第三章、魔力の魔の字は何ですか?(2)
「も、もう駄目……う、動けん」
「何よ、ヤワね。ジェイル体力なさ過ぎよ」
恐らく一般人用に合わせてくれたんだろうけど、やはり、この世界の人間とは基礎体力が違いすぎるんだな。
やっとの事で俺の異世界体力・魔力測定会は終わり、居間の床に倒れ込む。
「ただいま帰ったよ。ん、ジェイル、どうしたんだい? 服が汚れてしまうよ?」
「あ、アイ、お帰りなさい! ただいまのチューは?」
「やった事ないでしよう。それで、ジェイルは?」
アイネスさんの言葉になんとか力を振り絞り顔を上げる。
「お……帰りな……さい」
「疲労困憊って感じだね。アル、適正を調べるとは言ってたけど、一体何をしたんだい?」
「……残念ね。え? 別に大した事はしてないよ。水晶球の儀式と組み手と走り込みと畑の耕し水入れ仕込み……位よ。この子ったら、肉捌くのも手間取っちゃって」
こちとら生肉はパックに入ったカット済みのものしか見た事ないっての。
まあ、肉に刃を入れる事に抵抗はなかったから、慣れれば出来ると思うが。
声を出すのもしんどいから目だけで非難の視線を送る。
「アル……無茶はしたら駄目って言ったでしょう。それは並の冒険者でもキツイと思うよ」
「ちゃんと、加減はしたよ? でも、動きはよかったかな。基本的に未熟だから体がついて行ってない感じだったけど」
マジか! 騙された! 誰でも出来るって言ってたのに……。
しかも、動けないけどちゃんと聞こえてるんだぜ? もう少し言葉をオブラートに包んでくれないかな?
これでも、一般の学生よりも自信あったんだから。
殆ど無かった自信が喪失って感じだ。
「そうか。それはよかった。じゃあ、ジェイルは強くなれるね」
「そうね。でも、当たり前よ。私と貴方が育てるんだから……」
心配してくれてるんだろうけど、なんか、今後の生活が激しく厳しい物になってる気がする。
感謝はするけどさ。
「それで、魔力は?」
「駄目ね。どうも、異界の価値観が邪魔してるみたい」
「そうか、ジェイルは魔法のない世界に住んでたんだっけ……でも、オーオーとか言う世界の中では魔法を使ってたんだよね?」
視線を感じる為、頷く事で肯定を伝える。
あかん。疲れすぎて意識が遠くなってきた。このまま寝ちゃいそうだ。
「なら、その価値観に合わせてあげればいいんじゃないかな?」
「なるほど。神たる私には全く浮かばない考えだわ。流石アイ! それで、どうしようと思ってるの?」
あ、ああ……もう駄目だ。
「それは……」
「そんな事……」
子供の体だから筋肉痛にならないといいな。
最後に残った意識でそんな事を考えていた。
「ジェイル、起きて。御飯だよ」
「水とかかけたら起きるかしら?」
「いや……アル、わざわざウォーターで浮かせなくていいから。家が水だらけになっちゃうから」
ん? 何か……。
「じゃあ、炙ってみましょうよ」
「アルの魔力でやったら、ジェイルが蒸し焼きになっちゃうから」
……俺、喰われるのか? 蒸したり水で洗われたり……。
「じゃあ、こんがり焼いて……」
「いや、起きてるから!」
「ああ、起きたね。お早う、ジェイル」
「起きたのね……残念」
聞こえてるから! この性悪女神は。
そして、食後に今後の俺の指導対策を発表する事になった。
まあ、二人は判ってるから、俺にだけ伝えるんだけどな。
「多分価値観が違いすぎるから、私達と同じやり方じゃジェイルが魔法を使うのは無理だと思うの」
「そこでジェイル、君には私達の持つスキルを覚えてもらおうと思うんだ」
「スキル? そんなのあるんですか?」
しかし、他も出来なかったのにこの人達の持つような明らかにレアなスキルなんて覚えられるのか?
「千里眼って言うんだよ。全てを見通す神の目だよ」
「凄すぎそうな感じがするんですけど……そんなの俺に出来るとは思えないんだが……」
「チャレンジはただよ……本当はお金とかで代えられる物じゃないんだけどね」
確かにそうだな。やるのはただか。
「わかりました。アイネスさん、アルさん、宜しくお願いします」
「うん、よろしい! じゃあ、目を閉じて」
「え? 俺は何をすればいいんですか?」
正直、何をすればいいのか全く検討もつかない。
「ああ、心配いらないよ。アルが全部やってくれるから。千里眼は元々アルのスキルでね。選ばれた人間が神から授けられる奇跡の一つだから」
「はい!? そんなの、ただ所の話じゃないじゃないですか!? そんなの、俺なんかが受けてもいいんですか?」
それはアイネスさんみたいなエレメンタルマスターや勇者とかの一部の選ばれた者専用じゃないの?
