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ラタタッタ!(Rat-a-tat-tat or: Honky Tonk Whooper-Dooper!!)  作者: 嘉野 令
Chapter 1 ゴンベ・ザ・ネームレス(Gonbe the Nameless)
9/21

#007 ソフトクリーム作戦 ~前編~

 がしゃこんがががががなどという作業音がこだまする工場でのこと。

「なんでよ?」

 幼馴染みにそう聞き返されて、リン・フェスタは目を逸らした。

「いやー、それがさ、懐事情がアレで……冷え込んでて」

「だから、それがなんでって訊いてんのよ」

 油塗れの作業服に身を包んだ幼馴染み――イオリ・ケリーは容赦なく追撃した。そりゃそうだ。リン自身も自分が言っていることをおかしいと思っている。

「だって、あんたたち、こないださっそく賞金もらってたじゃない」

 フェスタ・カンパニーが賞金首ツチグモを討ち取ったことは、この界隈ではわりと評判になっていた。

「それが、その……うちの社員が、昨日の夜、ホンキートンクで大暴れしちゃって、あの、弁償とか……」

 詳しくは前回のお話を参照のこと!

「ばっかじゃないの?」

 タオルで汗を拭いながら、イオリ・ケリーは吐き捨てた。

「うん、あたしもそう思う」

「なぁにしてんだか……」

 イオリ・ケリーはリンの幼馴染みであり、自動車修理工場ケリー・モータースの跡取り娘である。ケリー家は祖父の代からのメカニックで、ケリー・モータースもイリオンシティ入植当時から開業している。

 イオリも同級生であるリン・フェスタやシア・クリスタラーと同じく十八歳。まだ若い娘だが、ほ乳瓶より先にレンチを握っていたという根っからのメカニックで、三年前から工場でも働いている。

 錆色の長い三つ編みを後ろに流し、泣き黒子を伴ったジト目をリンへと向ける。

「で、支払いを待てばいいわけ? 金額はこれ以上まかんないわよ?」

 付き合いが長いだけあってよくわかっている。

 フェスタ・カンパニーの主戦力――フォルクスワーゲンのタイプ2「ウサギ号」は現在、ここケリー・モータースで修理中である。

 詳しくは前々回のお話を参照のこと!

「そのね、支払い待ってもらいたいのもそうなんだけどね……修理急いでもらいたいし、それに――」

「それに?」

 声が怖い。

「正面だけでいいから防弾性能高くなるような改造もしてもらいたいなぁ、なんて……あはは」

 どこかの誰かさんを真似してリンは笑ってみた。もちろん、それでごまかせるような相手ではない。そんなこと、十年前からよーっくわかってる。

「こんのポンポンコツのスクラップ娘がぁ!!」

 華奢な体のどこにそんな力があるのか。まるで万力のようなアイアンクローがリンの頭を鷲掴みにする。さすがはメカニック。

「いたいいたい! いたたたたたたたい!」

「あんたの頭ん中はどーなってるわけぇ!? 頭蓋骨解体して中身見てやろうかしらァ!? ガキんちょの頃から変わってないじゃない!! あたしをどんだけ働かせれば気が済むの!? あぁん!?」

