第29話トラック沖海戦 「エンタープライズ」防空戦戦闘機死闘
空中戦!
だんだんロールド少尉のワイルドキャットとジークのさが、広がっていく。
やはり重量の多いワイルドキャットが、上昇率では不利なのだ。
スロットルをフルに開けているのだが、速度が上昇するようなことはない。
むしろ速度を保つことの方が、大変だ。
彼は内心もう少し軽くても良かったのでは無いか、そう思っていた。
聞くところでは、次世代機のヘルキャットではエンジン出力が、2000馬力級のものになるという。
それならば、ワイルドキャットのように重量のある機体でもガンガン高みへと引張てくれるだろう。
徐々に速度が落ちていくが、それは敵も同じなようだ。
同じ空冷エンジンを使用している以上、空気密度の減少によるエンジン出力の低下を抑えきれないのだろう。
彼は、少し操縦桿を押した。
それによって、昇降舵などが受けていた空気抵抗を減らすのだ。
その甲斐あってか、機体速度の減少が若干減る。
高度は7000を超えている。
ここまでくると、高度を上げるのにもパイロットの腕がものを言ってくる。
下手に操縦しようものなら、高度が一瞬にして数百メートル落ちてしまう。
ここまで来てエンジンが息をつき始める。
空気密度が下がってきており十分な吸気量を確保しきれなくなり、燃焼効率が落ち結果出力がおちる。
それに伴い、機体姿勢の制御の難易度が上がってくる。
エンジン出力に余裕がないため、態勢を保つのもギリギリになってくる。
プロペラのピッチが大きくなっていく。
その分抵抗が大きくなり、出力に対する効率性が大きくなる。
速度を出したい時には抵抗にしかならないが、少しでも高度を稼ぎたい時には、ちょうどよかった。
それほどエンジン出力が落ちてきているのだ。
ワイルドキャットの機体がどんどん鈍足になっていく。
その低下率は、やはり軽量なジークよりも大きい。
ちらりと高度計を見るとすでに9000メートルを超えていた。
これ以上はもはや戦闘行動など不可能だ。
最大上昇高度に達するとともに、急降下に移りジークを撒くのが最善だろう。
だがそれを実行に移す前に眼前のジークが捻り込みを行い最短距離で、宙返りを行いワイルドキャットに迫ってくる。
彼は即座に相対したまま迎え撃つと決めた。
ここで後ろを見せれば宙返りの一瞬の隙を突かれ、背後から機銃弾を打ち込まれること確実だからだ。
ならば正面から打ち合ったほうがいい。
彼は機体が失速しないよう万全の注意をはからかせながら、機体軸をジークの正面に合わせる。
ジークが降下に移ってからの接近は一瞬のことであり、今までの追いかけっこが嘘のようだった。
彼は敵機がM2 12.7ミリ期中の射程に入ったのを確認すると同時に、発射把柄を一気に握り込んだ。
その瞬間両翼から3本づつ計6本の、程よい太さの曳光弾による光の筋が浮かび上がる。
それと同時に銃口からも白く発砲煙が、連続してたなびく。
それと同時に、ジークの両翼の2箇所からも白い発砲煙がたなびき始める。
その曳光弾の太さはワイルドキャットが放ったそれよりも、かなり太い。
彼が視界に収め得たのはそこまでだった。
一連の動作を行った彼の体は無意識に、機体をロールさせており一瞬で視界を大きくぶらしていた。
その瞬間ワイルドキャットの機体が、左に移動しコックピット真横を機銃弾がまず通過しその後、胴体の真ん中に深紅の日の丸を描いたジークが通り過ぎていった。
お互い命中弾は出せなかったし、喰らわなかったようだ。
ロールド少尉のワイルドキャットも、機銃弾にかすりもされていない。
ジークの姿が後ろに消えたのを見たまま、宙返りに移る。
機体が一気に加工に移っていく。
エンジン出力の限界だたためか、一瞬にして機首が下を向く。
それと同時に下がる一方だった速度が、上がっていく。
効果速度はワイルドキャットの方が天敵のジークよりも、速い。
それをいかしジークの背後から、1連射を浴びせるのだ。
ワイルドキャットにとって、腕が対等ならばほとんど唯一の背後を取れる瞬間だった。
彼はそのチャンスを見逃さず、一気速度を上げていく。
グラマン鐵工所の渾名を持つワイルドキャットは、そんじょそこらのことでは、空中分解を起こさない。
それをよく知っているがための、信頼からくる安心感だった。
