第13話トラック沖海戦 突撃の一水戦②
前回の続きです
「「浜風」がやられたか」
そう「谷風」艦長勝見基中佐は、言った。
「谷風」は、「浜風」の前を航行していた。
そのため、轟沈の瞬間こそ見えなかったが、大音響はよく聞こえた。
次は我が身かと思うと、身がすくむ思いにとらわれそうになる。
むしろ、沈没したのが「浜風」だけだった事が、僥倖なのかもしれない。
あそこまで水柱が、林立している中を突っ走っているのだ、もっとやられてもおかしくなかったろう。
「それにしても、まだか」
勝見艦長が、苛立ちを隠しながら言った。
こっちも、できる限りの全速で突っ込んでるが、後ろから追尾する形になっているため、なかなか射点につけないのだ。
「谷風」の艦首は、波に突っ込むたびに海水で洗われる。
だが、それには怯まずに艦首の12、7センチ砲は、射撃を敢行する。
前甲板に閃光が煌めくたびに、少し軽い爆音が轟、衝撃波が押し寄せる。
当然第一砲塔にも、海水が当たっては砕けている。
もし、睦月型以前の防盾しかない物だったなら、容赦なく砲員を拐っていただろう。
だが、「谷風」は最新鋭の陽炎型に所属する感であり、砲塔が砲員を波から守っていた。
しばらくは、第一砲塔だけの射撃となる。
豆鉄砲の主砲がどこまで、通用するかはわからない。
だが、測距儀やレーダーなど装甲を施したくても施せないような、箇所に命中すれば射撃を止めることは出来るだろう。
自艦がやられない限り、駆逐艦には強大な兵器が搭載されている。
そう魚雷である。
特に、日本海軍の持つ九三式魚雷は、強力な物である。
水面下を食い破られれば、戦艦でもない限りほとんど一撃で正確な射撃が不可能になる。
数発当たれば、巡洋艦ですら沈没に追い込まれるだろう。
だが、甘い話には裏があるというように、もし発射管に被弾すれば「浜風」を襲ったような、誘爆を起こし瞬時に轟沈してしまうのだ。
そう魚雷を搭載する艦は、下手をすれば明らかにやりすぎな、破壊力にやられる恐れを背負っているのだ。
「距離7000」
測距儀から、報告が入る。
駆逐艦の小さな物だから、どこまで正確かは分からないが、この距離なら問題はない。
そうこうしているうちに、後部の第二第三砲塔も敵を射界に収めたのか、射撃を始める。
今までに倍する衝撃が前後から、艦橋を襲う。
「取り舵!」
そう勝見艦長が、叫ぶ。
しれと同時に、航海員が舵輪を回す。
数瞬間を置いてから、「谷風」が左に艦首を降り始める。
やはり小型軽量な駆逐艦は、舵の効きが早い。
戦艦ならば、もっと聞き始めるまでに時間がかかる。
「谷風」の右舷側に、水柱が立つ。
「取り舵して無かったら、やられてたな」
その呟きが、何処からか聞こえてくる。
確かに今の水柱の位置はちょうど、一番連管のある位置に上がっていた。
今の水柱を立てた、砲弾の放つ衝撃波によって「谷風」は大きく揺さぶられる。
もし戦艦ならば、この程度では身震いすらしないだろう。
それはそうと、「谷風」の艦底は至近弾炸裂による衝撃によって、傷つけられていく。
「敵戦艦落伍します!」
見張り員から、喜色に満ちた報告が入る。
「何番艦だ?」
艦長は、雷撃する巡洋艦列を見据えながら言った。
「一番艦です!」
すぐに帰ってくる。
それを聞くなり、勝見艦長は双眼鏡を一番艦のある方向に向けた。
「「大和」がやったか」
艦長からその呟きが漏れた。
上空では依然として、艨艟達の巨弾が飛び交っている。
「艦長だ、「大和」が敵戦艦を撃破した」
そう艦内放送で、艦長は言った。
「やったぞ!」
その瞬間艦内で歓声が湧いた。
「流石は新鋭戦艦だ!」
「大和」の存在は、海軍軍人にのみ緘口令は当然敷かれていたが、知らされていたのだ。
その主砲が世界最大の46センチ砲であることも、合わせて知らされていた。
その期待の星が、戦果を挙げたのである。
嬉しくないはずがない。
「「伊勢」敵戦艦を撃沈せり!」
続いて、ベテランの「伊勢」も戦果を上げたと、報告が上がる。
艦長は、水柱が乱立する中「伊勢」のいる方を見やった。
「やってくれたか」
そこには、まだ沈んではいないものの傾斜を強めている、敵艦が見えた。
長年国民に親しまれてきた「伊勢」も凱歌をあげたのだ。
