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2/ピース2


「ここ、と言っても──」

 ぐるりと首をめぐらす。

 無節操に伸び散らかされた草の海の真ん中、アクロ・メイメリーの墓はひっそりと、隠れるように佇んでいる。

 墓の周囲の地面はむき出しになった土だ。小生は前足を使ってそこをほじってみた。

 渇いた土はぱらぱらしており、小生の前足はたちまち砂にまみれる。どうやらアクロの墓はこの大岩を刳り貫いて遺品の入ったエアーケースを埋め、その上から土を被せたものであるようだ。

 不意に、小生はちいさな疑問を掘り当てた。

 ──人の墓を勝手に暴くのは、やっちゃだめ。

 そう言ったのはディス本人だったのではないか? しかもついさっきの話である。だというのに、いきなり「墓暴け」とはこれ如何に。小生が尻尾を左に振りながら抗議すると、ディスは「何を言っている」という風に息をついた。

「人の墓といっても、わたしは家族だからいいの」

 いいのか。。

「しかし小生はアクロの身内じゃないぞ。小生の親父は人間じゃなくて犬だ。たぶん」

「たぶんって何」

「軍犬というのは物心ついた頃から軍犬だからな。自分が本当にネコ目イヌ科イヌ属の動物なのかも知らないし、当然、親の顔なんて見たこともない」

 その言葉に、なぜかディスは怯んだ。

「──だ、」

 そして言葉を詰まらせ、黙ってしまった。

 ディスが何を言おうとしたのか小生には知る由もないが、何か大事なことだったような気がしないでもない。ディスは感情をあまり表に出さない質のようだし、黙られてしまえば最期、その真意を汲み取ることは小生には不可能である。がしかし一か八か、

「だ? ──だいこんおろしか?」

 ディスはいきなり復活して、

「うるさいっ」

 理不尽なゲンコツ一発が飛んできた。俯きから一転、ふんぞり返ってディスは言い放つ。

「身内が許可しているんだからいいの」

 そういうものなのだろうか。少々の疑問とたんこぶは残るものの、ここはおとなしく墓の下を調べることにする。ディスは優しいけど、唐突に怒るので困る。思い出したように怒るので困る。原因がよく分からないまま怒るので困る。

「シュシュ」

「ん?」

「叩いてごめん」

 でも謝ってくれるから許してしまう小生であった。

 もーお、しょーがないなーあ、という顔で小生は尻尾を右に振った。いや、決して嬉しいなどと思っていない。それは断じて違う。

 小生は姿勢を低くする。首を曲げて鼻を地面すれすれまで近づけ、すんすんと鼻を動かし始めた。体内のレーダーを総動員する。墓荒らしの姿勢である。

 背後からディスの一言。

「探すものは何でもいいからね」

「了解だ」

 先程のアルトマンの墓と比べると、アクロの墓の遺品はだいぶ少ないように思えた。とはいえ、その数は決して十や二十では済まない。

 その人物が生前使用していたものに留まらず、少しの所縁があるだけでも同じように埋葬されるのだから、誰であろうと膨大な量になろう。その数が織り成す複雑な塊の一角を、小生は突き崩すように解析していく。

 と、そこでひとつの像が頭に浮かんだ。

 ──白い半円の陶磁器。

 大きさはそれほどでもなく、幅より深さ、という形状をしている。

「これは、茶碗かな」

 ディスが近づいてきて、

「見つけたの?」

「ああ。何の変哲もないご飯茶碗だけどな」

 少なくとも、小生にしてみれば大通りの露天でコイン一枚でも買えそうな品だった。だが、ディスは予想外に興奮した様子である。

「色や柄はわかるんだよね」

 うん、と頷く。

「材質まで解析できる?」

「もちろん。えっと──こいつは陶磁器だからな、硬くて吸水性がない。表面はつるつるだ」

 うんうん、とディスは首を振る。ずずい、と乗り出してきて、

「色も、柄も、大きさも、重さも、ぜんぶ分かるんだよね?」

 三度頷く。そして心の中で首をひねる。ディスは、なぜそんなことにこだわるのだろう。土の中に埋まっている茶碗がどうなっていようと、それはディスにとって手の届かないものであるはずだ。そんなに気にしなくていいように思う。

 もっとも、どんな茶碗だったのかを思い出したいだけかもしれないけれど。

「全体の色は白で、口造りが薄い青。外面にちいさい花の模様が三つあしらってある。高さは6.5センチ、幅は11センチ。重さ275グラム。欠損はほとんどないけど、銅から腰にかけて大きなひびが入ってるな」

 ディスは、「いい子だね」と小生の頭を撫でた。

 その手を頭に乗せたまま、今度は一転。どこか緊張を孕んだ声でディスは言った。

「それを、イメージできる?」

「──茶碗を、か?」

「そう。埋まっているご飯茶碗を、一つの欠損もない完全な状態で思い描ける?」

 ここに来て、ディスの質問は理解の範疇をすっぽ抜けた。お前はぴかぴか新品の茶碗を思い描けるか? そんな質問、前のご主人だって一度もしなかった。

 しかし、人間の考えを理解しようということがそもそも無謀な話なのかもしれない。人間には人間の、犬には犬の考え方があるものなのだろう。小生はそう一人で勝手に納得する。自信満々で尻尾を右に振り、