敵機の姿が上昇時とは異なり、徐々に大きくなっていく。
ジークはとにかく下降によって逃げる腹のようで、遮二無二海面へ向かっている。
両者とも急降下しているため、少しずつしか距離がつまらないがそれも束の間だった。
高度が下がるにつれエンジン出力が大きくなっていき、それに伴い機体を牽引していく力も上がっていく。
翼が振動し始めるが、空中分解を心配するほどのものではない。
ふと高度計を見やると、高度は3000をさしていた。
9000まで上がるのに何十分もかかったのに比べれば、一瞬にしてこの高度を下がってきたのだ。
高度が下がったことで気温も上がり、体を動かしやすくなる。
あと少しで射程に入る。
今だ!心の中でそう念じるとともに、先ほどよりも強い力で発射把柄を握りしめる。
それと同時に重力によって初速が普段より向上した、機銃弾が砲口から飛び出していく。
だがその瞬間ジークは、スローローによって機体の位置を大きく変え、彼の放った機銃弾のシャワーから逃げおおした。
そしてロールによって減速したジークの横を、彼のワイルドキャットが勢いを変えずに抜き去っていく。
空中戦で優位に立っている場合の最大の愚行である、オーバーシュートをしてしまったのだ。
ジークの思惑通りか彼のあやつるワイルドキャットは、ジークを追い越してしまっていた。
今は立場が逆になり、ワイルドキャットが追われる側に立たされてしまう。
そのことを認識すると同時に彼は、ギリギリまで海面に肉薄することに決めた。
それならば速度の差もあり振り切れると、踏んだのだ。
ジークも付いてくるが、空中分解を警戒しているのか、距離が詰まることはない。
どちらかと言うとむしろ、ワイルドキャットがジークを引き離してるようにも思える。
高度がさっきの攻撃によって気付いた時には、一瞬で1000メートルに下がっている。
最大限400メートルまでは、敵を引っ張るために降下を続ける腹づもりだった。
だがその前にジークは根をあげ、機体を引き起こしていた。
「いくぞ!」
彼はそう叫びながら操縦桿を思い切り、引き切る。
それと同時に機体に若干の制動が、機体にかかる。
さらに引き起こしに伴う膨大なGが、彼の体に襲いかかる。
だが頑丈さを持ってなすワイルドキャットの機体は、全く震えることなく遠心力に耐えている。
再び彼がジークを追跡する立場に立った。
ジークは急降下で相当無理をしたのか、速度が低下していた。
そのため上昇速度がジークに劣るワイルドキャットでも、だんだん距離を詰めることができた。
敵機は上昇勝負が不利と悟ったのか、水平飛行に移った。
ロールド少尉は心の中で、「もらった!」と叫びながら操縦桿を押し込んだ。
それと同時に尾翼が持ち上がり、ワイルドキャットを水平の態勢に制動する。
そしてここぞとばかりに今まで若干絞っていたスロットルレバーを、最大まで押し込む。
最大出力を発揮させると、稼働時間が短くなってしまったり燃料を食いまくるため今までは少しだけだが、抑えていたのだ。
その瞬間水平飛行に移ったワイルドキャットがさらに加速した。
それによって速度の落ちているジークとの距離が、つまり始める。
そしてついに射程にジークを、ロールド少尉のワイルドキャットは捉えた。
だが敵機も最後の抵抗とばかりに、水平旋回を仕掛けてくる。
だがジークはどこか破損した箇所があるらしく、往時のキレがなかった。
むしろロール率で上回るワイルドキャットの方が、あのジークよりも少ない半径で旋回していた。
そのためジークの努力は、その機体の寿命を若干伸ばしただけで終わった。
彼は照準環の真ん中にジークを捉えると、それと同時に発射把柄を押し込んだ。
それと同時にコックピットが激震に見舞われる。
そして両の翼からは、6本の機銃弾の線が飛び出いていた。
それが起こったのは、彼が発射把柄から手を離し1連射を終えた時だった。
ジークの胴体真ん中、深紅の日の丸が描かれている部分が、連続してミシン縫いされたかのように穴を穿たれた。
ジークが被った被害はそれだけだった。
しかし脆弱なジークの機体は、それに耐えることができなかった。
いやうまく桁を破壊したのだろう。
穴を穿たれてから寸秒後、そのジークは胴体真ん中から両側に分断された。