 などと怒鳴りつつも、リンの眼鏡を避けているあたりアレだ。

「ぎぶ! ぎぶぎぶぎぶぎぶ! ごめんごめんごめん! イオリぃ!」

 お互いに子供の頃からこれである。

 リンが無茶を言い、イオリが実現し、シアがボケる。実は、もうひとり幼馴染みがいるのだが、その登場はあと十話ほどお待ちいただきたい。

 もう少しでリンの頭を解体できそうなところで、イオリはぱっと手を離した。解体してしまったら、組み立て直すのも面倒だ。

「ま、ランちゃんに免じて今回は許してやるわ」

 幼い頃からつるんで遊んでいたのでイオリとランも親しいが、リンには何のことやらわからない。

「いつつつつ……えっ? ランなんかしたの?」

「去年からうちの確定申告、ランちゃんがやってくれてんの」

「そうなの!?」

 商売上手の妹のことだ。こういった状況を想定して、前もって恩を売っておいたのだろう。

「って、なんで社長のあんたが知らないのよ」

 まったくである。

 リンはぐぅの音も出なかった。

「それはいいとして、なんで急に改造なんて言い出したの? お金ないんでしょ?」

 一斗缶に腰掛けながら、イオリは訊いた。

「このままだと月末乗り切れないから、別の賞金首獲りに行こうと思って……」

「どんなヤツ?」

 イオリは口ごもるリンを見逃さない。

「ご、豪腕のビッグ・ウィリーってやつ……」

 職業柄、賞金稼ぎとも付き合いの多いイオリである。記憶を辿るとその名前に聞き覚えがあった。

「それってまさか、ボーンヘッズの?」

「う、うん……」

 小声で答えるリンに、やはりイオリは容赦なかった。

「ばっかじゃないの?」


 盗賊団ボーンヘッズを知らぬ者などこのあたりにはいない。七都市同盟、ひいてはこのあたり三十万の住民にとって最大の脅威と言われている。

 文明崩壊から百年、まがりなりにも文化的な生活を送れるようになり、都市の中では法による統治も辛うじて機能していた。

 だが、無法の荒野は様々な危険でいっぱいである。

 ひとつには、ツチグモのような暴走無人兵器。敵も主も失ってなお何かと戦おうとしていて、時として人類に襲いかかる。そもそもが高度なテクノロジーで作られた兵器であり、殺傷能力が高く、襲われたらひとたまりもない。

 いまひとつは異星人の末裔である。文明崩壊寸前の地球を侵略しようとした宇宙の彼方からの来訪者だ。人類と血みどろの戦いを繰り広げたためにそのほとんどが文明と共に滅びたというが、その二世三世にあたる子孫がうじゃうじゃいる。言葉も通じず、彼ら自身も文明を失っているため、今や強暴かつ醜悪な猛獣であった。

 そして、やはり、人類にとっての最大の脅威は人類である。すなわち、アウトロー――無法者だ。誰も彼もが生きるのに必死な時代、その糧を他者から奪おうという連中である。もっと酷い者になれば、暴力を愛し、趣味で人を殺すような輩もいる。

 そんな無法者の中で最大の勢力を誇っているのがボーンヘッズである。

 本拠地はわからないが、各地に拠点を作り、徒党を組んでキャラバンなどを襲う。時には小さな集落を丸ごと壊滅させる。構成員は千人から一万人とまで言われ、各都市の自警団や義勇軍では歯が立たない。

 名の知られた幹部などには賞金が懸けられ、市民たちから(それに加え、ボーンヘッズに圧迫されている木っ端な悪党からも)討伐を期待されている。五〇〇〇イリオン・エスクードの賞金首――豪腕のビッグ・ウィリーもそのひとりだ。

 しかし、世の中それほど単純でも善良でもない。

 たとえば、都市間を運行するバス会社の多くがボーンヘッズに上納金を支払い、安全をカネで買っている。賞金稼ぎや雇われ保安官を護衛にするよりよっぽど安価で安全だという。

 また、荒野でボーンヘッズに攫われた人間の一部は、下部組織を通じて身代金と交換してもらえることもある。話の通じない無人兵器や異星人とは違う。彼らもまたより多くの利益を求めている。

 正体も居所も不明のボーンヘッズ首領には史上最高額となる八〇〇〇スター・ディナール(一ディナールは千エスクード以上の価値がある)の賞金も懸けられているが、そんなものを本気で狙う賞金稼ぎなどいない。夢見がちな人間が生き残れる稼業でもないのだ。

 ともあれ、言うなれば盗賊団ボーンヘッズとは、本来主なき無法の荒野の主である。悪ではあるが、喧嘩を売ってはいけない相手とでも言えよう。

 それが一般的な認識であり、イオリ・ケリーが「ばっかじゃないの?」という理由であった。


「と、まぁ、あたしたちはそんなボーンヘッズに喧嘩売るわけだからね?」

 ガレージ――もとい、オフィスに集まった社員たちに対し、リン・フェスタは真剣な表情で覚悟を促した。

 つい先ほど、イオリに馬鹿にされ呆れられたばかりだが、リンの決意は固かった。

 理由のひとつは――

「組長、お気になさらねぇでくだせぇ。そいつぁそもそもあっしの仇敵、なにも組をあげてカチコミかけるこたぁありやせんぜ」

 ヤクザ社員ことゲン・オシノとの約束である。

 彼は入社前、どこかのだれかから仇討ちを頼まれている。その相手がビッグ・ウィリーであり、仇討ちを黙認することが低賃金で雇われる条件のひとつであった。

 詳しくは前々々々回のお話を参照のこと!

