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非常階段

作者: 不出水
掲載日:2026/02/17

オフィスビルの非常階段というのは、現代社会における最後のフロンティアだと僕は思っている。


大航海時代、人類は未踏の大陸を求めて海を渡った。西部開拓時代、アメリカ人は幌馬車を駆って荒野を目指した。そして令和の日本において、三十一歳の会社員である僕が見つけた未開の地は、十四階と十五階のあいだにあるコンクリートの踊り場だった。スケールの矮小化が著しい。人類の冒険心の衰退を憂うべきかもしれないが、しかしこの踊り場には大西洋にも大平原にもない決定的な美点がある。


誰も来ない。


これだ。これに尽きる。エレベーターが四基もあるビルで、わざわざ非常階段を使う人間は存在しない。建築基準法が定めるから仕方なく存在している空間。設計者ですら「まあ使わないだろうけど法律だからね」と思いながら図面を引いたであろう、およそ人間の営みから見放された空間。そこに僕は毎日の昼休み、百三十円の缶コーヒー(ブラック、無糖)を一本携えて赴くのである。


四十五分間。


誰とも話さなくていい。部下の「課長、ちょっといいですか」に「いいよ」と答えなくていい(よくないときも「いいよ」と言うのが中間管理職の業である)。取引先との会食の日程調整をしなくていい。妙に距離を詰めてくる経理の田中さんの「加藤さんってお昼いつもどこで食べてるんですかぁ?」を躱さなくていい。ここでは僕は課長でも部下でも取引先の犬でもない。ただの加藤修一、三十一歳、特技は非常階段で缶コーヒーを飲むこと。履歴書に書いたら確実に落ちる特技だが、僕にとってはTOEIC八五〇点より価値がある。


(ちなみにTOEICは六二〇点である。価値の比較対象としてそもそも不適切だったかもしれない)



§



その日も、十二時十五分にデスクを離れた。自販機でブラックのコーヒーを一本買い、非常階段のドアを開けた。


泣いている女がいた。


踊り場の隅に、膝を抱えるようにして座っている。灰色のカーディガンに包まれた背中が小さく震えていた。声は出ていない。声を出さずに泣くというのは技術がいる。少なくとも僕にはできない。僕が泣くときは基本的にみっともない。鼻水が出るし嗚咽が漏れるしで、人前では絶対にやりたくない類の生理現象だ。その点、この人の泣き方には抑制が効いていた。静かに、しかし確実に、何かが溢れている。蛇口を締めきれていない洗面台のような泣き方だった。


ドアの蝶番が軋む音で彼女が顔を上げた。


目が合った。

赤い目。赤い鼻の頭。少し崩れた化粧。年齢は僕と同じくらいか少し下か。見覚えはない。このビルには複数の会社が入っているから、別のフロアの人間だろう。

気まずい。

これは非常に気まずい。僕のサンクチュアリに先客がいるという事態も初めてだが、その先客が泣いているとなると気まずさの次元が違う。コンビニに入ったら店員が号泣していたくらいの気まずさだ。


「すみません」


彼女が慌てて立ち上がった。膝に乗せていたハンカチが落ちた。薄いピンク色の、アイロンがちゃんとかかったハンカチだった。こういう細部を僕は無意味に観察してしまう。


「すぐ出ます。ここ、使いますよね」

「いや」


なぜか僕は言った。


「こっちこそ」


こっちこそ、とは何だ。何に対しての「こっちこそ」なのか。日本語として成立していない。しかし僕の身体は脳の制止を無視してドアを閉め、彼女の隣に——一人分の隙間を空けて——座った。


理性は「帰れ」と言っていた。面倒事に首を突っ込むな、他人の涙ほど手に余るものはない、お前の昼休みの平穏を守れ、と。至極まっとうな判断である。僕もそう思う。思った上で、座った。缶コーヒーのプルタブを開けた。カシュ、という小さな音が階段室に響いた。やけに大きく聞こえた。


何も言わなかった。


というか何を言えばいいのかわからなかった。「大丈夫ですか」は明らかに大丈夫じゃないときに投げるには無神経すぎる。「何かあったんですか」は他人の事情に土足で踏み込む行為だ。「泣きたいときは泣いていいんですよ」は僕が言うとどう計算しても胡散臭いカウンセラーにしかならない。結果、黙っているのが最適解だった。コミュニケーション能力の欠如が奇跡的に正解を引き当てるケースもある。

