#002 イリオンシティの賞金稼ぎ
例の無人兵器から逃げ延び、帰途についた頃。
「ところで、君たちこそあんなところで何してたの?」
後部座席のゴンベが訊いた。
ミラーに映る夕日が眩しい。運転席のリン・フェスタは彼を見ずに答えた。
「あたしたち、賞金稼ぎなの」
「賞金稼ぎ!? 君たちが!?」
「そっ」
ゴンベは驚いて、隣に座るラン・フェスタを見た。
「ホントですよ?」
にっこり微笑むラン。
姉のリンは十代後半。妹のランは十代前半。どちらも「女の子」である。
無法者、暴走無人兵器、異星人の末裔などなど。そういったデッド・オア・アライヴの賞金首を狩るようなバウンティハンターとはとても思えない。
無法の荒野で出会い助けてもらっておきながら、ゴンベはてっきり、姉妹を交易商かなにかだと思っていたのだ。
「これは驚いたなぁ」
「ゴンベさんも驚くことあるんですね」
ずっと笑顔を維持していたゴンベが目を丸くした。それがおかしかったのか、ランはくすくすと笑っている。その度に、銀色のツインテールがぴょこぴょこと跳ねた。
「ま、今日から始めたんだけどね」
反射する夕日に目を細め、リンが付け加える。
「だから、実績もまだゼロ。今日はこの子の試運転みたいなもんよ」
ハンドルをぽんぽんと叩く。
「誰かさんのおかげでM2の試し撃ちはできたけどね?」
「おかげで助かったよ、ははは」
賞金稼ぎフェスタ姉妹の車――フォルクスワーゲン社のタイプ2と呼ばれるマイクロバスが夕日に照らされた荒野を行く。
しばらくすると――
「あれが、君たちの街?」
「そーよ」
フロントガラスの向こう側に集落が見えてきた。旧文明のような高層建築などないが、すでに周囲には人家がちらほら。そこそこ大きな街である。
「イリオンシティっていうんですよ」
偶然にもその名の意味を知っていたゴンベはぽつりと呟いた。
「木馬に注意、だね」
「うん? なんか言った?」
運転するリンには聞こえなかったようだ。
「ははは、なんでもないよ」
イリオンシティ――人口およそ五万。このあたりでは比較的大きな都市で、七都市同盟にも加盟している。
砂漠のど真ん中に位置し、文明崩壊以前から街などない辺鄙な場所である。だが、天然ガスが産出されることもあり、三十年ほど前に入植が開始された。現在では、西の海からの交易路を繋ぐ中継地としても栄えている。
文明崩壊後の都市なのでそれ以前の家屋などなく、崩壊前からの都市であるところの北の大都市スターゲートや西の港町ハザンポートと比べると見劣りはするだろう。
その名は初代領主がギリシア神話から引用したという。しかし、住民の多くが高等教育を受けられないこの時代、その由来を知る者も少ない。
ヘッドライトをつけると、リンが訊いた。
「どっかまで送ろっか?」
郊外のガス田や農場を通り過ぎ、市街地へ入る頃には日も暮れていた。イリオンシティに街灯なんて親切なものはない。
市内とはいえ丸腰のゴンベを放り出すのはためらわれたのだ。
「じゃあ、情報の集まるところがいいかな」
当然、宿と答えると思っていたランは髪を揺らしながら首を傾げた。
一方、宿か食堂か酒場か売春宿を予想していたリンは最初から折衷案を用意していた。もちろん、予想を口にしないのは、幼い妹を前にしての教育的配慮である。
「なら、ホンキートンクね」
「ほんきーとんく?」
「酒場よ、酒場。賞金稼ぎ御用達って店」
お上品な情報の集まる場所などリン・フェスタも知りはしない。彼女たち賞金稼ぎにとって情報の集まる場所といえば組合事務所か、さもなければ酒場であった。酒場「ホンキートンク」であれば、宿、飯、酒、女、情報にもありつける。ただし、食事はビックリするほど不味い。
それに、あそこのマスターは無口な割りに面倒見がいいことをリンはよく知っていた。街に不慣れな青年を押しつけるにはちょうどいいだろう。
ラン・フェスタがすやすやと寝息を立て始めると、リンは速度を緩めた。崩壊後に築かれたイリオンシティに舗装路などなく、悪路っぷりは荒野とどっこいどっこいなのだ。ゆりかごとしては揺れすぎてしまう。
幸い、目的地は目前だった。
「はいっ、ここがホンキートンクね」
鉄筋コンクリート二階建て。日が暮れ、暗くなった街にあって、窓という窓から煌々と灯りが漏れている。酔客の喧噪が通りにまで聞こえていた。
「なんか困ったらマスター頼ってみて」
「なにからなにまでありがとう! おっとと……!」
勢いよくお礼を口にしたゴンベだったが、隣でむにゃむにゃ言う少女を気遣った。
「しーっ、だね。ははは」
「はいはい、お気遣いどーも」
