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ラタタッタ!(Rat-a-tat-tat or: Honky Tonk Whooper-Dooper!!)  作者: 嘉野 令
Chapter 2 パートタイム・スナイパー(Part-Time Sniper)
14/21

#012 狩人は荒野を思いて「夢幻の如く」と答えた。

 じりじりと焼け付くような陽に照らされて、一面の砂漠は輝きを増している。ときおり吹き抜ける突風によって、砂塵が青空を舞った。

 そんな砂漠を一台のミゼットMPが走る。

「ちゃーりーんこーとーばしてー♪ うーみーまーでーゆーこおー♪」

 ミゼットの二つ名を持つ行商の少女ココロはご機嫌に歌っていた。カーラジオはまだラジオ・イリオンの電波を拾っている。

 いつかの流行歌に乗せて、ココロ・ザ・ミゼットは栗色のサイドテールを右に左にふりふりさせた。

「べーつーにーなーんーでーもーいーい♪ いぇーいぇー♪」

 今朝イリオンシティを出発したココロは、北西のレイクサイドシティを目指している。

 結局、例のフェスタ・カンパニーのツケは回収せずに街を後にした。ココロにしてみればちょっとした投資のつもりである。

「てーいーぼーおーのうえでー♪ いーたーいーかーぜーうけーえてー♪」

 レイクサイドシティ、ハザンポートを回って再びイリオンシティに立ち寄ったとき、リン・フェスタたちがどんな賞金稼ぎになっているか期待半分おもしろ半分といったところか。

 きっと、また無茶な作戦を立てて武器を買ってくれることだろう。

「なきたいろけろー♪ ろけろー♪ ろーっけんろー♪」

 サビを歌い終わったところで、ココロはふと風上に目をやった。それはほんの偶然で、ただただ舞い散る砂塵を目で追ったからにすぎない。

「あれ? なんデス?」

 砂丘の稜線からひょっこり顔を出す小さな砲塔。

「無人兵器じゃないデスし、BMP-3デス?」

 どういうわけか、最近イリオンシティ周辺では無人兵器も盗賊団ボーンヘッズも大人しいという。

 とはいえ、どちらもゼロになったわけではない。それどころか、目の上のたんこぶが取れ、有象無象の木っ端な連中が暴れ放題とも聞く。

 件のBMP-3とはまだ距離もあるし、とりあえずは慌てることもない。

「ちょっとだけ距離とるデスかね」

 そう思いココロがハンドルを切った矢先、BMP-3が一〇〇ミリ低圧砲を発砲。間近に着弾。

「わはーっ!?」

 主力戦車ならぬあのテの車両には強力すぎる大砲である。手段から殺気を感じる。相手はこちらを殺す気満々らしい。

 普通の盗賊ならまずこんなことはしない。当然だ。戦利品を自ら木っ端微塵にしては赤字もいいところなのだから。

 だのに、さらに続いてもう一発。

「損得勘定できない人は嫌いデスよ!」

 回避行動をとったココロのミゼットに対し、BMP-3は一〇〇ミリ砲と同軸の三〇ミリ機関砲を乱射。

 このままでは当てられると判断したココロはすぐさま車体をUターンさせる。

「賞金懸けてやるんデスからね! 覚えてやがれデス!」

 カバー付きのスイッチを押し込み、亜酸化窒素をエンジンに噴射。ナイトラス・オキサイド・システムが火を噴いた。


 リン・フェスタが組合事務所に足を踏み入れると、そこはいつになく騒々しかった。賞金稼ぎだけでなく交易商や行商人も押し寄せているらしい。

 彼らが組合長に詰め寄っていて、語気荒く何事かを話し合っているようだ。

 何かあったのだろうか?

