗いていた、見張り員が叫んだ。
「何!」
艦長は伝声管に向かって、そう叫んでいた。
「まさか、機銃掃射を仕掛けてくる気か?」
まだ「エンタープライズ」からの報告が届いたわけでないが、戦闘機が突撃する理由ではそれしか思いつかなかった。
すでに5インチ両用砲が火を噴き、艦体を反動が襲いかかっていた。
「主砲は防盾が有るからいいが、機銃には無いぞ」
そう言いつつ彼は、冷たい汗が背中に垂れるのを感じた。
だがもう引き返すことはできない。
できる限りのことをするだけだ。
5秒ほどの間隔もおかずに、5インチ両用砲が射撃を続ける。
砲弾が炸裂するたびに、空に黒い花が花開く。
だが、敵機の速度が速いため有効弾は、全く出せない。
「艦長、当たりません!」
砲術長が、そう悲痛な報告を上げる。
「焦るな!この後のケイトさえ防げれば十分だ!」
マキラニ艦長は、そう答える。
敵機の機影が一気に近づく。
戦前にやった、デバステーターを使用した訓練とは比較にならない、速さである。
これでは、訓練の意味がない。
まさか、戦闘機が突っ込んで来るとは、誰も考えていなかったのである。
距離はそこまで誤差はないが、速力の測定がずれているため、敵機の後ろで炸裂している。
零戦の華奢な機体が、後ろから襲いかかる衝撃波に揺さぶられる。
だが、断片はかすりもしていない。
敵艦は、零戦の速力に対応できてないようだった。
「行けるな!」
名香野大尉は、そう叫びながら迷わず敵艦に、接近する。
敵艦は艦体を、射撃炎で包んでいるが、機銃はまだ売っていないようだ。
もし炸裂しなくとも、砲弾が直撃すれば、零戦など粉々になるが、そこまでピンポイントな照準は出来ないようだ。
時折近くで、炸裂する時もあるが、脅威には感じない。
射撃を浴びせてくる敵艦が、1隻だけだからかもしれない。
輪形陣に突入すれば、さらに熾烈な対空砲火が、襲ってくるに違いない。
この対空砲火でも、鈍足な九七式艦攻では、餌食になりかねない。
その脅威を少しでも減らすのが、零戦隊に託された、役目だった。
敵艦との距離は当て勘で2000ぐらいだろうか?
もう1分とかからず、掃射を開始できるだろう。
彼の表情に、邪悪な笑みが浮かぶ。
敵艦を嬲れる喜びに、よるものかも知れない。
至近を砲弾が通過するたびに、衝撃波が襲いかかってくるが、それをいちいち気にしない。
「機銃撃方始め!」
マキラニ艦長は、そう砲術長に下令した。
「撃方始め!」
砲術長が、復唱し終わった瞬間、右舷側4門の機銃が火を噴いた。
曳光弾が細い光の道となって、弾道を示す。
それに敵機が、自ら突っ込んでいくように見えるが、それに容易に絡め取られる敵機は、無かった。
両用砲に加え機銃までもが、射撃を開始したことによって、弾幕の密度はましたが、十分ではないようだった。
敵機の機影が拡大し、主翼に描かれた忌々しい、赤い日の丸までがはっきり見える。
その赤い丸がジャップであると示す、識別マークだった。
主翼の下面に描かれたそれが、見えるほど敵機はすでに、接近していたのだ。
「つっ!」
彼は、敵艦が機銃を撃ち始めたのを、視認してそう舌打ちした。
遂に機銃の射程内に侵入したのだ。
弾幕が密度を増し、曳光弾が至近をかすめる。
威力は小さいが、視認できるだけこちらの方が、恐怖に思う。
高角砲弾は、炸裂した時だけ見えるが、曳光弾は飛翔の全てが見えてしまう。
それが、すべて自分に向かってきていると錯覚してしまうのだ。
だが、近くてかすめるだけで、直撃は容易に出ない。
多少密度が上がったようだが、絶対に絡め取られるほどではなかった。
いつしか、敵艦の姿が視界いっぱいに広がっていた。
もう7.7ミリも20ミリもどちらも、射程に捉えただろう。
「撃て!」
彼はそう叫ぶとともに、発射把柄を握り込んだ。
「当たらないか!」
そう艦長は、どこかやりきれない感じを、隠さずに叫んだ。
敵機は着々と距離を縮めてきている。
いつ、掃射を始めてもおかしくない。
恐怖が、艦長をつつもうとするが、彼は叫び声を上げることでそれに抗う。
「来たぞ!」
その瞬間、敵機の両翼に火花が散った。
遂に敵機が機銃掃射を開始したのだ。
次の瞬間機銃弾が、甲板に高速で激突し、チュンチュンと甲高い音を立てながら火花を上げる。
その瞬間、敵艦に曳光弾が吸い込まれるのが見えた。
射撃は通過するまでの一瞬だったが、名香野大尉は命中弾を送り込んだのだ。
だが、対空砲を潰せたかはわからない。
見えたのは、4条の曳光弾が吸い込まれていくところまでだった。
まだ被弾した零戦は出ていない。
「被害知らせ!」
そう、マキラニ艦長が言った。
「マドックス」に向かってくるジークはまだ居るが、今の被害を先に知りたかった。
「かすっただけです!
