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魔王、パンを焼く  作者: 慈架太子


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第2章:新属性の開眼と「銀の牙」の進化

ゴブリンジェネラルの咆哮と共に、下級のゴブリンたちが一斉に牙を剥いて躍りかかってきた。ダグラスが大剣を構え、トビーが盾を固める。しかし、数は圧倒的に敵が多い。


パスカルは冷静に、先ほどエリンから学んだ水属性のイメージを脳内でさらに過激に書き換えていった。魔力を液状化させ、それを粘り気のある高密度の「水」へと変質させる。


「まずは、露払いです」


パスカルが指先を弾くと、無数の水の礫が放たれた。


「『ウォーターバレット』」


それは螺旋の回転を伴う水の弾丸だ。エリンの放つ優雅な水魔法とは異なり、パスカルのそれは純粋な質量と回転による破壊を目的としていた。先頭のゴブリンたちの頭部を、一瞬の澱みもなく正確に貫通していく。


しかし、知能の高いホブゴブリンたちは、仲間の死体を盾にしながら距離を詰めてきた。ジェネラルが戦斧を振り上げ、トビーの盾を叩き割らんとする。


(……動きを止める必要があるな。鼻と口を塞ぎ、抵抗を奪う)


パスカルは掌を獲物たちに向け、魔力の糸を操るように指を動かした。


「『ウォーターマスク』」


次の瞬間、襲いかかろうとしていたホブゴブリン五体とジェネラルの顔面に、不自然な水の玉が吸着した。それはまるで意思を持つ生き物のように鼻と口に密着し、どれだけ手で振り払おうとしても、粘着質な魔力の膜が顔を離れない。


「――!? ――ッ!!」


ゴブリンたちは自身の顔に張り付いた「水の仮面」を剥がそうと、狂ったように顔を掻きむしる。だが、パスカルが練り上げた水は、窒息を目的とした高密度の牢獄だ。肺に空気を送り込むことができず、屈強なホブゴブリンたちが次々と膝をつき、もがき苦しみながら白目を剥いていく。


「な……何てえ魔法だ。窒息させてるのか……?」


ダグラスがその光景に戦慄を覚える中、パスカルは静かにジェネラルへと歩み寄った。最強の個体であるジェネラルさえも、顔を覆う水の塊を前にしては、自慢の剛腕を振るうことすら叶わない。


「……苦しいでしょう。すぐに終わらせます」


パスカルは右手に「ウォーターバレット」を生成した。今度はドリル状に激しく回転させ、貫通力を極限まで高めている。


「パスカルさん、すごい……」


セーラが呆然と呟く中、パスカルの指先から放たれた決定的な一撃が、もがくジェネラルの眉間へと突き刺さった。水魔法とパスカル固有の魔力操作が合わさったその威力は、硬い頭蓋を容易く砕き、巨体を後ろへと吹き飛ばした。


「……ふう。エリンさん、イメージ通りにいきました。ありがとうございます」


パスカルは憑き物が落ちたような柔らかい笑みを浮かべ、仲間に向き直った。足元には、窒息と弾丸によって全滅したゴブリンの群れが転がっている。


「イメージ通りって……あんなの、私の教えた水魔法じゃないわよ」


エリンは苦笑いしながらも、その瞳には新しい仲間への確かな信頼と、それ以上の驚異が宿っていた。


「銀の牙」としての初陣。パスカルの開発した「搦め手」と「一撃」の組み合わせは、パーティーに計り知れない戦力をもたらしたのである。




静寂を取り戻した森に、生臭い獣の臭いと鉄錆のような血の香りが漂う。パスカルは腰の剣を抜き、慣れた手つきで倒伏したゴブリンの死体の前に膝をついた。


「さて、戦いと同じくらい大事な作業ですね。皆さん、魔石の回収をしましょう」


パスカルが穏やかに声をかけると、呆然としていたダグラスたちもようやく我に返り、それぞれ解体用のナイフを取り出した。


「ああ、そうだな。こいつらの魔石は小さいが、数が揃えば馬鹿にならねえ。特にホブとジェネラルの石は上等なはずだ」


ダグラスは大きな手でホブゴブリンの胸元を裂き、心臓付近に埋まった濁った緑色の石を取り出した。一方、パスカルの解体は驚くほど迅速で正確だった。彼は魔力を指先に集中させ、肉の内側にある魔石の位置を透視するように探り当てる。


