#006 Honky Tonk Whooper-Dooper!!
ガレージの片隅――もとい、フェスタ・カンパニーのオフィスで、社長のリン・フェスタが唸っている。便秘ではない。
「うーん、やっぱり集まらないかぁ」
先日、日刊紙イリオン・タイムズに掲載した求人広告のことである。一週間経っても応募者ゼロという悲惨な結果だった。
賞金首ツチグモ討伐でわかったことだが、やはり、まだ十二歳の妹――ランに戦闘は危険すぎる。彼女を巻き込まないためにも人手が必要だった。
本人は――
「私だって鉄砲の使い方くらい覚えるからぁ!」
などと口を尖らせるが、小柄で器用でもない彼女では、自分の銃弾で怪我しかねない。だが、コストが増えるのもあって、副社長であるラン・フェスタはこれ以上の求人にも反対した。
結局、リンが妹を納得させたのはこの一言だった。
「あんたの武器はソロバンでしょ?」
「むぅ」
好きこそものの上手なれ。ランは金勘定や書類仕事が大得意なのだ。十二歳にして、リンを含めた社員の誰よりも得意である。
というか、貸借対照表を作成できるのはランしかいない。役所の手続きを把握しているのもランしかない。ランが銀行へ行かねば、融資を受けられない(他の社員では信用されないからだ)。
厳しい経営状態の中、高くつく会計士を雇わずに済んでいるのも、すべてラン・フェスタとそのスキルのおかげであった。
頼りにしてるからそっちに集中して欲しい。
そう言われて、ランは折れた。
だが、社員が増えなければ人手不足は変わらない。また、いつまでも親友のシアに助っ人を頼めるわけでもない。なんとかして社員を増やさなければならない。
「うち、給料低いもんなぁ……」
一週間前の求人欄を眺める。
業務拡大につき社員大募集!
明るくアットホームな会社です!
【条件】学歴、年齢、性別、経験不問。未経験者歓迎!
【給与】月給二〇〇イリオン・エスクード(昇給あり)
【時間】08:00~17:00(若干の調整あり)
【休日】日、祝、年末年始(若干の調整あり)
【待遇】弾薬代支給(上限あり)、社宅完備(応相談)
いわゆる、ブラック臭ぷんぷんである。もちろん、嘘は書いていない。社宅というのも、宿無しのゲン・オシノがガレージの隅っこでゴザ敷いて寝泊まりしているわけだし。
とにもかくにも、慢性的な不景気にもかかわらず、給与の低さだけが問題ではない求人に応募しようなどという者は現れなかった。
「はーあ」
ウサギ号を修理に出して広々としたガレージ。そこに、リンの深いため息がこだました。賞金首を討ち取ったというのに、なかなかうまくいかないものである。
そんなリンを見かねたのか、社屋を掃除していたゲン・オシノが申し出た。
「あの、組長」
「なによ」
リンはすでに彼の「組長」扱いを訂正しなくなっていた。
渡世人――というか、すなわちヤクザであるゲン・オシノは何度指摘しても、会社を「組」、社長を「組長」、副社長を「カシラ(若頭)」と呼び続けている。
リンからしてみれば、変わった文化である。
「実は、あっしの知り合いに職を探してる野郎がいやして……その、腕っ節ならあっしが保証いたしやす」
「ヤクザならもうお断りよ」
リン・フェスタは即答した。
これ以上、社員ならぬ「舎弟」が増えたら、リン自身ですら賞金稼ぎなのかヤクザなのか混乱してしまいそうだった。
きっと図星だろうと思っていたが、ゲンはすぐさま否定した。
「いえいえ、あっしだって知り合いはヤクザもんばっかしってぇわけじゃございやせん」