「ヘイヘイ、ゲンちゃん。水臭いこというなよ! オレらブラザーだろ?」

 前回大暴れした新入社員キマニ・ムルガがでっかい声をあげた。だが、リンは別にそんな浪花節で決意したわけではない。

「だいたい、ひとりでなんとかなるような相手じゃないでしょ」

「ですが、組長――」

 食い下がるゲンを押し留めたのは、年齢に相応しくない鋭利さを備えたビジネスパーソンの指摘だった。

「オシノさん、現状を正しく理解しているのですか?」

 ラン・フェスタである。もう完全に副社長モードだ。

「このプランに失敗すれば、月末の支払いは滞り、手形は不渡。我が社は倒産してしまうのですよ?」

 誰かさんのせいでフェスタ・カンパニーはそこまで追い詰められていた。商売大好きなランが目を血走らせるのも無理はない。

「そういう事情もあるから、今回の作戦は全力で行く! そのためなら更なる借金も辞さない! 方々にも頭下げるし、卑怯なこともする! みんな、いーい!?」

 リンが力強く断言すると、各々承知した。

「それじゃあ、まずは基本的なとこからね! 今回の相手はツチグモみたいな機械じゃなくて人間なの。言葉もしゃべるし、学はなくても知恵はあるし、撃てば血も出る」

 リンはランを見遣る。

「だから、ランは会社で待機!」

「お姉ちゃん!?」

 妹は非難がましく言うが、こればかりは譲れない。

「だーめ。こんなん十八禁に決まってんでしょ」

 などと、十八歳のリンが言う。

「これは決定。だから、シアにも声かけるし、組合事務所に頼んで今回ばかりは傭兵も紹介してもらう。ウサギ号はイオリんちで改造中。これら全部の支払いは賞金で賄う。つまり、失敗も撤退も許されない」

 フェスタ・カンパニー、背水の陣。

「あと、大事なのはこれは極秘作戦ってこと! ボーンヘッズに恨まれるわけにはいかないから、なにもかも社外秘ね! ポロリ禁止!」

 たとえ、豪腕のビッグ・ウィリーを討ち取ったとしても、後々ボーンヘッズから報復でもされたらひとたまりもない。

 イオリや組合事務所に話す分には問題なくとも、ホンキートンクあたりでしゃべろうものならこのあたり一帯にバレてしまう。

 気をつけなくてはならない。

「以降、標的のビッグ・ウィリーをコードネーム『ソフトクリーム』と呼称! 本作戦を『ソフトクリーム作戦』とします!」

 ゴミ捨て場から拾ってきた黒板にかかかっと書き記すリン・フェスタ。軍服風の仕事着と相まって、気分は大戦中の参謀本部だ。

「おなかすいた」

 思い出したように呟くカレン・カレルはスルー。

「作戦中はお互いもコードネームで呼び合って、無線とか傍受されても身元がバレないようにすること! 当日までにしっかり覚えんのよ!」

 リンは腰に手を当て、社員を見わたした。

 妹にして副社長のランから秘密が漏れることはないだろう。ビジネスに必要とあらば、社長にして姉のリンにさえ秘密を持ち続けるくらいなのだから。

 カレンもおそらく大丈夫だろう。そもそもあまり有意義なことを話さない。

 ゲンとキマニが酔った勢いでぽろっとやってしまいそうなので、ホンキートンクへ行くのを禁止しよう。そうしよう。

 あとはこの場にいないシアくらいだ。少人数なのが幸いして秘密は守れそうに思う。

「やあ、こんにちは!」

 そこへ、ゴンベがやってきた。社屋というかガレージの扉は開きっぱなしである。笑顔で挨拶しながら、勝手に入ってきた。部外者だというのに。

「ちょっと、何の用?」

 口々に挨拶する社員たちを遮って、リンは冷たく応対した。

「いま大事な会議してるんだけど――」

「あ、今度はビッグ・ウィリーって賞金首狙ってるんだって?」

 無邪気なまでの笑顔でゴンベは秘密を口にした。彼自身、社員でもなんでもないのに。おそらく、情報漏洩の犯人はゲンかキマニだ。

「だからぁ! 社外秘って言ってんでしょお!」

 前途は多難だ。


 ぎらぎらとした太陽が砂漠を熱し、陽炎が踊っている。

 双眼鏡越しに臨む荒野の先、岩山の側面に横長の切れ込みがあった。旧文明の掩体壕――シェルターの入口だ。

 砂丘の陰にカモフラージュしたウサギ号でリンが呟く。

「歩哨は、ふたり……」

 シェルターの前にはモヒカン、革ジャン、肩にトゲトゲという如何にもな連中が二名。見てくれからして明らかにボーンヘッズの見張りである。

 ゲンとゴンベの情報によれば、イリオンシティ南東のここ――昔の軍隊の補給廠を豪腕のビッグ・ウィリー率いるボーンヘッズたちはアジトにしているという。

 リンをはじめとしたフェスタ・カンパニーはこの日のために様々な手を打ち、作戦を練っている。準備は万端。あとは行動あるのみ。

 リン・フェスタは無線機を手にした。

「こちら、カスタードプリン。ソフトクリーム作戦参加の全ユニットに告げる。現刻を以て無線封鎖を全面解除。所定の行動を開始されたし。どーぞ」

 会社の命運をかけた一大作戦が開始された。

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