「当然だ。小生は元軍犬だからな」

 ディスは急かすように、

「じゃあそれをイメージしてみて」

 無言で従った。

 イメージに集中する。思い描くのはちいさな茶碗ひとつだ。

 全体の色は白で、口造りが薄い青。外面にちいさい花が三つあしらってあり、高さは6.5センチ、幅は11センチ、重さ275グラムの、欠損などどこにもないぴかぴか新品のご飯茶碗。頭の中に白い半円が浮かび、


 不思議な感覚は、その瞬間に起きた。


 それを言葉で表すなら、脳味噌から糸が出てディスの脳味噌と繋がっているような感覚だった。声を掛けられたから振り向いたのではなく、その糸に頭が引っ張られたのではと錯覚するような違和感。

 それについて訊ねるよりも早く、ディスの声、

「イメージしたまま、わたしの目を見て」

 言われたとおりに振り向く。何がなにやら分からないが、この感覚に戸惑った小生には、おとなしく従う以外の選択肢などない。

 ディスは両手を眼前で組んでいる。その手の平の隙間からは緑色の光が膜のように薄い帯となって溢れていて、光の帯の向こう側にあるディスの双眸は、驚くほど綺麗な水色の光を放っている。

 そして、まったくの突然に、ディスの両手の中で緑色の光がはぜた。

 一瞬だけ白に染まる視界の中で、小生は思う。あの光を見たことがある、と。

 ──あの光は、魔法の光だ。

 視力が戻る。

 眼前で組まれていたディスの両手が、咲いた花のように開かれている。

 小生は、半ば疑心の声で、言った。

「それは、魔法だな?」

 ディスの両手の上には、全体の色は白で、口造りが薄い青、外面にちいさい花が三つあしらってあり、高さは6.5センチ、幅は11センチ、重さ275グラムの、欠損などどこにもないぴかぴか新品のご飯茶碗が、ちょこんと乗せてあった。

 紛れもない。

 それは、小生が思い描いたご飯茶碗だった。

「そう、魔法だよ。わたしの特技なんだけどね、イメージの共有とイメージの抽出っていうんだけど、」

 少し誇らしげなディスに、小生は驚きを隠せなかった。

 別に、いまだに魔法というものが存在していることに驚いているわけではない。ただ、今のこの世界で、十歳にも満たない女の子が、こうもあっさりと、完璧に魔法を行使したことが脅威だった。

 恐るべき才能である。時代が時代なら、間違いなく戦渦と共に生きただろうと思う。

「それは、どういう魔法なんだ?」

 ディスは出来上がった茶碗を撫で、少し得意げに、

「共有は、相手が思い浮かべた映像を自分の頭にも映す魔法。音は無理だけど、まるでコピー機にかけたみたいに、まったくおんなじ映像を作り出せるの。けれど、相手の意識を強くわたしにひきつけてないとだめ」

 そう言って自分の頭に指を当て、見えない糸を伸ばして、まっすぐ小生の頭へとつなげるジェスチャーをする。さっきの感覚はこれだったのか、と心の中でつぶやく。

「抽出は、イメージした映像を実際に作り出す魔法。ただし、作り出すものに応じて、それなりの代価を支払わないとだめ」

「代価?」

「たとえば、ご飯茶碗を焼くには材料が必要だよね? 抽出も同じで、何かを作るには何かを材料にしないと出来ないの。今回はお墓の中に実物が埋まってるからそれを使ったんだけど、」

 上手くいってよかった、とディスは笑う。

「驚いたでしょ? アクロが魔法使いだったからね、少しだけど、わたしも魔法は使えるんだ」

「ああ、すっごく驚いた、けど」

 手の平の上の茶碗を、ちら、と見て、

「その茶碗でよかったのか?」

 言えば、もっと上等なものを探知してもよかったのに。

 しかしディスは茶碗を大事そうに両手で包み、うん、と首を立てに振る。

「これはね、わたしが生まれるよりずっと前から、アクロが大事にしてたご飯茶碗なの。ぜったいに割らないようにって、すごく大事に使ってた。アクロはマグカップをたくさん集めてたんだけどね、このお茶碗は、それよりずっと大切だったみたい」

 茶碗の底を見詰めて、ほ、と安堵の息をつき、

「──これを最初に掘り出せて、よかった」

 ディスはポケットからハンカチ取り出して茶碗をくるむ。ポケットはどうやら底の深いやつらしく、ハンカチに覆われたご飯茶碗はその中にすっぽりと納まった。

「ねえ、シュシュ」

「なんだ?」

「これからも、──少しずつでいいんだけど、アクロの墓に埋まってるものを、いっしょに探してくれないかな?」

 一瞬だけ、逡巡があった。

 ディスの目的は小生には分からない。ただ、小生は飼い犬であって、小生はディスを嫌いではない。これは、ほんの少しの躊躇いだ。きっと、いきなりご主人が現れたことに、うまく順応できていないだけなのだ。

 何も心配することはないのだ。

「ああ、ディスが望むなら、従おう」

 小生は、そう言って頷いた。



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