「へー。……でも、その人、こんな条件でいいの?」
求人広告をぴらぴらさせながら言った。社長自ら「こんな」とか言い出す始末。ゲンはもっと酷い条件で雇われているのに。酷い話である。
「そりゃあもう、細かいことなんざ気にしねぇ、気っ風のいい男でして」
「ま、そういうことなら明日にでも連れてきて」
「へい、組長! かしこまりやした!」
翌日来社した男は、確かに、ヤクザではなかった。
「こいつがあっしの兄弟分、キマニ・ムルガにございやす」
「お、あんたが噂の大将か! オレがゲンちゃんのブラザー、キマニ・ムルガだ! よろしくな!」
黒人の大男は図体同様のデカイ声でそう名乗った。
履歴書によるとキマニ・ムルガは二十四歳……しか読めなかった。字がヘタクソ過ぎる。おそらく、まともな教育を受けていないのだろう。
褐色の肌、黒髪のドレッド――典型的なアフリカ系である。面接だというのに、ティアドロップのサングラスをかけていて目元が見えない。おかげで、にかっと笑うたびに見える白い歯が印象的だった。
砂漠迷彩のBDU(戦闘服)を着崩しているため、他の社員と比べれば、実に賞金稼ぎっぽい。
っぽくはあるのだが、もっと言えば荒くれ者っぽい。むしろ、アウトローっぽい。つまり、明らかにカタギではない。
「こいつぁ、ついこないだまでストリート・ギャングでして」
「そのチームがボーンヘッズの糞野郎共の下に直るってゆーから抜けてやったのよ。アディオス・ファッキン・ブラザー! ってな」
案の定、そうなのだ。
「その連中が先日、あっしが痛めつけたチンピラ連中ってぇ奇縁で」
「おう! それ以来、ゲンちゃんはオレのブラザーってわけよ!」
「ヤクザもんじゃありやせんが、こいつの男気は確かなもんで――」
なにやらふたりして楽しそうに紹介してるが――
「ってゆーか、やっぱりヤクザじゃない!!」
机をばしーんと叩き、リン・フェスタは立ち上がった。
「ゲン! ヤクザはよしなさいって言ったでしょお!?」
なんなの、このバカ! もう忘れちゃったの!? 鳥!? 鳥頭なの!? ぴーちくぱーちくなの!?
「親が白いと言やぁカラスも白いってぇこの稼業たぁいえ、いくら組長でもそんなご冗談はあっしも困りやすぜ」
リンからすれば、冗談を言っているのはむしろゲンの方である。
「こんな不埒な野郎のどこがヤクザなんですかい」
「フラチときたもんだ! ハハッ、こりゃあいい! フラチだってだよ! HAHAHAHAHAHA!」
もう、何が何やら。ゲンが何を言いたいのかもわからないし、キマニが何を大笑いしているのかもよくわからない。
いや、確かに、ゲンとは雰囲気も何もかも違うから、同じヤクザかと言われれば違うと言えなくもない。
だからといって、キマニ・ムルガなる男がアウトローであるのは間違いない。そもそも、リン個人は、ヤクザという単語を集団的職業的犯罪者のことだと思っていたのだ。
「っつーわけで、フラチな男キマニ・ムルガをよろしくな、かわいい大将さん!」
「まだ採用決めてないんだけど」
「そうだぜ、キマニよ。こういうこたぁ親分が決めるもんだ。でぇいち、あっしだってまだ親子盃もらってねぇんだ」
「ないわ、んなもん」
ツッコミが追いつかない!
「遠慮すんな、大将! 賞金稼ぎだろ? そんなんオレに任せろって! アウトローのことはアウトローに任せんのが一番だぜ! よく言うだろ、酒は酒屋って」
「餅は餅屋」
今まで黙っていたカレン・カレルが急にツッコんだ。普段は無口か「おなかすいた」しか言わないくせに、こんなときばっかり?