「あーっ! フェスタさーん!」

「ココロちゃん!? どしたの!?」

 今朝出発したばかりのココロ・ザ・ミゼットが涙目で駆け寄ってきた。リン・フェスタはこれ幸いと可愛らしい行商人を抱き締める。

 リンは十八歳、ココロは十六歳。賞金稼ぎ協同組合に出入りするにはまだまだ若い。そんなふたりの少女だが、格好だけなら周囲に溶け込んでいた。

 リン・フェスタはいつぞやの世界大戦の頃の軍人風。

 ココロ・ザ・ミゼットは工員風の作業服にごっついエプロン。

 そろそろいっぱしの賞金稼ぎと行商人を名乗っても良い頃だろうが、如何せん首から上は少女らしい無邪気な表情。

「あのデスね! あのデスね!」

 かくかくしかじかと、ココロは先の襲撃を語った。

「えっ? あのミゼット、ニトロ積んでんの?」

 注目するポイントはそこじゃないのだが、おんぼろ車のチューンナップっぷりにリンはちょっとビックリした。

 それならば戦闘装甲車も追いつけない加速を見せつけたことだろう。

「おかげで逃げられたデスけど、死ぬかと思ったデス。襲われたのはボクだけじゃなくて、もう八人も死んでるって話デス……」

 よしよしとココロの頭を撫でながら、リンは思案した。黒縁眼鏡の奥の瞳は賞金稼ぎという現代の狩人のものとなった。

「それって、たぶん、盗賊じゃないよね」

 盗賊は殺しが目的ではない。奪わねば彼らも生きていけないのだから。

「そうデス! そうなんデス!」

 ココロは両の拳をグーにし、勢い込んで頷いた。

「あっちの人たちにはなかなかわかってもらえなかったデスけど、アレは絶対に盗賊なんかじゃないんデスよ!」

 賞金稼ぎにしろ交易商にしろなんにしろ、この業界は短絡的な奴ばっかりである。所詮は命を賭けた荒くれ者といったところか。

 だから、今ならまだ他社を出し抜けるし、ココロちゃんもそれを望んでくれているようだ。

「フェスタさん! やっつけちゃってくださいデスよ!」

「……でも、相手は人間が操る装甲目標なわけでしょ?」

 問題はそこだ。

 文明崩壊から百年が経ち、メンテナンス不足に陥った無人兵器群ではない。のこのこと対戦車火器を担いでいけばいい的になってしまう。

 よほどの策を用意しなければ、ガチの力比べとなるだろう。

 極端な話、こちらも戦車が欲しいケースだが、そんなものおいそれと手に入るわけもない。買えるだけのお金があれが、ココロちゃんのツケをきっちりしっかり支払っているわけで。

