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魔王、パンを焼く  作者: 慈架太子


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第11章:帝国の解体と魔王の降臨

十五万の軍勢が雷光の中に消え去った数分後、パスカルは一人、帝国の首都中央にそびえ立つ「黒鉄の皇宮」の最上階、皇帝の私室へと直接転移しました。鉄壁の結界も、伝説級の魔導具も、全属性と時空間を掌握した彼の前では存在しないも同然でした。


窓外に広がる帝都の灯りを背に、パスカルは豪華な椅子に深く腰掛け、震えながら剣を抜こうとする皇帝を冷徹な瞳で見据えました。


「……無駄な動きはやめなさい。あなたの軍勢十五万は、今この瞬間に地上から消滅しました。私の仲間たちが、今もその残響を片付けているところです」


皇帝の顔から血の気が引き、持っていた剣がカランと音を立てて絨毯に落ちました。パスカルは自分のアイテムボックスから、王都で買い込んだ最高級のエールを取り出し、無造作にグラスに注ぐと、一口含んでから静かに告げました。


「これは提案ではなく、確定した未来の通告です。……帝国を、今すぐ解体しなさい。全ての軍権を放棄し、植民地化した周辺諸国へ全資産を返還し、賠償金を支払いなさい。……拒否すれば、明日にはこの帝都ごと、帝国という名前そのものを歴史から物理的に抹消します」


皇帝は喘ぐように声を絞り出しました。

「な、何という……。我が帝国を滅ぼすと、そう脅すのか……!」


パスカルはグラスをテーブルに置き、わずかに指先を動かしました。瞬間、室内が『グラビティバレット』による超重力に包まれ、皇帝は床に這いつくばりました。


「脅迫ではありません、事実の提示です。私には、守るべき家族がいます。パンの香りが漂う平和な村があり、そこで文字を学び始めた子供たちがいる。あなたの強欲が、その小さな幸せを一度でも脅かそうとするなら……私はこの指先一つで、帝国全土をちりに変える。一分子も残さず、再構成すら不可能な無へと帰してあげましょう」


パスカルは『タイムバレット』を微弱に発動させ、皇帝の体感時間を数万倍に引き延ばしました。永遠に近い静寂と恐怖の中で、皇帝はパスカルの眼の奥に宿る、神をも超える絶対的な「意志」を刻み込まれました。


「……わ、わかった。降伏する。軍を解体し、資産を差し出そう。頼む、それだけは止めてくれ……!」


「賢明な判断です。……ギルバート・ロズウェルが、賠償の手続きと商会の誘致のためにここへ来ます。彼に従いなさい。もし裏切れば、あなたは自分の鼓動が止まるその瞬間すら、私の時間停止によって永遠に味わい続けることになるでしょう」


パスカルは重力を解き、立ち上がりました。

「……帝国が滅び、代わりに『平和な連邦』の一部として生き残る道を選んだことを、後の世の人々は感謝するはずですよ」


パスカルは再び大空へと舞い上がり、仲間たちが待つ「風の鳴き声の村」へと向かいました。

そこでは、ダグラスとトビー、そしてミラとリナリスが、新しい命の胎動を感じながら、最高のパンとエールを囲んで待っているはずです。


「終わりました。……さあ、本当の平和な夜を祝いましょう」



大陸を震え上がらせた「十五万の軍勢の消失」と、鉄の意志を誇った帝国の無条件降伏。その報せは、瞬く間に近隣諸国の王宮や路地裏へと伝播しました。


「馬鹿な……。あの難攻不落の帝都が、たった一人の男の訪問で膝をついたというのか?」

「一瞬だ。空から極光が降り注いだ瞬間に、軍勢は塵となり、時間は止まったという……」


各国の王や将軍たちは、震える手で報告書を握り締め、恐怖に顔を歪めました。彼らがこれまで築き上げてきた軍事力や策略が、パスカルという存在の前では羽虫の羽音にも等しいことを理解したのです。いつしか、人々の間では畏怖を込めて一つの名が囁かれるようになりました。


「魔王だ……。理を書き換え、生殺与奪を司る真の魔王が降臨したのだ」


その噂は、パスカルたちが拠点とする「風の鳴き声の村」にも届いていました。しかし、当の「魔王」は、村の広場に設置された特設のテラス席で、自分のアイテムボックスから取り出した最高級のエールを静かに傾けていました。


