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ラタタッタ!(Rat-a-tat-tat or: Honky Tonk Whooper-Dooper!!)  作者: 嘉野 令
Chapter 3 不渡手形組曲(The Bad-Bill Suite)
19/21

#017 不渡手形のプレリュード

 ちくたくちくたくと秒針が責め立てる。

「フェスタさんねぇ……困るんですよ、ウチも」

 七三分けに黒縁眼鏡、三つ揃いのスーツに金時計の男。彼は広くもない応接室を縦横無尽に歩き回り、ねちねちねちねちとしゃべり続けた。

「いやぁ、不景気なのはわかっていますけどねぇ? それはどこも一緒じゃあないですか?」

 上等なソファに腰掛け、小さくなっているリンとランは顔を上げることも出来なかった。

「あ、いえ、そうなんですけど……その、ちょっと、会社が、あの、吹き飛んじゃって――」

 リン・フェスタ社長は乾いた笑みを浮かべ、床の隅っこを見ながらもごもごと言い訳した。碌に言い訳にもなっていないが。

 先々月のことである。

 ちょっとした事故により、フェスタ・カンパニーの社屋は木っ端微塵に吹き飛んでしまった。というか、社長自ら吹き飛ばしてしまったのだ。詳しい経緯は前回の酷い話を参照のこと!

 幸いなことになにかと頑丈な社員達はみんな生きているし、修理に出していた主力車両「ウサギ号」も難を逃れた。

 そうはいっても、拠点となる社屋がなければほとんど仕事にならないわけで。そのうえ、新入社員ユージ・ウチダなんぞは今も入院中で使い物にならない。賞金稼ぎ事業は立ち行かず、社員総出でアルバイトという酷い有様であった。

 リンは古巣でウェイトレス、ランは組合の経理、カレンは商店街の店番掛け持ち、ゲンとキマニはどこぞの工事現場、ユキノはシフトゼロ、ユージは病室である。

 それでも、結局、二度目の月末は乗り切れなかった。

 第一開拓銀行イリオンシティ中央支店の一階応接室。そこは資本家にとっては殿様扱いされる貴賓室なのだろうが、中小零細企業の経営者にとっては法廷か刑場に等しい。またはその両方だ。

 今日は約束手形の支払期日であり、もちろんというか当然というか残念ながらというか、フェスタ・カンパニーに支払い能力はない。

「どうか、今月もご融資いただけないでしょうか?」

 ラン・フェスタ副社長が容姿年齢に似合わない例の「副社長モード」で、冷ややかな態度の支店長に訴えかける。

 だが、こちらの懐事情はメインバンクたる第一開拓銀行には筒抜けであり、持ち直すどころか社屋再建すらままならないのもまたバレバレであった。

「そりゃあ、ウチが融資しなければ不渡出しちゃいますからねぇ? おたくの資産すべて――といっても例の車くらいですが――それらを処分してもどうにもならんでしょうから……」

 判事兼検事兼刑吏という絶対者の立場から支店長は告げる。中小零細企業にとって、それは死刑判決どころか死刑執行に等しい。絶対不可避の、まさに神の声であろう。

 それを、この男はしれっと言ってのけた。

「まぁ、破綻、ですかね」

「ちょっと!」

 リンは腰を浮かし、反論すべく口を開いた。論拠などない。それでも、やっと手に入れた仲間たちとの大切な「家庭」を、銭金なんかの問題で奪われるわけにはいかない。

 だが、妹の方が遥かに素早く反応していた。

「そこを何とかお願いします!」

 勢いよく立ち上がったラン・フェスタは、その小さな体をふたつに折らんばかりに深々と頭を下げた。

「来週には新しい事業再建計画を提出します! 必ずご納得いただけるものと自負しておりますので、何卒まずはそちらをご覧頂き、ご再考ください!」

 フェスタ・カンパニーという「場」と「縁」を大切に思っているのは、なにもリンだけではない。

 今日も朝からアルバイトのカレンもゲンもキマニもそうだろう。親族にかけあって仕事を探してくれているシアもイオリもユキノもそうだ。きっと、たぶん、おそらく、病床のユージも。

 そして、いつもお金に関して口うるさいラン・フェスタだって。

「お願いしますッ!」

 姉は妹に倣い、頭を下げた。

「いやぁ、社長さんも副社長さんもまだお若いのによくやってるとは思いますけどねぇ、私も」

 このテの人間が最初に肯定する場合、続く言葉が芳しくないのはもはや常識だ。

「ただ、この不景気の折、何もフェスタさんだけ特別扱いってわけにもいかんでしょう? 私共だって融資するリスクを背負っているわけですからねぇ?」

 こつんかつんと支店長の踵が鳴り響く。

「商業取引である以上、ギブアンドテイクでないと……おわかり、ですよねぇ?」

 魔王もとい支店長の黒縁眼鏡が、蛍光灯の白い光を反射している。

(まさか……!?)

