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私たち、やっちゃいませんよ? ~チートなし、転生なし、無双なし。女子高生が現代日本のダンジョンに遊びに行く~

掲載日:2026/10/04

「眠い」


 佳奈子がそう言ったのは、電車が動き出してから三分も経っていなかった。


 窓の外はまだ夜の色を残している。ホームの照明が後ろへ流れ、やがて住宅の明かりもまばらになった。


「だから昨日、早く寝たほうがいいって言ったじゃん」


 向かいの席で千尋が笑う。佳奈子はリュックを膝に抱えたまま、少しだけ眉を寄せた。


「寝たよ。ちゃんと寝た。早起きしたら眠いのは別の話でしょ」


「それはそう」


「千尋も眠そうじゃん」


「私はまだ平気」


 そう答えた千尋の横で、みつみが小さくあくびをした。


「私はちょっと眠い。でも着いたら起きると思う」


「それ、今は寝るってこと?」


「たぶん」


 みつみは窓へ頭を預けようとして、揺れた車体にこつんと額をぶつけた。志帆が隣で笑いをこらえるように口元を押さえる。


「三時間あるんだから、寝ればいいじゃない。乗り換えは起こすから」


「志帆は寝ないの?」


「私は――」


 言いかけた志帆のスマートフォンには、すでに六嶋ダンジョンの案内ページが開いていた。


 佳奈子がそれを見て、目だけを細める。


「調べる気満々じゃん」


「昨日見たページを確認してるだけよ」


「それ寝ないやつだ」


 志帆は否定せず、画面を少しだけ自分の方へ寄せた。


 高校一年生が終わった春休み、四人は千葉から電車でおよそ三時間、静岡県の六嶋という街へ向かっていた。


 目的はダンジョン攻略でも、レベル上げでもない。六嶋ダンジョンの中庭に、いまちょうど満開になっているという桜がある。


 それを見て、桜の下で昼ごはんを食べる。今日の予定は、それでほとんど全部だった。


     ◇


 乗り換えを二度挟み、窓の外がすっかり朝になったころ、四人は六嶋駅のホームへ降りた。


「着いたー」


 みつみが伸びをする。途中で本当に眠っていたせいか、さっきまでより明らかに元気だった。


「復活早くない?」


「寝たから」


「私は寝たけどまだ眠い」


 佳奈子も伸びをしながら改札へ向かう。


 六嶋駅そのものは、ごく普通の駅だった。通勤らしい人もいれば、旅行鞄を引く人もいる。


 けれど、その中に混ざっている何人かは少しだけ目立った。


 アウトドア用の上着に丈夫そうな靴。大きめのデイパックを背負った二人組。杖をケースに入れて持っている人もいる。


 みつみが小声で言う。


「いるね」


「いるね」


 千尋も同じ方向を見る。


 改札を出ると、駅前のバス乗り場へ向かった。六嶋ダンジョンまでは、ここから五分ほどらしい。


 やって来たバスへ乗ると、今度はもっと分かりやすかった。座席の半分ほどが埋まっていて、そのうち何組かは明らかにダンジョンへ向かうらしき格好をしている。


 四人が後ろ寄りの席へまとまって座ると、前方から話し声が聞こえた。


「今ちょうど満開らしいよ」


「ほんと? 昨日の写真だとまだちょっと葉っぱ多くなかった?」


「もともとああいう桜なんだって。昼前には混みそう」


「中庭、場所あるかなあ」


 みつみが三人を見た。


「ほんとにみんな桜なんだ」


「そりゃ有名なんでしょ。私たちもそれで来たんだし」


 佳奈子が窓の外へ目を向ける。


「始発みたいな時間に出た意味、ちょっと出てきたかも」


「ちょっと?」


「まだちょっと。桜見てから決める」


 千尋が吹き出したところで、バスが速度を落とした。


 窓の向こうに、低い建物と、その奥へ続く人の流れが見えてくる。


     ◇


 バスを降りて最初に目へ入ったのは、ダンジョンの入口ではなく屋台だった。


「うわ」


 声を上げたのは佳奈子だった。


 受付やレンタル、売店、休憩スペースのある施設の前に、桜の時期だけ出る屋台が何軒も並んでいる。


 まだ朝のせいか長い列はできていないが、すでに買い物をしている探索者は多い。


 焼けた肉の匂いが風に乗ってきた。


「先に買おう」