「魔王、ですか。……僕が解析したのは世界の理であって、悪意ではありません。ですが、その呼び名が抑止力となり、無用な争いが減るのなら、甘んじて受け入れましょう」


パスカルの隣では、170cmの長身をリラックスさせたエリンが、氷魔法で完璧に冷やしたエールを飲み干していました。

「魔王の仲間なら、私はさしずめ魔将軍かしら? ……ふふ、悪くないわね。誰も私たちの家族に手を出せなくなるわ」


その時、公衆浴場から上がってきたばかりのダグラスが、ミラを支えながら豪快に笑い飛ばしました。

「がはは! 魔王がパン屋を百軒も作って、読み書きを教える学校を建てるかよ! だったら俺は魔王の右腕、食いしん坊将軍ってところだな」


ダグラスの隣では、トビーがリナリスの体調を気遣いながら、新しく焼き上がったばかりのふかふかのパンを彼女の口元へ運んでいました。

「リナリス、少しでも栄養を摂っておかないと。……魔王の側近として、僕たちが倒れるわけにはいかないからね」

「ええ、トビー。この子が生まれてくる世界が、こんなに静かで平和なのは、あの『魔王』のおかげね」


リナリスはトビーの手を握り返し、穏やかな微笑みを浮かべました。エルフの停滞した時間を動かし、新しい命を宿らせたパスカルの力は、近隣国にとっては恐怖の対象であっても、この村の人々にとっては「神の慈悲」そのものでした。


パスカルは立ち上がり、全属性の魔力を微かに解放して、村全体を覆う不可視の多重結界を更新しました。

「重力固定、時間軸同期……。よし。ギルバートさんには、近隣諸国の王たちにこう伝えてください。『魔王の機嫌を損ねたくなければ、自国の民に十分なパンと教育を与えなさい』と」


王都から急行してきたギルバートは、額の汗を拭いながら深々と一礼しました。

「承知いたしました、パスカル殿……いえ、我がマイ・ロード。商会の総力を挙げ、この平和を『経済』という名の鎖で繋ぎ止めてみせましょう」


夕闇が村を包み、百軒のパン屋の煙突から昇る煙が、紫色の空に溶けていきます。

恐怖の象徴であるはずの「魔王」が支配するこの村は、今、大陸で最も温かく、幸福な場所となっていました。




降伏宣言から数日、帝都の皇宮は葬儀のような静寂に包まれていましたが、そこへ音もなく六人の影が舞い降りました。パスカルを先頭に、ダグラス、トビー、エリン、セーラ、そしてリナリス。かつて十五万の軍勢を消し去った「魔王」とその一団の再来に、近衛騎士たちは腰を抜かして座り込み、皇帝の一族は奥の広間でガタガタと震えながら身を寄せ合っていました。


「……おや、そんなに怯えなくていい。今日は『殲滅』ではなく、単なる『視察』ですから」


パスカルは、皇帝がしがみついている黄金の玉座を『グラビティバレット』で指先一つで浮かせ、皇帝を無様に床へ転がしました。そのまま空いた玉座に腰を下ろすと、自分のアイテムボックスから最高級のエールと、風の鳴き声の村で焼きたての特大ライ麦パンを取り出しました。


「陛下、見てください。これが我が村のパンです。あなたの国で搾取していた泥のような麦とは違って、希望と算術の味がしますよ。一口いかがですか? ああ、手が震えて持てませんか」


エリンは170cmの長身を優雅に翻し、皇帝の隣で真っ青になっている王妃の前に立ちました。王妃が肌身離さず持っていた宝石箱を氷魔法で一瞬にして「氷の彫刻」に変えてしまい、その中身を床にぶちまけます。

「あら、王妃様。こんな石ころよりも、今は温かいお粥の方が価値があるんじゃなくて? あなたのその高慢な鼻も、少しばかり『冷やして』あげたわ。……あら、そんなに睨まないで。その形、今の帝国の末路にそっくりでしょ?」