「『魔力操作』を応用すれば、どこに石があるか手触りで分かりますから」


パスカルはそう言いながら、ゴブリンジェネラルの巨体に刃を入れた。魔力を纏わせたナイフは、強靭な筋肉や骨を抵抗もなく切り裂いていく。胸腔の奥から取り出されたのは、他の個体よりも一回り大きく、禍々しい赤黒い輝きを放つ魔石だった。


「これがジェネラルの魔石ですね。質も悪くない」


パスカルは水属性の魔力を薄く指先に展開し、石に付着した血や脂を「ウォーターウォッシュ」のように洗い流した。洗浄された魔石は、午後の木漏れ日を浴びて宝石のようにきらめいている。


「パスカルさん、本当に何でもできちゃうんですね……。解体までそんなに早いなんて」


セーラが感心したように声を上げ、自身も小さなゴブリンの魔石を丁寧に採取していく。エリンは弓の弦を緩めながら、パスカルの手元をじっと見つめていた。


「あなたのその魔力、ただのエネルギーとしてだけじゃなくて、感覚の延長として使っているのね。だからそんなに迷いがないのかしら」


「ええ。私にとって魔力は、手足と同じくらい馴染んだものですから。こうして石に触れていると、この魔物がどうやって魔力を循環させていたのか、少しだけ分かる気がします」


パスカルは回収した魔石を一つずつ確認し、アイテムボックスへと収納していった。十体のゴブリン、五体のホブゴブリン、そして一体のジェネラル。合計十六個の魔石が、彼の中に消えていく。


「これで今日の依頼分以上の収穫ですね。ダグラスさん、これらは一旦私が預かっておきます。街に戻ったらギルドで換金して、みんなで分けましょう」


「助かるぜ。アイテムボックス持ちが仲間だと、こういう時に本当に楽でいいな」


ダグラスは満足げに笑い、血の付いた大剣を拭った。解体を終えた頃には、森の空気もいくぶん清まり、一行の表情には初陣を無事に終えた安堵感が広がっていた。


「さあ、暗くなる前に森を出ましょうか。新しい魔法の実験もできたし、今日は実り多い一日でした」


パスカルは立ち上がり、衣服についた僅かな汚れを払った。彼の瞳には、既に次なる魔法の構成案――光と水を組み合わせた、さらなる応用術の火が灯っていた。



夕闇が街を包み込み、街灯の魔導具が柔らかな光を放ち始める頃、「銀の牙」の一行は活気溢れる冒険者ギルドへと帰還した。森での実戦を終えた彼らの装備には薄っすらと返り血や土汚れが残っていたが、その表情には初陣を無事に、そして完璧に終えた充実感が漂っていた。


パスカルは仲間たちと共に受付カウンターへと向かい、顔見知りの職員に穏やかな笑みを向けた。


「お帰りなさい、ダグラスさん。それにパスカルさんも。初陣はどうでしたか?」


「ああ、最高の結果だ。パスカルが加わってくれたおかげでな。さあ、こいつを査定してくれ」


ダグラスが上機嫌に応じると、パスカルはカウンターに手をかざし、静かにその名を唱えた。


「アイテムボックス」


空間が波打ち、そこから丁寧に血や汚れを洗い流され、仕分けられた魔石が次々とトレイの上に現れた。通常のゴブリン十個、ホブゴブリン五個。そして最後には、一際大きく禍々しい赤黒い光を放つゴブリンジェネラルの魔石が置かれた。


