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#011 Summer Festa!

「社員諸君! よろしいですか? 我が社の業績は設立以来、低空飛行もいいところです! 賞金首討伐による単発で大きな利益を上げたところで、経営状態の改善には繋がりません! 企業体である以上、安定した収益が必要であり、そのためにも我が社の評判を好ましい状態に保ち続けねばなりません! 酒場で大暴れなんて以ての外です! このままではいけません! いけないのです! 大手企業や当局、市民の皆様の心証をより良きものにせねばなりません! さすれば、自ずと依頼も舞い込むというもの! おわかりですか? この夏が、この夏こそが、私たちの正念場となるのです! 入念に準備し、他社を出し抜き、最高の利益と評判を勝ち得なければなりません! 今までのような行き当たりばったりの遊び気分は捨てていただきたい! これは戦争なのです!」

 のっけから全力投球もいいところである。

 賞金稼ぎ企業フェスタ・カンパニー副社長兼最高財務責任者兼庶務担当執行役員ラン・フェスタは小さな拳とプラチナブロンドのツインテールを振り回しながら、副社長モードのまま社員に対して大演説をぶっていた。かれこれ三十分にもなる。

 彼女が一息つくと、フェスタ・カンパニーの社屋兼事務所兼社宅兼ガレージには、スクラップ置き場から拾ってきた扇風機の発する異音だけが響き渡った。

 あまりに間抜けで不快な音なもんだからそれを打ち消すべく、ラン・フェスタは演説を続けた。

「今一度確認しておきますが、我がフェスタ・カンパニーはこの日のために在ると言っても過言ではないのです!」

「過言よ、過言。たかが夏祭りで何を……」

 姉であり社長であるリン・フェスタは足を組み直し、首を振った。彼女も含め、他の社員にランほどの情熱は感じられない。単純に暑いのもある。

 だが、ランは一喝した。

「社長! たかがとはなんですか! たかがとはっ!?」

「社長って呼ばないの」

「夏祭りですよ! 夏祭りなんですよ!? イリオンシティ最大の経済的イベントじゃありませんかっ!!」

 ランはデスクの上で地団駄を踏んだ。もちろん、彼女がいつも使っている副社長のデスクではなく社長のデスクで、である。

 リンは何か言おうかとも思ったが、普段から机仕事してないのものあって黙認することにした。

「んーまー、それもあるにはあるけど……」

 そもそも、文明崩壊後、人為的に建設されたイリオンシティである。

 催事や祝祭とは縁遠いのだが、日頃から暑い砂漠の都市なのもあって、夏の一番暑い時期に毎年「夏祭り」を開催するしきたりになっていた。

 祭りといっても祀る神などいないし、誰も神など信じていない。夜店を出し、花火を打ち上げ、なんだかよくわからない踊りを踊る。その程度であった。

 だが、この祭りも入植当時から続けられていて、リンもランも幼い頃はこの日を心待ちにしたものである。

「ねぇねぇ、リンちゃん?」

 社員でもないのに今日も元気に出社したメイド服を着たお嬢様――シア・クリスタラーがリンを突っついた。

「なんでランちゃん、こんなに気合入ってるの?」

 リンの幼馴染みであるシアもランとは長い付き合いだが、ここまでハイなランを彼女は見たことがなかった。

「出店側になるのが嬉しいんじゃない?」

「なるほどねー。ランちゃんらしいというか……」

 シアはその続きを口にしなかった。

 ラン・フェスタの商売好き金儲け好きは社員一同知るところである。しかし、それにしてもこのハイテンションっぷりは予想を上回っていた。

 リンはふと、思い出した。

 お父さんとお母さん死んでから、夏祭り行かなくなったもんなぁ……。

 目を瞑ると、楽しかったあの日々が思い出された。親子四人で手を繋いだ夏祭り。いくら望んでもあの日々はかえってこない。

 妹は、新しい思い出を作ろうとしているのかも知れない。