リナリスはトビーの肩に手を置きながら、震える王女たちの前を通り過ぎ、全属性の感覚で彼女たちがドレスの裾に隠し持っていた金貨を暴き出しました。

「トビー、見て。この王女様たち、まだこんなに重たい執着を抱え込んでいるわ。……没収ね。これは村の子供たちの新しいノート代になるわ」

トビーは無表情に、しかし電光石火の早業で王女たちの指輪や耳飾りを剥ぎ取り、パスカルの足元に積み上げました。王女が「無礼な!」と叫ぼうとした瞬間、トビーの放つ雷属性の威圧感に声も出せずへたり込みました。


「い、命だけは……! 資産はすべて商会に渡すと約束したではないか!」

床を這い回る皇帝に対し、ダグラスがミラのために用意した特製パンを齧りながら、豪快に笑い飛ばしました。


「がはは! 命が惜しけりゃ、まずはその見栄えのいい冠を脱げよ。王妃も王女も、その重てえドレスを脱いで農作業着に着替えな! 算術もできねえ頭には、その鉄の輪っかよりも、読み書きのためのペンの方がよっぽど似合うぜ!」


パスカルは、皇帝の家族全員を『タイムバレット』で一分間だけ「スローモーション」の状態にしました。彼らが一歩歩くのにも永遠のような時間がかかる滑稽な姿を眺めながら、パスカルは静かにエールを飲み干しました。王妃が優雅に扇を広げようとする動作が、何分もかけてゆっくりと動き、王女が涙を流す雫さえも空中で止まる光景を、パスカルはおちょくるように見つめます。


「……陛下、王妃、そして王女の皆さん。あなたたちが『神』のように振る舞っていた時間は終わりました。これからは一人の人間として、地を這い、文字を学び、パンを焼く喜びを知りなさい。もし、また誰かを見下そうとするなら……次は私の『サウンドバレット』で、その豪華な宮殿を二十四時間、不協和音の鳴り止ない地獄に変えてあげますよ」


パスカルは最後の一口を飲み終えると、玉座を床に叩きつけました。

「おちょくるのはこれくらいにしておきましょうか。……さあ、帰りましょう。ミラとリナリスの体調が心配ですからね」


六人は、プライドを粉々に砕かれた皇帝一族を残し、黄金の軌跡を描いて夕闇の空へと舞い上がりました。

帝都の空には、魔王の再来を告げる不気味なほど美しい極光が、いつまでも輝き続けていました。



帝都の皇宮を後にしたパスカルは、その足で王国の王都へと舞い戻りました。漆黒の夜空を裂く黄金の軌跡は、今や世界中の為政者にとって死神の鎌にも等しい恐怖の象徴です。


玉座の間。パスカルは返り血すら浴びていない清潔な姿で、国王の前に立ちました。傍らには170cmの長身を冷徹に佇ませるエリン、そして不敵な笑みを浮かべるダグラスたちが控えています。パスカルは自分のアイテムボックスから、先ほど帝国で没収したばかりの、宝石が散りばめられた王女の耳飾りを無造作に床へ放り捨てました。


「陛下、改めて問わせてください。この世界の為政者はいったい何をしているのですか?」


静まり返った広間に、パスカルの静かな声が反響します。

「私がこの大陸を巡って見たのは、飢えに喘ぎ、文字も読めず、泥水を啜って生きる民の姿ばかりでした。一方で、帝国の皇族や各国の貴族たちは、民の血税で磨き上げた椅子に座り、実りのない権力争いに明け暮れている。……滑稽だと思いませんか?」


王は言葉を失い、額から流れる冷や汗を拭うことすら忘れていました。


「貴族など、この世界の理から見ればただの『ゴミ』に過ぎません。彼らが守っているのは伝統でも秩序でもない、ただの私欲です。算術もできず、パンの一枚も焼けない無能な者たちが、なぜ懸命に働く民の上に君臨しているのですか? 帝国の皇帝一家を見て確信しました。彼らは、自分の力で一歩歩くことすら時間の操作なしにはままならない、ひ弱な操り人形です」


ダグラスが重厚な氷の大槌を床に突き立て、地響きを鳴らしました。

「がはは! パスカルの言う通りだぜ。俺たちが村で教えてる子供たちの方が、よっぽど立派な志を持ってる。王よ、あんたの国の貴族も、一度俺の自警団に放り込んで、根性から叩き直してやろうか?」


