第一話 禅僧ミノタウロス
魔界。そこでは、【フォロワー数=魔力】。
影響力こそが法であり、可視化されたフォロワー数がそのまま物理的な破壊力となる。
魔界をさまようホームレスのアドランは、フォロワー数『0』の絶望的な低魔力ゆえに、疲労と空腹から地面に倒れ込み、そのまま意識を失った。
アドランは夢を見た。
目の前に滴り落ちる肉汁、黄金色に焼けた極上のランプ肉。アドランは欲望のままに、その肉塊へとかぶりついた。
「いっ、痛っ!!」
凄まじい激痛と共に目が覚める。
視界が暗い。というか、顔面が何かに挟まれている。
アドランが必死に抵抗して脱出したのは、魔族のケツ筋の間だった。まるで『尻キャメルクラッチ』を喰らっているかのように、顔面を強烈な圧力で締め付けられていたのだ。
見上げれば、そこには筋骨隆々のミノタウロスが、自撮り棒を固定し、不快そうにこちらを見下ろしている。
「人間よ。……なぜ私の尻にかぶりついているのだ。今、朝のルーティン『尻トレと禅の呼吸』をライブ配信中なのだが。放送事故で垢バンされたらどうする」
「あ、いや、空腹に耐えかねて、夢の中で……。俺は今、とっても牛肉が食べたいんです」
「ふむ……煩悩にとらわれた愚かな人間か……」
ミノタウロスは静かに目を閉じ、諭すように言った。
(何言ってんだこのおっさん……。意識高い系か?)
アドランが内心で毒づいていると、ミノタウロスは遠くの丘でたなびく旗を指差した。
「人間よ。あの旗が見えるか」
「……はい。揺らめいてますね」
「何が揺らめいているのだ?」
「え? そりゃあ旗が……いや、つまり風とか大気が動いているんでしょ」
アドランの回答に、ミノタウロスは深く首を振った。
「否! 旗も大気も揺らいでおらぬ! 揺らいでいるのはお主の心だ!」
ミノタウロスは揺るがぬ岩石のような意志で、断定した。その瞳には、理屈を超越した『真理』が宿っている。
アドランにとってその回答は、空腹による幻覚よりもタチの悪い妄言にしか聞こえなかった。
「いや、心とか言われても。僕は『血糖値が揺らいでいる』んです。つまり空腹のせいですよ。」
「貴様は煩悩に蝕まれている。我と共に来い。お前には圧倒的に『禅』が足りていない」
「えっ、ちょ、待っ……! 僕が欲しいのは禅じゃなくて膳! 豪華な食事の方なんですけど! 放せ、この筋肉ダルマ!!」
「もちろん食事も与えてやるぞ、高タンパク低脂質の鶏ササムネ肉をな」
アドランの叫びも虚しく、彼はミノタウロスに引きずられ、さらなる過酷な修行へと連行されていった。
「やめろぉぉぉ! 筋肉のバルクアップより先に、胃袋のビルドアップをさせろぉぉぉ!!」
アドランの叫びは、ミノタウロスの『#禅の修行なう』というハッシュタグと共に、魔界のタイムラインへ虚しく消えていった。