大きな被害はありません」
そう、甲板員が返してくる。
機銃は潰されなかったようだ。
そう安堵する間も無く、次のジークが迫ってくる。
「打ちまくれ!」
艦長にできることは、そう激励の言葉を投げかけるだけだ。
その頃には、前後に位置する、2隻も対空砲火を放っている。
各艦から、熾烈な対空砲火が放たれているように見えるが、複数艦が集中射撃をしてない事や、配備数がさほど多くない事もあって、うまく当たらない。
だが、輪形陣の内側に入ってしまえば、それも変わる。
複数の方向から集中砲火を浴びせられ、弾幕の密度も比較にならないほど上がるだろう。
そうなれば、いかに身軽で俊敏なジークだろうと撃墜できる。
右舷の4基の機銃と5基の両用砲が、寸断なく砲弾を撃ち放つ。
爆撃機はいないため、全ての砲が、平行か俯角をとって、射撃を浴びせかける。
だが所詮駆逐艦1隻の砲火では、速度が早いこともあり、落とすことは叶わない。
再びジークが機銃掃射を、かけて来る。
甲板上に火花が散り、銃弾が直撃した乗員の喚きが響く。
「うげっ!」
その声とともに、7.7ミリが直撃した乗員は崩れ堕ち、動かなくなる。
「3番機銃射撃不能!」
ついに機銃がやられてしまった。
いや、乗員がやられただけかもしれない。
「状況知らせ!」
「砲身が、消し飛んでます!」
どうやら悪運悪く、銃身に弾丸が直撃したようだ。
完全に使い物にならない。
「左舷機銃撃方始め!」
そう叫ぶとともに、軽やかな連射音が左舷からも聞こえてくる。
「マドックス」を飛び越えた敵機に対し、猛射を浴びせるのだ。
即座に20ミリ弾が空域に、ばら撒かれる。
「ついにきたな!」
そう、輪形陣の2層目を形成する1隻の、「インディアナポリス」艦長、マライア大佐は叫んだ。
「インディアナポリス」は、条約型重巡だが、射程距離が短く不便な雷装を撤去し、対空火器を増強していた。
武装は、203ミリ3連装3基9門、5インチ両用砲8基8門、40ミリ4連装機銃4基16門、20ミリ単装機銃20基20門だった。
雷装以外は、十分なレベルの武装を搭載した艦だった。
外郭の駆逐艦を超えるまでは、その駆逐艦が邪魔で射撃を開始できなかったが、ようやく越えてきた敵機に対空射撃を開始できる。
また、2層目を構成する艦として、同じポートランド級重巡の1番艦、「ポートランド」が前方に、型は違う「ペンサコラ」が後方に位置しており、それらが共同して猛射を敵機に浴びせかける。
さらに、2層目を超えたとしても、最後の砦として、「レキシントン」が居る。
「次はあいつだ!」
そう名香野大尉は、叫びながら、標的を定めた。
ここで少しでも、対空火器を潰せば、艦攻隊が楽になる。
そう思えば多少危険があっても、輪形陣の奥深くまで侵入できた。
だが次の瞬間、これまでの弾幕が嘘だったかのような弾幕が、貼られ始めた。
輪形陣の内側に位置する艦が、射撃を始めたのだ。
それこそ、曳光弾の曳痕が、全て自分に向かってきているかのように、思えてしまう。
実際はそうではないのだが、周囲を乱れ飛ぶ曳光弾で、そう錯覚してしまうのだ。
「撃て!」