パスカルは一歩、王に歩み寄りました。

「陛下、あなたは『マシ』な方だ。だが、あなたの下に連なる貴族たちが、私の作った『風の鳴き声の村』の繁栄を妬み、利権を剥ぎ取ろうと画策していることも解析済みです。……忠告しておきます。もし私の民に、あるいは新しい命を宿した私の仲間に指一本でも触れようとする貴族がいれば、その家系ごと、この世界の時空間から消去します」


パスカルは自分のアイテムボックスから、村の学校で子供たちが使っている古びた石盤を取り出し、王の足元に置きました。

「これこそが、これからの世界の宝です。宝石でも王冠でもない。陛下、あなたが真に為政者でありたいなら、ゴミのような貴族の顔色を伺うのはやめなさい。民にパンを与え、教育を与え、そして彼らが自らの足で立てる環境を整えること。それができないのなら、王宮もろとも『再構成』の対象にしますよ」


王は深く、深く首を垂れました。

「……肝に銘じよう。そなたの言う通りだ。これからは、そなたの示した道を国是としよう」


「賢明です。……さあ、帰りましょう。王宮の空気は、どうも私の肺には合わない」


六人は、言葉を失った王と貴族たちを残し、再び夜の静寂へと舞い上がりました。

彼らの向かう先には、魔王が支配する「最も幸福な村」が、温かなパンの香りと共に待っています。





王都や帝国から放たれた「魔王の慈悲」の噂は、大陸中の虐げられた人々にとって唯一の福音となりました。連日、国境を越えて「風の鳴き声の村」を目指す棄民、移民、そして圧政から逃れた亡命者の列が地平線を埋め尽くしました。


「来る者は拒みません。この地を踏んだ瞬間、あなたたちは『家畜』ではなく、自らの足で立つ『民』となります」


パスカルの宣言とともに、かつてののどかな農村は、五十万人規模を収容する大陸最大の「魔導先進都市」へと超スピードで変貌を遂げました。パスカルは『土』『重力』『時空間』の属性を極限まで同調させ、広大な平原に整然と並ぶ大規模な集合住宅群を一夜にして構築しました。


再構成リビルド……。空間拡張術式を組み込み、限られた面積で最大の居住空間を確保します」


建設されたのは、ただの石造りの建物ではありません。冬は地熱を吸い上げ、夏は冷気を循環させる全属性対応の魔導集合住宅です。パスカルはさらに、衛生管理こそが都市の根幹であると考え、街の至る所に合計一千軒もの巨大な公衆浴場を建設しました。


「一千の湯煙は、一千の安らぎです。汚れを落とし、温かな湯に浸かる権利は、王族も元奴隷も等しく持っています」


水属性と火属性の永続術式により、二十四時間絶えることなく清冽な湯が溢れる浴場群。そこでは、昨日まで敵対していた国の者同士が裸で肩を並べ、パスカルたちが各家庭に配った焼き立てのパンを頬張りながら、共通の言葉である「算術」と「読み書き」について語り合っています。


エリンとセーラは、この五十万人の胃袋を支えるため、さらに農地を拡張し、自分のアイテムボックスから最高級の種子と肥料を惜しみなく投じました。

「一億丁のパンが焼けるだけの麦を、数分で実らせてあげるわ。エリン、収穫の風をお願い!」

「了解よ。……この五十万人の空腹、私たちが完全に終わらせてあげる」


ダグラスとトビーは、この膨大な人口を守るための治安維持組織を再編しました。

「いいか! ここには貴族も平民もねえ! 算術ができる奴、パンを美味く焼ける奴、そして家族を守れる奴が偉いんだ!」

ダグラスの豪快な声が響き、トビーは影のように街を駆け、重力属性を応用した防犯網を張り巡らせました。


リナリスは、全属性の感覚を研ぎ澄ませ、移民の中に紛れ込んだスパイや悪徳貴族の手先を『バインドバレット』で音もなく無力化していきます。

「私の家族が住むこの街を、汚すことは許さないわ」


街の中央、百軒から一千軒へと増設されたパン屋の煙突からは、昼夜を問わず香ばしい匂いが立ち上っています。五十万人が住まうこの都市は、もはや一つの国家を超え、既存の為政者たちを戦慄させる「新しい世界の雛形」となりました。