「おう、ソレだ、ソレ! お前さんもよろしくな!」
「よろしくー」
社員同士で勝手によろしくされてしまった。
確かに、無法者を相手にする以上、腕っ節の強いコワモテがいた方がいいことはリンにもわかっている。
「……ま、いっか」
結局、なし崩し的に、キマニ・ムルガの採用が決定した。
と、そこに――
「ただいまー」
ラン・フェスタが銀行から帰って来た。
「あっ」
リンは脳を高速回転させた。
十二歳の純真無垢な妹に対し、社内にまたも犯罪者予備軍(または犯罪者)が増えたことを如何に伝えるべきか。教育的配慮を忘れてはならない。
「あれ? 新人さん?」
プラチナブロンドのツインテールをぴょこんとさせ、首を傾げるラン。
「おっと、お嬢ちゃんが例の小っちゃいのに頭がいい若頭――じゃねーや、ゲンちゃんがうつっちまった――副社長さんだな!」
「えっ、あ、はい」
ランも突然褒められてまんざらでもない様子。
あれよあれよという間に話が進むものだから、リンの考えが追いつかない。この男――キマニ・ムルガの気さくさはいったいどういうことだろう。いつの間にか、この場にもすっかり馴染んでいる。
「オレはゲンちゃんのブラザー、キマニ・ムルガだ! 今日からお嬢が上司、オレが部下だぜ! よろしくな!」
歯並びのいい白い歯をにかっとむき出して笑うキマニ。
十二歳の学生上がり相手に、二十四歳のギャング崩れが素直なもんである。ゲン同様、第一印象より悪い奴ではなさそうだ。
「えっと……私がフェスタ・カンパニー副社長兼最高財務責任者兼庶務担当役員のラン・フェスタです。あなたの働きに期待していますよ、キマニ・ムルガさん」
上司扱いが嬉しかったのだろう。ランはビシッと姿勢を正すと、キリッと副社長モードで応じた。
なにやら社長の知らぬ間に役職が増えているようだが、まさにその通りの職責を全うしてるから文句のつけようもない。
それはさておき、なんとなく受け入れてしまったキマニ・ムルガだが、所詮は元ストリート・ギャング。貧困を理由に、群れを成して都市部で悪さを働いていたような無法者である。
少なくとも妹の前では十五禁な言動は控えさせなければならない。
社員たちの目を盗み、リンはキマニの背後へとそっと近寄った。手にはココロちゃんから買った愛用の拳銃――二十世紀初頭、製造元のモーゼル社から許可も得ず東洋の軍閥が勝手に開発・量産した機関拳銃モールチャン。
リンの快活な瞳には似合わない黒縁眼鏡がギラリと輝いている。
「いい、キマニ?」
彼にしか聞こえない囁き声。
「な、なんすか、大将」
彼の背中には七・六三ミリの銃口。
「ランはね、いい子なの。わかる?」
「お、おう」
「教育的に悪影響を及ぼすってあたしが判断したら、誰であろうと撃ち殺すから。いい? わかる? 誰であろうと、だからね? あたしはランの教育のためなら、保安官でも判事でも領主でも撃ち殺せるの。そもそもね、あたしのモールチャンのトリガーはね、そう、ヘリウムみたいに軽いの。知ってる? ヘリウム。風船みたいでしょ? それを忘れないで、覚えておきなさい?」
「う、うっす」
こうなると、どっちがアウトローかわかったものではない。
夜の帷が西の空を紫色に染め始めると、砂漠から吹く風は熱気を失っていった。
街で働く者たちは寒さと闇から逃れるために家路を急ぐ。その一方で、荒野で働く賞金稼ぎ共はいつもの酒場――ホンキートンクへと向かうのだった。
「あっれ、大将もお嬢も来ねぇの?」
社屋からホンキートンクへ向かう道すがら、一行が自分を含めて三人しかいないことにキマニは気付いた。
三人――すなわち、新人キマニ・ムルガ、渡世人ゲン・オシノ、いるのかいないのかよくわからないカレン・カレル。
フェスタ・カンパニー正社員五名のうち、社長と副社長を除く三人しかいないのだ。せっかくの「オレ様」歓迎会だというのに。
「馬鹿言っちゃいけねぇ、キマニ。カシラはまだ若けぇ。酒の席は教育的によろしくねぇや」
副社長ラン・フェスタをカシラ――若頭と呼びながらも、ゲンは教育的配慮をしているようだ。そこを気にするくらいなら若頭扱いをやめればいいのに、なんてキマニは思う。
