第二章、過去は過去、現実は現実ですか?
「ここが、私達の新しい家だよ。今は広々してるけど、その内スペースが無くなる位広くなると思うよ」
俺とアイネスさんが来たのは、まだ新築と思われる孤児院であった。
まだ、他の子供はいないらしい。一寸残念。
「アイネスさん、聞いてもいいです?」
「ん? なんだい?」
「アイネスさんは魔王を倒したんですよね? なら、何故、孤児の世話をしなければいけないんですか?」
こう、そこまでの英雄ならもっと、名誉とか金銭とか手に入ると思うんだが。
「はは、確かにそう言った考えもあるね。私は自分の希望でここの長になったんだよ。私が魔王を討伐する上で希望したのは二つ。私の名前を出さない事と戦災被害の人々を救ってほしい、その二つだけだからね」
ああ、確かに、俺の予想通り不器用な人だなぁ。
「ジェイル、まずは掃除だ! さ、頑張ろう」
「ええ!? 2人でやるんですか? 一寸、って早!!」
勇者パワーを利用してか、凄まじい早さで床を雑巾掛けしまくるアイネスさん。
こうなったら、止めようとか言ってられないし、仕方なく全力で俺も掃除にかかった。
「ジェイル、君、なかなかやるね」
「アイネスさん、貴方こそ。流石は勇者です」
「え? 私は勇者じゃないよ?」
土手での殴り合いのように、2人で寝そべっていたら何やら、不可思議な言葉が聞こえた。
「でも、城の人達は……」
「この事は国王も知らないからね。言ってなかったね。私は確かに勇者の適正もあるけど、本職は違う」
「じゃあ、何なんですか?」
「私のジョブはね……エレメンタルマスターだよ。皆には内緒だよ?」
その言葉に、俺は急にOOの事を思い出す。
「精霊王……その目は見えてないんですか?」
「よくわかったね。エレメンタルの補助を受けてるから全く違和感ないだろ? まさか、気付くとは思わなかったよ」
全盲で精霊王。俺が触りだけ受けたクエストのOOのメインイベントの主要キャラの事じゃないか!
「そろそろ、私出てもいいかしら?」
「あ、こら、アル。まだ早い……」
「大丈夫よ、アイ。この子なら」
急に姿を現した黒髪のローブの女性に、驚いて飛び上がってしまった。
「はははっ! ジェイルだよね、浮いてたよ君!」
「アル、止めないか……仕方ない。まずは自己紹介からだろ。ごめんね、ジェイル」
「いえ、驚いたのは事実ですから」
心臓が止まるかと思った。
「わかったわよぉ、ジェイル、私はアイネスの契約召還神、月の女神アルテミス。仲良くしましょ!」
「はい、宜しくお願いします。俺はジェイル。見ての通り、アイネスさんにもらわれてきました」
「ジェイル!?」
精霊王じゃなくて、聖霊王の方か、格が違ったんだな。
そのアルテミスが俺の首を腕でロックしてアイネスから離す。
「君、アイに言う事があるなら、早い方がいいよ?」
「アルテミスさん?」
「私の事はアルでいいわよ。家族になるんだから。で、家族としてのアドバイスよ。彼は鋭いから……私達とやっていくなら、隠し事はしない方がオススメよ」
まさか? 俺の事をわかってるのか?
「何で、わかったんですか?」
「私は神よ。貴方の中の子の事だって知ってるわ。もし、貴方が彼に危害を加えるつもりなら……」
「あ、それはないから心配しなくていいです。むしろ、日々をどうやって生きていこうか困ってた所でしたから」
この言い方……どうやら、俺にも召還獣がいるのか? OOのスキルの通りなのかな? 俺召還獣いたし。
「助かりましたよ、アイネスさん、いい人ですよね?」
「わかる!? そうなのよ、アイったらいつも、人の為に何かしたがってね……もう、可愛いったらないわよね」
「……そうですね」
彼女が言ってくる位だから、既にアイネスさんも違和感位は感じてるんだろうな。
余計な面倒を招きかねないなら、今夜にでも早速話に行くか。
さて、どこまで信じてくれるかな?