「知識と食糧、そして清潔な暮らし。これらが揃えば、人は二度とゴミのような貴族に縋ることはありません」


パスカルは、一千の浴場から立ち上る湯煙を見下ろしながら、自分のアイテムボックスから最後のエールを取り出しました。

「さあ、ダグラス、トビー。新しい命が生まれる場所を、さらに強固な『聖域』に仕上げましょうか」




王都から二十万人の民が押し寄せ、地平線を埋め尽くす光景を見て、風の鳴き声の村の村長はついにその場に膝をつきました。

「パスカル様、もう限界です……! 五十万人でも手一杯だったところに、さらに二十万人。住居も、開拓したはずの農地も、備蓄していた食糧も、このままでは数日で底を突きます。私の手に負える規模ではありません。どうか、どうかご慈悲を……!」


村長が震える手で差し出した帳簿を、パスカルは受け取ることなく一瞥しました。

「解析は終わっています。村長、あなたはよくやりました。ここからは、個人の管理ではなく、属性魔法による『絶対統治システム』へと移行します。絶望する必要はありません、物理現象として解決するだけです」


パスカルは直ちに、全属性を掌握した仲間たちを「開拓・建設・狩猟」の各専門部隊へと再編しました。


まず建設部隊。パスカルは『重力』と『土』、そして『時空間』の属性を同調させました。

「再構成。高層集合住宅群、内部空間拡張術式展開」

パスカルが大地を叩くと、巨大な石造りの高層建築が、まるで植物が成長するように地中から次々と突き出しました。一棟で一万人を収容し、内部の温度と湿度は全属性魔法で最適化された、最新鋭の魔導都市区画です。


次に農地と食料。エリンとセーラが指揮を執りました。

「エリン、氷結粉砕で岩山を土に変えて! 私が生命の息吹を吹き込むわ!」

「了解よ。……一瞬で千年の肥沃な土壌を作ってあげる」

エリンが氷魔法で周囲の山々を削り、その土砂をセーラが『ライフバレット』で瞬時に完熟した農地へと変貌させます。パスカルはそこに『時間の加速』を加え、一晩で数年分の収穫を可能にする「永久収穫区画」を、以前の十倍の規模で完成させました。


そして狩猟部隊。ダグラス、トビー、リナリスが、周辺の原生林へ向かいました。

「がはは! 二十万人分の肉か、任せとけ! リナリス、追い込め!」

リナリスが『音響属性』で魔獣の群れを誘導し、トビーが『雷属性』の神速で瞬時に気絶させ、ダグラスが氷の刃で解体。一日の狩猟で、巨大な冷凍倉庫が満杯になるほどの肉が確保され、自分のアイテムボックスへと次々に収容されていきました。


パスカルは村の中央広場に立ち、不安に震える二十万人の移住者たちへ宣言しました。

「本日より、全世帯に住居と、一ヶ月分のパン、野菜、エール、肉を無償で支給します。公衆浴場の一千件への増設も完了しました。ただし、条件は一つ。全員、明日から学校へ通い、算術と読み書きを学びなさい。無知は罪であり、この街での生活を困難にします」


村中のパン屋からは、かつてないほど香ばしい匂いが立ち上り、一千の浴場からは湯煙が空を覆いました。村長は、数時間前まで地獄のようだった村が、魔法と組織力によって瞬く間に「約束の地」へと作り変えられた奇跡を、涙ながらに見つめていました。


「これで七十万人の生存圏が確定しました。……さあ、エリン、セーラ。新しい命を迎える準備を続けましょう。この街は、世界で最も安全な揺り籠となるのですから」



二十万人の民が「風の鳴き声の村」へと大移動した結果、かつての王都は静まり返り、深刻な食料不足と経済の崩壊に直面していました。耕す者を失った王都の近隣農地は荒れ果て、残された貴族たちは、金貨があってもパン一つ買えないという皮肉な現実に突きつけられていました。