「これは……ゴブリンジェネラルですか! 驚きました、新編成のパーティーでいきなりこれほどの個体を、しかもこれほど綺麗な状態で仕留めてくるとは」


職員の感嘆の声に、周囲にいた他の冒険者たちもざわめき立つ。パスカルは目立つことを避けるように少し身を縮め、査定を静かに待った。彼は魔石そのものが持つ魔力の密度を自身の感覚で把握しており、提示される価格が妥当であることを冷静に見極めていた。


「査定が終わりました。ジェネラルの石が極めて高品質なため、ボーナスを含めて合計で金貨六枚となります。いかがでしょうか?」


「ええ、十分な額です。ありがとうございます」


パスカルが同意して金貨を受け取ると、一行はギルド併設の酒場へと移動した。パスカルは受け取ったばかりの金貨を、一切の迷いなく五等分に分け、ダグラス、エリン、セーラ、トビーの前に並べた。


「えっ、パスカルさん? 倒したのはほとんどあなたなのに、こんなに……」


トビーが驚いて手を止めたが、パスカルは首を振って微笑んだ。


「私たちはパーティーでしょう? 誰がトドメを刺したかではなく、全員で勝ち取った成果です。それに、皆さんがいたからこそ、私は安心して新しい魔法を試すことができたんですから」


パスカルのその控えめだが揺るぎない公平な態度に、エリンは感心したように溜息を吐き、セーラは嬉しそうに目を細めた。


「……本当、不思議な人。これだけの力がありながら、手柄を誇ることさえしないなんて」


エリンの言葉に、パスカルは少し照れくさそうに頭を掻き、代わりに自身のジョッキを軽く掲げた。


「さあ、難しい話は抜きにしましょう。今日は皆さんの魔法から、素晴らしい着想を得ることができました。そのお礼も兼ねて、今夜は皆で楽しみましょう」


「よおし、乾杯だ! 『銀の牙』の門出と、パスカルに!」


ダグラスの号令と共に、五人のジョッキが打ち合わされた。笑い声の中に溶け込みながら、パスカルは体内の魔力を静かに循環させた。新しく手に入れた「水」と「光」。それらを組み合わせ、次はどんな風に仲間を助けられるか。独りだった頃には決して味わえなかった心地よい賑やかさの中で、パスカルは静かに次なる術の構想を練り始めていた。



「銀の牙」に加わってから数週間、パスカルは仲間たちと共に精力的に魔物狩りに明け暮れていました。彼にとっての狩りは、生活費を稼ぐ手段であると同時に、新しく得た「属性」を自身の魔力操作で練り上げるための貴重な実験場でもありました。


ある日の午後、一段落した休息の時間に、パスカルは仲間たちに新しい術の成果を披露することにしました。


「皆さん、少しお時間をいただけますか。新しい魔力の形をいくつか試してみたいんです」


パスカルの言葉に、ダグラスたちが興味津々で集まってきます。まず彼は、掌に高密度の水を生成し、それを紙よりも薄く、そして高速で回転させながら水平に放ちました。


「『ウォーターカッター』」


音もなく放たれた水の刃は、数メートル先の太い立ち木を、まるで熱したナイフでバターを斬るかのように滑らかに両断しました。切り口は鏡面のように美しく、エリンは「水の密度をそこまで……」と驚愕の表情を浮かべました。


続いてパスカルは、周囲の熱を奪うように魔力を変質させました。掌の上の水が瞬時に凝固し、鋭利な多角形の礫へと変わります。


「『アイスバレット』」


放たれた氷の弾丸は、標的の岩に命中した瞬間に砕け散り、周囲を氷結させました。さらに彼は一転して、真っ赤に熱せられた煮え滾る水弾を放ちます。


「『ボイルバレット』。着弾時の熱ダメージを優先したものです。……そして、これが一番扱いに苦労したのですが」


パスカルは掌に小さな水の球を浮かべ、そこに極限まで凝縮した熱の魔力を流し込みました。


「『スチームバレット』」


放たれた小さな水弾が標的に接触した瞬間、凄まじい衝撃波と轟音が森に響き渡りました。水が瞬時に気体へと相転移し、体積が1700倍以上に急膨張する――いわゆる「水蒸気爆発」を、パスカルは魔力操作だけで人工的に引き起こしたのです。標的の岩は内側から粉々に砕け散り、周囲には猛烈な熱蒸気が噴き上がりました。


