第34話トラック沖海戦 エンタープライズ防空戦 機銃掃射
ふう
どうなんだこれ?
「行くぞ」
搭乗員がそう叫んだと同時に零式艦上戦闘機の両の翼から、火線がほとばしった。
零式艦上戦闘機のキャノピーの中では、搭乗員が機銃の発車把柄を押し込み、20ミリ弾を撃ち出した。
又機首からも両の翼に比べると細い火線が、目標めがけて吹き伸びている。機首から吹き伸びているのは、携行弾数の多い7.7ミリ弾である。発射速度もはやい。
薄い鋼板で出来た、駆逐艦の艦体に機銃弾が命中し、火花が飛ぶ。
だがその零戦を迎撃するため、その敵駆逐艦からも激しい火線が、零戦めがけて伸びていた。
特に高角砲弾が付近で炸裂すれば、機体全体が激震に襲われた。
だが今はその高角砲弾の洗礼も過ぎ去っており、機銃弾が裁断なく飛来してきていた。
まだ撃墜された機体はいないが、まだ機銃掃射を開始したばかりという事もあり、被弾した機体は多かった。
いや彼はまだ2番目だったのだから、仕方ないのかもしれない。
敵の機銃や高角砲塔を潰すのが目的だが、そんな簡単には当てられない。目標の敵艦自体は大きいが、機銃はそこまで大きくなく、一瞬で通り過ぎてしまうため容易に命中弾を出すことは出来なかった。
そのため彼の機体にも、少なくとも数発の機銃弾がかすっているはずだ。
だがそんなことはお構いなく零戦たちは、500キロ越えの快速で敵艦の上を飛び去っていく。
本当ならそのまま飛び去りたいが、目的が駆逐艦上空を飛び去る艦攻隊の援護のため、操縦桿を倒しフットバーを押し、機体を旋回させる。
彼は再び同じ駆逐艦に今度は、反対側から機銃掃射を掛けるのだ。まだ往路の掃射を終えていない機体がいる為、それが終わるのを待つ。そうは言っても、その時間はすぐに過ぎ去る。
「行くぞ!」
誰かが隊内電話越しにそう言ったのが聞こえてくる。再突入は近かった。
そして、隊長機がバンクし、再び突入に移る。
すでに全機が敵艦との交差を終え再突入の体制は出来上がっていた。
再びスロットルレバーを全開にし、突撃にはいる。束の間離れた高角砲弾の炸裂が、再びまじかになってくる。
「くそったれ!」
ウィリアムMコール艦長は、あまり大きくはない駆逐艦「フレッチャー」の艦橋でそう叫んでいた。
「フレッチャー」は、敵機による機銃掃射を満遍なく艦全体に受けていた。
「忌々しいジャップめ!」
「フレッチャー」は致命傷を被ってはいなかったが、機銃掃射を受けた甲板上には、負傷者があふれていた。その数は数十名にも満たない程度であったが、もともと乗員数の少ない駆逐艦にとっては、小さくない損害だった。
また甲板上に素で置かれていた40ミリや20ミリ機銃にも、被害が出ていた。またその損害は、敵戦闘機が突っ込んできた右舷側に集中していた。確かに左舷側は全てが健在であったが、迫る敵機に対する弾幕を削り取られたのは確実だった。
幸いにも、密閉砲塔式の12.7センチ両用砲に被害が出なかったことは大きかった。機銃による近接防御は難しくなったが、高角砲弾の至近弾によって与えられる被害は大きい。うまくいけば一撃で敵機を屠ることもできるだろう。
また甲板上で最も危険物である5連装2基の魚雷発射管も、無傷だった。これにもし命中していたならば、下手したら轟沈していただろう。
「フレッチャー」の最上甲板は、ところどころ血で染まっていた。機銃弾によって撃ち抜かれた乗員のそれだった。
だがそれも、最大戦速の33ノットで前進する「フレッチャー」が波に突っ込み、甲板を波が洗った後には全て押し並べて平等に、流されていた。
「敵機反転します!」
艦橋上部に双眼鏡を構えて敵機の動きを見張っていた見張り員が、緊張した声音で報告してくる。
見ると見張り員の言う通りに、敵機が旋回しているのが見えた。翼が傾斜しているせいで主翼に描かれた、深紅の日の丸が双眼鏡越しに見えた。
「ミートボールを狙え!」
機銃指揮官が半分冗談めかしながら言った。確かにそれは大きな、標的だった。
「いいか、奴らを逃がすな!」
艦長がスピーカーの音が割れるのではないかと思えるほどの、大音声でそういった。それは機銃員たちにもしっかり、伝わっていた。