対照的に、七十万の民を受け入れた「風の鳴き声の村」――今や「魔導都市アイン」へと進化したその場所では、パスカルの主導により、大陸史上かつてない高度な社会システムが構築されようとしていました。


「ただ住まわせるだけでは、人は腐ります。各自が役割を持ち、価値を循環させる『経済の理』を実装しましょう」


パスカルは、街の四方に巨大な「総合専門学校」を設立しました。単なる義務教育の先にある、生きるための技術を叩き込むための聖域です。


調理・飲食部門では、セーラとエリンが各地から集めたレシピをデータ化し、自分のアイテムボックスから提供される最高級の調味料を使いこなすシェフを育成しました。街の中央には、百軒のパン屋を核とした巨大な「美食飲食街」が誕生し、昼夜を問わず香ばしい匂いと活気に包まれました。


医療部門はセーラが統括し、光魔法と最新の解剖学を融合させた臨床試験を導入。どんな難病も数日で完治させる「聖癒師」たちが次々と誕生しました。農業部門では、エリンの風・水魔法による気候制御と、土魔法による土壌改良を学んだ技術者が、以前の十倍の収穫を維持する「永久農地」を管理しました。


服飾・鍛冶・木工部門では、重力属性で素材の密度を高め、雷属性で熱を制御する高度な職人技が伝授されました。ダグラスとトビーは自ら教壇に立ち、家族を守るための「武具鍛冶」と、魔導具を組み込んだ「精密木工」の基礎を指導しました。


さらに、パスカルが最も重視したのは役人(官吏)部門でした。

「不正と無能が国を滅ぼします。算術による透明な会計と、全属性の理に基づいた論理的思考を、次世代の公務員に徹底させます」


こうして、かつてスラムにいた者や、借金で売られた奴隷たちが、今や最新の魔導スーツに身を包み、帳簿を片手に街の運営を担う「知識階級」へと生まれ変わりました。


街には活発な通貨の循環が生まれ、各地の商人が「魔王の街」の富を求めて列をなしました。一千の公衆浴場で一日の疲れを癒し、専門学校で磨いた技術で高給を得て、飲食街で最高のパンとエールを楽しむ。そこには、王都の貴族さえも羨むほどの「文明の頂点」がありました。


「……王都の食料不足は、彼らの『強欲』が生んだ結果です。私たちはただ、正しい知識を分け与え、自立の喜びを教えたに過ぎません」


パスカルは、活気に溢れる美食街の灯りを眺めながら、満足げに目を細めました。

「さあ、インフラは整いました。あとは、私たちの『家族』を迎えるだけです」



七十万人の民がひしめき合い、高度な専門教育と豊かな食糧に満たされた「魔導都市アイン」。しかし、パスカルはその鋭敏な解析能力で、都市の未来に潜む「停滞」の予兆を捉えていました。


「食と住が満たされ、知識を得た民が次に求めるのは、魂の安らぎと次世代への繋がりです。個の孤立は、都市の活力を削ぎ落とします」


パスカルの号令により、街の中央広場に隣接して、巨大なクリスタルで装飾された「縁結びの聖堂・結婚斡旋ギルド」が設立されました。これは単なるお見合いの場ではなく、パスカルが全属性の理を注ぎ込んだ、世界で最も精緻な「魂の適合解析機関」でした。


解析アナライズ……。魔力の波長、性格、志向、そして将来の夢。これら全てを数値化し、最適なパートナーを導き出します」


ギルドの窓口には、王都から逃れてきた独身の男女や、戦争や貧困で伴侶を失った未亡人、そして「魔王の街」での成功を夢見て集まった若者たちが殺到しました。パスカルは、重力属性で情報の重みを整理し、時空間属性で将来の相性をシミュレートする独自のアルゴリズムを開発。


「適合率九十八パーセント。あなたたちは、共にパンを焼き、子供を育てる上で最高の補完関係にあります。……婚姻を承認します」


パスカルの宣告とともに、次々と新しい夫婦が誕生しました。未亡人たちは、以前の悲しみを一千軒の公衆浴場で洗い流し、専門学校で得た技術と、ギルバート商会が提供する安定した経済基盤を武器に、新たなパートナーと共に「第二の人生」へと踏み出しました。


