第22話トラック沖海戦 二航戦出撃
つぎは、航空戦だ!
連合艦隊主力、第一艦隊が敵主力艦隊を退け、帰還へ向け行動していた頃、彼らの後方50浬の洋上では、多数の発動機が奏でる轟音が、殷殷 と響いていた。
その轟音を奏でているのは、二種の発動機栄一一型と栄二一型である。
どちらも中島航空機が、設計製作した栄発動機の系譜である。
彼らには、退却するアメリカ主力艦隊の後方に位置する、零式水上観測機が偶然発見した、1隻の空母を撃破せよとの命令が下っていた。
日本海軍航空部隊の中でも、一航戦と並んで精鋭部隊との誉れ高い、二航戦の攻撃隊に運悪く狙われたのは、ヨークタウン級空母の二番艦である「エンタープライズ」だった。
だが「エンタープライズ」には、未だ60機のF4Fワイルドキャットが健在だった。
そのうちの幾らかは、主力部隊の援護に回るとしても、攻撃隊直掩の任を持っている零戦隊には、手強い相手と思われた。
そのため、二航戦司令長官山口多聞中将を始めとする、二航戦首脳部は先の航空撃滅戦に引き続き、たりょうの零戦を九七式艦攻と共に、攻撃隊に加えた。
艦隊の直掩を引き受ける零戦は、僅かに18機。
現在二航戦が、保有する零戦の総数は補用機を除き78機。
そのうち直掩隊を除いた、60機が攻撃隊の直掩につくことになったのだ。
その判断は、敵空母に攻撃機が搭載されていないと言う、判断から出たものだった。
「彼らならやってくれますよ」
二航戦旗艦「飛龍」艦橋で、航空参謀鈴木栄次郎中佐が、司令官山口多聞少将に言った。
「分かってるよ。そもそもあいつらは、俺自身の手で訓練を積ませたのだからな」
山口多聞少将が、ぶっきらぼうに言った。
彼は、訓練の鬼であり影ではその厳しさから、人殺し多聞丸との、異名を持っていた。
「今回は、空母相手ですか。彼らも戦艦をやりたいでしょうが」
二航戦主席参謀伊藤清六中佐が、気難しそうに言った。
彼は、司令官と航空隊との板挟みに良く合うのだ。
「心配要らん。米帝どもの空母が居なくなりゃ、いくらでもやらせてやるよ」
そう豪快に司令官は、言った。
「そうですよね。それに敵戦艦は、主力がほとんどやってしまったらしいですからね」
「ああ、日本海海戦に匹敵する大勝利、らしいからな。ここで我が二航戦が最後の仕上げをやるという訳だ」
「しかし、18機だけで大丈夫でしょうか?」
と航空参謀が、懸念される事についていった。
いくら零戦隊が多量にいるからと言っても、対空砲火があるのだ。
それだけはどうしようもない。
「大丈夫だろう。目標は1隻だけだ。そこまで綿密な、弾幕には合わないだろう」
司令官は、そう冷静に言った。
「いいか、目標は敵空母だ。もし眼下に敵戦艦の姿が見えても、攻撃したらいかんぞ」
「飛龍」の飛行甲板上で、飛行長天谷考久中佐が、出撃前最後の確認と訓示を行っている。
「何故でしょうか?」
まだ若い、一人の艦攻乗りが聞いた。
「自分は戦艦をやりたいであります」
続けて彼は、そう言った。
若手には彼に同調するように、首をうんうんと振るものが多かった。
だが、古参搭乗員には、そのような者はいない。
むしろそんな簡単なことも、分からないのかといった風に、彼を見つめるだけだ。
「いいか?」
天谷飛行長は、生徒に教える教師のように言った。
「簡単な話だ。飛行機の最大の敵はなんだ?」
「飛行機であります!」
彼の問いにその若い操縦員は、そう気張って言った。
「ではその飛行機は、どこから飛んでくる?」
「空母であります」
「もう分かったではないか。相手の空母を潰せば、敵の戦闘機だって、飛び立てないんだ。戦艦は空母を潰した後にやれば良い。そうしたほうが、被害も減るしな」
若い操縦員は少々考え込んでから、「分かりました!」と言って、満足げにさがった。
「こんな簡単に引き下がったいいのかよ」と、彼に言いたそうな視線もあったが、それ以上の異論は出なかった。
その後も、簡単な注意などを言っていく。
「これで良いな!」
天谷飛行長は、そう言って締めると「長官いけます」と山口長官に言った。
「分かった」
艦橋で天谷飛行長の、声を聞いた山口長官はそう言って、飛行甲板に降りていく。