 千尋が迷わず屋台の方へ歩き出す。


「受付より先?」


「混むって言ってたじゃん。買えるうちに買っといたほうがよくない?」


「賛成」


 佳奈子がすぐ隣へ並び、みつみも後を追う。


「これ、六嶋いもコロッケだって」


 最初に足を止めたのはみつみだった。


 大きな札に『六嶋名物』と書かれている。


「名物なら買うしかないでしょ」


「四つ?」


「四つ」


 千尋が即答し、その隣の屋台から漂ってきた匂いに佳奈子が顔を向けた。


「唐揚げもいる」


「もう揚げ物二種類だけど」


「コロッケと唐揚げは別枠」


「何の枠?」


 志帆が笑いながら聞く。


「分かんないけど別」


 唐揚げの大パックが増え、そのあと、いなり寿司と太巻きの詰め合わせが増えた。串焼きも何本か買ったところで、志帆が別の屋台の前に足を止める。


「桜餅があるわ」


「四つ」


 今度は佳奈子が言った。


「一人一個?」


「そこは平等でしょ」


 みつみはその隣を見ている。


「三色団子もある」


「桜餅買ったよね?」


「団子は団子だよ」


「さっきから食べ物の分類が雑じゃない?」


 言いながらも、佳奈子は止めなかった。


 結局、三色団子まで追加した。四人分きっちりではなく、三本だけ。


 飲み物も買い終え、荷物を分けてそれぞれのリュックへ入れる。


 みつみが紙袋から漂うコロッケの匂いを嗅いだ。


「一個だけ今――」


「食べない」


 佳奈子が袋の口を閉じる。


「まだ何も言ってない」


「顔が言ってた。桜の下で食べるんでしょ」


「そうだった」


 その返事に、三人が笑った。


 受付を済ませたあと、四人は施設内の全国共通ストレージへ向かった。


 探索者が登録して預けた装備を、対応している施設なら全国どこでも受け取れる仕組みだ。


 内部がどうなっているのかはともかく、使い方そのものは単純だった。


 今回は三時間も電車へ乗る。わざわざ大荷物を増やす理由もないので、かさばる装備は前日のうちに地元の骨橋ダンジョンの施設で預けてあった。


 端末で手続きを済ませると、順番に自分の装備を受け取っていく。


 みつみは濃い木目の短い杖を手にした。先端の淡い青の魔石を囲む装飾と、小さな星形のチャームが揺れる。


 千尋は黒い鞘から、光沢のある黒い刃のショートソードを少しだけ抜いて状態を確かめ、そのまま腰へ固定した。


 佳奈子は弓と矢筒を受け取り、黒地にピンクの差し色が入ったハーネスを腰から背へ回して留める。


 矢筒が斜めに収まり、何度か肩越しに手を伸ばして位置を確認した。


 志帆の黒銀の細いバングルだけは、最初から手首にあった。


 中央の紫色の魔石と、小さな黒い羽根の意匠が朝の光を拾う。


「よし」


 千尋が腰の鞘を軽く押さえる。


「行こっか」


     ◇


 六嶋ダンジョンへ入った瞬間、みつみの足が少しだけ遅くなった。


「……うわ」


 正面へ、石造りの通路がまっすぐ延びている。


 洞窟ではない。遺跡の崩れた通路とも違う。


 平らな石床の左右に太い柱が等間隔で並び、その向こうには淡い影が落ちている。天井は高く、足音が少しだけ長く残った。


「ほんとに参道みたい」


 佳奈子がゆっくり首を巡らせる。


 志帆は柱の上部へ視線を上げた。石に浅く刻まれた装飾を見つけ、少しだけ目を細める。


「これで奥に祭壇でもあったら、相当それっぽいわね」


「あるらしいよ」


 千尋が前を向いたまま答える。


「広間が礼拝堂っぽいって」


 みつみがすぐに千尋の横へ並んだ。


「写真で見たより広いね」


「写真は高さ分かりにくいからね」


 四人はしばらく急がずに歩いた。


 ここへ来るまで三時間。なのに、入口を一つくぐっただけで、さっきまで駅とバスと屋台があった現代の町が急に遠くなったように感じる。


 やがて参道の先が大きく開けた。


「……すご」


 今度はみつみの声も自然と小さくなった。


 広間は、礼拝堂と呼びたくなる形をしていた。


 高い天井を何本もの太い柱が支え、奥には祭壇を思わせる一段高い石造りの場所がある。左右の壁にも細かな彫り込みが続き、入口から見ただけでは一度に全部を見渡せないほど広い。