が、ツッコミはさておいた。
「じゃあ、大将は?」
初日からマフィアのボスばりの脅迫を受けたくらいだ。社長のリンに好かれていないのはわかっているが、理由もなく歓迎会をすっぽかされては沽券に関わる。
理由は、聞いていないようでちゃんと話を聞いているカレンが知っていた。
「仕事のアレで人に会うってー」
「さすが組長」
「じゃーしゃーねーか」
それにしても、人を見る目には自信のあるキマニも、カレンという女がいまいちわからない。そういったあれこれのためにも、今夜は親睦を深めたいものである。
そうこうするうち、一行はホンキートンクに到着した。
「おう、邪魔するぜ! マスター、いつもの頼むわ!」
ゲンがフェスタ社に入社して以来、キマニも賞金稼ぎ御用達というホンキートンクをよく利用していた。だから、勝手はよくわかっている。
三人はすたすたと隅っこのテーブルへ向かった。席に着くなり――
「よーし、今日からここはフェスタ・カンパニーの指定席な!」
キマニは一方的に領有権を主張した。
「ふん、勝手にしろ……」
マスターもすんなりそれを認める。馴染みの賞金稼ぎはどいつもこいつも似たようなことをしているからだ。それに、隅のそのテーブルはトイレに近すぎて欲しがる者などいなかった。
ちなみに、人気のテーブルとなると、月に一回くらいは奪い合って決闘なんぞを繰り広げる。賞金稼ぎなど所詮はそんなどうしようもない連中である。
フェスタ社の領有権が黙認されたのをいいことに、カレンは社章のステッカーをテーブルにぺたぺたと貼り付けた。
「お、それがうちの会社のマークか?」
「代紋って言え、代紋って」
「社章」
「なんだコイツ、ネコ?」
「兎だ、兎」
「ウサぴょん」
しゃれこうべの代わりにウサギさんを据えた――海賊旗のパロディである。発案者はジョリー・ロジャー・ラビットなどと命名したが、社員の誰もそのジョークに気付かず定着していない。
「大将が描いたの? お嬢?」
ウサギの海賊旗が納入された日のことをキマニはまだ知らない。
「そいつぁゴンベさんっていって、旅の――」
「なになに? 僕のこと呼んだ?」
気付くと、ゲンの背後に中肉中背黒髪黒目という特徴のない青年が立っていた。何がおかしいのか笑顔である。
「おっと、これはこれは噂をすればゴンベさんじゃねぇかい」
ゲンが微かに驚いている。キマニも侠客ゲン・オシノが背後を取られるのを初めて見た。サムライソードがエモノのゲンは人の気配に敏感なはずなのに。
「ははは、こんばんは」
笑顔の青年――ゴンベがひらひらと手を振って挨拶した。
「これがゴンベ君。それがキマニ君」
カレンが投げやりだが端的にお互いを紹介した。
「おう! オレがフェスタ・カンパニーの期待のニューカマー、キマニ・ムルガだ! よろしくな!」
「僕はゴンベ。よろしくね、ははは」
「今日はオレの就職祝いと歓迎会だ! 会社のマーク作ったとなりゃお前もブラザーだな! 座れ座れ!」
有無を言わさず、ゴンベを座に加えるキマニ。抵抗もせず、促されるまま席に着くゴンベ。
紫煙で霞む店内には、まだ宵の口だというのにすでにいくつも乾杯の声があがっていた。
楽団がニューオーリンズ風のジャズを奏で始めた頃、フェスタ社のテーブルにも酒が運ばれてきた。「ばくだん」と呼ばれる一杯三〇レアルの粗末な安酒――これが彼らの「いつもの」である。
「オレを祝してかんぱーい!」
今夜の主役であるキマニが自ら乾杯の音頭を取り、安酒を呷る四人。
「うっ、げーっほごっほっごほ! み、みんな、すごいお酒飲んでるんだね、ははは、げほっ」
不用意にぐいっと飲み込んだゴンベが咽せた。
「うっぷ! 今日は一段とメチル臭せぇな、おい!」
酒飲み歴生まれてこのかた二十四年を自称するキマニにとっても、今日のばくだんの威力は強烈だった。
ばくだんは、いつぞやの世界大戦後の闇市などで流通していたという。そもそもの原料からして工業用の代用燃料という酷いシロモノだ。