「主砲射程内に入りました」
正確な距離がわかるレーダー室が、そう報じてきた。
「まだだ、もっと引きつけろ」
艦長が砲術長に、独り言にように言った。すでに主砲や、対空機銃は右舷を向いて敵機に対する迎撃準備を、終えている。あとは艦長からの命令が入り次第、いつでも撃ち始められる。
だが艦長はなかなか命令を出さなかった。ギリギリまで敵機を引きつける腹なのだ。
その瞬間艦長は、くわっと目を見開いて凛と言った。
「撃方始め!」
その瞬間待ちに待ったと言うふうに、寸秒も置かずして主砲が5基同時に火を吹いた。
次の瞬間には装薬の爆発したことによる、反発力で主砲が後退する。
決して大きくはないが、2000トンの艦体を震わせるには十分な反動が伝わってくる。初弾は全弾見当はずれのところに飛んでいったようだった。
だがそれから5秒と経たないうちに次弾を放っている。
「来たか!」
彼は、敵艦の主砲の砲口から火がほとばしるのを見て、顔をしかめながらそう呟いた。その直後、彼の機から離れたところで敵艦の放った、高角砲弾が炸裂した。
それはあまりにも離れており、軽量でひ弱な零戦の機体を震わせる事もなかった。
零戦9機一筋になって、敵艦に突撃していく。その動きに乱れはない。それもまだ敵の標準が正確ではないのだからこそ当然だった。
だが敵の放った次弾は、最初ほどは離れていない位置で炸裂した。それによって四散した弾体の小さな破片が、零戦の胴体に激突する。あまり大きくなかったこともあり、コックピットに伝わってくる衝撃はあまり大きなものではなかった。
だが彼が、肝を冷やすのには十分だった。
さして間を置かないうちに敵の主砲が火を再び吹く。敵の主砲は高角砲か、両用砲の様だった。
彼らには、アメリカ海軍が、高角砲かそれに準じる性能を持った砲を主砲として搭載する艦を、建造したらしいという情報が、噂話程度ながら入っていた。
それは本当だったようだ。
だが今のところ主砲を操作する乗員の技量はあまり高くないらしく、危険なほど近くで炸裂すれ敵弾は無かった。
「ちょこざいぞ!」
彼はそう叫びながら機体を、軽く旋回させる。あまり急に旋回するとかえって、敵に胴体を見せれしまい被弾しやすくなってしまう。
それを恐れてのことだった。今はまだ、アイスキャンディーと呼んでいる、機銃弾がまだ飛来していないため、精神的に余裕がある。
だがそれでも、いつ当たるかわからないと言う、恐怖はあった。それに敵の高角砲も、射撃回数を重ねるごとに精度を高めており、いつ直撃を食らうかわからなくなってきていた。
艦攻に比べ1、5倍以上早い零戦が、簡単に捉えられるとは思っていないが、絶対に当たらないとの保証はないのだ。敵のまぐれ当たりを食らって落とされるのは、死んでもごめんだった。
「早く当てろ!ジャップに何手こずってるんだ!」
「フレッチャー」艦長ウィリアムMコール少佐は、砲術長にそうけしかけていた。
「分かってますが、そんな簡単に当たるのではないということぐらいご存知でしょう!」
砲術長が負けじと怒鳴り返す。
対空砲火とは、いかに一つの区画に多量の弾丸を送り込むかであった。すなわちどれだけ無駄玉を吐き出すかでもあった。それには1艦あたりに多量の対空火器を備付ける必要があった。
だがそれは巨艦、巨砲主義の中で遅れていた。
それは航空機に戦艦は撃沈されないという盲信の元にあった。
確かに重装甲を施された戦艦ならば耐え得るだろう。だが十分な防御を持たない、2000トン程度の「フレッチャー」ならばどうなるか。
下手をすれば機銃弾程度で沈みかねないのだ。そのような艦への対空火器の増設をしなかった、上層部の責任は重いだろう。
「そのくらい分かってる!だが奴らを止めないことには、「エンタープライズ」がやられるぞ!」
艦長は怒りに任せたのか、そう一気に言い切った。
だが艦長の言は、間違ってはいなかった。
要は、はやく戦闘機を片付けて、ケイトに集中することだがそれを実現するのは難しそうだった。
なぜか、対空砲火の命中率が低く全てを叩き落とすことなど出来ないからだ。
「射程入ります!」
レーダー員が早くも報告を、入れてきた。
「機銃撃て!」