その知らせに、艦内のボルテージは一気に最高潮に達する。
当然士気も一気に、跳ね上がる。
しかし同時に悲報も入って来る。
「「日向」後部大火災落伍します!」
見張り員の目には、激しく炎上しているものの、水線下には被弾してないのか、傾斜は起こしていない「日向」の姿が見えていた。
「「日向」がやられたか!」
そう言って艦長は、拳を壁に叩きつけた。
今度は、士気に水を差すことになる為、艦内放送で伝えられることはなかった。
艦首甲板では、断続的に主砲射撃に伴う閃光が、巻き起きる。
何発かは命中しているようで、敵艦の艦上に直撃弾炸裂の閃光が起こる。
しかし、駆逐艦なら兎も角相手は、装甲を一応は張り巡らせている、巡洋艦である。
被害を与えられているようには見えない。
だが、九三式魚雷を喰らえば、立ち所に戦闘不能になるだろう。
「第六駆逐隊は、上手くやってるな」
巡洋艦列の後ろをすり抜けるように、敵戦艦に突撃する第六駆逐隊の4隻が、見える。
彼女らは、自発装填装置を持たないために、一足先に突撃しているのである。
現状を見れば、一水戦を囮にしているようでもあった。
事実第六駆逐隊の周囲に、水柱が立つことは無い。
気付いていないはずはないが、問題にはならないと高を括っているのだろう。
だが彼女らは、一水戦に所属する駆逐隊の中では、最大の射線を持つ。
一艦あたり9線それが4隻である。
合計36本の魚雷を放てるのだ。
それだけあれば、戦艦の1隻は戦闘不能に出来るだろう。
一水戦が、巡洋艦列に突っ込んでいる間にどこまで、敵戦艦に接近できるか、それが鍵であった。
「消火完了!」
「阿武隈」艦橋に、その報告が入る。
見れば、確かに火は消えている。
「阿武隈」艦長杉山清六大佐は、ほっと胸を撫で下ろしていた。
弾薬庫が誘爆を起こすという、最悪の事態を免れたのだ。
その間にも4門の主砲は、敵艦めがけ射撃を続けている。
「阿武隈」は未だ敵弾に屈する気はない。
そういうかのように、敵弾を避け続けている。
「阿武隈」めがけてくる敵弾は、虚しく水柱を立てるだけで終わっている。
「面舵!」
杉山艦長が、言うと同時に舵が切られる。
5000トン越えの艦体は、直ぐには反応しない。
だが、敵の砲弾が着弾すると思った瞬間、鋭く艦首が右に切られる。
一瞬で「阿武隈」は転舵を終え、新たな進路で突き進む。
こうしている間も、絶え間ない着弾が襲ってくる。
それに対する「阿武隈」をはじめとする、一水戦の反撃は弱々しいものにしか見えない。
だが、命中弾をより多く出しているのは一水戦であり、まともな被害を与えられていないだけだ。
そのため、中々当たらない事によって業を煮やしている、アメリカ側に対し一水戦の士気は鰻上りで上がっていた。
だから、アメリカ側の将兵は自分たちが押されているという、錯覚に囚われていた。
事実、敵の射撃は通用しないのだから、自分等こそが、押しているのだが。
どんどん接近してくる、敵艦艇に対する恐怖もあったかもしれない。
「射撃精度が落ちてきたな」
大森司令官が言った。
「はい、おそらく焦っているのでは無いでしょうか?」
杉山艦長が、推測で言った。
「焦りか、確かに味方の命中率は、反比例するように上がっているからな」
確信を込めた口調で大森司令官が、言った。
「ですが本艦は、イマイチですよ」
大森司令官は、彼がなんと言わんとしているのか、よく分かった。
「気にするな。門数が減っているんだ、落ちて当然だ。それよりも麾下の駆逐隊の活躍を、喜びたまえ。もっとも有効弾には、なっていないようだが」
彼は、悔しそうに言った。
魚雷を当てないと、駆逐艦とはこの程度なのか?との思いも見て取れた。
それにアメリカの巡洋艦には、魚雷発射管が無い為ラッキーヒットも期待できない。
ほとんど艦橋に直撃させるか、レーダー類を破壊しない限り撃退する事は、不可能だ。
そう考えてる間も、「阿武隈」は残った4門の主砲を使って、目につく敵艦めがけ主砲を撃つ放つ。
「6000」
見張り員から、報告が上がってくる。
「あと1000です司令官」
杉山艦長が、言った。
その顔には喜色であふれていた。
いや、獰猛な顔といった方が良いかもしれない。
どちらにしろ、凄みを感じさせる顔である。
「雷撃用意!」
の令が、大森司令官によって下される。