近隣で天然ガスを産出し、西の海から石油の届くイリオンシティだが、やはりそういった燃料は高くつく。そのため、エタノールとメタノールを混ぜた代用燃料を使う工場も少なくない。そこで余った工業用アルコールを格安で買い付け、加熱し、沸点の低いメタノールだけを揮発させ、残ったエタノールを水で薄めたものがばくだんの正体である。
よく冗談で飲兵衛を「エチルでもメチルでも」などと言うが、メチルアルコール――メタノールはちょっとした量を飲めば死んでしまう。つまり、十分に揮発させていなければ死んでしまう危険な安酒なのだが、彼らは喜んで飲んでしまう。
貧乏な荒くれ連中の命など、税込み三十レアルの価値しかない時代なのだ。
「ヘイヘイ、マスター! オレらを殺す気かよ!」
などとキマニも吠えるが、実に楽しそうである。
「まーったく、ひでぇ店だな、こりゃ」
「ちげぇねぇ」
言い合いながらもぐいぐい飲み続けるキマニとゲン。酒に弱いゴンベはすでに飲むのを諦め、一方でカレンは文句も言わずちびちび飲んでいる。
「ははは……で、でも、音楽はいいんだよね、この店」
たった一口で吐き気に悩まされているゴンベが笑いながら言った。この男、いったい何がおかしいのか。
「おう、それだけが救いだな! HAHAHA!」
「ちげぇねぇちげぇねぇ」
店内の喧噪にあわせて、音楽はジャズからカントリー風の――店名にもなっている――ホンキートンクへ。以前から楽団はなかなかに評判がいい。
あまりに好評でラジオ・イリオンに紹介されたこともある。もっとも、そのせいで音楽目当てのカタギの客が殺到。だのに、酒と料理の不味さ、常連客の柄の悪さに泣きながら帰っていったという。そのため、今では賞金稼ぎ専用の穴場スポットとなっていた。
「あのギタリストのお姉さん、傭兵なんだってね」
「おう、知ってる知ってる」
ゴンベに言われるまでもなく、キマニも彼女の噂を耳にしていた。
「確か、紅のハルカ――ハルカ・ザ・ルージュって名前だったか」
数ヶ月前にふらっとイリオンシティにやってきた流しの傭兵という話だ。
「ギターも銃もいい腕って話らしいな……仲良くしてーな、おい」
キマニが言うと下品だが、傭兵ハルカ・ザ・ルージュは確かにそういった魅力のある女だった。
褐色の肌に、長い銀色の髪。テンガロンハットを斜にかぶり、腰にはコルトのSAA。ボロボロの赤いマフラーが二つ名の由来だろう。影のある貌でギターを爪弾く姿は絵になる美しさだった。
それにスタイルが女性的な魅力にあふれていた。
「フェスタ・カンパニーはかわいい女の子だらけでそれはそれでいーんだけどよ。あーゆー巨乳成分が足りねーよな! HAHAHAHA!」
さらに下品に笑うキマニ。ばくだんのおかげかだいぶ出来上がっている。
「おいおい、キマニ、おめぇ。それだけは組長の前で言うんじゃねぇぞ」
フェスタ姉妹は揃って「ない」タイプである。
ちなみに、目の前のカレンもそうなのだが、彼女は特に気にしていない様子。というか、カレンは森羅万象あらゆるあれこれに興味がない様子。
「組長は男気溢れるお方だけどよ、年頃の娘さんなんでぇ。それなりに気にしてなさるんだからな」
「ハハッ、モーゼルで蜂の巣にされちまうってか? HAHAHAHA!」
「へっくち!」
リン・フェスタは突然くしゃみをした。なにやらどこかで失礼な噂をされている気がする。
「お大事に」
「すいません、博士」
普段なら仕事を終え、ランと夕食を取っている時間だが、今は出先だった。
ここはイリオンシティの外れ、怪しげな機械や装置でいっぱいのライプニツ研究所という民間の施設だ。名前は仰々しいが、ギア・ライプニツ博士の個人商店みたいなものである。何せ、研究員は所長の彼ひとりなのだ。
ライプニツ博士は如何にも科学者っぽい白衣を纏い、リンのそれより度の強そうな眼鏡をかけている。引き篭もりがちだからか、肌はリンよりも白かった。くすんだ金色の髪もさらさらでちょっと悔しい。
「それで、その、無人兵器が急に動きを止めた理由……博士なら心当たりがあるかと思ったんですけど」
リンは話題を戻した。これが訪問の理由である。
崩壊した旧文明の知識はその多くが失われている。しかし、それら遺産に頼って生きる人類にとって、その研究、ひいては文明の復活を目指すことは生存と発展に必要な使命であった。