セーラとエリンは、この「結婚ラッシュ」を全面的にバックアップしました。

「新しい門出には、最高の装いが必要です。エリン、服飾学校の生徒たちと一緒に、全属性の輝きを放つウェディングドレスを千着、用意しましょう!」

「了解よ。……自分のアイテムボックスから、王宮でも手に入らない最高級の絹と魔糸を出すわ。一晩で、世界一幸せな花嫁たちを作ってあげる」


ダグラスとトビーも、新婚家庭のために動きました。

「がはは! 二人で住むなら、もっと広い家が必要だな! 建設部隊、新婚特区の増設だ!」

「トビー、防犯とプライバシーの結界も強化しておいたよ。彼らが安心して『家族』を増やせるようにね」


リナリスは、自身のお腹に宿った命を慈しみながら、ギルドを訪れる女性たちに優しく助言を贈りました。

「エルフの私でも、愛の力で奇跡を授かれた。……あなたたちの未来も、きっとこのパンの香りのように温かいものになるわ」


この「結婚斡旋ギルド」の稼働により、都市アインの出生率は爆発的に向上しました。街のあちこちで新しい命の産声が上がり、学校の教室はさらに増設され、活気は頂点に達しました。


「愛と家族という『絆の鎖』こそが、いかなる独裁者や軍隊も壊せない最強の防壁となります」


パスカルは、幸せそうなカップルが溢れる美食街の夜景を眺め、自分のアイテムボックスから最後のエールを飲み干しました。


「さあ、インフラも人口動態も完璧です。……エリン、セーラ。ついに私たちの『家族』が、この世界に触れる時が来ました」



魔導都市アインが、かつてない静寂と緊張に包まれました。七十万の民が固唾を呑んで見守る中、特設された聖なる分娩室にて、ついにその時が訪れたのです。


パスカルは『時空間属性』を極限まで展開し、室内の時間を外界の一秒が永遠に等しいほどに引き延ばしました。

「解析完了。生命の律動、最適化。……苦痛という概念を、この空間から一時的に抹消します」

パスカルの指先から放たれた淡い光が、ミラとリナリスを包み込みました。陣痛の痛みも、出産に伴う出血も、全属性魔法の緻密な制御によって完全に無力化されました。


「おぎゃあ、おぎゃあ……!」


静寂を破ったのは、力強い二つの産声でした。ダグラスとミラの間に生まれたのは、父親譲りの体格の良さを予感させる元気な男の子。そしてトビーとリナリスの間には、透き通るような肌とわずかに尖った耳を持つ、神秘的な美しさを湛えた女の子が誕生しました。


「……生まれた。俺の、俺たちのガキだ……!」

ダグラスは巨大な氷の大槌を放り出し、震える手で赤ん坊を抱き上げ、人目を憚らず号泣しました。トビーもまた、愛おしそうにリナリスの横に座り、小さな娘の指をそっと握りしめました。

「リナリス、ありがとう。……この子の速度を、僕が一生守り抜くよ」


この幸福の絶頂、聖域のような光景を目の当たりにしていたエリンとセーラ。二人の胸中には、祝福の陰で、身を焦がすような強烈な寂しさが押し寄せていました。


エリンは170cmの長身を震わせ、自分の空っぽの両手を見つめました。アイテムボックスに無限の物資を詰め込み、戦場では氷の刃を振るってきたその手が、今はひどく心許なく感じられます。

(……私は、誰を抱きしめればいいの? 私たちの戦いの果てに、私自身の『家族』はどこにあるのかしら……)


セーラもまた、浄化と治癒の光を放ち続けてきた聖なる掌を胸に当て、溢れそうな涙を堪えていました。

(命を救い、育んできたけれど……私の中から生まれる命は、まだどこにもいない。この温かな光景が、どうしてこんなに胸を締め付けるの……?)