「な、なんだ今の音は……!? 爆発魔法か!?」


ダグラスが驚愕して飛び退き、エリンも目を丸くしています。パスカルは少し息を切らしながら、熱を逃がすように手を振りました。


「いえ、これも水魔法の応用です。水を一瞬で蒸気に変えることで、その膨張する力を衝撃として利用しました。制御が難しくて、少し威力を出しすぎてしまいましたが……」


「威力を出しすぎどころじゃないわよ、パスカル。水の相転移をそんな風に戦闘に使うなんて、発想が規格外だわ」


エリンが呆れたように、しかし尊敬の眼差しを込めて言いました。パスカルは少し照れくさそうに笑い、セーラから差し出された冷たい水を受け取りました。


一つの属性を深く理解し、物理現象を魔力で再現する。パスカルの孤独な研鑽は、「銀の牙」という仲間を得たことで、かつてない破壊力と実用性を備えた独自の武技へと進化を遂げようとしていました。




新技の披露を終えた直後、森の静寂を切り裂くような地響きが一行の耳に届きました。凄まじい勢いで木々をなぎ倒し、立ち込める土煙の向こうから現れたのは、巨大な牙と剛毛に覆われた突進の化身――フォレストボアの群れでした。


「ちっ、宴の最中にお出ましか! 野郎ども、構えろ! 十体だ、囲まれるなよ!」


ダグラスの怒号が響き、トビーがすぐさま盾を構えて前線に躍り出ます。フォレストボアは一体でも家一軒を壊しかねない突進力を持ちますが、十体の同時襲撃となると、それはもはや生きた土石流のような脅威です。


パスカルは冷静に、先ほど習得した氷のイメージをさらに広範囲へと展開しました。魔力を地面の水分へと干渉させ、ボアたちの進路上にある腐葉土を一瞬にして凍りつかせます。


「『アイスバーン』」


パスカルの呟きと共に、ボアたちの足元が滑らかな氷の鏡面へと変貌しました。凄まじい速度で突進していたボアたちは、踏ん張りが利かずに次々と足を滑らせます。巨体ゆえの慣性を制御できず、互いに衝突しながら横転し、地響きを立ててその場に重なり合いました。


「よし、動きが止まった! 追撃するぞ!」


ダグラスが叫びますが、パスカルの動きはそれよりも早かった。彼は倒れ込み、体勢を立て直そうとするボアたちの頭部を正確に狙い定めました。


「『ウォーターバレット』」


パスカルの指先から、音を置き去りにした超高速の水弾が次々と放たれました。それはエリンの魔法をさらに極限まで圧縮し、貫通力を高めた死の礫です。一発、また一発と、倒れ伏したボアたちの眉間を寸分の狂いもなく貫いていきます。