北の大都市スターゲートで学問を修めたギア・ライプニツもその使命を負ったひとり――科学者なのだ。旧文明のオーバーテクノロジーについてイリオンシティで最も詳しいのが彼と言われている。
まだ若く二十代半ばなのだが、街の長老だって文明崩壊以前を知っているわけではない。大学のないイリオンシティではこの若き科学者にしか相談できない話だった。
「ふむ……それは実に不可解な事象ですね」
先日のツチグモ討伐をリンは自分たちの力とは考えていなかった。追い詰められていたのはむしろフェスタ・カンパニーだったのだから。それが、ツチグモとその子蜘蛛たちは突然動かなくなった。
組合長やココロちゃんの賛辞を受けても、リンは釈然としない違和感を抱き続けている。
「もし、仮に、僕が、リンクして行動する無人兵器グループに対処するならば、電子戦を仕掛けるでしょうね。強力な広帯域ジャミングによって敵のリンクを封じます」
「なる、ほど……」
リンの知識の範疇外だが、つまり、敵を結びつけている無線を妨害するというのだろう。確かにそれなら、蜘蛛の群れは連携できない。
「しかし、これは、それでは説明できない事象ですね。わかります?」
「はい……」
リンもそれはわかっている。
「リンクを封じた途端、彼らはスタンドアローンで行動するはずです。ただ、モードの変更が起こるだけ。攻撃どころか稼働しなくなるなんて、やはりおかしいでしょう。彼らは熱核戦争の電磁パルスすら乗り切ったのですから」
単語の意味はわからないが、文明崩壊を乗り越えたくらい頑丈、って文脈はリンにも理解できた。
「やっぱりヘンですよねぇ」
ライプニツ博士にわからなければ、この街ではお手上げである。
「もし――」
博士は眼鏡の奥の瞳を閉じ、手を口に当てた。
「もし、その無人兵器グループを、ハードないしソフトの攻撃以外で完全に停止させることができるとすれば……」
目を開き、まっすぐ見つめるライプニツ博士。
「命令、でしょうね」
「命令?」
今度は別に専門用語でも学術用語でもない。一般名詞「命令」だ。リンにだって意味はわかる。
「そう、命令です。彼らも今では暴走しているけど、本来は人間の、正確には権限在る人間の命令に対して従うように作られています。軍隊が敵を打ち倒す道具であり、兵士。ですから、正しい手順で権限在る者が命令すれば彼らは従う」
リンたちの世代にとって忘れがちだが、荒野で暴走している無人兵器はそもそも味方を守り敵を倒す存在なのだ。けっして、猛獣ではない。
「命令ならば、攻撃も待機も撤退も自爆も機能停止もするでしょうね」
「でも、先生……」
やはり、リンの疑問は解決されない。
「そんな命令できる人、百年以上前にみんな死んじゃってます、よね?」
文明崩壊からおよそ百年と言われている。祖父母や曾祖父母の世代も、辛うじて生き残ったに過ぎない。
「そのはずです」
この時代を生きる人々が文明を復活できずにいる理由はそこにある。もっと古い単純な機械やシステムなら、技術を習得し、セキュリティをごまかし利用することができた。零細企業フェスタ・カンパニーですらウサギ号――車を使っている。
だが、崩壊直前の高度な文明であればあるほど、模倣することすら妨害するように作られていた。真似させまいという強い意志が見えるのだ。
「もし、もしも――」
それが博士の口癖のようだ。
「そんなことできる者ががいるとすれば、おそらく科学者ではありません」
遠回しに、自分や自分たちにはできないと言っているのだろう。
「そうですね……僕ならそれを魔法使い、と呼びます」
「魔法、使い……」
そんなお伽噺じゃあるまいし。
「ははは、うっぷ。もう吐きそうだよ。限界限界、ははは」
「っかーッ! マジィな、おい! HAHAHAHA!」
「オヤジ! もういっぺぇ! いんや、瓶でよこしな!」
ホンキートンクは宴も酣である。
カレンを除く男性三人はもう目の焦点が合っていない。瓶やグラスが散乱し、紙巻きタバコの吸い殻は山を作っている。
夜もだいぶ更けてきた。
屋外は静寂と暗闇、店内は喧噪と紫煙が支配している。
