第31話トラック沖海戦 「エンタープライズ」防空戦 航空撃滅戦終焉
長い・・・
「またやられたか」
だんだんと敵に落とされ数を減らしていく、自軍航空隊を見やりながら、ロールド少尉はそう苦々しく呟いた。
途中までは「エンタープライズ」戦闘機隊が優勢であったが、敵がケイトにつけていた戦闘機隊を乱入させた時から、急速に戦況は悪化していた。
優秀な搭乗員に数での優勢だ。
ワイルドキャットは、1機また1機と落とされていった。
ワイルドキャットがジークを落とすことも何度もあったが、数で負け始めては寡兵にならざるを得なかった。
基本的に1対1ならいいほうで、1対2などと数で抑えられるようになっていた。
すでに「エンタープライズ」は後退を始めていたが、所詮艦船と航空機である。
圧倒的に速いケイトから攻撃を受けずに逃げ切ることは、難しそうだった。
確かに燃料切れによるタイムアップを狙う手もあるが、ここまでうち減らされてはまだ戦闘に参加していない戦闘機隊や、それに堅牢に防護されたケイトは無駄な燃料を消費して居ない。
そのため現在防空隊と鉾を交えている戦闘機隊が引いたからといって、脅威が消えるわけではないのだ。
そう考えると、現在の戦況はいかに「エンタープライズ」を沈めさせないかにかかっているだろう。
もはや無傷での帰還は難しい、いや不可能だろう。
最低でも1発の魚雷を喰らうことを覚悟しなければ、ならないだろう。
「やらせるわけにはいかないんだよ!」
かれはそう咆哮をあげると、機体を右急旋回させる。
ちょうど狙った敵機の真後ろにつける。
敵機も気づいたようで、即座に右急旋回を掛け格闘戦に入る。
だがその気の乗員は彼の睨んだとうり、若年搭乗員だった。
それまで戦ってきた熟練搭乗員動きとは比べ物にならない、お粗末さであった。
そう旋回性能で劣るはずのワイルドキャットでも、距離を詰められるのだ。
おそらく完全に敵は油断しており、急襲を受け混乱し冷静な思考ができないのだろう。
かれは応援が来る前に決めるため、操縦桿をさらに押し倒す。
するとワイルドキャットの機体が、垂直に近い角度まで傾斜する。
それに伴い地面に対し垂直方向の揚力が一気に減少し、高度が落ちる。
だがそれは敵も同じである。
高度は落ちていくが、敵機との位置関係は変わらない。
徐々にだが敵機との距離が無くなる。
そこでジークは、逆に左旋回に入った。
だがそれは逆効果であった。
旋回性能で劣ろうとも、ロール率ではワイルドキャットの方が上である。
ロール率とは、簡単に言えば向きを変える素早さともなろうか?
その結果今までにまして敵機との距離が、狭まっていく。
蒼空に2機の戦闘機が吐き出す飛行機雲が、描かれていく。
それだけではない、この蒼空のそこらしこに複雑な模様の飛行機雲が、描かれていた。
彼らは蒼空というキャンパスに、白い絵の具によって幾何模様の絵画を描いているといっても良いだろう。
左旋回による格闘戦が、2週3週と繰り返される。
1周するたびに敵機の機動から、冷静さが失われていくように感じられた。
「っ!」
彼はその瞬間、激しい殺気を感じた。
それと同時に操縦桿を逆に操作し、クイックロールをかける。
一瞬にして激しいGが彼に襲いかかる。
彼は一瞬顔をしかめるが、それだけだ。
そのGに振り回された彼の眼前に大小4本の火線が、ほとばしりワイルドキャットの機首ギリギリの空を、に抜けていった。
「危なかった・・・」
彼は呆然としながらそう呟いた。
あと寸秒回避が遅れていたならば、ジークの20ミリや7.7ミリをくらい、機体をズタズタにされていただろう。
事実彼はそんな目にあった僚機をなんども視界に収めていた。
「ならばお前だ!」
彼は憤りを隠さずそう叫び、目標をたった今火線を打ち込んできた敵機に変更した。
彼に火線を放ったジークは急降下によって逃れようとしたが、あいにくワイルドキャットの方が急降下速度は速かった。
先の旋回格闘戦に比べ圧倒的に速く敵機との距離が、詰まっていく。
もはや敵機を逃す気はしなかった。
敵機は射撃を警戒しているのか、時折ロールをうってくる。
眼前の敵機を追いかけていくと、一気に海面が視界に広がってくる。
高度計の針は800メートルを指していた。
