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「――お前は弱そうだな」

「……弱そう?」

 そんな自分の評価に、桜麟(おうりん)は戸惑いながら問い返していた。

 彼女の目の前に座るのは付喪神奉行である輝久(てるひさ)。妖魔の脅威から町の治安を守るお役目の青年だ。補佐をする強い護り手が必要なはず。桜麟も霊力だけならば、そこらの妖魔よりも強い自信はあった。

 それを弱そう、とは……。

 桜麟が返す前に、主の徳次郎(とくじろう)が慌てたように割り込んでくる。

「輝久様、ご安心ください。この桜麟は虫も殺せぬほど心優しい付喪神ですが、いざとなれば何倍もの霊力を……」

「だが、それがいい」

 徳次郎の話は全く聞いていない様子で輝久の手が伸びた。逃げる間もなく、あっという間に桜麟は抱え上げられると、輝久の膝の上に座らされる。

 その次に告げられた言葉に、桜麟は言葉を失った。

「気に入ったぞ、徳次郎。この付喪神を俺の護り手として買い求めよう」

(え、ええええーっ!?)

 どうしてこんなことになったのだろう。思いがけない展開に、桜麟は先日からの出来事を思い返していたのだった。


    ◆


 ふと、胸騒ぎを覚えて桜麟(おうりん)は目を覚ました。

「ふぁ……」

 小さな欠伸をしながら障子を開け放つ。

 薄っすらと赤味がかった日の出前の山際。早朝特有の清々しい空気はひんやりと肌寒いくらいだ。正面へ視線を向けると、広い中庭を挟んで屋敷の主の寝室がある。物音一つしない。まだ眠っているようだ。

 どうやら胸騒ぎは杞憂だったと、桜麟は障子を閉めて部屋に戻った。白い夜着から浅黄色の小袖へと着替えると、枕元に置いていた刀を帯に差す。少し時間は早いが、朝の仕事を始めてしまおうと思ったのだ。

 仕度を終えてから障子を開けると、山際がかなり明るくなっていた。桜麟は首から下げている鈴が鳴らないよう、手で押さえながら縁側を歩いて蔵の方へと向かった。

 途中で蔵の鍵と、井戸から水を汲んだ桶を一つ持つ。重い桶によたよたしながら、三つほど並んだ蔵の前に到着する。

 そこで見つけた異変に桜麟は目を見張った。

「わぁ、大変っ!」

 真ん中の蔵から、どんよりとした黒い靄が滲み出ていた。その気配は桜麟がよく知っていたものだった。

 ――妖魔が生まれようとしている。

 桜麟は桶を地面に置くと、真ん中の蔵へと駆け寄った。禍々しい気配に顔をしかめながらも、蔵の鍵を開けて重い扉を開け放つ。ぶわっ、と中から突風が吹き出してきて、桜麟は危うく尻もちをついてしまうところだった。

 おそましい感触の霊力が、どろりと溢れて身体へ巻き付いてくる。それに負けまいと桜麟は丹田に力を込めた。すると桜麟の下げた刀から桜の花弁が生み出されて、彼女を守るように囲う。

 自分の手に負えるだろうか。不安に思いながら蔵へと足を踏み入れる。霊力の発生元はすぐに見つかった。碁盤や茶器、掛け軸等、様々な小物や家具が置かれた蔵。その左手の棚に置かれた唐物の壺の口から、とめどなく霊力が吐き出されていた。

「ねえ、お願い」

 恐る恐る近づきながら桜麟は呼びかける。

「鎮まってちょうだい。このまま妖魔になったら、あなたは壊されちゃうよ? お願いだから、あたしと同じ付喪神のほうになろう……きゃぁっ!?」

 桜麟の説得も虚しく、壺からさらに大量の霊力が溢れると、竜巻のように蔵中に吹き荒れた。小物が宙を舞い、棚から別の壺が落ちてガシャンと音を立てて割れた。

(う、うわああぁ……)

 それを見て桜麟は青褪めた。また怒られてしまう。この蔵に集められた物は、値段よりも別の意味で手に入りにくいものばかりだからだ。

「お、落ち着いてっ!」

 今度は碁盤が落ちそうになり、桜麟は何とか受け止めながら叫んだ。

「鎮まってくれないと、わたしがあなたを壊すよ!」

 桜麟の全身から鮮やかな桜色の霊力が放たれた。妖魔へと堕ちかけている壺を睨むと、その圧力に屈したかのように壺の霊力が収まる。

「そう……いい子だね。そのまま……って!」

 そこでほっとしたのも束の間。次の瞬間、今までとは比べ物にならないほどの勢いで、壺から霊力が吹き出していた。

「待って! 駄目だって!」

 必死に呼びかけるも壺の霊力は止まらない。壁に並んだ棚が次々に倒れ、その度に派手な物音を立てる。

 こうなってしまっては壊して止めるしかない。本物の妖魔になってしまったら、このくらいの被害では終わらないのだから。桜麟は壺の前で腰の刀に手をかけた。

(これで……)

 ところが、そのままの姿勢でずっと固まってしまう。

 壊さないといけないのは理解している。この刀を抜けばいいだけのこと。それを頭ではわかっているのに、身体が動いてくれない。桜麟が迷っている間にも壺の霊力はますます強まり、とうとう正面の棚が桜麟へ向かって倒れてきた。

 潰される――思わず目を閉じる。

「何をやっているんだい!」

 背後から怒声が聞こえて、桜麟とは別の霊力を感じた。お札が脇を通り過ぎたかと思うと、桜麟へ直撃しようとしていた棚を壺もろとも粉砕した。今までで一番の、けたたましい音が蔵内に響いた。

「あ……」

 助かったという安堵感で、ぺしゃりと桜麟はへたり込む。荒い息を吐いていると、その後頭部を容赦なくはたかれた。

「あれほど妖魔は倒せと厳命していただろうに!」

「も、申し訳ございません」

 桜麟はそのまま土下座に移行して頭を蔵の床に擦りつける。彼女を怒鳴っているのはこの屋敷の主である徳次郎(とくじろう)だ。

「これは派手にやっちまったもんだ」

 怒りのあまり徳次郎の声が震えている。

 蔵の中は酷い有様だった。棚は倒れて茶器や壺は粉々。木箱に封をしていたものも、割れて中の物が出てしまっている。

「本当にお前は役立たずだ!」

 怒鳴り声とともに、桜麟の首に付けていた鈴が激しく鳴った。不協和音が耳に届き激痛が全身に走る。「ぎゃっ」と悲鳴を上げて、桜麟は床に倒れた。

「完全な人型の付喪神は珍しいから、高値での売るために教育していたのじゃが、いつまでたってもこのザマだ」

「本当に申し訳ございません。ど、どうかお許しを……! 何でもしますので!」

 自分もあの壺のように粉々にされてしまう。そんな恐怖から、桜麟は痛む身体を叱咤して頭を下げ続けた。

「ふん。口だけなら何とでも言えるが……」

 徳次郎は忌々し気に舌打ちをすると、桜麟が守った碁盤を拾い上げた。

「ったく、これが無事だったのだけが幸いかね。買い手がついたところだったから、傷が付いたら大変なところだったよ」

 そのまま蔵を出る間際に、吐き捨てるように告げてくる。

「もう我慢ならない。お前には身体で返してもらうしかないようだね。引き取ってくれる妓楼を探しておこう。見目だけはいいお前は、さぞかし高値で売れるだろうよ。覚悟しておくのじゃな」

「そ、そんな……待ってください!」

 徳次郎の立ち去った蔵の中で、しばらく桜麟は呆然としていたのだった。


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