それは同時に、隊内電話と信号旗によって後続する、駆逐艦に伝えられる。
「雷撃用意です艦長!」
隊内電話によって、命令を受けた無電室から伝令が、それを伝えにやってくる。
「そうか。分かった、ご苦労さん」
艦長は、短くそう言うと、今まで溜めてきたものを吐き出すように言った。
「雷撃準備!」
艦内放送でその事を、気合の入った声音で言ったのだ。
それを聞いた乗員たちは、「浜風」の敵討ちと言わんばかりに叫び声を上げる。
艦内各所で、その叫びは上がっていた。
ついに、魚雷を敵艦めがけて放てるのだ。
水雷屋として嬉しくないはずがないだろう。
「谷風」艦長勝見中佐は、今か今かとこの瞬間を待っている。
すでに水雷長からは「雷撃準備完了」の報告が、入っている。
「取り舵」その命令が、信号旗で伝わってくる。
「取り舵いっぱい!」
勝見艦長が、即座に命令を下す。
「谷風」は、素早く艦首を左に降り始める。
当然「谷風」の周囲には、敵巡洋艦が放っている砲弾が、着弾し続けている。
いつ命中弾を喰らうかは、分かったもんじゃあない。
「危なかったな」
艦長はそう水柱を見て、言った。
転舵して少しして、艦首右の至近に水柱が立ち上ったのだ。
もし転舵が間に合っていなければ、「谷風」は艦首に被弾していただろう。
もしそうなれば、突撃を諦める他にない。
「谷風」は今の所、付いていた。
「5000!」
の報告が、見張りから届けられる。
「雷撃開始!」
大森司令官が、裂帛の気合いを伴って言った。
その瞬間、艦橋の雰囲気が変わったという。
「雷撃!」
水雷長の口からその言葉が漏れた瞬間、艦後部をわずかな衝撃が襲った。
4連装発射管が、4本の九三式魚雷を圧縮空気によって吐き出したのである。
航跡は見えない。
いや、見ることが出来ないのだ。
九三式魚雷は、純酸素によって駆動する為、白い航跡を残さないのである。
「「谷風」雷撃完了「初春」雷撃完了」
無秩序に、雷撃完了の報告が入ってくる。
12隻合計76本の魚雷が、敵艦目掛け放たれたのである。
「面舵いっぱい!」
そして全艦から、「雷撃完了」の報告が届いた瞬間、大森司令官が命令を下す。
敵巡洋艦列の、後ろを抜けるという算段なのだ。
その瞬間から、12隻は全艦が魚雷の再装填を始めている。
敵戦艦を射界に収める頃には、全艦が再装填を終えているだろう。
敵は、もう一水戦が魚雷を放ったことに気づいているだろう。
敵艦は、バラバラに回避行動を始めた。
しばらくは、何も起こらない。
発射から3分半程度経ってようやく、巡洋艦列に到達するのだ。
それを名残遅げに見ながら「阿武隈」は、艦首を右に降る。
この瞬間を見れないのが、なんとも残念だと言いたげだった。
だが、「阿武隈」をはじめとする一水戦は、もっと輝かしい活躍の舞台がある。
敵戦艦列への、雷撃である。
「「加古」被弾、落伍します!」
その報告が、入ってきたのは「古鷹」が、最後の敵駆逐艦をかたずけたのと、ほとんど同時だった。
それと前後して一水戦より「雷撃完了」との報告が入っていた。
艦内の士気が上がっていただけに、それに水を差すような報告だった。
艦は、被弾して外板や非装甲区画が、めくれ上がっていたが、戦闘航行には影響のない程度でしかない。
「艦長より乗員に次ぐ。本艦は「加古」の救援に向かう。「加古」の敵討ちだ!」
艦長が「加古」の無念を代弁するかのように、いった。
「やってやる!」
「帝国海軍の力を見せつけるんだ!」
様々な叫びが上がり、艦内が興奮に包まれる。
僚艦の大破に、その無念を晴らす。その意気であった。
「これは、「加古」の仇討ち合戦だ!気合い入れていけ!」
そう発破をかけたのは、砲術長である。
兎にも角にも「古鷹」乗員は、「加古」の仇を取るの一心で、今までにない団結力を発揮していたのである。
「待ってろよ「加古」」
艦橋内で誰かが、それとなく言った。
「面舵いっぱい!」
「古鷹」は、「加古」を落伍に追い込んだ敵を成敗すべく、舵を切ったのである。
第13話完
てなわけで、戦艦の出番が少なくなってきた
何せ?
まあいいか
ようやく総合点が100超えた
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