 みつみが最初に天井を見上げる。


「高っ」


 つられて佳奈子も顔を上げた。


「これ、写真だと絶対伝わらないやつだ」


「縦で撮れば少しは入るんじゃない?」


 千尋が言うと、佳奈子はもうスマートフォンを出していた。


「待って。柱も入れたい」


「観光じゃん」


「今日ほぼ観光でしょ」


「それはそう」


 近くには、四人と同じように立ち止まっている探索者が何人かいた。


 天井へスマートフォンを向ける人。


 柱の彫刻を近くから撮っている人。


 奥の祭壇のような場所を背景に、少し離れた位置から記念写真を撮っている二人組もいる。


 武器や探索用バッグを持っていることを除けば、有名な寺院や大聖堂へ来た観光客とほとんど変わらない。


「ここの模様、さっきの柱と違うわね」


 志帆が壁際へ少し寄った。


 柱の根元から上へ続く彫り込みを目で追い、スマートフォンを向ける。


 みつみもすぐ横へ来た。


「何の模様?」


「分からないわ。植物にも見えるし、羽みたいにも見える」


「鳥?」


「鳥と決めるには形が足りないわね」


「じゃあ何?」


「だから分からないって言ってるでしょう」


 そう言いながらも、志帆は楽しそうにもう一枚撮った。


 千尋は奥の一段高くなった場所まで視線を送り、それから入口側を振り返った。


「ここ、入口から見るのと奥から見るので全然違いそう」


「行ってみよ」


 みつみが先に歩き出す。


「ルート決める前に?」


「ちょっと見るだけ」


「私も行く」


 今度は佳奈子が乗った。


 結局、四人で広間の中央近くまで進む。


 天井の高さは、真下へ来ると余計に分かりづらくなった。上を見続けていると首が疲れるほどだった。


 みつみがくるりと一周する。


「なんか声出したら響きそう」


「やらないでよ」


 佳奈子がすぐ言う。


「やらないよ」


「今ちょっとやろうとしてたでしょ」


「ちょっとだけ」


「ほら」


 千尋が笑う。


 実際、普通に話しているだけでも声は少し長く残った。


 実際の宗教施設というわけではない。


 それでも、巨大な柱と高い天井、その奥に置かれた祭壇のような石造物を前にすると、自然と声を張る気にはならなかった。


「こういうところ、ダンジョンの中にあるの変な感じ」


 佳奈子がスマートフォンを下ろす。


「外にあったら普通に観光名所だよね」


「中でも観光名所みたいなものじゃない?」


 千尋が周囲を見る。


 実際、立ち止まって写真を撮っている人は途切れない。


「桜なくても一回来る価値あるかも」


 志帆が言う。


 みつみは奥の石造物をもう一度見た。


「でも今日は桜」


「分かってるって」


 ひと通り見て満足したところで、ようやく四人は広間の左右へ続く通路へ目を向けた。


 事前に見た案内では、その二つが中庭を囲むように続き、中庭のさらに向こうから延びる回廊の先にはボス部屋もあるらしい。


 ただ、今日はそこへ行くつもりはない。


 千尋が右を見る。


「行き、こっちでいいよね」


「右?」


 佳奈子が確認する。


「左より敵多いし、ちょっと強い。でも中庭には少し近い」


「近いなら右」


 みつみが即答した。


 志帆も右の通路へ目を向ける。


「せっかく来たのに、最初から楽な方を選ぶ理由もないわね」


 佳奈子は三人を見比べたあと、肩をすくめる。


「まあ、私も右でいいよ。帰りは左ね」


「もう帰りの楽する話してる」


「帰りは花見のあとでしょ。楽な方がいいじゃん」


 それには千尋も頷いた。


「それはそう」


 右回廊へ入ると、広間ほどではないものの、聞いていたとおり足元を見渡せる程度の明るさがあった。


 数分歩いたところで、千尋の足が止まる。


 ほかの三人も、ほぼ同時に止まった。


 前方の柱の影から、乾いた音がする。


 現れたのは三体。


 前に二体、盾と片手剣を持った骨の兵士。その後ろには、ぼろぼろのローブをまとい、木の杖を握った一体がいる。


「後ろからいく?」


 佳奈子が弓を構えながら聞く。


「狙えるならお願い。前二つ、私が見る」


 千尋はもう剣を抜いていた。


 黒い刃が、回廊へ入る光を細く反射する。


 骨の兵士が盾を上げる。


 千尋は真正面からぶつからず、右へ一歩ずれて最初の剣を外した。そのまま盾の外へ回ろうとしたところで、もう一体が横から剣を振る。


 足を止めずに後ろへ抜ける。


 そこへ佳奈子の矢が飛んだ。


 一本目が後方のローブ姿の肩を打ち、杖の先がぶれる。続けて二本目が盾を持つ一体の肘へ刺さった。


「みつみ、後ろ!」


「見えてる!」


 みつみが杖を向ける。


「《マジックボール》!」


 魔力の塊がローブ姿へ飛んだ。


 だが、着弾する直前、木の杖が振られる。


 細い火が槍のように一直線に走った。


「《マジックシールド》!」


 みつみの前に半透明の障壁が開く。


 火がぶつかり、散った熱で空気が揺れた。その隙にローブ姿の杖がもう一度動く。


 今度は前衛の骨へ赤い光がまとわりついた。


「来る!」


 千尋が短く言う。


 直後、盾の陰から振り下ろされた剣がさっきより速く、重くなった。


 千尋はまともには受けず、身体をひねって刃を流す。それでも完全には外しきれず、上着の肩口が浅く裂けた。


