第九章、学園編プロローグ、異者はまたまた出会う?(3)
「全員動くな! これは殺人事件だ! 容疑者はこの中にいる!!」
俺は部屋にいる全員に聞こえるように声を上げる。
驚愕の表情のセバス=B=サカヅキとマリアン=フェイトナ。
俯いてその心の内すらわからないシズマ=ラインズ。
そして、血を流して倒れている男。
この部屋はその男の部屋だろう。綺麗に整頓され、年相応の上品な印象を受ける。
俺は何故こんな陰惨な事件が起きたのか、記憶を辿ることにした。
「ここの部屋が学園長のお部屋になります」
「そうですか。わざわざ有り難うございました」
「いえ……では私はこれで……」
俺達を案内してくれたタイガー教師は中まで入らずに去ろうとする。
「中には入らないのですか?」
「はい。それが、学園長の希望ですから」
「そうでござるか。どうも、有り難うでござりました」
普通は案内の最後は依頼者まで……だろうが、希望されればこうなるか。
あの爺さん。好き勝手やってそうだなぁ。
「まあ、ここで立ってても仕方ないし、取りあえず中に入ろうよ」
「そうだな、行くか」
「あの……やっぱり、私……」
申し訳なさの為か、尻込みするマリアン。
このまま、俺の疑惑が無くなればいいのに。
「大丈夫だよ、基本的にはいい人だから……」
「でも……私なんかが……」
シズマが説得するも、なおも不満が募る様子。
そんなに、気にするような爺か? あれが。
「セバス、ライアン学園長はそんなに凄いやつなのか?」
「ジェイル殿、知らんでござるか!? ライアン学園長殿はこのアガスティア魔法学園……いや
魔法使いとして最強の使い手でござるよ。一度本気になれば、その魔法は天地を切り裂き、町一つ壊滅させる位造作もないであろう。と言う記事が週刊マジシャンに載ってたでござる!」
……ゴシップか。地面を割る位俺でも出来るし、町一つ壊滅だってアイネスさんやアルさんにはわけもないだろう。
「ふーん。で、何であそこまで嫌がってるのさ? あの爺さんも一応社交性あるみたいだから、そう心配いらないと思うが?」
「何を言うでござるか!! ライアン学園長殿は最強の魔法使いでござるよ! 緊張して当然でござるよ!」
はあ、ま、よく見るとセバスも手足が震えてるし……知らない人には畏怖の対象なのかな?
強者って辛いね。
「……でも……」
「…………心配ないから……」
まだやってるのか!? いつまで気にしてんだ。
俺はドアを開けてマリアンの手を掴む。
「やっ! やめっ! ジェイルさん!?」
「……長い。諦めて入りなさい」
そして、学園長室に問答無用で連れ込んだ。
「ジェイル……もう一寸で説得出来たのに……って……これは……」
「シズマ殿どうしたでござか……敵襲でござるか!?」
学園長室でまず目に入ったのは、一番奥の専用の机にもたれ掛かるライアン学園長と、出入り口を塞ぐように立ってい複数の黒ずくめの姿だった。
「主等……早くここから逃げろ!」
「……学園長!」
俺は慎重にその状況を観察する。
傷だらけになっているの学園長ライアン=フィルグライドで間違いない。
そして、先にいる黒ずくめ、魔法的な効果でもあるのかその顔すらわからない。
俺はこれによく似た姿を何度も眼にした事がある。
シズマを見る。やはり彼はこの爺と親しい関係らしい。
何かに疲れたような諦めたような表情をしている。
きっと、俺も同じような顔をしている事だろう。
俺は溜め息を一つつくと、真っ直ぐに歩を進める事にした。
「あ、あの! ジェイルさん! は、離して……」
「ジェイル殿危ないでござる! 相手はライアン学園長も手こずるような手練れでござるよ!」
「そうじゃ! 危険だから近付くな!」
俺が歩を進める度に黒ずくめが飛びかかってくるが、左手で殴り飛ばしていく。
「きゃっ! ジェイルさん!!」
「ーーーーっ!?」
殴られた黒ずくめは、そのまま頭から壁に突き刺さる。
別にこいつ等に恨みはないが、一蓮托生。少しは痛い目見てもらおうか。
ガンガン殴って最終的には、机にもたれ掛かるライアン=フィルグライドの前に立つ。
「…………えーと、もしかしてバレてた?」
「ラッシュと一撃とどっちがいい?」
ライアン=フィルグライドは一筋の汗を流す。
周囲には既に黒ずくめの姿はない。どうやら、皆叩きのめしてしまったらしい。
「……一撃で……」
「よし、覚悟しろ! おらぁああああああ!!」
拳を勢いつけて頭上に振り下ろした。