「いいのよ。だって、ジェイルは私達の家族だし、適正のない人間が受けてもきっと何も起こらないから。でも、ちゃんと覚えるのよ?」
「アルさん……わかりました。頑張ります!」
何を頑張るのかわからないけど、とりあえず二人の思いに答えられるように気合いを入れる事にした。
「……はい。いいよ、おしまい! どう?」
「どう、と、言われても……よくわからないんですけど」
何もせずに目を閉じてるだけで終わってしまった。
実感は全くないが、はたしてどうなんだろうか?
「じゃあ、ジェイル。どうだい? 何か変わったかい?」
「アイ、初見なんだから、それじゃあわからないよ」
「そうか、そうだね。ええと、ジェイルがオーオーの中で魔法を使ったようなイメージって、今出来るかい?」
OOの? 頭の中でメニュー画面を呼び出してみる。
……何も起こらない。
ま、そりゃそうだよな。世の中そんなに甘くはないよな。
「……無理か、そう簡単にはいかないか」
「いけると思ってたんだけどなぁ。残念」
「すいません、折角こんな貴重な機会をもらったのに」
「いいのよ。だって、成功率は一割もないと思ってたし……」
え、そんなものだったの?
「じゃあ、次の手段に移ろうか?」
「まだあるんですか?」
「当たり前じゃない。策士は第二、第三の策を用意しておくものよ」
「さあ、次は私の番だね」
その後もアイネスさんに代わって同じ事をやったが結果は変わらなかった。
「やっばり簡単にはいかないか。じゃあ、また作戦を練らないとね」
「うーん、じゃあ、一般的だけど、体に私の魔力を流してみる?」
「アルの魔力なんて流したら死んじゃうよ。私でも、同じだろうしねぇ……」
「じゃあ、教会に連れて行って洗礼でも受けさせてみる?」
「いや、神聖魔法は使えるようになるかもしれないが、それで元々の魔力が消されても困るな」
「兄に、別の奇跡を授けてもらう?」
「太陽の神、アポロンか……彼は気紛れだからね。出来るかもしれないけど、私達の元から離れなければいけないかもしれないし」
俺には何もわからないので、言われるがままに頭の中で反芻する。
「中々いい案が浮かばないなぁ。」
「じゃあ、とりあえず魔法は忘れて私達の最強の訓練にする? 才能は溢れてるし」
「……そうだね。体が出来上がってきたら話が変わるかもしれないしね」
「それは、結局どう言う事なんですか?」
まさか、スパルタ? 一寸勘弁してほしいなぁ。
「ま、頑張ろうね? ジェイル」
「私達も精一杯協力するからね」
肩に置かれた手が随分重く感じた。
「今日から俺はどうなるんだろうな?」
翌日、余りの緊張でいつもより早く起きてしまった。
この世界に来てから一週間あまり。その期間過ごしてなんとなくわかった。
体が子供の為、睡眠を大量に求めてしまう。
その為、何度寝過ぎてしまったか。
だから、昔じゃ考えられない位に早い時間(時計無いけど)に入眠しているのだ。
でも、今日はそれを考えても早い。
「お、ジェイル、早いね。もう起きたんだ。まだ寝てていいんだよ?」
食事の準備に精を出していたアイネスさんが、手を止めて俺に声をかけてくれる。
「あ、おはようございます。いや、俺もたまには早起き位します……よ」
「どうせ今日から行われる特訓が怖くて早起きふちゃっただけよね? おはよう、ジェイル」
アルさんの言う事は一々正論だったが、今の俺には全く頭に入らなかった。
「アイネスさん……千里眼って、相手の持ってるスキルもわかるんですか?」
「いや、そんな事は……まさか、ジェイル、判るのかい?」
そう、俺にはアイネスさんとアルさんの、恐らくは所有しているスキルが俺の頭に自然と浮かんでくるのだ。
「成功……してたんだ?」
「でも、私の千里眼にそんな効果は無い筈よ?」
でも、二人のスキルが浮かび続けるんだけど?
これって、制御出来ないの?
このままじゃ、俺の精神安定上よろしくないんだけど……。
とりあえず、力が身の丈に合わず強すぎるみたいなので、俺が力を制御出来るようになるまでの間弱めの封印をかけられる事になった。