#013 散兵は遠くにありて「青空儚しや」と呟いた。
WANTED
Dead or Alive
Wellz The Kraken(EBE)
REWARD OF 50 IoEsc
BY ORDER OF Ilion-City Bounty Hunter Cooperative
「コイツを狩りに行く!」
ガレージに集まった社員一同に対し、社長のリン・フェスタはばしーんと一枚の手配書を差し出した。
無理無茶無謀をやってのけるなどとめっきり評判になってしまったフェスタ・カンパニーの一同だったが、さすがにこれには首を傾げた。
オヤブンの命令には忠実な渡世人ゲン・オシノも珍しく眉根に皺を寄せた。
「タコスケのウェルズ、ですかい?」
「おいおい、大将! いくらなんでもソイツは骨折り損じゃねーか?」
ドレッドを掻き上げ、元ギャングのキマニ・ムルガも不満を口にした。
「だって、ソイツってアレだろ? こっちから手ェ出さなきゃ日がな一日砂漠の砂食ってるだけっつー宇宙人だよな?」
およそ百年前、人類が世界大戦と環境破壊で自らの首を絞め、太陽や地殻が軽く本気を出し世界中が混乱していた頃のこと。宇宙の彼方から、異星人の侵略者たちがやってきたという。
出鱈目な科学技術と理解出来ない習性や文化を持つ異星人たち。彼らは多種族の連合体のようで様々な奇妙奇天烈かつ醜悪な姿をしていた。
タコスケのウェルズはその末裔の一匹であり、イリオンシティ周辺をもう十年以上徘徊している。
知性も失われ、ただただ本能のまま砂漠の砂を食べ歩いている変な奴だ。
「それって、すっごく臭いやつだよね?」
経済経営金勘定には強いが賞金稼ぎ稼業に疎いリンの妹――ラン・フェスタでもその名は知っていた。
「そう! とにかく臭い! あんまり害はないけど、ただひたすらに臭いからって理由で賞金かけられた異星人ね!」
社長のリンが賞金稼ぎに熱心なのは社員の誰もが知っている。だが、いくらなんでも、まず賞金額が低い。
デスクに足を投げ出したキマニが口を尖らせる。
「でもよ、大将。害がねーから賞金安いんだろ?」
社員ひとりの月給にも満たない額である。
「そっ! だから、今まで狩られてないの!」
胸を張るリンにゲンも苦言を呈した。
「組長、あっしの記憶違ぇでなけりゃ、確かそいつぁ滅法強ぇって話ですぜ?」
「げ! マジかよ? ゲンちゃん」
「おうよ、兄弟。去年の暮れに腕の立つ賞金稼ぎがおもしろ半分に狩ろうとしたら返り討ちにあったってぇ話さ」
ゲームやマンガじゃあるまいし、賞金額というのは強さで決まるものではない。一般的な商品価格と同じように需要と供給に左右される。
どこかの誰かに損害を与えているから、それを回避するためのコストとして当局や商人は賞金を懸けるのだ。
例外は怨恨か洒落である。
腐臭を撒き散らす以外に目立った害のないウェルズに賞金が懸けられたのは、どちらかと言えば洒落に近い。
「悪いこたぁ言わねぇ、組長。これじゃあ、骨折り損のくたびれ損になっちまわぁ」
「だいたいよォ! 最近は街の外に謎の襲撃者がうろちょろしてるってー話じゃねーか! 狩るにしたって何もいまやるこたーねーだろー?」
口々に抗議するゲンとキマニ。アウトローで仁義の通じる連中で、普段は損得にうるさくないのだが、さすがのこれは彼らにだって無謀だとわかる。
だが、もうひとりの社員――今もそっぽを向いていたカレン・カレルがぽつりと訊いた。
「リンちゃん、なに企んでるの?」
そう、これはリン・フェスタの策略。その一歩目に過ぎない。
「ふふん、気づいた?」
自信たっぷり、不敵に微笑むリン。首を捻る一同。
「実はね、狙いはコイツじゃないの。言うなれば、コイツは釣り堀」
人差し指を立てて黒縁眼鏡を押し上げる。
「狙いはモチロン、例のクソ通り魔!」
まだ要領を得ない。リンは腰に手を当て、話を続けた。
「いーい? 敵は戦車並みのクルマに乗ってるわけよ? まともにぶつかったら勝てない。そこで、こっちに隙があることを見せつけて油断させる」