「爺をへこませてから、黒ずくめは消えた。と、言う事はこの爺の自作自演……つまり、こうなったのは超自然的な力が影響されている。じゃあ、初めの判断は間違っていた……犯人はいない」
「いや、どう見てもジェイルが全員やったよね?」
何を言うんだ? シズマだって俺がいなかったら同じ事をやっただろうに……。
「そうかもしれないけどさ……」
「……一体何が起こったんでござるか? あの、黒ずくめは?」
セバスは全く状況がわからない。って顔をしてる。
「爺……寝たふりしてないで自分で説明しろ」
「寝たふりって……ジェイルに殴られたんじゃぞ。本当に死んでたらどうするんじゃい」
お前がその程度でくたばるか。
「よっ、セバス=B=サカヅキにマリアン=フェイトナじゃな。初めましてじゃな! 宜しく!」
若い挨拶だな、おい。
「は、はい、宜しくお願いしますでござる!」
「…………あ、あの」
あんな挨拶でも今までの先入観があるから、緊張してるんだな。
俺の隣にいるマリアンが異常に緊張してる。
「ジェイルよ、マリアン君の手を離してあげないと話も出来んよ」
「ん? ああ、そう言えばずっとつないだままだったな。すまんな」
真っ赤になって首をぶんぶん振る。
なる程、恥ずかしかったのか。
「ジェイルさん、部屋に入ってからずっと手握ってたよ。よく、手を繋いだまま義父さんの所まで行けたね」
「ああ、そうなの? 忘れてたわ。それにしても……お義父さんだったのか……大変だな、こんな親父」
「わかってくれる? 大変なんだよ……」
シズマは俺の手を握ると、ぶんぶんと振り回す。
知ってる俺はその大変さがよくわかる。
「さて、可愛い可愛いシズマ朝振りじゃの?
元気にしとったか? 虐められたりしたらすぐワシにいうんじゃよ。すぐに一族郎党殲滅してやるからの」
「……いや、大丈夫だから……」
過激だな……爺。
「ジェイルも久しぶりじゃな。二年振り位かの? 久しぶりでも、いい拳しとったよ」
「そうか。俺の拳を正面から受けて全くの無傷なのはあんただけだよ」
俺達が部屋の様々な場所にいる為、くるくる回って俺達と話をするライアン=フィルグライド。
「学園長殿、結局先程の者達は……」
「あれはの……実は唐突に窓から……」
俺は拳を握り締める。
「嘘! 嘘じゃよ! 本当はあれです! 新入生を驚かそうと、わざとやりました! ワシの自作自演です!!」
ん、素直でヨロシイ。
「でも……じゃあ、あの黒色の人達は?」
「簡単だよ、あれは義父さんの使い魔だよ。あんなにすぐやられたのは初めてだけど……」
呆れてたから目に入ってなかったけど、失敗しちったか。
なんか、失敗ばっかりだな。さっきから。
「新入生って、俺達はまだ合格発表前だぞ?」
「何言っとんじゃ? 当然合格に決まっとるじゃろ? 主等はゴブリンを倒したんじゃよ」
いいのか、言っちゃって。
「そうだよ、義父さん。何で僕達の試験はクラス3のゴブリンが相手だったの? 下手したら誰か死んじゃったかもしれないんだよ」
「シズマはクラス3の相手との戦闘は初めてじゃったしの。じゃが、まあ、ワシはタイマンでもシズマなら勝てると思っとるし」
自信満々に言う爺。
「あの、私は参加してなかったんですけど……」
「マリアン君は確かに違う相手じゃったが、やる気と才気は人一倍ある。全員一致でマリアン君も合格じゃよ」
つまり、全員合格って事か。まあ、よかったよかった。
「それに、ジェイルがいるから難易度の関係から仕方なくの」
「ジェイルの? どういう事?」
……まずい、爺が余計な事を言おうとしてる気がする。
「爺……一寸……」
「ジェイルさん! 私も気になります!」
何故かマリアンに制止される。
「あの程度のクラスにしないと、ジェイルがどれだけ加減しても他の受験者に示しがつかんからの」
「ジェイルって、そんなに強いの?」
「流石でござる! ジェイル殿! そんなに学園長に認められるなんて!!」
あー加減してるのバレちまったな。まあ、このメンツならいいか。
「それで、ジェイルよ。千里眼は使えるようになったかの?」
「わ、爺、テメエ!!」
爺の言葉と俺の過剰反応の二つが合わさり、否定する事も出来なくなった俺は、やむなく千里眼の事を話す事になった。
「~と、言う事だ。すまんな、黙ってて」
「凄いでござる! そんなスキル聞いた事ないでござるよ!」
「それで、私の名前を知ってたんですね」
「強いのに、レアなスキルもある。ジェイル……」
なんだかんだで、取りあえず皆には納得してくれた。
そして、その日は(いらん事を言った爺をボコボコにした後に)合格祝いの祝杯をあげた。