「千尋、そのまま!」


 志帆の声が飛ぶ。


 淡い光が千尋へ走り、裂けた場所の痛みが消えていく。


「ありがと!」


 千尋は振り返らない。


 骨の兵士二体の間を抜けるように走り、一体の横へ回る。そちらが身体を向けたことで、盾の陰から後方が見えた。


「佳奈子!」


「うん!」


 佳奈子の矢が開いた隙間を通る。


 ローブ姿が杖を上げた。


 その足元から黒い靄が一気に広がった。


「うわ、見えない!」


 みつみの声と一緒に、回廊の前半分が黒く沈む。


 佳奈子は引いていた弦をいったん戻した。


「千尋、どこ?」


「右側。まだ近い!」


 霧の中から金属音が二度響いた。


 志帆もむやみに前へ出ず、みつみの横へ寄る。


「千尋、下がれる?」


「もうちょい!」


 次の瞬間、霧の端から骨の兵士が一体よろめいて出てきた。


 盾の向きが外れている。


 みつみがすぐに杖を向けるより早く、佳奈子が弓を引いた。


「《ダブルショット》!」


 二本の矢がほとんど続けて飛ぶ。


 一射目が膝を打ち、二射目が胸骨へ刺さった。体勢が崩れたところへ、霧から千尋が飛び出してくる。


 黒い刃が横から走った。


 骨の兵士が崩れる。


 残った一体が千尋を追おうとしたところへ、みつみの魔力弾が盾へぶつかった。


 大きく揺れた隙に佳奈子の矢が入り、最後は千尋の剣が胴を抜いた。


 前衛が消えれば、後方の一体だけでは長く持たなかった。


 黒い霧が薄れていく。


「終わり?」


 佳奈子は弓を下ろしきらず、奥を見る。


 千尋も周囲を一度確認してから剣先を下げた。


「たぶん終わり」


 みつみが障壁を消し、肩の力を抜く。


「最初から三体でちゃんと組んでくるんだね。前が守って、後ろがいろいろしてくるやつ」


「右を選んだ感じはあるわね」


 志帆が千尋の肩口を見る。


「もう平気?」


「うん。服は破れたけど」


「そこは治らないからね」


 佳奈子が言うと、千尋が裂けた上着を見て顔をしかめた。


「帰ったら縫お」


「自分で?」


「たぶんお母さんに聞く」


 みつみが笑った。


「そこは自分でやらないんだ」


「できないことは聞くよ」


 そう言いながら、千尋は剣を鞘へ戻さず歩き始めた。


     ◇


「ねえ、君たち高校生?」


 後ろから声をかけられたのは、それから少し進んだところだった。


 振り返ると、四人組の探索者がいる。


 男二人、女二人。全員、二十代の後半くらいに見えた。


 一人の男は盾と片手剣を持ち、装備も四人より明らかに使い込まれている。


 女性の一人は長い杖を持ち、もう一人は軽装で、手元に小さな魔具をいくつか付けていた。


 最後の男は荷物こそ少なくないのに、何を武器にするのか見ただけではよく分からない。


「そうです」


 千尋が答えると、盾の男が少し驚いた顔をした。


「四人とも?」


「はい。今度二年です」


「春休みか。いいなあ」


 杖を持った女性が笑う。


「どこから来たの?」


「千葉からです」


 佳奈子が答えた。


「三時間くらいかかりました」


「結構来たね。俺ら都内」


 盾の男が親指で自分たちを指す。


 みつみがすぐに聞いた。


「やっぱり桜ですか?」


「そうそう。満開って聞いて。去年は時期外してさ」


「去年も来たんですか?」


「私は初めて。こっちの二人だけ」


 会話の中心が自然に入れ替わっていく。


 最後に、武器の分かりにくい男が千尋たちの来た方向へ視線を向けた。


「さっきの戦闘、曲がり角の手前からちょっと見えてたけど、だいぶ慣れてるね」


 千尋が一瞬だけ三人を見る。


「一年くらいです」


「それなら納得。右回り選ぶくらいだしね」


「みなさんは何年くらいなんですか?」


 みつみが聞くと、杖の女性が少し考えた。


「バラバラ。長い人で四年くらいかな。毎週来るわけでもないし」


「趣味だからね」


 軽装の女性が付け足す。


 その言い方が、みつみたちには妙にしっくりきた。


「中庭って、もうすぐですか?」


 佳奈子が聞く。


「この先もうちょっと。俺たち先行くけど、また向こうで会うかもね」


「はい。気をつけて」


「そっちもね」


 四人組はそのまま先へ進んだ。


 みつみたちは少し距離を開けて後ろを歩く。


「前の人、ファイターっぽいよね」


 佳奈子が小声で言った。


「盾と剣だしね」


 千尋が頷く。


「杖の女の人はたぶん魔法系。もう一人の女の人は回復かな」


 志帆は最後の男へ目を向けた。


「問題はあの人ね」


「何する人なんだろ」


「武器らしいの見えないよね」


 みつみも首を傾げる。


「あとで戦えば分かるんじゃない?」


 千尋が言った。


「戦う前提?」


「ダンジョンなんだから、そのうち何か出るでしょ」


 その言葉から、たいして時間はかからなかった。


     ◇


 先を歩く四人組が、回廊の端に立つ石像のようなものの横を通りかかった。


 みつみたちも少し離れたところから見ていた。


 鷹を思わせる頭と胸を持ち、そこから下は人の形をしている。片腕には長いランスを持ち、背中には大きな翼があり、腰から下には古い剣闘士の装備を思わせる石の防具が彫り込まれていた。