五分、いや十分が経った。彼女の鼻をすする音の間隔が長くなっていった。空調のかすかな唸り。どこか遠くの階でドアが開閉する金属音。それだけが二人のあいだを満たしていた。


「ここ、いい場所ですね」


彼女が言った。声はまだ湿っていたが、さっきよりずっと落ち着いていた。


「誰も来ぉへんと思てました」

「僕もそう思ってました」


コーヒーを一口飲んだ。ぬるくなっていた。


「……穴場だったんですけどね」


これは独り言のつもりだった。だが彼女は小さく笑った。ふ、と鼻から抜けるような笑い方。泣いた直後にこういう笑い方ができる人間を、僕は基本的に信用する。


「お邪魔してすみません」

「邪魔じゃないです。驚いただけで」

「そら驚きますよね。非常階段で泣いてる女おったら」


自分の状況を客観的に描写できている時点で、この人はもう大丈夫だろうと思った。あるいはそう思いたかっただけかもしれないが。


「十二階の大島です」


彼女が唐突に名乗った。想定外の展開だった。非常階段で泣いている人と名刺交換的なやりとりをするマニュアルは僕の人生経験に存在しない。


「……十四階の加藤です」


名乗り返してしまった。名前を交換するということは、次に会ったときに「他人」でいられなくなるということだ。赤の他人の涙は無視できるが、名前を知っている人間の涙は無視が難しい。これは社会契約の一種だ。ルソーも言っている。言ってないかもしれないが、言っていてもおかしくはない。


(おかしい)


「加藤さんは、ここよく来るんですか」

「ほぼ毎日」

「毎日」


大島さんは少し目を丸くした。黒目がちの目だった。泣いたあとで充血しているのに、黒目の大きさのせいでどこか幼い印象を受ける。僕は観察をやめろ、と自分に言った。聞かなかった。


「贅沢ですね」

「コンクリートの階段で缶コーヒーを飲むことがですか」

「誰にも邪魔されへん場所を持ってることが」


僕は返す言葉を探したが、在庫切れだった。確かに贅沢なのかもしれない。孤独を享受するための空間を持てるというのは、裏を返せば「逃げ場がある」ということだ。逃げ場のない人間からすれば、それは贅沢だろう。


十二時五十五分。昼休みの終わりだ。僕は空き缶を持って立ち上がった。


「じゃあ」

「はい。……ありがとうございました」


何に対する礼なのか。何もしていない。隣に座って、ぬるいコーヒーを飲んでいただけだ。それを感謝されると、なんだか詐欺の片棒を担いだような後ろめたさがある。


ドアを開けて十四階のフロアに戻った。蛍光灯の白い光が目に刺さった。田中さんが「あ、加藤さんおかえりなさーい」と手を振った。


日常の非常階段側と、非常階段の日常側。僕はそのあいだにあるドアを一枚、閉めた。



§



翌日、僕は自動販売機の前で五秒ほど硬直した。


いつもは一本。ブラック、無糖、百三十円。これは確定された日課であり、僕の昼休みにおける唯一の経済活動であり、ルーティンを乱すことは精神の安定を乱すことと同義である。


僕は二本買った。


もう一本は微糖にした。根拠はない。本当にない。しいて言えば——大島さんは微糖を飲みそうだ、と思った。直感だ。非科学的にもほどがある。MBTI診断で相手の缶コーヒーの好みを推測しているようなものだ。そんな診断項目はない。


非常階段のドアを開けた。


誰もいなかった。


当然だ。昨日はたまたまだ。彼女には彼女の昼休みがあり、毎日泣く理由があるわけでもないし、あってたまるか。非常階段で二日連続同じ人間に会うなどというのはラブコメのご都合主義であって現実では起きない。


僕はいつもの場所に座り、ブラックを開けた。微糖はジャケットのポケットに入れたまま、視界の端でじっとりと存在感を主張していた。百三十円の自意識過剰な缶。お前は何を期待しているんだ。いや、期待しているのは缶ではなく僕のほうだった。