ココロちゃんの情報によると街の周辺で無差別攻撃してくる連中は、BMP-3という歩兵戦闘車――小型の戦車のようなものに乗っている。
そんなものと真っ向から戦えば、フェスタ・カンパニーの誇るワーゲンのワゴン――ウサギ号は今度こそ木っ端微塵にされてしまうだろう。
そこで、リンは奇策を考えたのだった。
「そう、エサはあたしたち」
つまり、自らを餌に敵を釣ろうというのだ。
「そして、釣り針はコチラ!」
と、リンが誰かを紹介するしぐさをするも、別に誰もいない。
「……って、まだ来てないのよね」
「えっ? 新しい人雇ったの?」
副社長であるランもそんな話は聞いていない。勝手なことをされては収支に響く。ランは頬を膨らませ、不満げな視線を姉へと向けた。
「正社員じゃないんだからそんなに怖い顔しないで、ってば」
感情がすぐに表に出てしまう正直なランに、リンは苦笑した。
「フルタイムじゃ働けない人だからね」
「ちょっとー! キマニももっと撃って! ちゃっちゃか手ぇ動かす!」
「ちょ、タンマタンマ! いま、弾ァ込めっから!」
「リンちゃん、ウサギ号、煙出てるよー」
「えっ!? ウソ!? マジ!?」
「おうおう! タコ風情が人間様に勝てると思って――うおっとい!?」
「ゲンちゃん、危ねぇって!」
「アンタいちいち無線で口上やんのやめなさいよ!」
「リンちゃん、機銃の弾なくなったー」
「えっ!? ウソ!? マジ!?」
「弾ァなんざなくったってあっしの人斬り包丁で――うおっとい!?」
「ゲンちゃん、サムライソードじゃ無理だって! 相手はビームなんだぜ!」
「いんやぁ、俺が本気出しゃあんな野郎すぐにタコ焼き――うおっとい!?」
「アンタが焼かれかけてんじゃないの! バカァ!」
タコスケのウェルズとの壮絶な死闘の末、フェスタ・カンパニーが命からがら逃げ出したのは昼過ぎのことだった。
太陽は天空遙かに昇っている。
イリオンシティ周辺の砂漠を徘徊し、ただ臭いだけの異星人ウェルズだが、ひとたび身の危険を感じたら恐ろしい力を発揮する。
でっかい頭から直接生えた八本ほどの手足に、赤い肌。まさにタコのようだが、大きさは成人男性の二倍ほど。常に小刻みに震えていて醜悪であり、臭い。
しかも、頭部には四つほど目があり、そこから謎の光線だか熱線だかを照射する。ウサギ号のエンジンも撃ち抜かれてしまった。
街に帰ったら自動車修理工場ケリー・モータースに頼んでレッカーしてもらわねばならないだろう。
自動車もなく、弾もない。
満身創痍の状態で、リン、カレン、ゲン、キマニの四人はとぼとぼとイリオンシティを目指し歩き出した。
「大将ぉ、これってマジで来んのかー?」
激闘に続き、ギラギラとした太陽に焼かれ、キマニはへとへとだった。
「はぁはぁ……あんだけ無線で大騒ぎしたんだから、バレてるとは、思うのよ、ね」
リンの息も絶え絶えだ。
しかし、この作戦、満身創痍のボロッボロにならなければ意味がない。
「どうやら、お出ましになったようですぜ」
ゲンが顎でしゃくった先――砂漠の向こうから、一両のBMP-3が現れた。
イリオンシティ近辺は一連の襲撃事件のおかげで交通量が減っている。定期バスまで運行を取りやめる事態に発展していた。
ならば、その車両は間違いなく例の通り魔だ。
「……奴ら、撃ってきやせんね」
「すげぇ。大将の言う通りじゃねーか」
「当然でしょ」
リンは自信満々で答えたが、これは一種の博奕であった。
行商人ココロ・ザ・ミゼットは通り魔を「損得勘定のできない人デス」とリンに伝えていたが、実際はさにあらず。
リンの見立てでは敵の目的が「殺し」であるだけで、中身は人間であり知恵もあるはずであった。
今まで襲われたのはココロちゃんも含め何れも車両である。当然だろう。危険満載の砂漠を徒歩で旅しようなどというとんちんかんな野郎など、リンもひとりしか知らない。
だからこそ、殺しを目的としている通り魔は車両による逃亡や反撃を恐れて、問答無用で発砲してきたのだ。
だが、彼らの獲物が満身創痍息も絶え絶えで車両にも乗っていなかったらどうだろうか?