「敵は空母である。敵空母を我々だけで撃沈すれば、世界初の空母対空母決戦の勝者となれる。ここで長々と言うつもりはない」
長官はそう言ってから、言葉を一度切った。
それから、続けて言った。
「我々は諸氏の奮戦に期待する。良いな、敵空母を絶対撃沈してこい」
山口長官は、そう言って出撃前の訓示を締めた。
「「蒼龍」は行けるか?」
主席参謀伊藤清六中佐に、聞いた。
「まだです」
それだけ彼は、答えた。
「そうか」
長官は、それだけ言った。
「「蒼龍」出撃準備完了!」
と報告が入る。
これは、旗信号だ。
そして遂に、山口長官が命令を下す。
「二航戦出撃!各艦艦首を風上に向けよ!」
そう彼が言うと同時に、「蒼龍」へ向けて出撃せよの信号が、送られる。
「面舵いっぱい!」
飛行甲板上にたなびく、白い水蒸気の流れを元に、「飛龍」艦長加来止夫大佐が、そう命令する」
「面舵いっぱいよーそろー!」
の復唱が、舵輪を握る航海員からはいる。
「機関最大戦速!」
続けて彼は、機関室に向けて命令を下す。
機関室から伝声管によって、復唱が返ってくる。
その命令が終わる頃には、「飛龍」は回頭を始めている。
甲板が遠心力によって、傾斜する。
それは、速力が高くなるにつれて、大きくなっていく。
だが、17000トンの排水量を持つ「飛龍」は、人が立てなくなるほど、傾斜することはない。
また加速していくと同時に、艦底部から聞こえてくる、153000馬力をひねり出す艦本式タービンの、轟音が大きくなっていく。
さらに加速に伴って、大きく海を切り裂き、白い飛沫を飛ばす。
艦首にはためく軍艦旗も、大きくたなびいていることだろう。
そして、飛行甲板を流れる水蒸気が、中央に引かれた白線の上を、流れ出す。
「舵戻せ!」
加来艦長が、タイミングを見計らって、命令する。
即座に復唱が、返され原位置に舵を戻す為、舵輪が回される。
それとともに、「飛龍」は直進に戻っていく。
「行けるな」
そう判断した、天谷飛行長が「発艦始め!」を命令する。
その頃には、「蒼龍」も出撃の体制を整えている。
「ついにこの日が来たか」
そう感慨深げに言ったのは、「蒼龍」艦長柳本柳作大佐である。
「我々航空屋の夢が、ついに叶いますね」
そう艦長に続けて言ったのは、「蒼龍」飛行長楠本幾登中佐である。
彼らは、「蒼龍」艦橋から今にも発艦を始めんとする、39機の海鷲達である。
そのうち、最後尾に並ぶ9機の九七式艦攻以外は、すべてが身軽な、零戦である。
「しかし、ついぞ彗星は間に合いませんでしたね」
楠本飛行長が、苦々しく言った。
彗星艦爆は、旧式化した複葉の九六式艦爆の、後継機として開発が進められ、10月には部隊配備が、開始される予定が立てられている。
また彗星には、日英同盟の賜物とも言える、傑作水冷エンジンマーリンが、搭載されている。
マーリンエンジンは、1700馬力をひねり出す。
その為彗星は、零戦を上回る570キロの最高速度を持つに至ったのだ。
だが、水冷エンジンに慣れている整備員が少ない為、現在は彗星のみに搭載される予定でいる。
そして現在本土では、そのマーリンエンジンに搭載されている、2段2速式の過給器を搭載した、空冷18気筒発動機の開発が、進められている。
だが、彗星は今回の戦いに間に合わなかった。
水冷エンジンに慣れた整備員が少なかったために、整備員の養成に手間取ったこと、そして細かい箇所の修正が間に合わなかったのだ。
もし間に合っていたならば、今回の戦いで搭載する500キロ爆弾を敵空母に直上から、降らせたことだろう。
「そういうな。今回は敵空母を1隻沈めればいいのだ。彼らにとっては、赤子の指を捻るようにやってくれるだろう」
「そうとも言いますが」
そう言いかけたが、楠本飛行長は口を結んだ。
「しっかりやってくれるよ」
柳本艦長は、どっしりと部下に不安を抱かせない様に、言った。
「攻撃隊発艦始め!」
そう艦長が、下令すると共に旗が振られ、発艦が開始される。
まず「蒼龍」を発艦していったのは、零戦である。
先頭機は、100メートルも飛行甲板が無いはずだが、熟練者らしく、危なげなく発艦する。
やはり速度が出切ってはいないらしく、機体が沈み込むがそこに不安は感じない。
暫くすると、十分な速度を得られたのだろう、上空に上昇していく。