ゴンベはタイプ2を降りると静かにドアを閉めた。
「近いうちにお礼したいんだけど――」
「住所ならマスターにでも訊いて」
「あっ――」
「じゃーね。おやすみ」
せっかちなリンは一方的に話を切り上げた。
よっぽど静かに閉めたのだろう。半ドアだったが、細かいことを気にせずアクセルを踏む。ここから家までなら、歩いてもすぐの距離。ゆっくりのろのろ走らせてはいるが、ホンキートンクもゴンベもすぐにミラーから消えた。
「……ヘンなヤツ」
リン・フェスタは誰にともなく呟いた。
翌朝。
リン・フェスタの朝は早い。否、本当はふたり揃って早起きなど苦手だ。だが、昨日から賞金稼ぎを開業した以上、早めに起きようと妹と誓い合っていたのだった。ちなみに、ラン・フェスタはまだ寝ている。初日から寝坊である。
タンクトップに短パンという寝間着姿のリン・フェスタは、歯ブラシをくわえながら次々に窓を開けていく。その度に、朝靄がすぅっと室内へ入り込む。
フェスタ姉妹の自宅は倉庫街の一角にある。住宅街では愛車のためのガレージが確保できなかったからだ。ガレージのある家といえば聞こえはいいが、ガレージを増築して住み着いているに過ぎない。住環境としては、貧民街のバラックと大差ないと言えよう。
歯ブラシをコップに立て、表へ出ると、リンは背伸びをひとつ。
「んーっ!」
昼には熱気を帯びてしまう空気も、この時間ならまだ涼しく気持ちがいい。
リンが見上げたガレージの青い屋根には、こんな看板が掲げられている。昨日の出発前、リン自身が設置したものだ。
Bounty Hunter
Festa Company
訳せば「賞金稼ぎ業・フェスタ社」といったところだろうか。昨日付でイリオンシティ当局から営業許可も得ている。
六年前、賞金稼ぎになると誓ったフェスタ姉妹は、昨日ようやく会社を立ち上げたのだった。姉のリンが社長で、妹のランが副社長である。
車が一両、銃が二丁、社員は二名。なんとも心許ない賞金稼ぎだが、姉妹にとってはここがスタートライン。ここからゆっくり着実に仕事をしていくつもりだった。
「おう、リンちゃんや。おはようさん」
「あ、ご隠居。おはようございます」
声をかけてきたのは「ご隠居」と呼ばれる老人だった。誰に頼まれたわけでもないのに、地域の顔役を勝手に務めている引退組である。リンが物心ついた頃からご隠居であり、もはや住民へのお節介が彼にとっての重要な仕事であった。
そんな彼が看板を見て、眉をひそめる。
「お前さん、本当に賞金稼ぎになっちまったのかい」
「はい、昨日から」
険しい貌の老人とは対照的に、リンは当然のように答える。そっぽを向きながら。
「お前さん方の両親が荒野でどうなったか忘れたわけじゃあるめぇ」
「ええ」
「それでも、そんなヤクザな仕事しようってぇのかい?」
賞金稼ぎとならず者を明確に区別してくれるほど社会は甘くない。どちらも暴力でもって糧を得ているのには違いないのだから。
「銭金のために荒野へ出て、命懸けで切った張ったするってぇのかい? お前さんもランちゃんも怖くはないのかい?」
この時代、街中でさえ治安はよくない。そのうえ、一歩でも荒野へ踏み出してしまえばそこは無法地帯。暴力のみがモノを言う。力ある者でさえ、より強大な存在に抗えば命を落とす。両親と同じように。
だが、リンにとってとっくに答えの出ている質問である。なんと答えようか、晩の献立でも考えるように宙を眺めた。
雲は白く、空は青く、太陽はまだ低い。
「……ご隠居のご両親は天寿を全うされたんですよね?」
「あったりめぇよ!」
このご時世にあって、これぞ老人の自慢であった。
「我が家のモットーは平穏無事ってぇくらいのもんで、爺さんの代から死ぬのはベッドの上と決まってんだ! これこそ人間の正しい生き様よ!」
「そうでしたよねー」
リンは微笑んだ。だが、眼鏡の奥の瞳に鋭い輝きを宿している。まばたきひとつでその輝きを隠すと、リンは老人を真正面から見つめた。
それは、少女というより悪童の貌だった。
「それでも、毎晩ベッドで眠るの、怖くないですよね?」
朝の涼しい風がふたりの間を駆け抜ける。
時間をおいてジョークの意味を解した老人は天を仰いだ。
「まったく……決心は固てぇようだな」
さすがは凄腕賞金稼ぎフェスタ夫妻の娘といったところか。腕っ節や武装はともかく、機転は利くようだ。老人は呆れ半分、ため息をついた。
「まぁ、昨日もさっそく荒野で大活躍したってぇ話だし、お前さん方は案外うまいことやるかもしれねぇな」
唐突に褒められて嫌な気はしなかったが、リンは首を傾げた。
「えっ、活躍?」
老人は何を言っているのだろうか?