おそらく、もっと安価に殺そうとするに違いない。
リン・フェスタはそう確信していた。
案の定、BMP-3は五〇〇馬力のディーゼルエンジンでキャタピラをぶいぶい言わせつつ、発砲することなく、リンたちの目の前までやってきた。
「おっと、こりゃどういうこった?」
砲塔のハッチから顔を出したのはスキンヘッドの大男。如何にもな悪役ヅラなので、噂の通り魔に間違いなさそうだ。
「俺らが襲う前にズタボロじゃねぇか」
ハゲマッチョは白々しく笑った。フェスタ・カンパニー一同がオープンチャンネルで大騒ぎしていたのを聞きつけてやってきた癖に。
「そーよ、悪かったわね。あたしたちはもうボロカスだから、襲ったって二束三文にもならないでしょ、噂の通り魔さん」
リン・フェスタはわざとらしく肩をすくめてみせた。
「ザーンネェンでしたァ! 俺らはカネが欲しくてやってんじゃねぇーの!」
下卑た宣言と同時に、後部扉やハッチから十人ほどの男たちが躍り出た。各々、銃器や刃物、鈍器などを携えた見るからにアウトローな連中。
BMP-3の乗員数からして予想していた最大の人数である。作戦通りうまくいくのか心配になり、リンは喉をごくりと鳴らした。
さらに悪いことに――
「あーッ! トップ! コイツらッスよ! コイツら!」
降車した男の一人が指を差して叫んだ。
「ああああああああああああああ!」
「てめぇら、あん時の! ウサギのヤクザ!」
「やーっと見つけたぜェ! ビンゴォ!」
「今度こそ八つ裂きにしてやっからなァ!」
などと、口々に騒ぎ立てる。
どうやら、彼らはフェスタ・カンパニーを知っている様子だが、リン・フェスタには心当たりがない。
こんなにもあからさまな悪党に知り合いはいないはずである。ただし、正社員は除く。
リーダー格らしいハゲマッチョがハッチから身を乗り出した。
「手間ァかけさせやがってェ! 俺らはなァ、てめェら探して街を出るヤツを片っ端から襲ってたんだよ!」
「ええーっ!?」
あれだけ策を巡らせた自称策士のリン・フェスタもびっくりだ。
これほどまでに巷を騒がせた謎の襲撃者が、まさか自分たちを狙っていたとは予想だにしなかった。
いったい誰にどんな理由でそれほど恨まれたのだろうか。
「おい! ヤクザ、ニガー、アマ、久しぶりだな」
ハゲマッチョはゲン・オシノ、キマニ・ムルガ、カレン・カレルを次々と睨みつけた。
「ちょっと……アンタたち、コイツら誰よ?」
リンが三人に問うも――
「いんや、てんで覚えがねぇ」
「オレも記憶にねーぞ」
「しらない」
三人とも覚えがないらしい。
「てめぇコラ! おい、もう一人の野郎はどこいった!?」
フェスタ・カンパニーには正社員以外にも、無償で助っ人を買って出てくれるシア・クリスタラーや腕のいい傭兵ハルカ・ザ・ルージュがいる。
だが、どちらも女性であり、ハゲマッチョが野郎というからには男――すでに旅立ったアイツしかない。
「ほら、ゴンベと一緒であたしが知らないってことは酒場じゃない? ホンキートンクでなにかなかったの!?」
リンがまたも三人に問うも――
「いんや、てんで覚えがねぇ」
「オレも記憶にねーぞ」
「しらない」
やっぱり三人とも覚えがないらしい。
「この野郎がァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
まったく思い出せない三人にハゲマッチョはブチギレ。サブマシンガンを空に向かって乱射しまくった。
幸い、銃口がこちらを向く前に弾倉は空になった。