 これは何かいかがわしい要求をされているのか? うら若き私たち姉妹にあれやこれや十八禁なことをしようというのか!?

(それとも……!?)

 犯罪的な行為を要求されているのか? 当局にナイショで違法なあれやこれやブラックなことをさせようというのか!?

 ヘタに頭の回転の速いリンである。あっという間に二転三転し、ありとあらゆる悪事が思考を駆け巡る。

 しかし、妹はもっと純粋であった。

「なにか弊社に出来ることがあれば仰ってください! なんでもしますから!」

 そんな不用意なことを言ってしまうラン。

「えぇ、まぁ、フェスタさんだからこそお願いしたいことがあるには、あるんですけど、ね」

「ぜひやらせていただきます!」

 リンが止める間もなく、ランは即答してしまった!

 いやいやいやいやいやいやいやいや!

 待って! 待ちなさい、妹よ!

 姉はあなたをそんなふしだらに育てた覚えはありませんよ!

「当行から常勤の監査役を派遣させていただきます」

「はい! 構いません! ぜひお願いします!」

 ほら、すぐそうやって即決して!

 天国の父さん母さんも黙ってないで止めてってば!

 いくら賞金稼ぎなんて稼業だとしてもランにはやっぱりまともな人生を!

 って、あれ?

「かんさ……やく? それだけ?」

「ええ、それが融資の条件です」

 リンが思っていたよりも、だいぶ、かなり、すごく、真っ当な条件であった。そりゃあ、妹も即断即決するはずである。

 経営不振の融資先に監査役を派遣するなんて、まるでちゃんとした会社として扱われているみたいではないか。

 いや、リン・フェスタ社長本人はちゃんとした会社だと信じてはいるつもりなのだが。

「もちろん、異存なんてない、ですけど……」

「で、では、今月もご融資いただけるのですね!?」

 勢い込んで確認するラン。

「はい、もちろんです。商業取引ですからね――」

 思わぬ幸運にリンの胸中も喜びが支配した。

 だが、脳内で警鐘が鳴っている。

 なんだろうか? この支店長の朗らかな微笑は。

「ギブアンドテイク、ですから、ね」

 これは……そうだ!

 憐憫! 憐れみだ!

 何故だ!?

 何故、圧倒的優位にある支店長が?

 バンカーというエリートにありながら、あたしたち弱小零細企業の経営者という蟻みたいな存在を憐れむなんて……。

「その、監査役はどちらの方、ですか?」

 リンのように危険を察知していないランの無邪気な質問。当然の質問。こちらの事業内容、賞金稼ぎ稼業をわかっている人物なのか気になるところだ。

「……いえ、その、フェスタさんなら、ご存じかと」

 この場の支配者たる男が言い淀んだ。

 リンの脳内アラームがけたたましく鳴り響く!

「まッ、まさかッ!?」

 リンには思い当たるフシがあった。


「リンぺー☆ ひっさしぶりーん♪」


 その甲高く脳天気な大声は背後から聞こえた。

 愛用のモールチャンも応接室までは持ち込めなかった。

 否、このときのために武器を取り上げられたのかも知れない。

 身の危険を感じたリンは慌てて振り返るが、時すでに遅し。

 その「怪物」は背後から、リンに抱きついた。

「ひゃあ!?」

 胸を鷲掴み、もとい、滑走路にハードランディングした手を掴み返し、犯人を目の前に引き摺り出す。

 赤いスーツを纏った同年代の女。いや、同い年なのは知っている。

 桜色に染めたポニーテールに、明らかにうさんくさい丸いサングラス。

 いたずらっ子に自信と不敵さを与えた、人を食ったような笑顔。

 およそ、七年ぶりの再会。

「フラクロ!!」

「へっへー♪ お元気ー?」

 リン・フェスタはこうして、幼馴染みにして第一開拓銀行頭取のひとり娘――フラン・クローネと再会した。

「アンタと会うまではそこそこ元気だったんだから」

「にゃっしししー♪」

 満面の笑みを前にして、リンは眩暈すら覚えるのだった。

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