午後の会議で微糖を飲んだ。甘すぎた。僕はブラック派の人間なのだ。本来は。



§



三日後の木曜日。


ドアを開けた。大島さんがいた。


今度は泣いていなかった。踊り場の壁にもたれて座り、文庫本を開いている。表紙は見えなかったが、かなり読み込まれた形跡のある本だった。背表紙が白く折れている。


僕を見上げて、軽く会釈。


「こんにちは」

「こんにちは」


隣に座った。前回と同じ、一人分の間隔。ポケットには缶コーヒーが二本入っている。もちろん今日も二本買ってきた。というか、正直に白状すると、あの日から毎日二本買っている。彼女がいなかった二日間も、僕のポケットには常に微糖が存在した。無駄になった微糖は午後の会議で消費された。甘すぎた。毎回甘すぎた。


「よかったら」


微糖の缶を差し出した。さりげなく。息をするように自然に。三日間のリハーサルの成果である。


大島さんは缶を見て、少し目を瞬かせた。


「微糖。好きなんです」


勝った、と思った。何に勝ったのかは不明だが、とにかく勝った。根拠のない直感がたまたま正解を引き当てたに過ぎないのだが、こういう些細な偶然の一致に人は意味を見出してしまう。星座占いが廃れない理由と同じ構造だ。


「ありがとうございます。……毎回二本買ってるんですか?」

「いや。今日だけ」


嘘である。三日連続で買っている。微糖の缶に費やした三百九十円は、僕の虚栄心のために支払われた。その事実を大島さんが知ることは、僕が生きている限りない。墓まで持っていく。三百九十円の秘密を。


(スケールが小さすぎて墓が泣く)


二人はそれぞれの缶を開けた。カシュ、カシュ、と二つの小さな音が重なった。大島さんは文庫本を膝の上に伏せた。背表紙がちらりと見えた。タイトルは確認できなかったが、出版社のロゴから推測するに——いや、やめておこう。人の読書傾向を探るのは思想調査に等しい。


しばらく黙って飲んだ。沈黙だった。しかし前回の沈黙とは質が違う。あのときの沈黙は氷だった。今日のそれは——なんだろう、ぬるい風呂、くらいの温度感だ。特別に心地よいわけではないが、出たくもない。


「今日は泣いてないんですね」


言ってしまってから「余計なことを」と脳の全領域が警告を発した。わざわざ蒸し返すな。泣いていた事実に言及するな。デリカシーのパラメータがゼロか。


しかし大島さんは気にした様子もなく、


「泣きたい日と、そうでもない日があるんで」

「今日はそうでもない日」

「そうでもない日ですね」


それきり、また沈黙。ぬるい風呂パート2。僕はコーヒーを飲み、大島さんはコーヒーを飲み、コンクリートの壁は何も言わなかった。コンクリートは偉い。余計なことを言わない。僕も見習うべきだ。



§



非常階段で会う、という行為に名前をつけるのは難しい。


「待ち合わせ」ではない。約束をしたことは一度もなかった。「偶然」でもない。僕は毎日二本の缶コーヒーを買い、彼女は——おそらく——同じ時間にあのドアを開けている。偶然を装った必然。あるいは必然を装った偶然。どちらにせよ、僕たちはあの踊り場で不定期に顔を合わせることを、互いに了承していた。了承という言葉も正確ではない。明示的な同意があったわけではない。ただ、会えばコーヒーを飲み、会わなければ一人で飲む。それだけのことだった。


火曜日に会えても水曜日にはいない。金曜日に二日連続で会ったかと思えば翌週はまるっきり姿を見せない。この不規則性が、かえって僕を落ち着かなくさせた。規則性があれば予測できる。予測できれば期待も失望もコントロール下に置ける。しかしランダムである以上、ドアを開けるたびに「いるかいないか」の二択が僕を待ち受けた。シュレーディンガーの非常階段。量子力学を昼休みの缶コーヒーに適用するのは明らかに不当だが、ドアを開けるまで確定しないという構造は同じだ。(同じではない)


大島さんがいた日の缶コーヒーは美味かった。いなかった日の微糖は甘すぎた。この差は客観的に存在しない。同じメーカーの同じ商品だ。品質にばらつきはない。差があるのは僕の側である。認知が味覚を規定するという話なら、これはもう科学ではなく文学の領域だ。