 カタキはとってあげたいところだけど、結論は出ている。

「うーん。ウチには荷が重いかなぁ……」

「……フェスタさん」

 ココロが突然、真面目な貌になった。

「な、なに?」

「もし、アイツらをやっつけてくれたら――」

「う、うん……?」

 よっぽど悔しかったのだろう。笑顔の似合うココロちゃんの大きな瞳に炎が灯っている。でも、だからといって、世の中にはできることとできないことがあるわけで――

「正規の賞金とは別に、今までのツケをチャラにするデス!」

「乗った!」

 リン・フェスタ、即断即決。


 とは言ったものの、これは難題だ。

 対装甲戦闘はツチグモで経験している。

 対人戦闘もソフトクリーム作戦で経験している。

 確かにどちらも結果だけ見れば大成功だった。

 しかし、その成功を影ながら支えてくれたゴンベはもういない。

「……うーん」

 組合事務所から社屋に帰る道すがら、リンは考え続けた。

「よぉ、リンちゃん。景気はどうだい?」

「あ、ご隠居」

 大通りで出会ったのは近所の「ご隠居」と呼ばれる老人だった。とっくの昔に引退し、悠々自適な生活を送っている。

 今も釣り竿を担ぎ、午後の暑い時間を釣り堀で過ごすようだ。

「ウチは……まぁ、ボチボチです。ご隠居は釣りですか?」

 水源から遠い砂漠の都市イリオンシティにとって、釣りなんてちょっとした贅沢である。入場料のお高い釣り堀など、リンは行ったこともない。

「おうよ、釣りはおもしれぇぞ」

 なにかと話の長いご隠居はそのおもしろさを語り出した。

「お前さん方は毎日まいにち荒野で狩りしてんだろうけどよ、そいつぁ最終的には力比べだろ? な?」

 頭脳派を気取るリンにとって賛同しがたいところだが、実際に今、その力比べではかなわない敵に悩んでいる。老人の仰る通りだった。

「でもよ、釣りは力比べじゃねぇ。ダマし合い腹を探り合い、そのうえで根比べさ」

 あの温和なご隠居が珍しく悪い顔になっている。

「魚だってバカじゃねぇのよ。この餌は食って大丈夫か、ルアーかも知れない、釣り針はどこだ、ってな具合に警戒してるもんさ。でもよ――」

 ニヤリ、と笑うご隠居。

「こっちの根気が勝ってりゃアイツらは食いつく……絶対さ」

 大きなトラックが大通りを通り過ぎた。

 巻き上げられた砂塵は、すぐに風に攫われた。

 今日も透けるような青空に、灼熱の太陽。

 リンは人差し指で眼鏡を押し上げた。

「あの、ご隠居……」

「なんだい、リンちゃん」

「ご隠居って顔、広かったですよね?」

 このとき、狩人は釣りをしようと決めた。


 そろそろ夕方だが、暑気が納まる気配はなかった。

 そのうえ、目指す家が丘の上にあり、リンは道半ばから足を引き摺っていた。

 周りにはガス田しかないイリオンシティ郊外、丘の上には小ぶりなログハウス――そこがリン・フェスタの目的地だった。

 軒先の安楽椅子にはアロハシャツにサングラスという軽いファッションの老人が座っている。息を整え、汗を拭うと、リンは老人に声を掛けた。

「あの、すいません。ヘーゾー・サクライさん、ですか?」

 白髪の老人は長楊枝を咥えたまま、手にしたグラビア雑誌を閉じようともしない。

「あ、あの……」

「聞こえてらぁ」

 雑誌をばさっと捨て置き、こちらを振り仰ぐ老人。サングラスに隠された瞳は窺い知れない。

「如何にも俺っちはヘーゾーだがよ。何の用だい? お嬢ちゃん」

「えっと、あたし、リン・フェスタと申します。賞金稼ぎの会社で社長をやってるんですけども……」

 なぜだか言葉が詰まる。否、理由はわかっている。サクライ老人の小さな体から強烈なプレッシャーを感じるのだ。

 この老人、やはりタダモノではない。

「あなたが、あの『白い羽根の死神』ですか?」

 市内のことならなんでも知ってるご隠居曰く、丘の上の丸太小屋に住むヘーゾー・サクライという老人は、かつて伝説の狙撃手「白い羽根の死神」だったというのだ。

 この業界でその異名を知らぬ者はいない、凄腕のスナイパーである。

「ぶわーっはっはっはっはっはっはァ!」

 老人は突然、豪快かつ下品に笑った。

「くははっ、まァた噂話だけ一人歩きしてるみてぇだな!」

「えっ、じゃあ、人違いなんですか? 五百人を狙撃で仕留めたっていう伝説のスナイパーじゃないんですか?」

 第一印象からタダモノでないことはわかっている。リンには人違いとは思えなかった。

「違ぇよ」

 笑うのをふっとやめて、サクライ老人は続けた。

「七三八人だぜ、お嬢ちゃん」

 リンはホンモノだと直感した。数字ではなく、その言葉の重みによって。

「だいたい、白い羽根の死神なんて、偉大な先達をモジった仲間内だけのジョークよ。実際にそんな風に呼んだ奴ぁひとりもいやしねぇさ」

 サクライ老人はすでに目の前のリンを見ていなかった。丘の向こうの遥か遠くを見ている。

「まっ、昔の話よ……」

 生ける伝説を前にリン・フェスタは社交も駆け引きもなく、ただ要件を告げることしかできなかった。

「えと、あの……スナイパーを雇いたいんですけど……」

 リンの考えた「釣り」に必要な人材として浮上したのが狙撃手であった。言うなれば「釣り針」の役割を担う。

 銃の扱いという点においては傭兵のハルカ・ザ・ルージュも大したものであり、声をかければ雇うこともできただろう。

 しかし、こと長距離狙撃ということになれば職人芸と言われている。

 さすがに生ける伝説を雇えるとも思っていないし、そんな予算はない。だが、後輩なり弟子なりを紹介してもらおうとリンは考えていた。

「悪ぃけど、他を当たってくれや。ライフルはもう人にやっちまったし、ロートルは大人しく消え去るのが相場って決まってんだ。俺っちはもう孫娘ひとり育てるので精一杯さ」

 つれない返事だが、リンは食い下がった。

「いや、でも、誰かを紹介してくれるだけでもいいんです」

「……お前さんは狙撃ってモンをわかっちゃいねぇようだな」

 決して大きな声ではなかったが、老人の一言ひとことにリンは身をすくませた。

「どうせ、いま噂の街の外で張ってるアンブッシュ野郎をどうこうしようってんだろ? 目の付け所は悪くねぇけどよ」

 リンが今朝知ったばかりの情報をサクライ老人はすでに把握しているようだ。

「いいかい? 面と向かってドンパチやるのは確かに戦闘だぁな。喧嘩でも勝負でもいい。好きに呼べや」

 老人の凄味は徐々に増していった。

「だがよ、狙撃は違ぇ。狙われてることにすら気づいてねぇんだ、スコープん中の人間はよ。ソイツをこっちゃ黙ってドタマぶち抜くんだ。腕のいい狙撃手ほど一方的なコロシができるって寸法よ」

 別段怒られているわけでも脅されているわけでもない。それでも、リンは腰を抜かしそうになっていた。

「絞首刑の方がまだ可愛げあんだろ? みんなに見守られてこれから殺すぞー殺すぞー言われて、祈りも遺言も残せんだからよ」

 膝の震えが止まらない。

「その若さで社長さんとはてぇしたもんだ。いっちょまえに賞金首でも獲ったのかも知れねぇ」

 サクライ老人のサングラスには深い闇が宿っていた。

「んで、お前さんはそんなコロシを命令できる器なのかい? 誰かなんてあやふやなモンに十字架背負わせて、美味い酒が飲める外道になれるのかい? その覚悟があって言ってんのかい?」

