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こんな夢を観た

こんな夢を観た「窓を引っ掻く音に怯える友人」

作者: 夢野彼方
掲載日:2014/08/26

 中谷美枝子が、ついに独り暮らしデビューを果たした。

 雑司ヶ谷の閑静な住宅街で、古いけれど、こざっぱりとしたモルタルのアパートだ。

「ちょっと歩けば池袋だし、何より家賃が安くて助かるんだよね」当初、中谷は大喜びだった。


 ところが1週間もしないうちにわたしのところへやって来て、しばらく泊めてくれと言う。

「どうしたっていうのさ」わたしは聞いた。

「うん、何だかあの部屋、気味悪くって」

「隣に変質者が住んでるとか?」

「ううん、そうじゃなくって。そういう、原因がはっきりしてるのなら、あたし、あんま怖いとは思わないんだよね」

「まさか、お化けが出たんじゃ……。やっぱりな、どうりで安いと思ったんだ。だって、あの場所で2DKなのに、月3万8千円なんて、どう考えたっておかしいもん」わたしはまくしたてた。そもそも、中谷はものごとをろくすぽ考えもせずにまとめてしまう。幼稚園の頃からの悪い癖だ。


 むふんっ、と中谷は鼻を鳴らした。

「お化けが出た、だなんてひと言も言ってないでしょ? あたし、そういうの信じてないし」

「じゃ、いったい、何なの?」

「それがね、深夜2時過ぎになると、台所の窓の外で、何かが引っ掻くような音がするの。それも、毎晩必ず!」そう言って、震えを押さえでもするかのように、自分の両肩を抱きしめる。

「なあんだ、そんなことか」わたしは笑った。

「何がおかしいの?」ムッとした顔をする。

「だって、ネコに決まってるじゃん。流しに食べ残しとか置いてるんでしょ。だから、匂いに惹かれて寄って来たに決まってる」

 中谷はうーん、と考える様子を見せた。

「そうかなぁ、窓は閉め切ってるから、食べ残しがあったとしても、匂いなんか漏れるはずないんだけど……」


「だったら、確かめてみたらいいじゃない。ネコだ、ってわかれば、安心して寝られるよ」

「もし、ネコじゃなかったら? それこそ怖いじゃない。ねえ、あんた、今晩うちに泊まりに来ない? 一緒に確かめてくれないかなあ」

「えー」わたしは、横目でラックの上を見る。明日が返却日のDVDが3枚、積み重ねられたままである。

「いいでしょ? 言い出しっぺなんだし。それに、どうせネコなんだから」中谷が詰め寄る。言い出したら、聞かないからなあ。

「わかった。一晩だけだからねっ」明日1日で3枚を観るのはきついぞ。あーあ、延長決定か。


 「泊まってあげる」代わりに、夕飯はごちそうしてもらうことになった。

「今日はカレーだよ」中谷に教えられるまでもなく、すでに部屋中、カレーの匂いがプンプンしていた。

「ニンジンはよけてくれる?」わたしは念を押す。言っておかないと、わかっていながらどっさり盛るに違いない。

「あんた……ほんとにお子ちゃまだね」

「好き嫌いの1つくらい、誰にだってあると思う」わたしは言い返した。

「ピーマンは? インゲンとグリーンピース、あ、それにアスパラガスはどうだっけ?」

 どれもわたしの苦手なものばかりだった。これだから、幼なじみというのはやりにくい。

 

 タオルケット1枚だけ掛けて寝ていると、肩を激しく揺すられた。

「……どうしたの?」眠い目をこすりながら、わたしは言った。

「しっ。ほら、聞こえるでしょ? 台所の窓を誰かが引っ掻いてる」こわばった表情で中谷がささやく。

 わたしは耳を傾けた。

 確かに、窓ガラスをカリ、カリとこする音がする。

「調べに行こうっ」わたしは立ち上がった。2人並んで、台所に向かう。

 薄暗い台所は、梨地ガラスの窓越しに、廊下の蛍光灯の光がぼーっと射していた。

 わたし達の見つめる中、窓に無数の小さな白い手が現れた。ぺた、ぺた、っとガラスの外側をなで、爪を立てながら滑り落ちていく。その度に、カリ、カリ、と引っ掻くような音を立てた。

「ひっ!」中谷が喉の奥から変な声を漏らす。わたしも、口の中がからからに乾いていくのを感じた。


「あれ、何?」やっとのことで、中谷は言った。暗がりにいてさえ、顔面が蒼白なのがわかる。

「幽霊なのかなあ、やっぱり」

 わたしは怖くてたまらなかったが、反面、超常現象に立ち会えるなんて滅多にない機会だぞ、と好奇心いっぱいだった。

 そおーっと玄関まで降りていって、ドアノブに手を掛ける。手だけかなのか、それともちゃんと体もついているのか、知りたくてたまらなかった。

 わたしのパジャマの裾を引っ張りながら、中谷が恐ろしげに首を横に振っている。

 けれど構わず、ガチャッとドアを開け放つ。

 窓の下に白っぽい塊が一瞬見えたけれど、泡を食ったように逃げていった。


 中谷によれば、それ以来、窓を引っ掻く音はしなくなったという。

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