表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/18

ある光景「三日間」

一日目――


 美胡は何かを感じた。誰かに見られているような感覚に、その方向を見上げた。当然誰かがいる筈もなく、オレンジ色に染まる空と、時折そよぐ風に葉が揺れているのが見えただけだった。不思議そうに首を傾げた後、美胡はまた神社の床下に視線を戻した。

 その視線の先には、うずくまる子犬がいた。その子犬は土で茶色く汚れていたが、肌に近い部分は白い奇麗な毛で覆われていた。首輪は付けておらず、野良のようだった。

「お母さんとはぐれちゃったの?」

 美胡は手を伸ばし、子犬の頭を撫でる。子犬は警戒する様子もなく、その優しい手を受け入れていた。

 まだ秋の入り口とはいえ、一人では寒くて死んでしまうかも知れないと思い、

「ちょっと待っててね。ちゃんと待ってるんだよ」

 そう言ってからもう一度頭を撫でて、石段を駆け足で降りていった。


 暫くして、美胡が戻ってくる。ランドセルは背負っておらず、手には濡れたフェイスタオル、バスタオル、ミネラルウォーターのペットボトルを持っていた。

「あ~、タオルが冷たくなっちゃった」

 お湯で濡らして来たのだが、着いた頃には大分冷めてしまっていた。そのタオルを開き、温かい部分で子犬を拭いた。徐々に、本来の白い毛並みに戻っていった。

 バスタオルを敷いて、その上に子犬を乗せる。柔らかい感触が気に入ったのか、伏せをしたり、寝転んだり、自分の匂いを付けている。

「あ、どうしよう」

 ペットボトルの蓋を開けたものの、入れ物を持って来ていなかった事に気付いた。仕方なく美胡は、自分の手の平に少しあけ、子犬の口元に寄せた。子犬は鼻をヒクヒクと動かし匂いを嗅ぐ。水は、小さな指の間から土の上へと零れていき、飲む前に全て無くなってしまった。もう一度手の平に入れる。同じように匂いを嗅いで、今度は小さい舌を覗かせながら、不器用に飲んでいった。

 飲み終わると、美胡は子犬を抱いて頭を撫でる。子犬もお礼を言うように美胡の顔を舐めた。

「くすぐったいってば」

 暫くの間、神社の境内は美胡と子犬だけの空間となっていた。

「明日も来るから、ちゃんと待ってるんだよ」

 美胡はそう約束し、家路につくのだった。



二日目――


 美胡は、首に掛けられたマンションの鍵を取り出すと、鍵穴に差し込んだ。ドアを開け、誰もいない家に入る。両親が共働きの美胡にとっては、それが当たり前の日常となっていた。この後、大抵は近所の友達と遊ぶのだが、ランドセルを自室に置くと、入れ替えに母の手作りのトートバッグを手に取る。それに台所のスープ皿を入れ、足早に家を出た。

 途中のコンビニでドッグフードの缶詰とミネラルウォーターを買った。これで今月の小遣いは使い果たしてしまったが、トートバッグに手を入れてその存在を確認すると、美胡は満足そうな顔で約束の場所に向かった。


 神社の床下には、あの子犬がいた。バスタオルの上に寝そべっている。美胡の足音を聞くと、顔を上げて床下から姿を見せた。白い尻尾を左右に振り、美胡の足元で喜びを表している。

「待っててくれたんだね」

 美胡も嬉しそうに、持って来た缶詰を開けて子犬の前に置き、その横にミネラルウォーターの入ったスープ皿を置いた。子犬は二、三度匂いを嗅いだ後、貪り付くように御馳走を平らげていく。

 美胡は食べる様子を見ていたが、気付いたように立ち上がった。境内を歩き回り、手頃な枝を拾うと子犬の元に屈んで、土のキャンバスに絵を描き始めた。

 子犬は、空になった缶詰とスープ皿には興味が無くなった様子で、動く枝を目で追っている。

「描けた!」

 その絵は、目の前で“お座り”の姿勢で美胡を見つめている子犬だった。

「これは……あ、まだ名前を付けてあげてなかったね。う~ん……」

 子犬の喉を指先で撫でる。白い毛並みが、美胡の指に滑らかに絡む。

「そうだ、毛が白いから“シロ”がいいね。これはシロの絵だよ」



三日目――


 授業参観の後の、母親との帰り道。美胡は、シロが待っている神社へ母親を連れて行く。

「ほらほら、ママこの子だよ!」

 神社のいつもの場所で待っていたシロが、駆け寄って来た美胡の胸に飛び込んだ。ようやく石段を上ってきた母親は、美胡の顔を舐めているシロを見た。

「うわー、随分小さい子犬ねえ」

「シロって名前だよ。美胡が付けてあげたの」

「シロっていうの? 多分この子、産まれてから半年も経ってないんじゃないかなあ?」

 美胡に抱かれたシロを撫でながら、そう言った。

「美胡よりもおっきい?」

「美胡よりはちょっと小さいかもね」

「そっかあ。じゃあ、美胡の方がおねえちゃんだね!」

 “お姉ちゃん”という響きに、美胡はくすぐられた。

「シロちゃん、美胡がおねえちゃんだよ」

 そう言ってシロを抱きしめた。シロも愛情を精一杯返そうと、尻尾を振りながら美胡の顔を舐める。

「あ、そうだ」

 美胡はスカートのポケットから、緑のリボンに通された鈴を取り出した。昨晩、家にあった物で作った、即席の首輪だった。シロの目の前で夕日を浴びる金色の鈴は、揺れる度にその色を変化させた。

 チリリン、と澄んだ音色と共に、シロの首に巻かれた。

「はい、これで友達だよ。シロ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