(文学というほど高尚なものでもない。三十一歳の独身男が缶コーヒーの味に一喜一憂しているだけだ)



§



少しずつ、会話が増えた。


大島さんは十二階に入っているウェブ制作会社のデザイナーだった。入社三年目。出身は大阪の豊中。猫を一匹飼っている。名前は「ぬか」。


「ぬか」

「ぬかです」

「なんで」

「糠漬け作ってるときに拾てん」

「……因果関係がわからないんですが」

「マンションの裏に段ボール入った子猫おって、それがにゃーにゃーいう野に気づいて拾たんがちょうど糠漬けかき混ぜてるときやってん。手ぇ糠まみれのまま拾ったから、猫も糠まみれになってもうて」

「それで名前がぬか」

「そう。ぬかまみれの出会いやったから」


僕は笑った。声に出して、腹の底から。自分の笑い声が階段室に反響して、思っていたよりずっと大きかった。最後にこんなふうに笑ったのがいつだったか思い出せなかった。少なくとも十四階のオフィスではありえない。あそこでの僕の笑いは、取引先のつまらないジョークに対する社交辞令的な息の漏出に過ぎない。


「そんなおもろいですか」

「いえ、すみません。なんか……久しぶりにちゃんと笑った気がして」


大島さんは少し首を傾けて僕を見た。そのときの表情を、僕はうまく言語化できない。できないのだが、強いて言えば——嬉しそう、だったと思う。自分の話で人が笑ったことが嬉しいのか、それとも別の何かなのかはわからない。わからないが、その表情は僕のどこかに保存された。無許可で。自動バックアップ。


大島さんの方は、僕のことをあまり聞かなかった。僕が十四階の機械部品メーカーの課長であること、勤続九年目であること。それくらいを話しただけだ。彼女はそれ以上を求めなかったし、僕もそれ以上を差し出さなかった。あの踊り場では、差し出さなくていいものは差し出さないでいられた。


あの日なぜ泣いていたのかも、聞いていない。


一度だけ、大島さんの方からそれに触れたことがあった。


「あの日は、ちょっといろいろ重なって」

「うん」

「でも大したことちゃうかったと思う。たぶん。大したことないのに泣けてくる日って、ないですか」

「あります」


嘘じゃなかった。僕の場合は泣くかわりにこの踊り場に来るだけの違いだ。涙のかわりにブラックコーヒー。代替行為としてはカフェインの過剰摂取につながるので医学的にはどうかと思うが、泣くよりはましだと自分に言い聞かせている。



§



ある日、大島さんが踊り場に座ったまま天井を見上げていた。コンクリートの無愛想な天井だ。蛍光灯すらない。非常灯の薄い緑色が階段室をぼんやりと照らしているだけの、装飾性ゼロの空間。見上げたところで何も見えない。星も見えなければ天使のフレスコ画もない。ミケランジェロが見たら泣く天井だ。


「加藤さん」

「はい」

「ここって、非常階段じゃないですか」

「見てのとおりですね」

「非常時に使う場所で、日常を過ごしてるって、おかしいですよね」


僕はコーヒーの缶を口元で止めた。


「でも」と大島さんは続けた。


「私にとっては逆なんかもしれへん。日常が非常で、ここが日常なんかも」


この人は時々こういうことを言う。何気ない口調で、するりと。本人は大したことを言ったつもりがないのかもしれない。しかし僕にとってはコンクリートの壁に釘を打たれたような感覚だった。刺さって、抜けない。


だって、同じだった。


十四階のオフィスで「課長」として過ごす八時間のほうが非常事態で、このコンクリートの踊り場の四十五分のほうが本来の自分に近い。そのことを、大島さんは何気ない一言で完璧に記述してみせた。僕が九年かけて言語化できなかったことを。


「自分もそうかもしれない」

「せやろ」


大島さんは天井から視線を下ろし、僕を見て笑った。何かが共有された瞬間の笑みだった。僕はその笑みに対して、適切なリアクションを返すことができなかった。缶コーヒーをもう一口飲んだ。ぬるかった。いつもぬるい。この踊り場で飲むコーヒーは常にぬるくなる。それでも不味いと思ったことがない。