二人の魔力の波長が、寂しさに共鳴して微かに乱れました。全属性を掌握したパスカルが、その変化に気づかないはずはありません。


「……エリン、セーラ。寂しさを解析し、抑え込む必要はありません。それは、あなたたちが真に『心』を持つ人間である証拠です」


パスカルは二人の肩にそっと手を置きました。

「魔王と呼ばれ、神の如き力を得ても、私たちは一人では完成しません。……安心しなさい。この都市アインには、適合率の高い魂が、結婚斡旋ギルドを通じて次々と集まっています。あなたたちの寂しさを埋め、共にパンを分け合う『伴侶』を見つけ出すことは、今の私には容易いことです」


パスカルは自分のアイテムボックスから、最高級の、そして最も心を落ち着かせる香りのエールを取り出し、二人に差し出しました。

「まずはこの命の誕生を祝いましょう。そして明日からは、あなたたち自身の『幸福』を解析し、現実にするための旅を始めます。私が、必ず見つけてみせますよ」


エリンとセーラは、パスカルの静かな言葉に導かれ、涙を拭って赤ん坊たちの寝顔を見つめました。

「……そうね。私も、自分のアイテムボックスを『家族』の思い出でいっぱいにしたいわ」

「ええ。私も、誰かのために祈るのではなく、誰かと共に歩む祈りを見つけたいです」



魔導都市アインの静かな夜、エリンとセーラの胸に宿った孤独の種を、パスカルの解析眼が見逃すはずはありませんでした。彼は即座に「結婚斡旋ギルド」の全機能をフル稼働させ、大陸全土のデータベースから二人に相応しい「至高の伴侶」を抽出しました。


「解析完了。エリン、セーラ。あなたたちの魂の欠落を埋める存在を、時空間の彼方から呼び寄せました」


翌朝、街の中央広場に現れた二人の男。一人は、帝国の旧弊を嫌って野に下っていた、伝説の聖騎士カイル。もう一人は、王都の腐敗に絶望し自力で巨大な商圏を築き上げた、若き豪商アルベルトでした。


カイルは、エリンの170cmの長身に見劣りしない堂々たる体躯を持ち、その瞳には戦場を潜り抜けた強さと、弱者を慈しむ深い優しさが同居していました。彼はエリンの前に膝をつき、自らの愛剣を差し出しました。

「エリン殿。あなたの氷のような鋭さと、その裏にある孤独を、私の炎で包み込みたい。共にこの街を守る盾となりませんか?」

カイルの圧倒的な男前ぶりと、自分を凌駕するほどの強大な魔力、そして何より自分を一人の女性として尊ぶ真っ直ぐな思いやりに、エリンの氷の心は一瞬で融解しました。

「……ええ。私の『アイテムボックス』、あなたとの思い出でいっぱいにしたいわ」

エリンは顔を紅潮させ、その強靭な腕に身を委ねました。即惚れでした。


一方、アルベルトはセーラの前に立ち、自分のアイテムボックスから、世界に一つしかない「生命の輝きを増幅する魔導の指輪」を取り出しました。

「セーラ殿。あなたの慈愛は尊い。だが、癒やす側にも癒やしが必要です。私の築いた富と経済力は、すべてあなたの理想を叶えるために使いましょう。一生、あなたを甘やかす準備はできています」

アルベルトの洗練された男前な容姿と、一国を買い取れるほどの経済力、そしてセーラの献身を誰よりも理解する思いやりに、聖女の心は雷に打たれたように震えました。

「……私を、一人の女の子として見てくれるのですね。喜んで、あなたの隣を歩ませてください」

セーラもまた、その温かな包容力に即座に心を奪われました。


パスカルは、二組のカップルが放つ極めて安定した幸福の波長を確認し、満足げに頷きました。

「素晴らしい適合率です。強さ、優しさ、経済力、そして深い思いやり。これらが揃えば、あなたたちの魔力はさらに高次元へと進化するでしょう」


パン屋からは祝福を告げる千個のパンが焼き上がり、一千の公衆浴場にはバラの花びらが浮かべられました。七十万の民は、自分たちを救った聖女と氷の魔女が、ついに真の幸福を掴んだことを涙ながらに祝いました。


「ダグラス、トビー。これで『銀の牙』全員に、守るべき家族が揃いましたね」


パスカルは、最高級のエールを三つのグラスに注ぎました。一つは自分のために、そして二つは新しく仲間となったカイルとアルベルトのために。


「さあ、飲みましょう。これからは『個』の戦いではなく、『家族』という名の不滅の要塞として、この世界を導いていくのですから」

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