硬い頭蓋を容易く粉砕し、脳を破壊されたボアたちは、悲鳴を上げる間もなくその場に崩れ落ちました。十体のボアが全滅するのに、一分とかかりませんでした。


「……ふう。お疲れ様でした。皆さん、怪我はありませんか?」


パスカルは剣を抜くことさえなく、指先についた僅かな魔力の残滓を払って穏やかに問いかけました。


「怪我も何も、俺たちが手を出す隙もなかったぜ……。あんな巨体の突進を足元から崩して、一撃で仕留めるなんて。パスカル、あんたの判断力は恐ろしいな」


ダグラスが呆れ半分、感嘆半分でため息をつきました。トビーは盾を下ろし、パスカルが凍らせた地面を不思議そうに突いています。


「凄すぎます! あんなに速かったボアが、面白いくらい滑って転がって……」



転がった十体のフォレストボアを前に、パスカルは解体ナイフを抜く代わりに、両手を広げて魔力を集中させました。


「手作業だと時間がかかりますから、少し効率化してみますね」


パスカルが指先を繊細に動かすと、空間に無数の細い水の糸が編み上げられました。『ウォーターカッター』を極限まで細く、多層的に展開した独自の解体術です。

シュン、という微かな風切り音が幾重にも重なり、ボアの巨体が空中に浮き上がったかと思うと、次の瞬間には見事なまでに部位ごとに分かれて地面に並んでいきました。


分厚く丈夫な「皮」、純白の「骨」、鋭い「牙」と「爪」。そして、滴る血を『ウォーターウォッシュ』で瞬時に洗い流された上質な「赤身肉」と、一切の傷をつけずに取り出された「内臓」。最後に、中心から転がり出た「魔石」。

それらがまるで工場の製品のように整然と分別される光景に、ダグラスたちは開いた口が塞がりません。


「……さて、今日はここで一晩過ごしましょうか。少し準備をしますね」


パスカルは次に、周囲の水分を急激に冷却・凝縮させ、魔力による構造維持を加えました。地面からせり上がるようにして、透き通った氷の「建屋」が三つ、瞬く間に完成しました。内装も抜かりありません。各部屋には氷の「ベッド」が二台ずつ設置され、その上には柔らかい「水のマットレス」が敷かれました。表面はパスカルの魔力被膜で覆われており、濡れることも冷たすぎることもありません。


中央の広場には、氷の「テーブル」と「椅子」が設えられ、その上には氷を削り出した「スープ皿」と、繊細な意匠の「カトラリー」が並べられました。さらにパスカルが指を弾くと、氷の「ジョッキ」が生成され、アイテムボックスから取り出された黄金色のエールがなみなみと注がれます。


圧巻だったのは料理でした。パスカルは氷を固めて巨大な「鍋」を作り、そこに水と先ほど解体したばかりのボア肉、そして保存食の野菜を放り込みました。

火は一切使いません。パスカルは鍋の中の水に直接魔力を注ぎ込み、水分子を激しく振動させることで熱を発生させました。魔力被膜で保護された氷の鍋は、中のスープが激しく沸騰しても決して溶けることはありません。


「さあ、出来上がりました。森の宴といきましょう」


氷のジョッキを片手に、パスカルが穏やかに微笑みます。

「銀の牙」の面々は、幻想的な氷の館と、立ち昇る肉のいい匂いに誘われ、夢心地で席につきました。


「……なあ、パスカル。あんた、もう冒険者じゃなくて『国』を作れるんじゃないか?」


ダグラスが呆れ果てたように呟き、氷のジョッキを煽りました。キンキンに冷えたエールと、魔力でじっくり煮込まれたボア肉のスープ。焚き火の代わりに、パスカルが作った光の球が周囲を優しく照らしています。

森の深淵で、氷と光に彩られた前代未聞の宴が始まりました。



幻想的な氷の館を背景に、ボア肉のスープを楽しむ宴も一段落した頃、パスカルは夜の森を優しく照らす光の球を見上げながら、自身の掌をそっと開きました。


「皆さん、先ほどは水魔法の応用を見ていただきましたが、次はセーラさんの光魔法を参考に開発した術を見ていただけますか?」


仲間たちの視線が集まる中、パスカルは右手の指先に、澄み渡るような純白の輝きを集束させました。


「まずは『ホーリーバレット』。魔力を高周波で振動させ、邪悪を退ける聖なる性質を持たせた光弾です」


放たれた光の弾は、夜の闇を一瞬で昼間のように照らし出し、遠くの枯れ木に当たると爆発的な光を放って、その邪気を焼き払うかのように消滅させました。続けて、彼は左手をダグラスの使い古された大剣に向けました。


「次は『ヒールバレット』。回復魔法を弾丸状に圧縮したものです。離れた場所にいる仲間に、瞬時に治癒の魔力を届けられます」


淡い緑色を帯びた光弾が大剣の柄に当たると、そこから溢れ出した温かな光が、使い込まれて生じていた微細な刃こぼれや汚れを包み込み、金属の疲労さえも和らげるように輝きました。