§



秋が来た。


階段室の空気が冷えた。コンクリートというのは蓄冷性能に優れた素材で(今適当に言った。物理的根拠はない)、外気温の低下を忠実に、むしろ増幅して室内に伝える。座っていると尻が冷たい。冷たさが尾骨から背骨を伝い、延髄あたりまで到達する。人体冷却の効率としては見事だが、快適さという観点では零点だ。


百円ショップで折り畳みの座布団を二枚買った。


二枚。


一枚は自分用、一枚は大島さん用。合計二百二十円(税込)。缶コーヒーを毎日二本買い始めたときもそうだったが、僕は「二つ」を買うことに対する心理的障壁が異様に低くなっている。いつからだ。いつから僕は自分の行動のデフォルト設定を「一人分」から「二人分」に変更したんだ。OSのアップデートを承認した覚えがない。


大島さんに座布団を渡した。彼女はそれを受け取って、一瞬、動きを止めた。


「……こういうのに弱いんです」

「座布団に?」

「さりげない気遣いに」


その目がうっすらと潤んでいるのに気づいて、僕は慌てて缶コーヒーを飲んだ。ぬるかった。いつもどおりぬるかった。「さりげない」のではない。さりげなさを装っているだけで、実態は三日前から百円ショップのどの座布団がいいか悩んだ結果である。紺とベージュとグレーで迷い、最終的にグレーを選んだ。コンクリートの床と同系色のほうが目立たなくていいだろう、という判断だった。目立たなくていい、と考えている時点で「さりげなさ」は完全に設計されたものであり、それを「さりげない」と受け取ってもらえたのは僥倖という他ない。

二百二十円の僥倖。僕の日常は一貫してスケールが小さい。



§



冬になった。


非常階段は極寒だった。吐く息が白い。コンクリートが冷蔵庫の内壁と化していた。座布団ごときでは尻の冷たさを遮断できない。大島さんはマフラーを巻き、手袋をしたまま微糖の缶を握った。僕はコートの襟を立て、ブラックの缶を握った。指先が冷たい。缶だけが頼りない温度を保っている。その温度も五分で消える。


「寒いですね」

「寒い」

「なんでここにおるんでしょうね、私ら」

「さあ」


本当にわからなかった——と言いたいところだが、嘘をつくのはやめよう。わかっていた。もうとっくにわかっていた。僕がこの極寒の踊り場に毎日通う理由は、孤独の享受ではなくなっていた。百三十円のブラックコーヒーを美味いと感じるためでもなかった。


大島さんがいるからだ。


この至極単純な事実を認めるのに、僕は数ヶ月を要した。人類は火の発見に数十万年かけたらしいから、それに比べれば早いほうだ。


しかし、認めることと言葉にすることのあいだには、マリアナ海溝より深い隔たりがある。言葉にすると変わってしまうものがある。この関係は——名前をつけた瞬間に、何か大切な均衡が崩れるような気がした。今の僕たちは、友人未満、他人以上、恋人ではなく、同僚でもなく、強いて言えば「同じ踊り場の住人」とでも呼ぶべき、既存のカテゴリのどこにも収まらない何かだった。そしてその「どこにも収まらなさ」こそが、この関係の核心であるように思えた。


名前のないものは、壊れにくい。名前をつけると、その名前にふさわしい振る舞いを互いに求め始める。「友人」と名付ければ友人らしく、「恋人」と名付ければ恋人らしく。僕はそのどちらも求めていなかった。ただ、この踊り場で隣に座って缶コーヒーを飲む、それだけの関係を続けたかった。


持続可能性。そう、これはSDGsの問題だ。Sustainable Development Goals。持続可能な開発目標。国連が掲げた人類共通の理念。その十七番目のゴール——パートナーシップで目標を達成しよう。いや、僕たちのパートナーシップの目標は「非常階段で缶コーヒーを飲み続けること」なので、国連の想定とはだいぶ違う。



§



年が明けた。一月の、特に寒い日だった。


大島さんが言った。


「加藤さん、私、来月でこのビル出るんです」


缶コーヒーを持つ手が止まった。ブラックの液面が小さく揺れたのが見えた。


「転職?」

「はい。名古屋の会社に」

「名古屋」


口の中で反復した。名古屋。愛知県名古屋市。人口約二百三十万。味噌カツ、手羽先、名古屋城。東京からの距離、約三百五十キロ。新幹線で一時間半。情報としては知っている。だが、その三百五十キロという数字が、今この瞬間、尋常でない重量を持って僕の腹の底に沈んだ。