「すご」


 みつみが歩きながら見上げる。


「写真撮りたい」


「先の人たちが通ってからね」


 千尋が言いかけた。


 ゴリッ、と重い音がした。


 前を歩いていた四人組が同時に振り返る。


 石像の首が、動いていた。


「え」


 佳奈子の声が漏れる。


 石の翼が左右へ開く。


「石像じゃないの!?」


 次の瞬間、ランスが前へ突き出された。


 盾の男がすぐに正面へ出た。


 石と金属がぶつかる大きな音が回廊へ響く。


 男は一歩下がったが、崩れない。


「下がって!」


 軽装の女性が声を飛ばし、同時に盾の男へ何かの光が重なった。


 杖の女性が横へ移動し、石像の肩へ魔法を叩き込む。


 武器の分からなかった男は前へ出ない。


 その代わり、四人全体を見ていた。


「次、右から薙ぐ。前、一歩引いて。杖はそのまま左!」


 言われたとおり、盾の男が間合いを外した直後、ランスが横薙ぎに空を切った。


「……あの人、ああいう感じなんだ」


 みつみが呟く。


 千尋は剣を抜いたまま、前の戦闘を見ている。


「私たち入らなくてもいけそう」


「うん。でも何か飛んできたらやる」


 佳奈子はもう矢をつがえていた。


 石像が地面を蹴る。


 翼が一度、大きく動いた。


「飛ぶの!?」


 今度はみつみが声を上げる。


 重そうな石の身体が、天井近くまで一気に浮いた。


 そこから翼をたたみ、ランスを下へ向ける。


「来る!」


 中堅の四人組が左右へ分かれた。


 急降下。


 ランスの先が石床へ突き刺さり、細かな欠片が跳ねる。


 着地した瞬間へ、杖の女性の魔法が当たった。盾の男も前へ詰め、石像の腕へ剣を振る。


 だが石の身体は硬い。


 一撃で大きく崩れることはなく、逆にランスの柄が返って盾の男の脇腹へ当たった。


「《ヒールショット》!」


 志帆が反射的に腕を上げた。


 離れた位置から淡い光が飛び、盾の男へ重なる。


 男が一瞬こちらを見た。


「助かる!」


 そのまま戦線へ戻る。


 佳奈子が石像の翼の付け根を狙った。


 矢が当たり、硬い音を立てて弾かれる。


 傷らしい傷は見えない。それでも石像の頭がわずかにこちらへ向いた。


「効いてない?」


「でも見た」


 千尋の声が低くなる。


 みつみも杖を構えた。


「じゃあ、もう一回――」


「待って。来るかも」


 千尋が言った直後、石像が翼を開いた。


 今度は上ではなく、低く浮く。


 鷹の顔がまっすぐこちらを向いた。


「こっち来る!」


「右へ!」


 千尋の声と同時に、四人が動いた。


 石像がランスを前へ突き出し、床すれすれを滑るように迫る。


「《プロテクション》!」


 志帆の光がみつみを包む。


 みつみは逃げ切る代わりに、身体を少し斜めへ向けて杖を振った。


「《マジックシールド》!」


 障壁が前へ開く。


 真正面から止めるのではなく、斜めに。


 ランスの穂先が障壁へぶつかる。


 みつみの腕が大きく押され、靴底が石床を滑った。


「うっ――!」


 けれど、槍先も真っすぐには進まない。


 佳奈子の矢が石像の翼の付け根へもう一度当たった。


 身体がわずかに傾く。


 そこへ千尋が横から踏み込んだ。


 黒い刃が、ランスを持つ腕の関節へ当たる。


 石像の軌道が完全に外れた。


「みつみ!」


「平気!」


 志帆はそれでもみつみの腕と足元を一度見て、怪我がないのを確かめた。


 石像が向きを変えようとしたところへ、先ほどの盾の男が割り込む。


「こっちは任せて!」


「お願いします!」


 千尋がすぐに距離を取る。


 そこから先は、やはり経験の差があった。


 盾の男がランスを受け、杖の女性が石像の動きを削る。軽装の女性は前へ出すぎず、誰かが傷を負えばすぐに光を飛ばして癒やす。


 そして四人目の男が、ずっと全体を見ている。


「次、飛ぶ。着地狙うよ」


 短い声に、三人がほとんど迷わず動いた。


 石像が翼を広げる。


 上昇。


 急降下。


 盾の男が真正面から受ける寸前で一歩ずれ、ランスの先が床へ沈んだ。


 杖の女性の魔法が翼へ当たる。


 石像の身体が傾いた。


 そこへ盾の男の剣が、首と胸の境目へ深く入る。


 石像が大きく揺れ、動きを止めた。


 数秒のあと、その姿が消えていく。


 回廊へ静けさが戻った。


「終わった?」


 みつみが杖を下げる。


「終わった」


 千尋も息を吐いた。


 向こうの四人組がこちらへ戻ってくる。


 盾の男が片手を上げた。


「さっき助かった。ありがと」


「ほとんど何もしてないですよ」


 佳奈子が弓を下ろしながら答える。


「いやいや。回復も飛んできたし、こっち向いた時もきれいに処理してたでしょ。十分」


 杖の女性が笑う。


 千尋は石像が消えた場所を見てから、その四人を見る。


「やっぱり上手いですね」


「慣れてるだけ。ああいうのは初見だとびっくりするけど」


「飛ぶのは反則でしょ」


 みつみが言う。


 四人組の一人が笑った。


「分かる。石なのにね」


 少しだけ話し、それ以上は引き止めなかった。


「じゃ、中庭で」


「はい」


 先に歩いていく四人を見送りながら、佳奈子が小声で言う。