昨日は試運転がてら荒野へ乗り出し、不用心な旅人の青年ゴンベを助け、それがために無人兵器に追い回され泣く泣く逃げ帰ってきた。活躍どころか燃料代や弾丸代で赤字である。
第一、昨日はそのまま帰宅――もとい帰社したのだ。誰とも話などしていない。緊張と興奮と疲労でそれどころではなかったからだ。
「なんだい、謙遜かい? 街の東で無人兵器の群れをちぎっては投げちぎっては投げの大活躍だったらしいじゃねぇかい」
尾ひれがついている。いったい誰がそんなことを……もちろん、ひとりしかない。
「あの辺の親玉だってあと一歩で倒せそうだったんだろ?」
逆だ。逆である。あと一歩でミンチにされかけたのだ。
何ということだろうか。実力社会にあって、実力の伴わない評判など迷惑千万である。
「そんな話を聞いたから心配で顔出したんだけどよ。まぁ、大丈夫そうだわな」
「あの、ご隠居?」
「なんだい?」
一応訊いておこう。誰がこんな、開業早々ハードルを上げるようなデマを流しているのか、を。どれほど広まってしまったのかも気になるところだ。
「その話、どこの誰から聞きました?」
「お前さん方に助けられたってぇ旅人の男がホンキートンクで語ってたよ、夜通しな」
間違いない。アイツだ。
「恐怖にかられる僕をワーゲンのマイクロバスに引きずり込み、急発進! 華麗なるドライビングテクニックの前に、百年前の兵器なんか手も足も出ない! 銃架のフィフティーキャルが僕の悲鳴を掻き消すと、四脚戦車はあっという間に爆発炎上! 倒しに倒したその数は十を超えていた! 彼女たちには敵わないと悟った親玉の八脚戦車――これを僕は『ツチグモ』と名付けた――ツチグモは一目散に逃げ出した! だが、しかし! 東へ向かう交易商の皆さんは安心して欲しい! 新進気鋭の賞金稼ぎフェスタ姉妹は必ずや、このツチグモも討伐するのだから! さぁ、彼女たちを支援し、利益を確実にしようという商売上手の皆さんは懸賞金の増額に貢献しよう!」
まるで講談であった。
リンが慌ててホンキートンクに飛び込んだ時にも、ゴンベはまだやっていた。時間も時間だからか、今はもう客も少なく、いても酔い潰れていた。だが、いったいこの話を、この一晩で、何度繰り返し、何人に聞かせたのだろうか。
確かに、あの無人兵器群は危険である。東の同盟都市クンルンニシルとの交易路を度々寸断している。犠牲者の数も十や二十を超えている。討ち取る意義もわかる。
しかし、どう考えても、フェスタ姉妹には荷が勝ちすぎる。相手は文明崩壊前の主力兵器なのだから。
「おっと! 噂をすれば英雄の登場だ!」
どんな危機にあっても変わらなかった、あの笑顔だ。昨夜寝ていないであろうに、旅人ゴンベは元気ハツラツといった様子である。
「あ、ん、た、ねぇ……!」
ブーツをつかつかかつかつ鳴らしながら、酔い潰れた酔客を避けてゴンベのテーブルへと向かうリン・フェスタ。
「やぁ、おはよう! 昨日はありがとう!」
笑顔で挨拶なんてしてくる。もちろん、それはリンの神経を逆撫でした。リンは問答無用で、ゴンベの胸倉を掴む。
ゆっくり着実にがんばって仕事してくつもりだったのに!
「なにしてくれてんの?」
「あれ? こういうのダメだった? ごめんごめん、ははは」
その笑顔にリンは怒りを忘れ、呆れかえるしかなかった。
文明が崩壊し、生き残った人類も恐怖に怯え震える時代。無法の荒野に乗り出し、暴力に暴力をもって対決する賞金稼ぎという生き方があった。西部開拓時代のそれが数々の伝説を打ち立てたように、彼らもまた様々な伝説を新たな歴史に刻んでいた。
新進気鋭の零細企業フェスタ・カンパニーの伝説は、この日こうして始まった。尾ひれも背びれも胸びれも付け加えられて。