この踊り場から名古屋は——地球の裏側より遠い。なぜなら、この関係は物理的距離の近さによって成立しているからだ。十四階と十二階。エレベーターで二フロア。非常階段で二十八段。その距離でしか存在できない関係だった。名古屋に非常階段はあるだろう。だがそこに僕はいない。


「あの」と大島さんが言いかけて、やめた。


「なに」

「……ううん。なんでもない」


嘘だろう。なんでもないわけがない。「あの」の後に続くはずだった言葉が、喉の手前で引き返したのが見えた。僕にだってわかる。わかるが、僕もまた自分の喉の奥にある言葉を引き出すことができなかった。


行くな。


その二文字が喉に詰まっていた。物理的に。嚥下もできず吐き出すこともできず、ただそこにあった。「行くな」。こんな身勝手な言葉を他人に投げる権利が僕にあるのか。ない。僕たちは友人ですらない。名前のない関係の名前のない構成員Aが構成員Bに「行くな」と言う根拠がどこにある。ない。


コーヒーを飲み干した。空の缶を両手で握った。アルミがぺこりと凹んだ。百三十円の缶の強度は、僕の握力に対して脆弱だった。



§



大島さんがビルを去る最後の日は、二月の終わりだった。


僕は十二時十五分にデスクを離れ、自販機で缶コーヒーを二本買い、非常階段のドアを開けた。大島さんがいた。最後の日も、いつもの場所に、いつもの姿勢で。座布団を敷いて、壁にもたれて。ただ文庫本は持っていなかった。手持ち無沙汰に自分の指先を見つめていた。


隣に座った。缶を渡した。微糖。いつもと同じ。


「半年でしたね」

「そうだな」

「短かったような、長かったような」

「長かった」


即答したら、大島さんが横を向いた。こちらの方を向いたのではなく、反対側を向いた。


「……そう言ってくれると、嬉しいです」


声が少しだけ震えていた。少しだけ。大島さんは泣くのが上手い人だ。上手いというのは語弊があるか。抑制できる人、と言うべきか。初めて会ったあの日もそうだった。声を出さずに、静かに泣ける人。


しばらく、二人とも缶を開けなかった。開けたら始まってしまう。最後の一本を開けたら、最後の四十五分が始まってしまう。そんな合理性のない迷信に支配されて、僕たちはアルミの缶を握ったまま黙っていた。


大島さんがプルタブに指をかけた。カシュ。僕も続いた。カシュ。二つの音が重なった。初めてここで二人でコーヒーを飲んだ日も、こうだった。


「加藤さん」

「はい」

「ここでは泣いてもいいし、黙っててもいい。……そういう場所って、場所そのものが作るんやなくて、一緒におる相手が作るんやと思います」


関西弁がいつもより濃かった。感情が高ぶると方言が出る人なのだと、半年の付き合いで知っていた。


「自分も……そう思う」


精一杯だった。ほんとうはもっと言いたいことがあった。行くな、とか。名古屋は遠い、とか。あるいは——もっと前に言うべきだったことが山ほどあった。「好きです」とか。いや、「好き」という言葉が正確なのかもわからない。好きなのか。好きなんだろう。たぶん。おそらく。九割九分。残りの一分は「好き」という言葉のスケールが足りないのではないかという不安で構成されている。僕が大島さんに対して抱いている感情は、「好き」と呼ぶには静かすぎて、しかし「好き」以外の何と呼べばいいのかわからない、そういう代物だった。


(好きです。すみません、やっぱり好きです)


大島さんが立ち上がった。スカートについたコンクリートの粉を手で払った。半年間で何十回と見た動作だ。立ち上がるたびに必ずそうする。律儀な人だ。その律儀さが僕はずっと好きだった。


「缶コーヒー、ごちそうさまでした。半年分」

「百三十円の微糖ですけどね」

「世界一おいしい微糖でした」


ずるい。そういうことをさらっと言うのはずるい。


大島さんは笑った。泣いてはいなかった。半年前、この場所で初めて会ったあの日の涙を思い出した。あのとき何も聞かなかったことを後悔しているかと自問すれば、していない。聞かなかったことで守られたものがあると思う。ただ——もし聞いていたら何かが変わっていたのかと、ほんの少しだけ考えることはある。考えても詮ないことだが。


