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四月九日(金)「友達っていうのは……」

 そう、特別な事をしていた訳じゃない。いつもの様に登校して、いつもの様に授業を受けて、いつもの様に藤ノ宮さんに見惚れてしまって……。いつもの様に部活をした。ただ一つ違ったのは、また起るかも知れないという不安と緊張感が、常に私の多くを占めていた事。あの鈴川白という女の子の事を考えていたからだ。考えていた、というのは語弊があるかな。警戒していたというべきだ。

 廊下に出る時は特にそう。この前タックルされた廊下。横断歩道を渡るかのように右、左、もう一度右を見て、彼女がいない事を確認してから出て行く。十歩進むごとに振り返る。姿は見えない。右! いない。左! 隣のクラスの窓。上! は……さすがに飛んでは来ないか。そんな事を繰り返しながら、まるで不審人物のように進んでいく。教室にいる時も、時々廊下の方を見る。どこから来るか分からない。それこそ、トイレですら周りを気にしてしまう。



 そんな事をずっとやっていたものだから、部活が終わった時にはドッと疲れた。

「どうしたの? なんか疲れてるぞー」

「あ、愛華ちゃん。ううん、大丈夫だよ」

(良かった。今日は来ないのかも)

 あとは帰るだけ。廊下を右に曲がると、沈みかけた太陽が西日となって、思わず目を細める。愛華ちゃんやまばらに残った生徒達の姿が黒い影となって、夕日とのコントラストが奇麗だった。下駄箱に近付いていくにつれて、一日中張り詰めていた緊張が解かれていく。

「おね~ちゃ~~ん!」

(え!?)

 声は後ろから。それはみるみる大きくなって来る。早く振り返らないと昨日と同じ事になってしまう。でも、緩んだ緊張がその行動を遅らせた。振り返った時、声の主は目の前にあって、今度は前から抱きつかれた!

「おねえちゃん!」

「ちょっ……鈴川さん! 待って……!」

 何とか倒れるのは免れたけど、制止の言葉もお構いなしに私の胸に顔を押し付けてきた。その顔をグリグリ動かすものだから、

「あっ、ちょ……やだ、ぁん!」

 な、なんという声を出してしまったのか! 顔から火が出るどころの騒ぎじゃない。これじゃあ昨日より恥ずかしいじゃない! 私の顔はガス爆発の大火災になった。

「す、鈴川さん、落ち着いて! 一旦離れてぇー!」

「は~い」

 彼女が離れると、私は糸を切ったあやつり人形の様に、その場にペタンと崩れ落ちた。

「はぁはぁ、はぁ……」

 胸に手を当て呼吸を整える。炎と化した自分の顔が少しずつ鎮火していくのを感じる。

「ふぅ」

 落ち着きを取り戻し、目を開ける。そこには、

「おねえちゃん、大丈夫?」

 子供のように無垢な眼差しの鈴川さんが覗き込んでいる。ぐったりと力の抜けた身体をなんとか持ち上げた。

「あ、あのね鈴川さん……」

「おねえちゃん、お友達になって!」

(次に会ったら言うと決めたんだ)

「あの、鈴川さん、二つ言わせて。私は二年で、あ、あなたは一年生。先輩後輩の関係なんだから、“お姉ちゃん”じゃなくて、き、如月先輩って呼ぶのが、普通だと思う」

「でもでも、おねえちゃんは白のおねえちゃんだから、おねえちゃんなんだよ?」

「はあ?」

 通じてない。彼女の言葉もさっぱり意味が解らない。

「じゃ、じゃあ二つ目。先輩後輩なんだから……と、友達とは、違うと思うん……だよね」

「え~、友達だよって言ってくれたのに~」

「い、言ってないよ! そんな事。と、とにかく、私は鈴川さんとは友達にはなれない」

(あ、言った! ちゃんと言えた!)

「じゃあ、友達ってなあに?」

「え?」

 そんな質問をされるとは思っていなかった。友達とは何か。改めて聞かれると難しいな。えっと、私の友達像か。友達像……。

「た、例えば、相手が何かを頑張っている時に応援してくれたり、困っている時に助けてくれる存在。それが友達……じゃないのかな」

「じゃあ、おねえちゃんが部活頑張ってる時は、白が応援してあげる!」

(……あれ?)

 なにかおかしい。友達になれないと断ったはずなのに。この先の不安が募っていく。この子には、何を言ってもそれ以上のものが返ってきて、いつの間にか彼女のペースで物事が進んでいく気がしてきた。彼女はきっとそういうタイプだ。なんとか話を逸らしてみようと、気になっていた事を聞いてみた。

「その、首に巻いているのはチョーカーだよね?」

「これ? これは、首輪だよ」

(それをチョーカーって言うのよ)

「白の宝物なんだ~」

 チョーカーに付いている鈴を、指で鳴らしてみせた。チリチリ、チリン。決して奇麗とはいえない、くすんだ音が聞こえた。良く見ると、殆ど茶色く錆び付いている。そんな風になるまで持ち歩くのだから、この子にとっては本当に大切な宝物なのだろう。

「美胡ー! 何やってんの? 帰ろうよー!」

 靴を履き替えた愛華ちゃんが、昇降口で待っている。

「あっ、ちょっと待ってー。応援はしなくていいからね、いい?」

 そう念を押してから、愛華ちゃんの後を追った。




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