「四人目、たぶん支援系だったよね」


「たぶん」


 志帆が頷く。


「ずっと全体を見てた。前に出てないのに、あの人が声を出すと三人の動きが揃ってたわ」


「そういうのもあるんだ」


 みつみは少し考えたあと、すぐ前を向いた。


「でも桜、もうすぐなんだよね」


「切り替え早」


 佳奈子が笑う。


     ◇


 回廊の先が明るくなった。


 最初に見えたのは、外の光だった。


 その次に、風に流されてきた一枚の花びら。


 みつみが足を速める。


「見えた」


「走らない」


 千尋はそう言いながら、自分も少し速くなった。


 回廊を抜ける。


 石の床が終わり、土になる。


 中央に、大きな桜が立っていた。


 幹は太く、枝は左右へ広く伸びている。花だけで埋め尽くされた整った桜ではなく、ところどころ若い葉が混じっていた。


 枝の形も少し不揃いで、古い木がそのまま大きくなったような姿をしている。


 淡い花が風に揺れるたび、何枚かがゆっくり落ちてくる。


 その下では、すでに数組の探索者がレジャーシートを広げていた。


 剣を端へ置いて弁当を食べている人。


 杖を荷物へ立てかけ、寝転がっている人。


 スマートフォンを上へ向けて、桜を撮っている人。


 ここだけ見れば普通の花見だった。


 ただ、ここはダンジョンの中だ。


 六嶋の中庭は、なぜかモンスターが出ないことで知られている。理由は分からない。それでも、ずっとそうなら、人はそこへシートを敷く。


 みつみはしばらく何も言わなかった。


 首を上げたまま、枝の先まで追っている。


「……来てよかった」


 小さく出た言葉に、千尋が隣で笑った。


「まだ何も食べてないけどね」


「桜見に来たんだから、もう半分達成じゃない?」


「じゃあ残り半分はごはん?」


 佳奈子が先に空いている場所を見始めている。


「ここどう? 木も全部入るし」


「近すぎない?」


 志帆が少し離れて大桜を見る。


「写真を撮るなら、もう少し離れた方が全体が入るわね」


「でも遠いとただの広場っぽくなる」


「じゃあ、その間」


 千尋が二人の中間あたりを指した。


 みつみはそこへ行って地面を見る。


「平ら」


「それ大事」


 四人で決めた場所へレジャーシートを広げる。


 リュックを端へ置き、邪魔になる装備もまとめた。杖と弓、黒い刃のショートソードがすぐ横にあるのに、その隣から出てくるのはコロッケや唐揚げだった。


 全部並べ終えたところで、佳奈子が一度全体を見る。


「……買ったね」


「誰が?」


 みつみが聞く。


「全員」


「じゃあ問題ないじゃん」


「問題の話してないし」


 千尋が紙袋を開く。


「コロッケからいこ。まだちょっと温かい」


「待ってた」


 みつみがすぐ一つ取る。


 四人でほぼ同時に食べた。


 衣はさすがに揚げたてほどではない。それでも中のじゃがいもはほくほくしていて、少し甘い。


 佳奈子が二口目を食べながら頷いた。


「これ普通においしい」


「三時間かけて来た甲斐あった?」


 千尋が聞く。


「コロッケだけなら三時間はない」


「桜込みなら?」


 佳奈子は大桜を見上げた。


 風が吹き、花びらが一枚、膝の上へ落ちる。


「あり」


「よかった」


 みつみが満足そうに頷く。


「なんでみつみが満足するの」


「私も来たかったから」


「それは知ってる」


 唐揚げを開け、いなり寿司と太巻きも回す。


 しばらくは、食べることの方が会話より忙しかった。


 やがて千尋が串焼きを一本持ちながら、さっき来た回廊の方を見る。


「あれ、ほんと石像だと思った」


「私も」


 佳奈子がすぐ頷く。


「翼あったじゃん」


 みつみが言うと、佳奈子が串を指した。


「神殿みたいな場所に翼ある石像なんて普通にいそうでしょ」


「でもランス持ってた」


「それもいそう」


「飛んだ」


「それはいない」


 志帆が笑う。


「そこまでいったら、もう石像の側に弁明の余地はないわね」


「石像の弁明って何」


 千尋が笑いながら水を飲んだ。


 みつみは唐揚げを一つ取る。


「さっきの四人、やっぱすごかったね」


「うん。余裕あった」


 千尋の返事は短かったが、目は少しだけ楽しそうだった。


「私たちが入らなくても倒してたよね」


「倒してたと思う。だから、ちょっとだけでよかった」


 志帆は手首のバングルをずらしながら言う。


「あの四人目が気になるわ。武器で前へ出るわけでも、後ろから攻撃魔法を撃つわけでもないのに、ずっと戦闘の中心にいた」


「サポート系かな」


 佳奈子が太巻きを取る。


「たぶん。でも本人に聞かなかったね」


「別に聞かなくてもよくない?」


 千尋が言う。


「また会ったら聞けばいいし、会わなかったらああいう人もいるってことで」


「それもそう」


 志帆は素直に頷き、それ以上掘らなかった。


 食事が一段落すると、会話も自然に減った。


 みつみは靴をシートの端へ寄せ、そのまま仰向けに寝転がる。


「下から見るとすごい」


「何が?」


 佳奈子が聞く。


「枝。全部こっちに来る」


「木だからね」


「そうじゃなくて」


