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ラタタッタ!(Rat-a-tat-tat or: Honky Tonk Whooper-Dooper!!)  作者: 嘉野 令
Chapter 2 パートタイム・スナイパー(Part-Time Sniper)
16/21

#014 死神は彼女の耳朶に「ダイヤの女王を」と囁いた。

 夏の嵐が吹き荒れる。

 日は陰り、砂は舞い散り、風が窓を揺らす。

 結局、昨夜は何時に寝たのだろう? 遅くまで風の音を、がたがたという窓の震えを聴かされていた気がする。

 または、一睡もしていない気がする。

 ユキノ・サクライは布団から腕だけを出し、枕元の眼鏡を探った。

 雲に遮られ弱まった陽射しが、カーテンの隙間から降り注いでいる。今から慌てたところで遅刻は間違いないだろう。

 そもそも、学校など行く気にもなれない。

 のそりと起き上がると、ユキノは枕を引っ掴み――

「……こっち見んな」

 部屋の隅へと投げつけた。

 自宅の自室である。他の誰かがいるはずもなく、枕はただ壁にぶつかり、ぼとりと床へ落ちる。

 登校を諦めたユキノは私服に着替えた。

 ノースリーブにショートパンツ。風の強い中、さすがに軽装かと思い、薄手のパーカーを羽織る。

 このとき髪を束ねなかったことを、あとで後悔することになる。

「……ついてくんな」

 そう吐き捨てるとユキノは部屋を出た。

 誰かがいるはずもないのに。

 ユキノの自宅は丘の上のログハウスである。祖父がひとりで建てたもので、徐々に組み上がる幼い日の記憶はいつまでも鮮明だった。

 唯一の家族――祖父のヘーゾー・サクライはいつも通り、軒先の安楽椅子で寛いでいた。風も強いというのにアロハに短パン。長楊枝をくわえたまま、雑誌を読んでいる。

 本人は語らないが、賞金稼ぎを辞めた今でも情報屋のような仕事をしているらしい。時々、どこぞの賞金稼ぎや組合のダレソレが訪ねてくる。

「おい、ユキノ。学校は?」

 月刊セブンシティーズから顔も上げずに問う。

「休む」

 短く即答するとユキノは丘を下った。

「だから――」

 いくら歩みを進めようとも、奴らは青い顔をしてついてくる。

「……ついてくんな」

 ユキノは、黙って後についてくる四人の男に苛立っていた。


「ダイナマイト・マック様をコケにしやがってェ!」

 ハゲマッチョことダイナマイト・マックはSMGのマガジンを交換した。

「そンの舐めた態度ォ、地獄で後悔しやがれェ!!」

 銃口がリンたちに向けられた。

「こちらウサギ。ニャンコへ。発砲を許可する。繰り返す、発砲を許可する」

 タコスケのウェルズ相手に弾を撃ち尽くしたリンにとって、今や唯一の武器となったインカムに囁くと――

 七・六二ミリ弾が飛来した。

 音速を超えているため銃声より早く、フルメタルジャケットの弾頭はダイナマイト・マックの頭蓋を穿った。

 ダイナマイト・マックはSMGを構えたまま、そのハゲ頭から血飛沫や脳漿を撒き散らし、砲塔から転げ落ちる。

 銃声が聞こえ、彼の亡骸が倒れると、マイトガイ狂走連合とやら――手下連中は一斉に銃を構えた。だが、目の前のフェスタ・カンパニー一同に動きはない。

 気の早い三人が銃口をリンたちに向けるが、それは命取りとなった。

 およそ六一〇メートル遠方にいる死神の後継者から、情け容赦のない七・六二ミリ弾が浴びせられたのだ。

 ドラグノフの咆哮が轟き、頭蓋にぽっかり穴を開けて、倒れ伏す三人の男。

 形勢は逆転した。

 釣りは成功したのだ。

 タコスケのウェルズとの戦闘は釣り堀。

 その戦いで傷ついたリンたちと、その情報は餌。

 耳を澄まし、人を襲う連中が獲物。

 獲物が餌に食いついたところで、パートタイム狙撃手の釣り針。

「動かないでっ!」

 銃声並みに厳しいリンの通告。

「動けばウチのスナイパーが射殺するからっ!」