 その問いに、リンは答えることができなかった。

 わかっているつもりではあった。そもそも、無法の荒野に飛び出した以上、暴力を振るい振るわれるのは覚悟の上だった。

 それでも、そこにはまだまだ知らない深い闇と、それに対する覚悟が必要だったのだ。

 少し陽が傾き、影が伸び始めた。

 涼しげな風が吹くも、冷や汗が止まらない。

 リンはイエスともノーとも帰るとも言えなかった。

 そして、ひとりの少女が丘を登ってきた。

「おう、ユキノ。お客さんがお帰りだ。下まで送ってってやんな」


 その少女――ユキノ・サクライはヘーゾー・サクライの孫娘らしい。

「もう絶対に狙撃はしないって、おじーちゃんゆってるからねー」

 丘を下りながら、彼女はそう語った。

 当たり前の話だが、彼を訪ねたのはリンが最初ではない。こうやって、覚悟の足りない連中を何度も何度も追い返してきたのだろう。

「ヘーゾーさん、何かあったの?」

 リンはユキノに訊いた。

 ユキノ・サクライはリンよりひとつ年下の十七歳。リンもヘーゾー相手より話しやすい。

 軽く染めたセミロングに、赤いアンダーリム眼鏡。年相応に垢抜けてはいるが、どこか飄々としていて、掴み所がない。ただ単にぼけっとしているとも言える。

 濃紺のブレザーにベレー帽という学生服。通学鞄の他にギターケースを背負っている。よっぽど上流階級の学校に通っているのだろう。考えてみれば、祖父は伝説級に稼いでいるのだから当然か。

 リンが気軽に話しかけられたのは、ユキノには祖父の迫力の欠片も備わっていないからというのが本当のところ。

「あー、おじーちゃんねー。だいぶ前に、息子夫婦の仇をね、全員撃ち殺してから賞金稼ぎも狙撃もやめちゃったんだよねー」

 しれっと言うものだから、リンは聞き逃すところだった。

「えっ、息子夫婦って――」

「うん、私の両親」

 ヘヴィな話題だが、ユキノはさらりと言った。

「あ、ごめん」

「え? あ、や、その、こっちこそごめん」

 リンの謝罪の意味がすぐにはわからなかったらしい。本当に慌てて否定した。

「私はまだちっちゃかったからよく覚えてないし、だいじょぶだいじょぶ」

 掌を無闇にひらひらさせるユキノ。

 とはいえ、両親の死の報に触れたときのことを思い出し、リンは胸が痛くなった。この少女も自分と同じように掛け替えのない存在を失っているのだ。

 ふたりは黙って丘を下った。

 小さな郵便受けだけが据えられた門扉まで辿り着くと、ユキノは唐突にこう切り出した。

「ねぇ、賞金稼ぎって街の外によく出かけるんだよね?」

「うん? そーよ?」

 突然のことにリンは首を傾げた。

「街の外って、どんな感じ?」

 またえらく漠然とした質問である。

 だが、多くの人間が街の中だけで暮らしている現在、その質問も無理からぬもの。思春期らしい好奇心だろうか。

「どんな、って言われても……別に何もないし、危険なだけよ?」

 事実、リンも仲間たちも荒野で何度も死にかけたものだ。

「まー、頭ぶっ飛んだ賞金稼ぎなんかは『荒野には夢が詰まってる! キリッ!』なんて言うけど、あたしからすれば『夢の跡』みたいなもんよ」

 確かに、リンは両親の仕事に憧れていた。荒野を駆け、無法者を打ち倒す賞金稼ぎは幼い頃からの彼女の夢だった。

 それでも、荒野という無法地帯は、夢や憧れに浸れるほど優しくはない。決して、浪漫などありはしない。

 リンがそう語るのをユキノは本当に聞いていたのだろうか。

「――空は?」

 今までどこか飄々としていたユキノが真剣な眼差しで迫った。彼女の眼鏡にリンの顔がはっきり映るほどに。

「そ、空?」

 何を言っているのか、リンにはよくわからない。

「うん、空」

 ユキノにとって大事なことのようだが、そんなもの答えは決まっている。

「空なんてどこも同じじゃない?」

 当然だ。

「んー、そっか。そー、だよ、ね」

 少し残念そうにユキノは呟いた。

※挿入歌「最近のオレってロケンロール」

 作詞:嘉野れい 作曲:Q

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