 みつみは説明するのをやめ、片手を上げた。落ちてきた花びらを掴もうとしたが、少し横へ流れて指の間を抜ける。


「あ」


「惜しい」


 千尋は少し離れたところに座り、膝を立てたまま桜を見ていた。


 志帆はスマートフォンを構え、木全体を撮ったあと、今度は幹の近くまで歩いていった。


 花だけではなく、太い樹皮や、地面へ落ちた花びらまで何枚か撮って戻ってくる。


 佳奈子は唐揚げの残りを確認している。


「あと二個」


「一個ほしい」


 みつみが寝たまま手を出す。


「起きて取りなよ」


「届かない」


「じゃあ起きればいいじゃん」


「佳奈子近いじゃん」


「はいはい」


 佳奈子は一個を紙皿へ乗せ、みつみの手の届くところへ置いた。


「ありがと」


 それから、しばらく本当に誰も喋らなかった。


 風が枝を揺らす音。


 少し離れたところで笑う声。


 紙袋がかさりと鳴る音。


 ダンジョンの中だということを忘れそうになる。


 でも、視界の端には四人の装備がある。


 それも含めて、もう変だとは思わなかった。


 先に起き上がったのはみつみだった。


「甘いの食べよ」


「急に復活した」


 千尋が言う。


「桜餅」


 志帆が袋を取る。


「そういえば、葉っぱどうする?」


「食べる」


 千尋が迷わず答えた。


「私も食べる」


 志帆も続く。


 佳奈子は桜餅を持ったまま少し考えた。


「私は取る」


「取るの?」


 みつみが意外そうに見る。


「食べなくてもいいやつでしょ?」


「いいけど、葉っぱ込みじゃない?」


「私は別々がいい」


「じゃあみつみは?」


 千尋が聞く。


 みつみは自分の桜餅と三人の手元を見比べた。


「……半分食べて決める」


「途中から取るの難しくない?」


「いける」


 結果、半分まで葉ごと食べてから「これはこのままでいい」と決めた。


 次は三色団子。


 佳奈子が袋を開けて、三本しかないことに改めて気づく。


「四人いるけど」


「買う時に気づかなかったの?」


 千尋が笑う。


「みんなで買ってたじゃん。誰も気づいてないでしょ」


「分ければいいよ」


 みつみが一本取った。


「じゃあ、二人は一本ずつで、残り一本を半分こ?」


 佳奈子が三本の団子を見る。


「誰が半分?」


「じゃんけん?」


 千尋が言うと、志帆が笑った。


「そこまでして一本を取り合わなくてもいいでしょう」


 結局、みつみと佳奈子が一本ずつ取り、残った一本を千尋と志帆で半分に分けることになった。


 誰がどの色を取るかで少し揉めたわりに、食べ始めれば数分でなくなった。


 志帆が最後の団子の写真を撮ったあと、大桜へスマートフォンを向ける。


 その姿を見て、佳奈子が言った。


「四人でも撮ろうよ」


 志帆が顔を上げる。


「いいわね」


「誰に頼む?」


 千尋が周囲を見る。


 少し離れたシートにいた女性がちょうど立ち上がったところだった。佳奈子が「お願いしてくる」と先に立つ。


 数分後。


 四人は大桜を背に並んでいた。


「もうちょっと右です」


 スマートフォンを持った女性が手で合図する。


 みつみが一歩動き、千尋と肩がぶつかった。


「近い」


「千尋が寄ったんじゃん」


「みつみが動いたんでしょ」


「はい、撮りますよー」


 二人とも慌てて前を向いた。


 数枚撮ってもらい、お礼を言って戻る。


 佳奈子が最初に画面を開いた。


「これいいじゃん」


「見せて」


 三人が寄る。


 一枚目。


 志帆はきれいに写っている。佳奈子も問題ない。千尋は少しだけ笑っている。


 みつみだけ、まぶしそうに目が細い。


「みつみ、目つぶってる」


「つぶってない!」


「いや、これ閉じてるでしょ」


「まぶしかっただけ」


「拡大する?」


「やめて」


 次の一枚は全員まともだった。


「これでよくない?」


 千尋が言う。


「うん。これ送る」


 佳奈子がその場で共有する。


 みつみは送られてきた写真を保存し、すぐにもう一度開いた。


 背景いっぱいに大きな桜。


 その前に、探索装備の四人。


「いいね」


 今度は誰も何も足さなかった。


     ◇


 気づいたときには、中庭の様子がかなり変わっていた。


「あれ?」


 みつみが周囲を見る。


「めっちゃ増えてない?」


 到着したときは空いていた地面の大部分が、いつの間にかレジャーシートで埋まっている。


 若い四人組。


 子どもを連れた家族らしい探索者。


 二人だけで静かに食事をしている年配の男女。


 大学生くらいに見える大人数のグループ。


 左右の回廊から、いまも人が入ってくる。


「増えたどころじゃないでしょ」


 佳奈子が言う。


「朝早く来て正解だったね」


 志帆が自分たちの場所を見回した。


 桜全体がよく見え、木にも近すぎない。今から来たら、たぶん選べない場所だった。


「ほら」


 千尋が少し離れた場所を指す。


 さっきの四人組がいた。


 少し離れたところにシートを広げ、食事をしながら桜を眺めている。


 向こうもこちらに気づき、盾を使っていた男が軽く手を上げる。


 四人も手を振った。


 それだけ。