大島さんがドアに手をかけた。錆びた取っ手の金属音。何度も聞いた音だ。


「加藤さん」

「はい」

「名古屋にも非常階段、ありますかね」


心臓が跳ねた。自分が言おうとしていたことを——正確には、言おうとして言えなかったことを——彼女が言った。


「あるだろうけど」

「けど?」

「缶コーヒーの味は、ここと同じじゃないかもしれない」


われながら回りくどい。絶望的に回りくどい。「僕がいないと美味くないだろう」と言いたいのだ、要するに。それを缶コーヒーの味に託すな。自動販売機に責任を転嫁するな。だが僕の言語能力はこの期に及んでこの程度だった。TOEIC六二〇点の男に何を期待しているのか。(TOEICは関係ない)


大島さんが振り返った。その目が、赤かった。初めて会ったあの日と同じ赤さ。でも涙は落ちていなかった。唇を軽く噛んで、必死に堰き止めているのがわかった。


「加藤さんが持ってきてくれたら、同じ味になると思いますけど」


沈黙。


一秒。二秒。三秒。


理性が言っている。黙れ。考えろ。名古屋は遠い。週末ごとに新幹線に乗るのか。交通費はいくらかかる。片道一万円強。往復二万円超。月に四回で八万。年間で約百万。持続可能性はあるのか。SDGsの観点から——


知るか。


「名古屋、新幹線で何分だっけ」

「一時間半です」

「近いな」

「近いですよ」


大島さんが笑った。泣きながら。泣きながら笑っていた。涙がぽろぽろ落ちて、それでも口元は笑っている。声を出さずに泣ける人が声を殺しきれずに泣いていた。この矛盾に満ちた表情を美しいと思った。美しい、と思うことを今さら隠す気力もなかった。


非常階段のドアが閉まった。大島さんがフロアに戻っていった。


踊り場に僕だけが残った。コンクリートの壁。非常灯の薄緑の光。空の缶が二本。ブラックと微糖。グレーの座布団が二枚。


明日からここには一人分の座布団しか要らない。缶コーヒーも一本でいい。あの甘すぎる微糖を午後の会議で飲む必要もない。僕の昼休みは元の状態に復元される。半年前の、完璧な孤独に。


——ポケットの中でスマートフォンが震えた。


大島さんからのメッセージだった。


《新幹線、のぞみなら一時間半です。こだまだと二時間四十分。こだまのほうが好きです。ゆっくりやから》


僕はスマートフォンを握ったまま、しばらく動けなかった。こだま。各駅停車の新幹線。のぞみなら一時間半で着くところを二時間四十分かける、効率という概念を嘲笑うかのような乗り物。


好きに決まっている。


僕だって、こだまのほうが好きだ。会いに行くまでの時間が長いほうがいい。期待と不安をゆっくり味わいたい。非常階段のドアを開ける前の一瞬——大島さんがいるかいないかがまだ確定していないあの量子力学的な一瞬——を、できるだけ引き延ばしたい。


僕は返信を打った。


《こだまにします。缶コーヒーは何本持っていけばいいですか》


三秒で既読がついた。


《微糖を100本》

《破産します》

《ほな50本で》

《値切り方がおかしい》

《ほな1本でええです。その代わり、いつものやつを、加藤さんが持ってきてください。じぶんが持ってきてくれる微糖がええねん》


僕は九年間の会社人生で初めて、昼休みの残り時間をトイレの個室で過ごした。

泣いていたからだ。

声を殺すのが下手な僕は、たぶん隣の個室にも聞こえていた。聞こえていたらすまない。大したことではない。大したことではないのに泣けてくる日が、あるのだ。

非常階段ではない場所で泣いたのは久しぶりだった。


でもまあ、トイレの個室も、誰も来ないという点では非常階段に似ている。持続可能性は低いが、今日のところはこれでいい。


来週末は名古屋だ。缶コーヒーを一本、ポケットに入れて。微糖の。百三十円の。世界一美味いやつを。


こだまで。

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