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四月五日(月)「友達だなんて……」

「……で、あるからしてー、常に白百合女子高校の生徒としての自覚を持ち、ナンタラカンタラ……」

(あー、まだ終わんない)

(校長、話長いよ)

 始業式で体育館に整列した二、三年生500名の耳は、校長先生の言葉には向けられていない。私、如月美胡(きさらぎ みこ)もその例に漏れていない。いつもの長話しに付き合わされて、みんなうんざりしている。さらにその1000の瞳のうちの800は、舞台下上手側の最前列に並んでいる、一人の女生徒に注がれている。あ、800というのは適当な数字。この中の殆どの人がきっとそう。そして、その内の二つは私のもの。斜め前、手を伸ばせば届くかもしれない距離にその人はいる。高校一年の時から憧れている人。その人と、この二年から同じクラスになってしまった。これから一年間、同じ教室なんだ。でも、友達になんてなれない。だって彼女は、私と違う世界に住んでいるから……。

「では先月行われた、全国選抜高校テニス大会個人戦で見事優勝した二年A組、藤ノ宮琴葉(ふじのみや ことは)君、壇上へ」

 先ほどから校長先生よりも注目を浴びていた藤ノ宮さんが、壇上へと進み出る。私の瞳はその優雅な一挙手一投足を逃すまいと、背伸びをしたり身体をよじらせたり少し屈んだりする。胸の前で握った両手に、自然と力が入った。

「待ってましたー!」

 ずっとつまらない独演会が続いていたのだから、そんな歓声があがるのは、うん仕方がない。

 校長先生から賞状と優勝トロフィーを受け取る。体育館を埋め尽くした拍手の方へと向き直った時、背中まである瑠璃色の髪が翻った。それは何処か異国の、太陽の光に揺れる紺碧の海を思わせた。端整な顔立ちと、ミニスカートからスラリと伸びた肌。その麗しくて凛とした立ち姿は、例えるなら一輪のブルーローズのよう。正に“学校のアイドル”がそこにいた。注目を浴びるのも、人気があるのも当然だと思う。きっと初めてこの光景を目にした人は、このあと『この度は応援して頂きありがとうございました。みなさんのお陰で優勝する事ができました』と、深々とお辞儀をする姿を思い浮かべるんだろうけど、それは少し違う。いや大分……かな。

 彼女が一歩前に出る。拍手が止み、時間が止まったかのように静まり返った体育館は、代わりに百メートル走のスタート前にも似た、あの緊張感に包まれる。右手に持ったトロフィーを高く掲げる。みんな息を呑み、その時を待つ。そして、ピストルが鳴った。

「みんなー! 応援ありがとーーーーーー!!」

「おめでとーーーーーーー!!」

「きゃあーーーーーーーっ!!」

 割れんばかりの大喝采。私はいつも、その歓声に圧倒されるだけ。小さい拍手と、おめでとうという気持ちを心の中で飛ばすだけ。拍手と歓声の中、壇上から降りると生徒達とハイタッチを交わしていく。もしかしたら、今手を上げれば私にもハイタッチを交わしてくれるだろうか。『パン!』と気持ちの良い音を響かせてくれるんだろうか。上げてみようか。私が手を上げればもしかしたら……。私が上げれば……。

 そう、まず私自身が手を上げなきゃいけない。私が先に行動を起こさなきゃいけないんだ。私が先に。そんな事できない。とてもできないよ。例えば、どうしてか手を上げる事ができたとする。でも、それに気付かないかも知れない。そうだよ、こんなに沢山の人の中で気付くはずないよ。マイナスに働いた思考に、私は容易く支配された。上げかけた手を静かに胸の前へ戻すと、もうそこから上には少しも動かなかった。元の列に戻った藤ノ宮さんの後ろ姿に、音にならない拍手を送った。そして、もう一度おめでとうを飛ばした。

 手を伸ばせば触れそうな所にいるのに、ほんの二メートルが私には遠過ぎるんだ。ううん、それは違う。たとえ一メートルでも、十センチでも同じ事。結局は、私自身の問題なんだ。



 始業式の後には授業がないから、ホームルーム後の教室内にはまだ春休みが少し混じっている。その、少し桜色を帯びたようなフワフワした空気が、みんなの口調と足取りを軽やかにしているみたいだった。