「そして最後が『ピュリフィケーションバレット』。広範囲の毒や呪い、汚れを瞬時に浄化するための弾丸です」


パスカルが空高く放った光弾は、花火のように弾け、周囲に光の粉を降らせました。ボアの血で汚れていた地面や、森の淀んだ空気が一瞬で清浄なものへと書き換えられていく。そのあまりに清らかな光景に、聖職者であるセーラは祈るように手を組み、感極まった表情を浮かべました。


「……素晴らしいです、パスカルさん。光をこれほどまでに純粋に、そして力強く制御できるなんて」


「いえ、全ては皆さんの魔法に触れたおかげです。……そこで、一つ提案があるんです」


パスカルは照れくさそうに笑いながらも、真剣な眼差しで仲間たちを見渡しました。


「もし良ければ、私の知っている『魔力操作』のコツを皆さんに教えさせていただけませんか? 詠唱や型に縛られず、体内の魔力を直接イメージで操る方法です。ダグラスさんなら剣に、エリンさんなら矢に、より柔軟な魔力を乗せられるようになるはずです」


一瞬の沈黙の後、ダグラスが氷のテーブルを拳で叩いて立ち上がりました。


「……正気か、パスカル!? そんな秘術中の秘術、普通は弟子にも教えねえもんだぞ」


「秘術だなんて思っていませんよ。私たちは『銀の牙』、家族でしょう? 皆が強くなれば、それだけ遠くへ行けますから」


パスカルの無欲で真っ直ぐな言葉に、エリンは呆れたように笑い、トビーは「お願いします、師匠!」と叫んで頭を下げました。


「よし決まりだ! 明日から特訓だな。銀の牙が、大陸で一番『魔法が上手い』パーティーになる日も近いぜ!」


ダグラスの快活な声が、氷の館に木霊しました。パスカルは新しく注がれたエールを口にし、仲間たちと共に歩む新しい旅路に、心の底から充足感を感じていました。



宴の夜、氷の館を照らす光の中で、パスカルは静かに愛剣を抜き放ちました。


「魔法と身体能力は別物だと考えられがちですが、実は密接に関係しています。特に我々の体の大部分は『水』でできている。これを利用しない手はありません」


パスカルが自身の内に意識を向けると、その立ち姿が陽炎のように揺らぎました。


「まずは『身体強化アクセル』。体内の血液やリンパ液の循環を魔力で強制的に加速させ、神経伝達速度を限界まで引き上げます」


言葉が終わるか否か、パスカルの姿が視界から消えました。ダグラスが瞬きをする間に、パスカルは広場の端から端までを数往復し、元の位置で涼しい顔をして立っていました。風を切り裂く音すら遅れて聞こえるほどの神速。


「そして次は『筋肉強化マッスル』。筋肉に含まれる水分を魔力で活性化させ、細胞の密度と反発力を一時的に高めます」


パスカルが傍らにあった、フォレストボアでも動かせないような巨岩に手を触れました。気負いのない動作で軽く押し出すと、岩は凄まじい風圧を伴って吹き飛び、森の奥で轟音を立てて砕け散りました。


「これらは外部に魔法を放つのではなく、内なる水と魔力を同調させる技術です。ダグラスさん、エリンさん。この感覚を掴めば、杖や詠唱という『外部の補助』は、むしろ思考の邪魔になりますよ」


パスカルの言葉は、既存の魔導体系に生きてきたエリンとセーラにとって衝撃的なものでした。彼女たちは顔を見合わせ、手にした杖をじっと見つめました。


「……確かに、詠唱に頼ることで『水』を型に嵌めていたわ。自分の体の一部として感じればいいのね」


エリンはそう呟くと、長年愛用してきた魔導杖を静かに地面に置きました。彼女は自身の指先を見つめ、直接大気中の水分を操り、杖を使っていた時よりも遥かに鋭く、巨大な氷刃を瞬時に形成してみせました。