「幸いなことに! 我が社にはテキヤさんがいます!」

 勢いそのまま、ずびしっとランが指差した先にはゲン・オシノがいた。彼本人は侠客気取りだが、見るからに単なるヤクザである。

 そんなヤクザ屋が頭を下げた。

「カシラ、すいやせん! あっしは博徒でして、的屋や香具師は稼業ちげぇでさぁ」

「じゃあ、クビ」

 カタギにはよくわからない理屈で謝るゲンに、ラン・フェスタ副社長は一方的に解雇を通告した。

 リンはランの本気っぷりに椅子から落っこちそうになる。

 ガレージの隅で(例によってウサギ号はケリー・モータースへ修理に出されていた)、「エンコツメル」だの「ハラキル」だのとゲン・オシノが大騒ぎし、兄弟分のキマニ・ムルガが取り押さえようとして殴られたり、カレン・カレルが「カイシャクイタスー」と言ってバールのようなものを振り回した騒動はスルーされた。筆者もスルーすることにした。

「まずは立地の確保! 役所に鼻薬を嗅がせてでも、競合他社より有利な出店場所を獲得せねばなりません! 次いで、材料の確保ですが――」

 ツッコミのポイントもあるにはあるが、一番当たり障りのない発言をリンは選んだ。

「ところで、ナニ屋さんやるの?」

「タコ焼き屋さんをやります!」

 さすがにホンモノのタコは手に入れにくいが、タコ焼きの中身がショウガだけってわけにもいくまい。なにかしらの代用品が必要だろう。

 幼いランがタコ焼きを頬張り、ヤケドして母に怒られた遠い日の記憶。

 材料確保くらいは協力してあげようかな、なんてリンも心に決めた。

「でも、タコ焼き屋さんはライバルが多くて大変そうねぇ」

 シア・クリスタラーが白魚のような指を細い顎にあてて首を捻った。考え事をするときの彼女の癖。

「ええ、シアさんの仰る通りです! ですが、しかし! だからこそ、意味があるのです!」

 なにやら、ランは自信たっぷりだ。

「本来この夏祭りプロジェクトは我が社の宣伝を目的としています! 故に、タコ焼き事業においても情報宣伝広報活動がメインとなります! この不況下において味だけで勝負などという商売が成り立つほど甘い世界ではありません! 知名度および認知度の上昇! そのための奇抜で効果的な宣伝! これに尽きます!」

 言いたいことはわかるけど、それができれば今までだって苦労はしていないはずだ。

「そんなんどーすんのよ? 光る看板でも作るの?」

「いえ、傭兵を雇います! 先日のソフトクリーム作戦にも参加してもらったハルカ・ザ・ルージュさんです!」

「……えっ? なんで?」

 戦闘ならともかく、タコ焼き屋の宣伝をするのに傭兵の力が必要とは思えない。

「よろしいですか、社長? 視野を広く持ってくださいね? 彼女は毎夜、ホンキートンクでギターを演奏していて、ファンも多いのですよ? 褐色の肌に銀色の長い髪、赤いマフラーとウェスタンな装束に隠されたセクシーなスタイル! これほどの広告塔が知り合いにいますか?」

 先日実施されたソフトクリーム作戦に同行してもらった傭兵ハルカは確かに美人であった。同性のリンから見てもどきどきして、羨ましいほどである。

 極度に無口なので読み飛ばされてしまうのではないかと筆者も不安になるが、ビジュアル的には広告塔として持って来いかも知れない。

「んーまー、言われてみれば、そーかもね」

 リンもシアもふんふんと頷いた。

「そうです! なので、ハルカさんには高給を支払い、当日はお店の前で――」

 演奏してもらえば集客効果は抜群だろう。

「脱いでもらいますっ!」

 ランが言い放つと、フェスタ・カンパニーの社屋兼事務所兼社宅兼ガレージには、スクラップ置き場から拾ってきた扇風機の発する異音だけが響き渡った。

 開いた口が塞がらないシアを横目に、リンは引き出しから電話帳を取り出した。ゆっくり落ち着いた手つきでそれを丸め――

 ずぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!

