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第十八章、受付は家族の予感(2)

 俺は義兄となる男、チュール=リザムに手を引きずられながら学園に向かって爆走中である。


 速度が速い。


 何度か声をかけてるが、自分の速度のせいで全く聞こえてないようだ。


 所謂速度超過ってやつだな。


「おい、いい加減に……一度と、ま、れ!」

「ぐえ! 何だ、敵襲か……って、弟じゃないか? 何でここにいるんだ?」


 うわっ! なんだこいつは? 自分が連れ出した事をきれいさっぱり忘れてんのか?


 記憶喪失か? それとも、ただの手遅れな奴?


 試しに一寸強めに殴ってみるか?


「待て、待て待て待てよ……その眼は危険が危ない気がするから考えなおす……ええと……スローラビット?」

「よし、それの変わりにお前を仕留めよう。短い付き合いだったな、義兄殿よ。運が良ければその馬鹿さ加減が治るかもしれんぞ? 九分九厘駄目だろうがな」


 唐突に、名前の通り子供でも仕留められる動きが遅くて温厚なモンスター(ウサギ)の名が出てきたので、既に手遅れな位に色々侵攻してると判断。


 (物理的打撃を使用した)記憶の修復作業に移ろうとする。


「わ、わ、わ、待てって……な? あれだよな、ワイルドボアを一緒に狩りに来たんだよな? 確か……」

「……それで勘弁してやるか」


 街中で血塗れの人は、流石に見栄えがよくないしほぼ初対面の義兄殿だから我慢してやる事にしよう。


「で、そのワイルドボア? はどの位必要なんだ? 付き合うのはもう……腸煮えくり返る位腹立たしいが、仕方ない。断腸の思いで了承したとして、余り多くても二人じゃ持ちきれないぞ」

「スッゴく嫌だったんですね!?」


 喜んで着いてきてるとでも思ったんだろうか? だとしたら、おめでたすぎるだろう?


「あの状況で良好な返事が帰ってくる訳ないだろ」

「……あ、ああーそうだな。ワイルドボアは一匹いれば充分だ!」


 こいつ……思い出して誤魔化すつもりか。


「貸し一つ、だな。で、俺は何をすればいいんだ? 丸腰だぞ」


 まあ、幾らでも作れるけど。


「ーー!? わかった……それでいい。お前、何で武器持ってないのか? 何で?」


 何でって……何回言うんだ、この馬鹿者め。大事な事のつもりか!


「誰が初めて新しい家族に挨拶するのに、肩や腰に槍や刀を下げられる?」

「? 別に出来るだろう? 騎士やレンジャーなら当然だし、冒険者でも防犯上当たり前だろう?」


 ふむ、元々俺に特定の武器がないから理由として話していたが、そもそもの常識の観点から世界と俺の認識が隔てられてる感じだな。


 別にドライアードが召喚の時に持ってきてくれればいいから、自宅にあったままでも問題ないし。


「俺の中の常識では、同じ街中の初めて会う家族の前で武器の携帯は失礼だな、と思ったんだ」

「ふーん。お国柄ってやつか? ま、いいか。俺が全部やるからジェイルは見ててくれればいいさ」


 ん? それだと初めと話しが違うんじゃないか? 俺、行く必要ないじゃん。


「じゃあ、帰っていいか?」

「いや、ここまで来たら最後までいろよ。もう、外に出てるんだから」


 いつの間にか、だよな。気づいたら街門を出て俺が前にバイコーンを狩った森の前に来ていた。


「さて、そのワイルドボアはどの辺にいるんだ? さっさと終わらせて帰ろう」

「なんか、初対面なのにいきなりそんなやる気なくていいのか? まあいいか。ワイルドボアは森の入口辺りから表れるな。そこからどの辺までかは知らないが」


 ふむ、こんな入口から出没するのか。スローラビットを狩りに来たら、クラス2のモンスターでしかも猪が出てきたじゃ堪らないだろうなぁ。


「で、あれか?」


 茂みから此方を伺うちっさいモンスター。ていうかただのうり坊なんだが……。


「おお! 中々でかいな。これなら、今日の晩には充分だ!」


 でかいの!? バスケットボールより小さいじゃん!?


 こんなのがクラス2なのか。余程何か特別な攻撃でもしてくるのか?


「よし、見てろよ。お前に俺の力を見せてやるからな」

「ああ、頑張ってくれ……」


 自信満々に手にしたロングソードで、ちっさいうり坊=ワイルドボアに襲いかかるチュール。


 オーバーキルっぽいよな。


 叫び声と共に振り下ろされるロングソード。


「ブモ!?」

「くそ、外したか!? ちょこまかと……」


 正面から走っていって振るうロングソードは当然のように回避され、猪とは思えない敏捷性で動き回る。


「見事に攪乱されてるな」

「まだまだこれからだ! ぐえ!?」


 おお、ジャンピング頭突き! 小さい頃の猪ってこんなに小回りがきいて、頭がいいんだな。


 チュールのやつ結構飛んだなぁ。5メートルは行ったな。


「いてて……人が手を抜いてやってたらつけあがりやがって」

「ブヒー!」


 おお、起き上がった。意外と元気一杯だな……慣れてるのか?


 どうでもいいけど猪って豚みたいな泣き方するんだな。


「ブヒヒー!!」

「そんなのに当たるかよ! 速さは俺の最大の武器だ!」


 自画自賛するだけあって確かに中々の速度だ。でも、それを考えたらロングソード、長剣の扱いがお粗末過ぎないか?


「よっしゃ、とったぁ!」

「ブブゥ!!」


 最早駄々っ子のようにロングソードを振り回していたチュール。


 元々あれが基本戦術何だろうな。顔が生き生きしてるし。


「結構固いんだな。肉まで届いてないのか」

「こいつの! 厄介な所は! この! 固い皮膚だ!」

「ブヒ! ブヒヒ!!」


 初めの一撃を除いて全て回避してるチュール。じわりじわりとロングソードで殴りつけてん(語弊ではなく)ダメージを与えていく。


 他人から見たら結構酷い有様だな。ただの意地悪にしか見えん。


 ひょっとして俺もそう移ってるんだろうか?


 注意しないとな。


「だぁ! どりゃ! おらぁ! はぁ、はぁ、はぁ……こ、これで、どうだ!」


 度重なる暴力の結果、ワイルドボアは沈黙した。


 ソロでクラス2のモンスターを撃破出来たのは確かに凄いと思う。

 だが、俺は一つだけ言わなければならない事がある。


「チュール、お前、長剣向いてないよ」

「え? マジか!?」


 肩で息をしながら、気が抜けたように溜め息をつくチュール。

 長剣も鞘にしまいこんでいる。


 しかし、俺の感じる様子だと話しはまだ終わっていない。


「おい、チュール。とりあえず何も言わずこっちに来い」

「ん? どうした」


 こいつも人を疑わないやつだな。ひょいひょいついて来やがった。


「ブギャー!!」


 そして、通り過ぎる弾丸のような巨体。


「な、あれは!?」

「第2ラウンド開始、って事だな」


 親と思われる巨大な猪が反転して俺達を怒りに燃えたぎった目で見ていた。

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