「ならばそのまま海面に叩きつけてやるよ」
かれは低く唸るように、そう呟き操縦桿を軽く右に倒した。
若干ワイルドキャットが、右に旋回する。
だが彼は機体が旋回に入ったと同時に、逆に左へ操縦桿を倒していた。
そのため右に旋回しかけたワイルドキャットを見て、左へ逃げようとしたジークは、まんまと罠にかかった形となった。
逃げられると思ったのだろうが、それはただの思い違いでしかなく、確実にそのジークは追い詰められていた。
そして数瞬後には、ワイルドキャットの12.7ミリ機銃の射程内に入ってしまっていた。
「今だ!」
かれはもし無線電話が繋がっていたならば、相手が確実に耳を痛めるほどの大音声で叫びつつ、12.7ミリ機銃の発射把柄を押し込んだ。
その瞬間にはワイルドキャットの両翼が、発射炎に包まれた。
発射炎に包まれた両翼から、曳光弾による火線が吹き伸びる。
12.7ミリ機銃は直進性が高いため、殆ど後落せずにジークに殺到する。
6本の火線が、ジークに迫る。
敵機は旋回により迫り来る機銃弾から逃れようとしたが、それはもはや手遅れだった。
連続してジークに3本の火線が、突き刺さった。
ジークの20ミリ弾のように炸裂しないが、衝撃によってジークの外板が飛び散る。
さらに3本の火線は胴体を斜めに切り裂くように主翼とにつなぎ目まで、一気に分断した。
その結果風圧に耐えきれなくなった左翼が、空にまい消えていく。
さらに胴体が中程から切断され、尾部はそのまま落下していき、前部はエンジンのトルクによって回転しながら落下していった。
「やったぞ!」
彼は渾身の叫びをあげた。
彼は叫びつつも操縦桿を引き、機体を上昇させる。
まだ12.7ミリ弾は、1連射分は残っている。
弾量計がいまいちあてにならないため、もっとあるかもしれないし、もっとないかもしれなかったが1機のジークは上手くやれば落とせるはずだ。
彼が上昇しながら周囲を観察すると、彼が1機落とす間にそれよりも多い数のワイルドキャットが落とされたらしく、味方の数が激減していた。
もはや残るは20機程度だろう。
だが諦めるわけにもいかない。
「エンタープライズ」を簡単に沈めさせるわけにはいかないのだ。
「頃合いか?」
友永丈市大尉がそう呟いた。
彼の視界には激減した敵戦闘機と、それに反するように数を増したように見える、零戦たちの姿が見えた。
「もう少し待つべきかと思います」
赤松作特務少尉が言った。
「なぜだ」
「はい、まだ敵戦闘機を十分排除できたとは言えません。ここは徹底殲滅するのを待つのが上策だと思います。しかも九七式艦攻は、18機しかいないのです。
無駄なそんんもうは控えるべきだと考えます」
「そうかも知れんが・・・燃料の問題もあるぞ」
すでに400浬を飛行しているため、帰路の分を考えると残り200浬分しかないことになる。
それも巡航速度で飛行したらの話であり、攻撃時は最大速力を出すため燃費は極度に悪化する。
しかも航空魚雷という1トン近い重量物を積んでおりさらに、格納式ではないため空気抵抗も増大している。
すなわち燃料消費が増加するということだ。
しかも今は敵戦闘機隊を迂回するためかなり旋回していたため、そこでも燃料を消費していた。
その状態でこれ以上待つのは、上策ではないと思われた。
「それは母艦が前進してくれれば、ある程度は解消できます」
「確かに山口長官は、敵艦隊に接近し攻撃隊の収容を行うといっていらしたが、それにも限度があるだろう」
友永大尉は、そう言った。
「しかし我々がここまで来るのにおおよそ、3時間かかっています。その間20ノットで前進していれば60浬の距離を詰められます。しかも帰還を考えてもう2時間追加すれば、100海里詰められます」
彼はそう主張した。
キロに直せば185.2キロとなる。
となれば、余裕が100浬増加すると考えられるのだ。
となれば、もっと待つのが上策だと考えられるだろう。
「だが、それほど前進するわけにもいかんだろう。機動部隊の前方には、敵戦艦部隊もいるんだぞ?」
「そこは迂回すればいいのです。そうすれば敵艦隊の前方に出ることも、不可能ではないですしそもそも敵艦隊に追いつかなくても、100浬は稼げると思います」
