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五月五日(水)「恩返し」

 私は、また白い世界に戻された。さっきと同じような真っ白な世界。だけど今度は、足にはしっかりとした感覚があった。

 白い世界が、急に色を取り戻した。そこは、現在いまの私がいる神社だった。目の前には白ちゃんが立っている。青白い顔のまま、私を見つめていた。眉尻を下げて悲しそうで、口元は微笑みを湛えている。私は切なくて、嬉しくて、申し訳なくて……。白ちゃんを強く抱きしめていた。

「ごめんね。ごめんね、気付いてあげられなくて……。ありがとう、また会いに来てくれて」

 閉じた目から一滴の涙が零れた。私が鈴をあげた次の日から、どこかへ行ってしまった子犬のシロ。沢山探したけれど、とうとう会えなかった。毎日を泣いて過ごしていた時、オモチャ屋で白い犬のぬいぐるみを見つけた。小さくて、“お座り”をしている姿が、あの時のシロに凄く似ていた。それは、今も私の枕元に置いてある。

 これからは、一緒にいられるんだ。他の誰からも見えないけれど、私には見える。鈴川白という女の子を見てあげられる。触れてあげられる。それなら、私がずっと傍にいよう。

 ふと、さっきまで冷たかった身体が温かい。目を開けると、白ちゃんがぼんやりとした光を纏っていた。

(なに……?)

 その光のベールから、テニスボール大の光の玉が、シャボン玉のような七色の光を発しながら、フワフワと空に舞っていた。しばらく上まで昇ると、空に溶けるように消えていった。それが二つ、三つと発せられたかと思うと急に増えていって、私達の頭上には星空が広がっているようだった。

 よく見ると、光の玉はベールから発せられているのではなく、白ちゃん自身からだった。発するというより、逃げていくといった風だった。光の玉が逃げていくにつれて、白ちゃんが後ろの景色を吸い込んでいく。後ろの景色に溶けていく。透けていく。白ちゃんが消えようとしていた。

「嫌……、待って、行かないで!」

 涙はもう止まらない。離れたくない。

「ごめんね、おねえちゃん。白、もう帰らなきゃ」

 白ちゃんは、泣き出しそうな顔だったけれど、優しい笑みで別れを告げた。

「どうして? 折角会えたのに……、どうして行っちゃうの?」

「それは……、鈴を外したから。鈴の力が、白から離れたから」

「じゃあ鈴なんていらない! 白ちゃんが持っててよ!」

「ダメなの」

 私の想いは、その強い意思の前にあっさりと消されてしまった。

「もう、力が残ってないの。白が付けてても、明日までには消えちゃう」

 そんな……、そんなの嫌だ! 私は、空を舞う光の玉を集めようとしたけれど、触れる事ができなかった。両手をバタバタと泳がせるだけで、昇っては消え、昇っては消えていった。

「白は、おいしいゴハンをくれて、遊んでくれた恩返しをしに来たの。おねえちゃんと、もう一度遊びたかったの。おねえちゃんと一緒に絵を描けて、白はすごく楽しかったよ」

「恩返しをしたいなら、ずっとここにいてよ……。絵なら、絵なら一緒に……、沢山描いてあげるから……。だから、行かない、でよ……」

 止め処なく零れ落ちる涙で、顔はぐしゃぐしゃになっていた。

 白ちゃんが少しずつ消えていく。茶色い髪が、白いカチューシャが、クリンとした大きな瞳が、微笑む口が、華奢な腕が……。全てが光の玉となって空に昇っていく。

「白の恩返しは、鈴を渡す事なの。おねえちゃんがくれた、友達の印。おねえちゃんと白の想いが、いっぱいつまった鈴。その鈴は、友達を作るためのお守りだよ。おねえちゃんに、きっと勇気をくれるよ」

 光の玉とは違う、別の光が白ちゃんの頬を伝っていた。泣いているようだった。けれどその言葉は、はっきりと紡がれていた。

 『友達を作るためのお守り』

 私に何を伝えたいのか、何を望んでいるのかが解った気がした。

 真っ直ぐ過ぎるほど真っ直ぐで、健気で、無邪気で、明るくて、私にないものを沢山持っている女の子。ずっと一緒にいられたら、どんなに良いだろう。

 だけど……、だけど、私が本当に白ちゃんの事を大切だと思うなら、その想いを無駄にしちゃいけないんだと思った。その想いに応える事が、私からの恩返しなんだ。

 悲しみの涙から、ありがとうの涙へと変わっていった。

 もう、白ちゃんの顔も、身体も、手足も、すっかり消えてしまい、光の玉がぼんやりと集まっているだけになった。私はその光たちを、そっと包み込むように抱いた。壊してしまわないように優しく、とても優しく……。

「ありがとう、白ちゃん。ありがとう……、ありがとう……」

 白ちゃんが消えていく。私の腕から消えていく。最後に残った、小さな光の玉が離れていく時、声が聞こえた。

「おねえ……ちゃん、あり……が……と…………」

 私は、両腕を空高く広げて、空に昇っていく光を送り出した。夕日のオレンジと重なって、本当に奇麗で純粋な想いだった。

 私の頬を、また涙が零れた。その涙も、キラキラと奇麗だったらいいな、と思った。




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