「私も……神への祈りの言葉が、いつの間にか私のイメージを縛る鎖になっていました。光は、私の内側にもあるのですね」


セーラもまた、聖なる杖を傍らに置きました。彼女の掌からは、詠唱を介さずとも、今まで以上に清廉で力強い癒やしの光が溢れ出しました。二人はこの夜、伝統的な魔法使いという立場を捨て、パスカルと同じ「魔力操作者」としての道を歩み始めたのです。


「ははっ、こいつは愉快だ! 杖を捨てた魔法使いなんて前代未聞だが、今の二人からは今まで以上の圧力を感じるぜ」


ダグラスは自身の腕に魔力を通し、活性化する筋肉の鼓動を確かめながら不敵に笑いました。


「銀の牙」は、もはや既存の常識に収まるパーティーではありません。パスカルという特異な先導者によって、全員が自らの肉体と魔力を完全に同期させた、真の強者へと進化を遂げたのです。


「さあ、飲み直しましょうか。明日からは、新しい自分に慣れるための特訓ですよ」


パスカルは穏やかに微笑み、氷のジョッキを掲げました。月明かりに照らされた氷の館で、五人の新しい物語が本格的に動き出そうとしていました。




森の奥に築かれた氷の館での特訓は、数日間にわたって続きました。パスカルの指導は、理論よりも感覚を重視するものでした。彼は、仲間たちの魔力回路に直接自分の魔力を流し込み、属性の変質や体内の水分の活性化がどのような感覚を伴うのかを「体感」させることで、彼らの常識を内側から塗り替えていったのです。


「魔力は外から持ってくるものではなく、世界の一部として循環させるものです。そして、自身の内にある水と光に波長を合わせる。……そうです、その感覚です」


パスカルの導きにより、メンバー全員が光属性と水属性、そしてそれらを支える根幹技術である『魔力操作』を完全にマスターしました。この技術を極めた結果、彼らは副産物として『魔力吸収アブソーブ』をも自得するに至ります。周囲の大気から絶え間なく魔力を取り込み、自身のエネルギーとして還元する。それは、激しい戦闘の最中ですら魔力が回復し続けることを意味し、事実上、彼らから「魔力切れ」という概念が消滅した瞬間でした。


「信じられん。どれだけ動いても、どれだけ魔法を放っても、力が枯れるどころか溢れてきやがるぜ……!」


ダグラスは己の拳を握り締め、驚愕に震えていました。トビーも全身に『筋肉強化マッスル』と『身体強化アクセル』を常時発動させながら、氷の広場を縦横無尽に駆け抜けています。その挙動はもはや人の域を超え、神速の領域へと踏み込んでいました。


エリンとセーラの変化はさらに劇的でした。長年頼りにしてきた杖を捨て、無造作に掌をかざすだけで、エリンは大気中の水分を操り数瞬で巨大な氷塊を幾つも生成し、セーラは詠唱なしに周囲を浄化と治癒の光で満たし続けました。


「これで準備は整いましたね。ですが、まだ森を出るには早い。この無限の力を制御し、自分の一部として馴染ませるための仕上げが必要です」


パスカルは穏やかながらも厳しい眼差しで告げました。ここから、さらに踏み込んだ実戦形式の修行が始まりました。


パスカルは『ウォーターバレット』の弾幕を四人へ向けて放ち、それを各自が『魔力操作』で受け流し、あるいは『魔力吸収』で自らの糧とする訓練を課しました。さらに、夜になれば氷の館の中で、互いの魔力密度を極限まで高めてぶつけ合い、微細な魔力の揺らぎさえもコントロールする術を磨き上げました。


「魔力を『使う』のではなく、魔力と『共にある』。その感覚を忘れないでください」


数日が過ぎる頃には、彼らの立ち居振る舞いからは一切の無駄な力みが消え、静止していても周囲の魔力が吸い寄せられるような、静謐な威圧感を纏うようになっていました。


「銀の牙」の面々は、パスカルという特異な核を中心に、全員が既存の魔導体系を逸脱した「魔力操作者」へと進化を遂げました。


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