「確かに、今朝の時点で主力の50浬後方にいたから、敵艦隊が相応の速度で撤退していれば、それも可能だろうが、あいにく敵は15ノット程度で撤退中だ。そこまで詰められないだろう。できても60浬程度だろうな」
友永大尉がこれまでの情報を踏まえて、冷静に判断する。
だが60浬といっても、現在の状況を考えるとかなり大きいだろう。
たかが60浬、されど60浬である。
「確かにそうかも知れませんが、それでもそんなに詰められるのです。ここは、戦闘機に食われる危険を減らすべきだと、考えます」
「自分も賛成です」
村井定一等飛行兵曹が、赤松特務少尉の意見に賛同の意を示す。
「それにもしもの時は、不時着して駆逐艦にでも助けて貰えばいいのです。
幸い敵艦隊は一艦隊が、撃滅してくれましたからね」
「うーん」
友永大尉が、唸る。
「だが今も18機の零戦が付いているんだぞ?むざむざやられるとは思わんが?」
彼が確かめるように言う。
「それでも我々を護らなければいけないという、制約が存在します。
もし敵戦闘機が、一気に突撃してくれば用意に直掩機による、防御網を突き破ってくるでしょう」
「これはかなり難しい問題だな」
友永大尉が、赤松特務少尉の意見に耳を傾けつつ呟く。
「今現在敵空母が後退を開始しているんだ。時間だ経てばそれだけ長い距離を、飛ぶ必要が出てくるぞ」
「しかしこの序盤で、無為に搭乗員を喪失するわけにはいきません」
両者ともに、意見を譲る気配はない。
ここは攻撃隊隊長の権限で、突撃してもいいのだが、赤松特務少尉の経験や彼が今言った通り搭乗員の消耗を考えると、突撃に移行できなかったのだ。
少数精鋭を貫いてきた日本海軍にとって、搭乗員の増強は簡単にはできないことだった。
だからこそ、慎重にならざるを得なかった。
彼ら艦攻隊員たちの目には、零戦隊の奮戦が映っているはずだ。
だからこそ無駄死にはすることができない。
「しつこい!」
零戦を操る、高城一等飛行兵曹はそうぼやく。
あと少しで敵を殲滅出来るのだが、さすがここまで残ってきただけあって、腕利ばかりらしくなかなか落とせなくなってきていたのだ。
零戦隊の被害も無視できない。
すでに総数は40機程度になっているだろう。
「艦攻隊をやらせるわけには行かないんだよ」
彼はそう言いつつ、ワイルドキャットの後ろに着く。
これまでの戦闘の疲れからか、敵機の反応が遅れた。
高城一等飛行兵曹の零戦が敵機を機銃の射程距離内に収めたと同時に、漸く気づいたのだ。
即座に旋回を仕掛けようとしたが、もはや遅すぎた。
「遅いっ!」
彼はそう叫びながら、発射把柄を思い切り押し込んだ。
「くそが」
ワイルドキャットの搭乗員がそうぼやくと同時に、零戦の両翼の20ミリ機銃の砲身がキラキラと明滅した。
それと同時におぞましき威力を誇る20ミリ弾が、敵機を落とすべく飛翔する。
「ちぃ」
だがそんな中彼は舌打ちしていた。
遂に20ミリ弾が尽きてしまったのだ。
もう発射把柄を押し込んだとしてもカチカチと、虚しい音を立てるだけである。
彼は最後の一撃を放ち切ったのだ。
だがワイルドキャットに引導を渡すにはそれで、十分であった。
次の瞬間ワイルドキャットのキャノピーが、粉々に吹き飛んだのだ。
それはすなわち搭乗員が動かないタンパク質の塊になった事を意味する。
まさか20ミリ機銃の炸裂をもろに食らって、生きている人間はいないだろう。
高城一等飛行兵曹は、土壇場で最小の弾数で敵機を落としたのだ。
操縦者の消えたワイルドキャットは、エンジンを止めることもなく海面に向けて墜落していった。
「行くぞ!」
高城一等飛行兵曹が、自身この戦いで最後となる敵機を落とした頃、友永隊長は決断していた。
その咆哮が隊内電話を駆け巡ると同時に、電信員である村井定一等飛行兵曹がトツレを連続して打ち出す。
それは総員突撃を意味するものである。
今遂に二航戦攻撃隊は敵空母を撃滅すべく、突撃を開始したのだ。
第31話完
総員突撃開始です
しかしここからも長い
なぜフジミの阿賀野型は、選択式なのだろうか?
2隻セットでいいじゃないか・・
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