あの後、互いの部屋を確保した俺とアイネスさん。
アイネスさんは同じ部屋で、と言っていたが、アルテミス、アルさんの超絶ともいえる反対にあって断念していた。
俺もこの方がいいし、よかったよかった。
アイネスさん達の部屋のドアを叩く。
2人がただの契約関係じゃなさそうだったから、普通に返事が返ってきた事に一安心する。
とても小さい子にはお見せできないような事になっていたら大変だったから。
「すみません、アイネスさん。こんな時間に」
「全くよ、これから、私達は楽しい添い寝の時間なのに」
「した事ないでしょう。それに、貴女が何か言ったんでしょう、アル。ジェイルも、アルの言ってた事は気にしないでいいんだよ。私はいつでも待ってるから、心の準備が出来た時に話してくれればいい」
本当にいい人だなぁ、この人。
でも、こういった人間ほど怒った時は手が着けられないんだよな。
「何よぉ、これから私達と暮らすんだから、早めに互いを打ち明け合った方がいいじゃない」
「物には順序があるでしょう? この子は心に深い傷を「大丈夫です。俺も、貴方達に聞いてほしかったんです」……そうか、じゃあ、聞かせてもらってもいいかい?」
どう言えば、信じてくれるだろうか?
頭のおかしいやつだと思われるだろうか? 自分だったら付き合いを切る。
追い出される? 最悪、殺されるかもしれない。
そこまでは無いと思うけど考えてもわからん……もういいや、行き当たりバッタリーズで行く!
「初めに言わせてもらいますが、俺がこれから言う事は、夢でも幻覚でもなく、全て俺が体験した事、真実だと言う事を前提に聞いてくれますか?」
「わかった。私の名において誓おう」
「じゃあ、私も。月の女神アルテミスの名において誓うわ。楽しみね、一体どんな話を聞かせてくれるのかしらね?」
「有り難う御座います。では……俺はこの世界の人間ではありません」
「「はい?」」
2人の揃ったクエスチョンマークを見ながら、俺がここに来たそもそもの理由を話し始めた。
「……と、言う訳です。とても、信じられませんよね?」
「アル、どう思います?」
「ゲーム、と言うのがよくわからないけど、ジェイルの言ってる事を考えてみたら、その人並みはずれた魔力量や幻獣……だっけ? 私みたいな子の気配もこの子の中にあるし……それなら、あそこにいた事の説明もつくわね」
「そうか。私も、その可能性が一番高いと思う」
ええと、話が読めないんだけど。
「あの……」
「ああ、ごめんね。私達は君の言う事を信じるよ。私としても、全ての謎が解けたからね」
「確かに予想外に面白かったわ。大変だったわね」
なんか、こんなにすぐに肯定されると、いまいちこっちが受け入れられない。
「謎って、何ですか?」
「ジェイルも話してくれたんだ、私も秘密を話しちゃおうかな」
「アイはね、魔王なんか倒してないのよ」
はい? どゆこと?
「アル……もう。実はね、魔王なんか何処にもいないのさ」
「魔王はいない? 俺は見た事も聞いた事も世界観も常識も何もわからないから、ピンと来ないんだけど」
「そうだったわね。この世界の全ての人間は、モンスターが暴れるのは、魔王のせいと思ってるのよ」
それが、実は存在しない、と。
「確かにそれなら、世界を揺るがす大事件ですね」
「でしょ? 実は魔王じゃなくて、モンスターが湧き出る魔素、っていうのが何百年に一回発生するのよ」
それが魔王、と。
「そう。それで、その魔素の吹き溜まりに君がいたんだよ」
ああ、そりゃ、あり得ないな。
「モンスターだと、思わなかったんですか? 正直かなり怪しかったでしょう?」
「そうね。怪しさで言ったら、道であったら妖怪と思われるレベルね」
妖怪って……。
何、女神アルテミスといい、妖怪といい、作品関係なしの無作為か。
「アル。確かに油断は出来なかったね。何かあれば即命を落としかねない場所だったからね。それは、アルが教えてくれたんだよ。仲間の気配をジェイルから感じるってね」
さり気なく、アルさんに命を救われてたのか。思わす、アルさんの方見る。
「ん! 拝んでくれていいよ!」
「いや、それはいいです」
「むう。さっきも思ったけど、ジェイル、無感動症?」
違うし。人間普通が一番。後、順応性が高い事。
「大事な家族の言う事だ。本気で聞くし、本気で信じるよ」
「でも、有り難う御座います。信じてくれて、それに、俺をここにおいてくれて」
「そうよ、アイの言う通りだぞ。これから長くなると思うけど、改めて宜しくね」
この日は正直うれしくて眠れなかった。
こんなあきらかに与太話みたいなのを信じて、かつ受け入れてくれるなんて。
俺は素晴らしい人達と一緒にいるんだ。
この幸運にはいくら感謝してもし足りなかった。