 合計四発の銃弾とその一言が決め手となった。

「た、助けて、くれ……」

 見えざる敵に怯え、残る男たちは一歩も動けなくなった。

 先程まで威勢良く下卑た笑いさえ浮かべていた連中が、生まれたての子鹿か女郎屋の老婆のようにぷるっぷると震えている。

「こちらウサギ。ニャンコへ。お疲れ様! いい腕じゃない!」

 砂漠に伏せるユキノの姿を見つけてリンは手を振った。

「コイツらちょっとでも動いたら構わず撃ってねー」

「はーい」

 そんなやりとりを聞いたナントカ連合とやらはさらに震えるのだった。

 これで街を騒がせた待ち伏せ野郎――通り魔の脅威は去った。

 ウナギ登りだった賞金も手に入るし、ココロちゃんのツケも免除。

 しかも――

「なぁ、大将。コレ、もらって帰ろうぜ!」

 BMP-3をバンバンと叩くキマニ・ムルガ。

 そうなのだ。軽戦車のようなこの戦闘車両の持ち主は死んだか、収監されるかだ。

「あったりまえでしょ! 最初っから狙ってたんだから!」

 リンは胸を張った。

 これほどの車両を持っているとなればちょっとした中堅賞金稼ぎを名乗れるだろう。組合事務所に行っても酒場に行っても「お嬢ちゃん」だのと馬鹿にされずに済む!

「さすが組長! そこまでお考えだったたぁお見それいたしやした!」

 今日ばかりはゲン・オシノの「組長」も気分がいい。

「よーっし! じゃあ、ケリーんちから回収車呼んで――」

「ねーねー、リンちゃん」

「なによ?」

 今まで大人しくしていたカレン・カレルがそっぽを向いたまま、なにやら呼ぶ。また、おなかでもすいたのだろうか?

「タコスケ追ってきたよ」

 おなかすいたレベルの自然体と不用心さで、カレンが呟いた。

「え?」

「へ?」

「げ!」

 他三名+悪漢連中がそれぞれ、その姿を認識した。

 でっかい頭から直接生えた八本ほどの手足に、赤い肌。まさにタコのようだが、大きさは成人男性の二倍ほど。常に小刻みに震えていて醜悪であり、臭い。

 頭部には四つほど目があり、そこから謎の光線だか熱線だかを照射する異星人の末裔――五〇エスクードの賞金首タコスケのウェルズ。

 四つの目玉から四条のビームが照射!

 BMP-3を貫き、爆散!

「たっ、退却ぅ!」

 と、リンが叫んだときには、みんな一目散に逃げ出していた。


 その日のうちは気分がよかった。

 幼い頃から教え込まれた技術は確かなものだった。

 イリオンシティの交易を脅かした悪党を自分の手で倒す。

 街の外の広大な青空の下で。

 しかし、自由と暴力の代償は思ったよりも大きかった。

 ユキノはひとけのない街路を右へ左へ、ただひたすらに歩いていた。

 どれほど歩いても彼らはついてくる。少し走ってみたが、すぐに息は上がってしまった。湿気の多い空気が肺を満たす。

 久しぶりに雨が降りそうだった。

「なに!? なんなわけ!?」

 振り返れば、あの日の青空よりも青い顔をした四人の男。

 ユキノが殺した男たち。

「怨みでもあるわけ!? アンタたちだって人殺しでしょ!?」

 誰もいない路地でユキノは叫んだ。

「だっ、だいたい! 化けて出られるよーな立派な生き方してきたわけじゃないでしょ!?」

 ときどき言葉に詰まる。

「私にどーしろってゆーの!? 死ねって!? 死ねばいいわけ!? 呪い殺せればそれで満足なの!?」

 どれほど問い詰めても死者たちは答えない。ただただ黙って悲しい瞳を向けている。なぜなら、彼らは死者なのだから。

 ユキノ自身、これが現実でないことなどわかっている。

 ぽつりぽつりと、雨が降ってきた。

 路面に水玉が描かれる。

 その幾粒かは少女の涙。

 街の空は鈍色に染まっている。

「うそつき」

 悪夢から逃れるべく、ユキノは駆け出した。

※誤字を修正しました。

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