 向こうは向こうで、すっかり花見を楽しんでいる。


「始発みたいなので来て正解だったじゃん」


 千尋が佳奈子を見る。


 佳奈子は少し考える。


「場所については認める」


「場所については?」


「四時台に起きたのはまだ許してない」


「来年も来る?」


 みつみが聞く。


「今それ聞く?」


「桜きれいだし」


 佳奈子は大桜を見上げ、少し黙った。


「……時間は考える」


「来る方なんだ」


 志帆が笑った。


 そのあとも四人はすぐには帰らなかった。


 食べ物はほとんどなくなっている。


 みつみはまた横になり、今度はスマートフォンでさっきの写真を見ていた。


 千尋は人が増えていく中庭をぼんやり眺める。


 志帆は撮った写真を何枚か消して、残すものを選び始めた。


 佳奈子は空になったパックを小さくまとめ、途中でやめて桜を見る。


 時間だけがゆっくり進んだ。


 やがて、千尋が腕時計を確認する。


「そろそろ帰ろっか」


 誰も反対しなかった。


 レジャーシートを畳む。


 ゴミを分けて袋へ入れ、リュックへ戻す。装備を身につけ直し、忘れ物がないか四人で一度確認した。


 最後に、中庭の出口へ向かう前。


 みつみが振り返った。


 三人もつられるように足を止める。


 人の増えた中庭の向こうで、大桜は朝と変わらず咲いていた。


「帰ろ」


 今度は佳奈子が言った。


     ◇


 帰りは左回廊にした。


 右とは違って薄暗く、歩く人も少ない。


「こっち、ほんと静か」


 みつみが声を落とす。


「行きも左でよかったんじゃない?」


 佳奈子が言う。


「でも右、近かったでしょ」


 千尋が返す。


「まだ言う?」


「私は最初から近い方って言ってたし」


「敵の多さも分かってて選んだじゃん」


 途中で一度だけモンスターと遭遇したが、さっきまでの戦闘のようなものにはならなかった。四人が立ち止まり、短いやり取りのうちに片づく。


 むしろ目立ったのは、反対側から来る探索者の数だった。


「すみません、中庭ってまだ場所あります?」


 すれ違いざま、若い二人組に聞かれる。


 佳奈子が少し困った顔をした。


「端の方なら……たぶん」


「そんな混んでます?」


「かなり」


「マジかー」


 二人組が急に足を速める。


 みつみがその背中を見送った。


「走ったら危ないよね」


「そのうち気づくでしょ」


 千尋が言う。


 やがて礼拝堂のような広間へ戻り、朝に歩いた参道を逆向きに進む。


 外へ出ると、施設前は朝よりずっと賑やかだった。


「うわ、屋台」


 佳奈子が立ち止まる。


 どの店にも列ができている。


「朝買っといてよかったね」


「そこは千尋のおかげ」


 みつみが言う。


「珍しく先に食べ物だった」


「混むって聞いたからだよ」


「でも結果正解」


 志帆も頷く。


 施設へ入り、四人は主要な装備を全国共通ストレージへ預け直した。


 みつみの杖も、佳奈子の弓と矢筒も、千尋の黒い刃のショートソードも、ここから千葉まで持ち歩く必要はない。


 志帆のバングルは手首に残ったまま。


 四人の背中には、来たときより少し軽くなったリュックだけが残った。


     ◇


 バスで六嶋駅へ戻り、帰りの電車に乗る。


 朝とは違って、四人とも静かだった。


 佳奈子は窓側で目を閉じている。


 みつみは一度寝かけたあと、スマートフォンを落としそうになって起きた。


 志帆は写真を見返していたが、途中から画面を消し、窓の外へ目を向けている。


 千尋だけがしばらく起きていて、グループに送られた今日の写真を順番に見ていた。


 六嶋駅。


 屋台。


 神殿みたいな石の回廊。


 食べ物を並べたレジャーシート。


 桜。


 最後に、大桜の前で撮った四人の写真。


「これ、いいじゃん」


 千尋の声に、みつみが隣から画面を覗き込む。


「どれ?」


「四人のやつ」


 佳奈子も目を開けた。


「みつみ、やっぱ目つぶってない?」


「つぶってないって」


「一枚目はつぶってる」


「今見てるの二枚目でしょ」


「じゃあ二枚目はセーフ」


「最初からそう言ってるじゃん」


 小さく笑って、また車内が静かになる。


 窓の外を、夕方へ向かう町が流れていく。


 六嶋は、もうずっと後ろだ。


 しばらくして、千尋がスマートフォンを膝へ置いた。


「次、どこ行く?」


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


本作は、連載中の

『現代JKダン活部!~放課後はダンジョンしか勝たん~』

の、高校一年生最後の春休みにあった一日を描いた短編です。


本編では、みつみたちが出会ったところから、放課後や休日にいろいろなダンジョンを遊び歩いています。


「この子たちをもう少し見たい」と思っていただけたら、本編も覗いてみてください。


『現代JKダン活部!~放課後はダンジョンしか勝たん~』

https://ncode.syosetu.com/n3597mq/


下のリンクからも本編へ移動できます。


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