ゲンとキマニが十八杯目に口をつけ、楽団の傭兵ハルカがギターソロを終えた時、十人ほどの見慣れぬ男たちが店にやってきた。
この時間にやってきても席がないことくらい地場の賞金稼ぎには常識である。人相風体からして賞金稼ぎかアウトローだが、流れ者なのだろう。
常連の酔客から好奇の視線を受けながらも、彼らは店内を見わたしている。
おそらく、一番弱そうなテーブルを選んだのだろう。ずかずかとフェスタ・カンパニー指定席へとやってきた。
「おう、兄ちゃん姉ちゃん。俺ら長旅で疲れてんだ。気持ちよく席譲ってくれよ」
一団のリーダーらしいスキンヘッドの大男が詰め寄った。
「ははは、困ったな」
「悪りぃな。このテーブルはうちらフェスタ・カンパニーの指定席なんだよ、ほれ」
笑って応えるゴンベを無視して、カレンが貼り付けたステッカーを指し示すキマニ。海賊旗のウサギさんがつぶらな瞳をしている。
スキンヘッドはため息ひとつ。
「あぁ、知らねぇようだから言っとくがよ、兄ちゃん。俺らは流浪の賞金稼ぎダイナマイト・マックとマイトガイ狂走連合ってモンだ。名前くらい知ってんだろ? 俺様がそのダイナマイト・マックだ」
イリオンシティのみならず、このあたり一帯ではちょいと名の知れた連中である。主に悪い評判でいっぱいだ。
「ああ、泣く子も黙る強盗団、じゃねーや、賞金稼ぎのね」
キマニはわざと間違えたが、ダイナマイト・マックと名乗るハゲマッチョは気にしたそぶりもない。
「よくわかってんじゃねぇか」
実際、彼らは、事実上の強盗団として知られている。たまたま殺した相手が賞金首であれば、賞金を受け取るという程度のものだ。証拠さえあれば、彼らにこそ賞金を懸けるべきであるのだが、あいにく彼らのモットーは皆殺しである。目撃者も証人もいない。
「だからよ――」
ハゲマッチョはずいと迫った。
「ガタガタ言ってねぇで、とっととケツどけろ、ボケ」
常連客が黙って見守り、楽団が演奏をやめていたせいで、その凄味のある脅し文句は店内に響き渡った。
「どうしよっか、ははは」
という、ゴンベの笑いだけが微かに聞こえる。
嵐の前の静けさ。
「おうおうおうおう、どうするもこうするもねーよ」
だいぶ出来上がってるキマニ・ムルガがゆらりと立ち上がった。
「田舎モンは社交も礼儀も知らねーのか? あぁん!?」
さすがは元ストリート・ギャング。喧嘩の売り買いは得意中の得意だった。愛用のサングラスを外し、ガンを飛ばす。
だが、彼を止める意外な男がいた。
「やめとけ、キマニ。少しは大人になんなせぇ」
渡世人ゲン・オシノである。兄弟分を静かに諭し、目を閉じたまま席を立った。奥歯を噛み締めながら。
「お、そっちの兄ちゃんは話がわかるじゃねぇかよ。弱っちぃ連中はそうやってハナっから言うこと聞いてりゃいいんだって」
ハゲマッチョとその手下がニタニタと笑い、ゴンベやカレンの席を奪おうとするが、ゲンは否と続けた。
「いんや、そういうわけじゃあねぇよ」
静かな闘志に気づき、自称マイトガイたちの動きが止まる。
「お前さん方もおんなし稼業ならわかろうがい。代紋ついてるモン、譲るわけにゃいかねぇんだ。ここは勘弁してくだせぇ」
「おい、ゲンちゃん……」
キマニが止めるも、ゲンは腰を低くして頭を下げた。血気盛んな荒くれ者ばかりの酒場では珍しい光景だ。
「ぷっ……きゃははははははははは!」
ハゲマッチョ――ダイナマイト・マックの甲高い笑い声に、彼の手下が続いた。
「おいおい、とんだ腰抜けだぜェ!」
「イリオンシティにゃロクな賞金稼ぎいねぇんじゃねぇの?」
「ひゃははははは! ジョークは爆笑なのにな!」
「だっせ! 超だっせェ! クソだせぇ!」
「見た目通りナヨナヨした弱っちぃ連中だァ!」
マイトガイ狂走連合が大爆笑。
ただでさえ沸点の低いキマニの忍耐は、多量のばくだんを内包したせいもあり爆発寸前だ。しかし、頭を下げたブラザーの手前、炸裂することができない。
ここまで侮辱されても手を出さないと見て、ダイナマイト・マックはフェスタ・カンパニー一同を見下した。
「しょぼいマークがそんなに大事なのかよ、ダセェ」
かーっぺ!