「ひにゃうんっ!!」

 プラチナブロンドの頭を電話帳でひっぱたくと、ランは可愛らしい悲鳴をあげた。

「まったくアンタは! 商売のこととなると! もぉ!」

 天国のお父さんお母さん、ごめんなさい。

 あたしは妹の育て方を間違えたかも知れません。

 などと馬鹿やってたのは、夏祭りの半月前のことである。


 祭りの喧噪とは内にあっては賑やかだが、離れた途端に寂しさを伴う。リン・フェスタはそれを知っていてなお、街外れの丘をひとりで登った。

 結局、ハルカに演奏を依頼するという広報はそこそこの成功を収めた。

 おかげで人手が足りず、シア・クリスタラーどころか、急遽呼び出したイオリ・ケリーまで動員する始末。ノリノリの幼馴染みと、ブツクサ言いながらもテキパキ働いてくれた幼馴染みに感謝しなければならない。

 眼下に広がるイリオンシティからは、夜が更けた今も華やかな祭り囃子。

 丘の上までしっかり聞こえるキレのいい重低音。ゲン・オシノがやぐらの上で、ゴダイゴだかワダイコだかいう東洋のドラムにバチを振るっているのだろう。

 酔っ払いたちと意気投合し、ドラマーを買って出たらしい。ボン・ダンスとかいう奇妙な踊りの演奏なのだそうだ。

 それは死者を弔う舞踊だという。

 だが、レクイエムのような辛気くささはない。むしろ、お祭り騒ぎを加速させるほどの陽気さを湛えている。

 リンもその音色に心躍らせた。

 荒野の暗闇の中、役所前広場を中心に明るい花が咲いていた。街の灯を人々の営みと言ったのは誰だっただろうか。

 丘に腰を下ろすと、リンはそのまま寝転んだ。

「あたしはこんなに変わったのに……街は変わらないなぁ」

 少女がいくら語りかけても、夜の闇はけして応えてはくれない。

 幼かったあの日、左手には父、右手には妹、そして妹の右手には母。迷子にならないようにと繋いだ家族の手と手。

 無理を言って買ってもらったあのお面はどこにいったのか。

 いくら望んでも帰ることのできない日々。

 今や両親の手を取ることもできず、自分もまた歳を重ねた。ランに至っては自分よりも大人のフリが上手い。

「あー、でも……」

 半月前のランの演説を思い出す。

 それほど大人のフリも上手くなかった。子供っぽいわがままをああやって押し通したかっただけなのだから。

 それに、自分もまだまだ未熟だ。

 賞金稼ぎだなんだと言ってみたところで、姉妹は仲間たちに頼り切りなのだ。

 今日も真っ先にタコ焼きを買いに来てくれたのは、キマニのアウトロー仲間たち。コワモテばかりだったが、嬉しそうにタコ焼きを頬張っていた。

 自分の店だってあるのにココロちゃんも買いに来てくれた。あまりにも笑顔がかわいいからとサービスしたらランに怒られた。

 組合長も、近所のご隠居も、ホンキートンクのマスターも来てくれた。意外なことにライプニツ博士まで立ち寄ってくれた。

 タコ焼きなんて言っても、中身は工場産の人造ハムなのに。

 両親を失ってから参加することのなかった夏祭り。しかし、今年はおかしな社員たちと臨み、街の人々を客として迎えた。

「なんだ……同じじゃん、昔と」

 今もしっかり手に手を取り合っている。

 彼らは新たな家族なのかも知れない。家族ではないのかも知れない。家族のようなものなのかも知れない。けれども、そんなことはどうだっていい。

 細かいことにこだわらないのがフェスタ・カンパニーだ。

「さーって、と。しっかり者の副社長に怒られないうちに、そろそろ戻るかな」

 さらによいしょと一声かけて、リンは立ち上がると――指で唇をなぞりながら、西の星空へと語りかけた。

「……今日まで街にいればよかったのに、あのバカ」

 まるで、それに応えるかのように、街のあちこちから花火が打ち上げられ、夜空に大輪の花が咲き乱れた。

※誤字を修正しました。

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