マライア艦長がそう発令すると同時に、右舷側に配された、4門の5インチ両用砲をはじめとする、指向可能な対空機銃が一斉に、機銃弾を撃ち出し始めた。
曳光弾が乱れ飛ぶ様は、まるで、花吹雪が舞っているようでもあった。
重々しい連射音が、腹に響き、軽やかな連射音が心地よく聞こえる。
一気に、砲弾が炸裂する空域が、煙によって、暗くなる。
まるで、日が沈んだかのようだ。
だが敵機は、それをすり抜けて、肉薄してくる。
やはり、敵がジークだと上手くいかない。
速度が速すぎ、時限信管の調節が、上手くいかないのだ。
そのため、後方で炸裂しているようだ。
それに比べ、機銃弾は至近を通過しているように見える。
だが、そう簡単には落ちてくれない。
「くっ!」
後ろから襲いかかる爆風や、至近を通過する弾丸の風圧によって、零戦の操縦を奪われかけながら、彼は突貫を続ける。
だがそれほどないはずの、敵艦までの距離が長く感じる。
ストレスで記憶が、圧縮されているのだろう。
カンカン
そう甲高い音を立てながら、機銃弾がかすめていく。
今のは、翼端だろう。
今視界をずらすわけにはいかないため、見ることはできないが、間違いでは無いだろう。
それにしても、濃密な弾幕である。
いくら零戦でも、下手をすればやられてしまうかも知れない。
彼がそう思った時だった。
1機の零戦が、曳光弾に絡め取られ翼を粉砕されたのだ。
「なかなか当たらんなっ!」
マライア艦長は、そうイライラを隠さずに言った。
かなりの密度で弾幕を張っているが、敵機がすばしっこいため、命中弾が出ないのだ。
だが、そのイライラの時間はそんな長く続かなかった。
彼がふと見た先で、曳光弾がジークに吸い込まれようとしているのが見えた。
そして次の瞬間、ジークの主翼が折れ飛んだのだ。
多分、40ミリ機銃が直撃し、その威力で両断したのだ。
「いいぞ!その調子だ!」
先ほどまでの低調な、声音に変わり喜色が全面に出ていた。
「やったぞ!」
甲板でも忌まわしきジークを、落としたことにより歓声が上がる。
だが、僚機をやられた事に怒りを覚えたのか、1機のジークが「インディアナポリス」めがけて突っ込んできた。
「打ちまくれ!」
そう機銃長が叫び、弾丸が空を舞う。
だが、絶妙に当たらない。
出し惜しみはせず盛大に、弾丸をばらまいているが、それでも当たらないときは、当たらない。
敵機の機首が、エンジンの構造が見えるのではないか?というほど接近する。
それを目安にしてか、機銃弾が集中するが直撃には至らない。
何かに憑かれたかの様に、そのジークは突っ込んでくる。
それに恐怖をなしてか、機銃が乱射されるが、直撃してくれない。
至近距離を通過するのは何発かあるのだが、直撃弾がでてくれない。
「奴め、本艦にまで機銃掃射をかける気か!」
そうマライア艦長は、叫んだ。
彼はてっきり、外郭の駆逐艦だけがジークの狙いだと思っていたのだ。
そのため、上空を抜ければ反転するのでは無いかと、思っていた。
だがいつまでも、反転しないことにより、判断を変える必要に迫られた。
その結果がそれである。
第50話完
という感じで視点を振ってみました。
多分60〜65話ぐらいでこれも終わると思います
感想切にお願いします