艦長がそれだけ短く言った。それと同時に左舷側に指向可能な5〜6門程度の機関銃が、敵機に向けて火を吹いた。
12.7センチ両用砲の重めな発射音に、機関銃の比較的軽やかな発射音が重なり、戦場の轟音を奏でる。
これで一気に、弾幕の密度が濃くなった。
「当たれ!」
砲術長は、我知らず手を思い切り握っていた。
敵艦からの迎撃が強まった。
「ここでやられるわけにはいかないんだよ!」
彼はそう言いながら、密度が増した弾幕へ躊躇もなく突っ込んでいく。
敵の機銃座が、断続的に大口径の機銃弾を虚空に送り出しているのだ。一気に機の近くに飛来する、飛翔の方角を決められるそれから打ち出される、鉄塊の量が増す。
まるで豪雨の中へ突っ込んでしまったかのようだ。時たま翼端を削り取られるのか、微妙な振動が襲ってくる。
だが大きな損害には結ぶついてこない。
もう敵艦とはシコの差にまで詰まっていた。
隊長機の主翼が赤く明滅する。
両翼から合わせて2条の、焼けた火線が吹き伸びる。それは一瞬のうちに目標に到達する。
零戦の20ミリ機銃には炸裂弾が、搭載されている。それが舷側に命中し、薄い外板に大穴を開ける。
しかし、この程度の穴では2000トンもの艦艇を鎮めるには至らない。
なんせそれよりはるかにお大きな、12.7センチ両用砲の直撃にも耐え得るのだ。それよりはるかに小さな、機銃弾が炸裂した所で大損害にはなり得なかった。
だがそれでも、機銃座の一つに命中し機銃員ごと吹き飛ばしていた。
だがその光景も、一瞬後には過ぎ去り敵の弾幕を抜けていた。今頃は、後続する僚機が、機銃掃射を掛けているはずだ。
「頼むぞ艦攻」
彼は、口元をにやりと歪めながら言った。
「ウあっ」
ジークの機銃掃射によって、直撃を受けた機銃員が、そう短い断末魔を残して事切れる。
「フレッチャー」には次々と機銃弾が命中していた。
「何してるんだ!」
艦長は憤りをあらわにして、そう叫んだ。
「兵員室で火災です!」
ついに連続する被弾によって、火災が発生したのだ。
確かに20ミリ機銃で撃沈することは難しいだろう。しかし、連続して多量の20ミリ機銃弾を浴びれば、いずれかは大損害を受けるのだ。
「ダメコン班行け!」
即座に艦長が指示を出す。日本海軍にはないものだが、それは被弾した時の処置を専門に扱う部隊だった。
「行くぞ!」
班長の号令一下、火災を鎮圧すべく出動していく。
その手には、消化器や消火ホースがあった。
「思ったよりも、範囲が広いな・・」
班長はそう呟きながらも、手早く準備を進める。
まだ、初期火災の範囲であり彼らにとっては、朝飯前のことだった。
すぐさま放水が始められる。
火は数分で鎮火した。
「思ったよりもやられてるな」
誰かがそう呟いた。
「フレッチャー」は連続的に被弾による、振動に襲われていたのだ。
「第一罐室被弾!」
「第2砲塔に若干の損害あり!」
つぎつぎに被害報告が飛び込んできた。
それは、致命傷に至るほどのものは無かったが、確実に「フレッチャー」の戦闘力を低下させていた。
2回に渡るジークの波状攻撃を受け、「フレッチャー」は至る所を被弾していた。
それは艦に想像以上の大損害を、もたらした。
ほとんどの機銃座は潰され、両用砲も1基が使用不能になった。
確かに両用砲はまだ4基残っているが、それだけでケイトを防げるとはとても思えなかった。それはそのまま「エンタープライズ」への攻撃をほぼ無抵抗で許すことになるのだ。
「ジャップめ!覚えていやがれ」
艦長がそう低く小さい声で呟いた。
「フレッチャー」は33ノットの速力で航行し続けているが、それがほとんど戦力を無くしたのは確実だった。
逆に「フレッチャー」がジークに与えた損害は、両用砲の断片が命中したのと、機銃弾がかすっただけで、1機も落とせていなかった。
それは、「フレッチャー」が敗北したことを示していた。
艦上では未だぼやが燃え続けていた。
「ちくしょう」
そんな言葉が、艦長の口からぽつりと漏れる。
「なんでこうなった」
誰とは分からぬ呟きが、漏れ消えていった。
第34話完
と言うわけで、機銃掃射です
えたらないけどいつ終わるんだろ?
まだまだ続きます!
感想ください!