ウサギの海賊旗のステッカーに唾を吐いた。
またも、マイトガイたちは大爆笑。
普段のキマニならここでキレていたところだが、このときばかりはキレそびれてしまった。なぜなら、相方のゲンが肩を振るわせ、殺気を立ち上らせていたからだ。
「代紋を……うちの組を……侮辱しやがった……」
ゲンがわなわなと震えている。
「ゲンさんゲンさん、少しは大人にならなないと、ははは」
ゴンベの制止など聞いちゃいない。
「てめぇらああああああああ!! まとめて叩ッ斬ってやらァ!!」
抜かず撃たずがルールの酒場で、我を忘れたゲンが長ドスに手を伸ばした。
「わー! ゲンさーん! 殿中でござるー!」
珍しく慌てた様子のゴンベがドスとばくだんの瓶をすり替え、さらに前に立ち塞がるという早業を見せた。
だが、そんな献身も彼自身を不幸にした。
「往生しやがりゃあああああああああああぁ!!」
ドスの代わりに振り下ろされた酒瓶が、落雷並の勢いでゴンベの脳天に振り下ろされる。
ばくだんが炸裂した。
酒瓶は砕け散り、ゴンベの頭はばくだんまみれ。ぽたぽたと滴らせながら、ふらふらばたんとゴンベが昏倒した。
数秒の、または一分余りの沈黙の後、キマニも爆発した。
「てめーら、オレの仲間に何しやがんだァァァァァ!」
「やったのはソイツだろォォォォォォォォォォ!?」
「うるせェハゲェェェェ死ねクソボケェェェェェェェェェェェ!!」
今度ばかりは真っ当なツッコミをしたダイナマイト・マックの顔面に、キマニ・ムルガの褐色の鉄拳がミサイル並の勢いで突き刺さる。
それが合図となった。
リーダーを殴り倒されたマイトガイ狂走連合とやらが、一斉にゲンとキマニに殴りかかるも、大歓声と共に他の客も参戦。
参戦に理由などない。ただそこに喧嘩があったからだ。こうして、ホンキートンクは一瞬にして大乱闘。酷い話である。
ギターのハルカ・ザ・ルージュがリズムを四分の二拍子に変え、パートのないピアニストは立ち上がってパンデイロを手に取った。小気味のいいサンバが乱痴気を加速させる。
余所者の自称マイトガイたちもすぐに全滅。
乱闘の中央にいたゲンもキマニもすぐにダウン。
床に伸びているゴンベは他の誰かに踏まれまくった。
もはや、常連の酔客たちが敵も味方もなくお互いに殴り合っている。
カウンターに乱入した輩はマスターがいつもの無表情のままフライパンで撃退。
乱闘に乗じて楽団のハルカに手を出そうとした男はハルカ自身がギターでぶん殴った。男は頭でギターを突き破り、謎の民族舞踊を披露した末、転倒した。
そして、ギターを失ったハルカは何事もなかったかのように七弦ギターを取り出し演奏を続ける。
「あーあ、リンちゃんに怒られる」
そそくさと店の隅っこへ逃げ延びたカレン・カレルが呟いた。
「へっくち!」
帰り道、リン・フェスタはくしゃみをした。
シンデレラにとっての舞踏会は零時までだが、命のお値段税込み三〇レアル連中の祭は払暁までである。翌朝からはまた死と隣り合う人生が待っているのだ。
翌朝、マスターがバケツで水をぶっかけると、彼らは朝日を浴びてすごすごと帰っていった。特に、倒れていた理由など思い返すこともなく。
これは無法の祭典、自由の狂乱、そして一夜のお伽噺。
※時代と場所が違うので飲酒に関する法令や文化が現代日本とは異なります。