「いいか、てめェら!」
ハゲマッチョは勢いよくハッチから乗り出し、砲塔の上に仁王立ちした。
「俺様の名前はダイナマイト、マック! 流浪の賞金稼ぎダイナマイト・マックとマイトガイ狂走連合のトップだァ! 二度と忘れんじゃねェぞッ!!」
だが――
「いんや、てんで覚えがねぇ」
「オレも記憶にねーぞ」
「しらない」
といった始末。
もちろん、賢明な読者諸氏なら覚えておいでだろうし、そもそも別に覚えるに値しない小者である。
どうしても思い出したいって方は第六話をご覧ください。
「ダイナマイト・マック様をコケにしやがってェ!」
ハゲマッチョことダイナマイト・マックはSMGのマガジンを交換した。
「そンの舐めた態度ォ、地獄で後悔しやがれェ!!」
銃口がリンたちに向けられた。
ユキノ・サクライは伏射の姿勢で、八倍率のスコープを覗いたまま呟いた。
「距離六一〇メートル……ちょっと欲張りすぎた?」
先日、リンが訪ねた伝説の狙撃手――白い羽根の死神ことヘーゾー・サクライの孫娘ユキノ・サクライ。
ユキノはフェスタ・カンパニーのパートタイム社員として、この作戦に参加していた。むしろ、ユキノがいたからこそ、この作戦は成立したのだ。
あの日、ヘーゾーに追い返されたリンを見送ったユキノは、別れ際に提案した。
「スナイパーが、必要なんだよね?」
修羅場をくぐってきたであろう賞金稼ぎリン・フェスタも、そう言われてさすがに目を丸くした。
だが、ユキノにとってこれはチャンスであった。
街の中の窮屈な空ではなく、自由で無限な青空の下へ飛び出すために。
決心したユキノに祖父は告げた。
「確かに俺っちがお前に教えられるのは狙撃だけだったけどよ。何もホントに撃って欲しくて教えてたわけじゃねぇ。スポーツに剣道なり柔道なりやんのとおんなしだ。それでもその腕でもって外の世界を見に行きてぇってんなら……それなりの覚悟が必要だぜ?」
もちろん、意味はわかっている。
だから、これは祖父から出された卒業試験も兼ねている。
ミスショットをしたら落第――もう街の外へ出ることは許されない。
ヘーゾーから技術もライフルも継承したからといって、ユキノは生物を撃ったことはない。
「引鉄を引いて欲しいわけじゃねぇ……けどよ、めそめそ嘆くくらいならぶっ放した方がいいに決まってるさ」
悲しそうに笑う祖父には悪いことをしてしまった。
別に富や名声に興味はなかった。スリルや冒険にも興味はない。また、自分の実力を誇示したいわけでもなかった。
「でも、好きなとこで自由に空が見たいんだよね」
生まれた時代を憎んでも意味がないことはわかっている。だからこそ、自分の力で一歩を踏み出さなければならない。
たとえ、人を殺したとしても。
弾倉には十発の七・六二ミリ弾。セレクターのポジションをセーフティからセミオートへ。ドラグノフ式狙撃銃が牙を剥いた。
通学中にエスケープしたから、着慣れた学生服姿。
眼鏡とスコープを通して、ダイナマイト・マックと名乗ったハゲを捉える。
ユキノは一度、目を瞑った。
人間に銃口を向けたのはこれが初めてだった。当然ながら、いままでは厳しく戒められてきた行為なのだから。
リン・フェスタと交わした会話を思い出す。
「空なんてどこでも同じじゃない?」
彼女はそう言った。
だが――
「どこでも同じ?」
肺を空気で満たす。
半分だけ吐き出す。
目を開く。
そっとトリガーを撫でる。
「うそつき」
どこまでも続く青い空。
※一部表現を修正しました。