先頭の機体が沈み込んだ頃には、次の機体が滑走を始めている。
彼らは一定のペースを保って、順々に発艦していく。
「総員帽振れ」
遅ればせながら、艦長が言った。
すると、飛行甲板の待避所などから、人の頭が出てくる。
そして手を突き上げ、帽子を持って振る。
日本機動部隊恒例の、光景だ。
乗員に見送られながら、1機また1機と発艦していく。
そして、暫くすると零戦隊の発艦が終了し、腹に魚雷を抱いた、いかにも重そうな九七式艦攻が発艦を始める。
滑走時の加速も、零戦に比べるまでもなく、ゆっくりしている。
だが、零戦隊とは違い飛行甲板のほぼ全てを、使用できる為、飛行甲板の先端に来る頃には、十分な速度に達する。
それと同様の光景が、「飛龍」でも繰り広げられている。
「始まったか」
零戦の涙滴型キャノピーの中で、高城一等飛行兵曹がそう呟いた。
彼の視界には、先に発艦を開始した機体が写っている。
彼はそれを見ながら、「もうそろか」とつぶやきながら、スロットルを若干開ける。
それと同時にわずかに、栄発動機の奏でる轟音が、大きくなる。
「異常なしだな」
回転数を上げ異常がないことを確かめた彼が、そう呟く。
そして発艦が進み、彼の眼前に鎮座していた機体が、するすると発艦を開始した。
それと同時に彼の耳に入ってくる轟音が、一気に高まる。
発艦を開始した機体が、スロットルを全開にしてのだ。
そして若干ぎこちなさを見せながらも、発艦する。
例のごとくその機体は、飛行甲板を出た瞬間、彼の視界から消える。
だが、それのつかの間のことであり、次の瞬間には上昇に移る。
そして、彼の番がやってくる。
彼の機体の車輪止めが払われ、いつでも発艦できるようになる。
彼は、まず若干開き気味にしていたスロットルを、さらに押し込み最大出力を発揮させる。
そして、車輪を押しとどめているブレーキを解除する。
ブレーキを解除すると同時に、機体が動き始める。
最初はノロノロとした動きだが、徐々に加速していく。
今は畳まれている、遮風板を超える頃には、離艦するのに十分な速度にまで、機体が加速している。
彼の視界には、風景が後ろに吹き飛んでいくように、見えている。
だがここで機体を、持ち上げずむしろ抑えつける。
そうしなければ、失速して墜落してしまうのだ。
そして飛行甲板を超え、車輪が空に浮く。
機体が重力に負け、下降していく。
だが海面に着水する以前に、操縦桿を引き引き起こしをかける。
すると機体は、下降から上昇に移り高度を上げていく。
機首は上を向き、プロペラが大気を引き裂き、引っ張っていく。
気温が、100メートル上がる事に0、55度下がっていくが、零下にはまだ達していない為、キャノピーに曇りは生じていない。
栄二一型発動機が、心地よい爆音を奏でる。
機体が極端に軽量化されている、零戦は上昇速度が速い。
その他気付くと、1000メートルを超えている。
攻撃隊の集合位置は、高度3000メートルとされている。
高城一等飛行兵曹は、その高度に達するまでに補助翼や、垂直尾翼の調子を確かめた。
その様子は艦上から見ると、どこか遊んでるようにも見えるが、本人は至って大真面目である。
彼の視界には、一面の青と若干曇ってきた透明度のあまり高くない、キャノピーそして高速で回転している、3翅のプロペラだけが写っている。
3000メートルの高さに達する頃には、零戦の上昇力も鈍ってくる。
これは、栄発動機の過給器の性能が低いためである。
3000メートルの高さから見下ろすと、さしもの巨艦も、何かの駒のようにしか見えない。
発艦を開始して、5分が経つ頃には、零戦隊は全機発艦を終えた。
すでに、第三小隊までは編隊を組んでいる。
編隊を組むなり彼らは、艦隊上空を旋回し僚機を待つ。
最後の零戦が飛び立った後には、九七式艦攻が、発艦を開始する。
九七式艦攻は、「飛龍」と「蒼龍」から9機づつが、発艦する。
「飛龍」から発艦する先頭の機体には青い線が、たすきのように描かれている。
二航戦攻撃隊隊長の友永 丈市大尉の、操る機体だ。
第22話完
ただただ発艦しかも終わってないで1終わりました
どうなるかは、読めばわかります
感想お待ちしています