「じゃあ、また明日ねー」

「ねぇ、これから駅ビルのCDショップに行こうよ」

 だから、クラスメイト達の普段の日と変わらないこんな会話も、どことなく声のトーンが高く聞こえて、もう少し春休みの余韻を楽しみたいという気持ちが伝わってきた。

 そんな明るい雰囲気を背中に感じながら、美術部に所属している私は午後からの部活のため、同じ美術部員の七瀬愛華(ななせ まなか)ちゃんとお弁当を食べようとしていた。

 美術部は週三日、月・水・金曜日に活動している。二、三年生を合わせて八人の小さな部。年一回の全国芸術祭への応募と、学校の文化祭への出展が主な活動。その他は、学校行事のポスター作成をしたりしている。先月、五人いた三年生が卒業して部員が一桁になっちゃったから、今年の新入生には、せめて二人は入部して欲しいな。

 向かいに座る愛華ちゃんが、お弁当箱から玉子焼きをつつく。でも、それが口に入る寸前で動きが止まった。

「どうしたの?」

「美胡ぉー! あたしだってCDショップ行きたいんだよー! 今日、SMOPのCD発売日なんだよー! てなワケで部活終わったら行こうよ、美胡」

 愛華ちゃんは、私の一年生からの友達だ。私と違って明るくて元気な女の子。そんな子が、地味で引っ込み思案な私なんかとどうしていつも一緒にいてくれるのか不思議なんだけど、彼女に言わせると、私は頼りなくて、風に吹かれたら飛ばされそうだからほっとけないらしい。

「終わってから行くの? 明日は部活ないんだし、予約してるなら今日じゃなくても……」

「ダーメだって。発売日に手に入れるのがファンとしてあるべき姿なの!」

 玉子焼きが刺さった箸を、授業で使う指し棒のように向けてくる。

「もう、行儀悪いなあ」

 顔を背けながら、愛華ちゃんのそれより一回り小さなお弁当箱を開く。愛華ちゃんは、私が答えを渋っていると見るやトドメの一言。

「いつものカフェで、モンブラン奢ってあげるからさー」

「ほんと? ……じゃあ、いいよ」

「やった!」

 お弁当箱からタコの形に切られたウインナーを取ると、モンブランのおかげなのか、いつもより美味しそうに見えた。

(ファンとしてあるべき姿、か……)

「それはそうと、ウチのアイドル同じクラスじゃん」

 そう言って、愛華ちゃんが向けた視線の先には、同じくお弁当を広げている藤ノ宮さんがいた。周りにいる数人の生徒と話しをている笑顔は、私には眩しく映った。多くの生徒がその美しい容姿に惹かれるのとは違って、その類まれな才能と美貌を鼻にかける事もなく、誰とでも同じく親しげに接する。しかもごく自然にそれが出来てしまう彼女に憧れている。

「美胡、憧れてるんだったら友達になってみれば?」

 口に入れようとしたウインナーを落としそうになる。

「な、何言ってるの? 駄目だよ私なんか。引っ込み思案だし、藤ノ宮さんみたいに運動も出来ないし、明るくないし。迷惑なだけだよ、住む場所が違う人なんだから……」

「そんなことないって。まあ運動音痴は無理でも、可愛さは美胡だっていい線いってるよ。チョット立ってみ」

「ええー? 立つの?」

 仕方なく立つ。愛華ちゃんは顎に手をあてて、私の頭から足までを目で一周二周させながら、

「ふむふむ。うん、目はパッチリ二重で眼鏡も似合ってる。黒髪もサラサラだし、スタイルだって悪くはない。あー、胸は完全に負けてるか」

「それ、褒めてるのか貶してるのか分からないよ」

 ため息をついてまた座り、食事を再開した。その間も、さっきの愛華ちゃんの言葉がまだ頭に残っていた。

 『友達』という単語。『友達』という関係。友達、ともだち……。そんなの無理だよ。頭から振り払うように、窓の外に目を向けた。

 校舎と校庭を二分するように、校門から続いている桜並木が見える。学校創立時からあるというその桜並木はこの学校のシンボル的存在で、この季節には文字通り、桜のトンネルが校舎の端から端まで続く。はらはらと散った花びらが、地面に薄いピンク色の絨毯を敷き始めている。ふと、二羽の鳥がその絨毯に止まっているのが見えた。くっ付いたり離れたり、一緒に何かをついばんだり、その仕草はまるで遊んでいるようだった。

「あの子たち、友達なのかな……」

 なんだか、私の方がちっぽけな生き物のように思えた。




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