そしてそのまま、尾部は海面に向かって落下していった。
さらに主翼を含む部分は、エンジンの重さから機首を軸に回転しながら、落下していった。
「やっとやれたか」
彼はやれやれという風に言った。
その頃には、数で勝っているワイルドキャットがジークに対し優勢に戦い始めていた。
そのため、彼は残弾がまだ十分にあるのを確認したのち、再び戦場に飛び込んでいった。
「味方が押されているな」
「隊長どうしますか?」
隊内電話を通じて、友永攻撃隊長に伺いを立ててきたのは、「蒼龍」戦闘機隊隊長長谷中尉だ。
「どうするかな」
友永大尉は、そう呟いてから黙り込んだ。
「半数でも派遣すべきではないですか?」
そう言ってきたのは、偵察員の赤松作特務少尉だ。
現在元々劣勢で戦いの渦中に飛び込んだ、「飛龍」戦闘機隊30機は、倍以上の敵機に対し序盤こそ優位に戦っていたが、敵が戦い慣れてきた頃から数の差から押され出していた。
現状は序盤で得た貯金があるため、キルレシオでは勝っている。
また押され出したと言っても、被撃墜率は概ね同等を保っている。
だが先に全機をこの調子でやった場合落とされるのは、「飛龍」戦闘機隊の30機の零戦だ。
おそらく九七式艦攻隊の直掩についている、「蒼龍」戦闘機隊の半数、15機でも応援に向かえば一気に戦況は好転するだろう。
おおよそ今残存している「飛龍」戦闘機隊は20機程度。
敵機は40機以上と見積もられるため、数で同等もしくは上回ることができるのだ。
「やられました」
そう言ってきたのは、電信員である村井定一等飛行兵曹である。
友永攻撃隊長が、逡巡している間にまた1機落とされたのだ。
このまま足踏みしていれば、「飛龍」戦闘機隊は下手すれば全滅もしくは壊滅してしまうだろう。
あれだけの技量を持った搭乗員を育成するのは、かなり大変である。
そこをアメリカと競えば負けるのは、日本である。
しかも今回はまだ初戦であり、戦争の序盤の流れを決めるにすぎない。
そのため、人的資源の消耗は最低限に抑える必要があった。
その瞬間友永大尉の腹は決まった。
「「蒼龍」戦闘機隊第二大隊に命ずる。敵戦闘機隊を「飛龍」戦闘機隊と共同して撃滅せよ!」
その命令は隊内電話によって、即座に編隊を組む前期に伝わった。
その命令が届くとともに、第二大隊長の多田少尉から「了解行ってきます!」と力強い返答が返ってくる。
それと同時に、後方から15機の零戦が戦闘空域に向け飛び出していく。
その素早さは、まるで疾風のようだった。
「頼んだぞ!」
友永大尉は、そう独りごちていた。
「編隊を組み直す」
隊内電話からそんな声が聞こえてくる。
声の主はおそらく、「蒼龍」戦闘機隊隊長の長谷中尉だろう。
「第一、二小隊は前方を、第三、四小隊は左右を第五小隊は上空を守れ!」
その命令が矢継ぎ早に発令されるとともに、一糸乱れぬ機動で零戦が持ち場についていく。
これは機数が減ったため、そして敵戦闘機が味方との空戦に忙殺されているために背後の守りは捨て、前方や側面の防御を優先したためだ。
彼ら「蒼龍」戦闘機隊は若干数に少ない状態で九七式艦攻の、直掩任務に当たることになった。
九七式艦攻隊は、直掩の零戦を引き連れて一箇所をひたすら旋回している。
それは、万が一にも敵戦闘機に鈍重な九七式艦攻が食われないようとの、配慮があった。
「やはり零戦はやりますね」
村井定一等飛行兵曹が、伝声管を使って友永機長に語りかけた。
「ああ・・・だが極限まで軽量化した弊害で、ほとんど一撃でやられているな」
「ですが、数が少ないのを考慮すれば、善戦してるんじゃないですか?」
「それはその通りだ。あとは「蒼龍」戦闘機隊がどこまでやってくれるかだな」
友永機長はそう答えつつ、油断を許さぬ戦況を見守っていた。
「確かに、うまくいけば数で敵に勝れますからね」
「その通りだ・・」
把柄)友永大尉がそこまで言った時だった。
彼の視界に今まさに、乱入しようとしている「蒼龍」戦闘機隊の姿が見えた。
そして次の瞬間彼らは一斉に翼を翻し、危急に立たされている味方を助けんと、突っ込んでいった。
第29話完
更新再開2話目です
それにしても長くなったなあ
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