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 街の掲示板で見つけたのは、王宮の求人だけではなかった。  その横に貼られていた、派手な装飾のポスター。それが、私の「記者としての勘」をざわりと撫でたのだ。


【祝・ガットン商会 子息婚約披露舞踏会】 【身分不問・参加自由。我が商会の未来を祝う全ての民に、美酒と食事を振る舞わん】


「……身分不問の舞踏会、ねぇ」


 私は路地裏の木箱に腰掛け、硬い黒パンをかじりながら呟いた。  この世界――サターニャ王国の社会構造は、厳格な身分制だ。貴族と平民の間には、天と地ほどの差がある。  それなのに、一介の商会が「誰でも参加OK」の大盤振る舞い?   そんな美味い話が転がっている裏には、たいてい腐った土台があるものだ。


『ガットン商会……。ああ、覚えています』


 脳内で、サーシャの声が響く。彼女は懐かしむような、どこか安堵したような声色だった。


『会長のガットン氏は、とてもふくよかで、いつもニコニコされている方でした。孤児院への寄付も熱心で、平民にも貴族にも分け隔てなく接する、「商人の鑑」のような方だと父様も仰っていましたわ』


「へえ。聖人君子ってわけ?」 『はい。きっと、ご子息の婚約がよほど嬉しくて、皆に幸せを分け与えたいのでしょうね』


 サーシャの感想は、あまりにも純粋で、そして甘い。  私は最後の一口を胃に流し込み、冷笑を浮かべた。


「あのね、お嬢様。これまでの取材経験から言わせてもらうと、『誰にでも優しい』人間なんてのは二種類しかいないの」 『二種類……ですか?』 「1つは、裏で何かを企んでいるか。もう1つは、他人を自分と同じ人間だと思っていない――つまり、家畜も人間も等しく愛でる飼い主気取りの傲慢者よ」


 どちらにせよ、この舞踏会は使える。  王宮に潜入する前に、まずは「サーシャ・ブランチェス」としての立ち居振る舞いを身体に思い出させる必要がある。リハビリの場としては最適だし、何より人が集まる場所には情報が集まる。  今の王都の情勢、ウィリアムス皇子の評判、そして私の死についての噂。  それらを探るには、酒が入って口が軽くなった人間たちの群れに飛び込むのが一番だ。


 私は立ち上がり、先ほど銀貨を手に入れた古着屋へと戻った。


                ******


「あんた、正気かい?」


 古着屋の女主人は、呆れ果てた顔で私を見ていた。  店先に吊るされた埃っぽい服の隙間から、その鋭い視線が私を射抜く。


「ガットン商会の舞踏会に行きたいだって? やめときな。あそこは平民がのこのこ出向いていい場所じゃないよ」


 彼女は、私の頼みを一蹴した。  私は食い下がる。 「でも、ポスターには『身分不問』と書いてありました。誰でも歓迎だと」


「書き言葉と世間は違うんだよ」


 女主人は鼻を鳴らし、手に持っていた衣類の修繕を続けた。 「『身分不問』なんてのは、貴族様たちの余興さ。着飾った平民を会場の隅に立たせて、『見てごらん、猿が服を着ているよ』って笑いものにするためのね。あんたみたいな華奢な娘が行けば、恥をかかされるか、酔っぱらいの慰み者にされるのがオチさ」


 なるほど。至極まっとうな忠告だ。  この女主人は、口は悪いが根は悪くないらしい。  だが、ここで引くわけにはいかない。


「……それでも、行きたいんです」


 私は視線を落とし、少しだけ声を震わせてみせた。演技パフォーマンスの時間だ。


「私、田舎から出てきたばかりで……もう三日もまともな食事をしていないんです。あそこに行けば、タダでご飯が食べられるって聞いて……。恥をかかされても構いません。お腹いっぱい、温かいスープが飲みたいんです」


『さ、さやかさん!? すごい……まるで本当に可哀想な子みたいです!』 (静かに。今は集中してるの)


 私の「空腹の少女」アピールに、女主人の手が止まった。  彼女は眉間の皺を深くし、ため息をついた。 「……はぁ。まったく、これだから田舎者は」


 彼女はカウンターの奥へと消え、やがて一着のドレスを抱えて戻ってきた。  それは、少しくすんだワインレッドのドレスだった。  最新の流行ではないし、裾や袖口には何度も修繕された跡がある。だが、生地自体は上質なベルベットで、何より丁寧に手入れされていた。


「……これは?」 「あたしが若い頃に着ていた古着さ。少し古臭いが、その茶色のボロ布よりはマシだろうよ」


 女主人はぶっきらぼうにドレスを私に押し付けた。


「貸してやるだけだ。汚したり破いたりしたら、身体で払ってもらうからね」 「……いいんですか? お金、もうほとんど残ってないのに」 「これも何かの縁さ。それに……」


 彼女は私の顔――いや、布で隠した目元をじっと見た。 「あんた、いい目をしている。飢えてるけど、死んでない目だ。そういう奴には、たまには幸運があってもいいだろうさ」


 私はドレスを受け取り、深々と頭を下げた。  前世でも今世でも、こういう無償の善意には弱い。  さらに女主人は、「顔を隠すんだろう?」と言って、黒いドミノマスク(仮面)まで貸してくれた。舞踏会では仮面をつけるのが最近の流行りではないらしいが最近の舞踏会では特段指摘もされないということだった。これで「死んだはずの悪役令嬢」の顔を隠せる。


 店の奥を借りて着替える。  鏡に映った自分の姿に、私は息を呑んだ。  ワインレッドのドレスは、サーシャの白い肌と、紫がかった金髪に見事に調和していた。  古びたデザインが、逆に没落した名家の令嬢のような、退廃的な美しさを醸し出している。


『わあ……! 素敵です、さやかさん! これなら、どこの夜会に出ても恥ずかしくありません!』 (……馬子にも衣装、ね。中身は三十路の記者だけど)


 仮面をつける。  鏡の中の少女が、妖しく微笑み返した。  準備は整った。


「行ってきます、おばさん。……ありがとう」 「ふん。さっさと行っちまいな。」


 私は店を出て、夜の帳が下りた大通りへと歩き出した。


                ******


 ガットン商会の屋敷は、街の一等地にあった。  屋敷というよりは、小規模な城だ。  門の前には数えきれないほどの馬車が列をなし、着飾った貴族たちが降りてくる。その脇を、私のような平民(に見える人々)が、遠慮がちに、しかし期待に目を輝かせて潜り抜けていく。


 会場から漏れ聞こえる弦楽器の音色。  漂ってくる肉を焼く匂いと、香水の香り。  華やかだ。だが、私の肌感覚が警報を鳴らしている。


(……変ね)


 私は門柱の影で足を止めた。  警備が、妙に厳重だ。 「誰でも歓迎」と謳っている割には、門番たちが客の顔をじろじろと見定め、何かを確認している。  そして何より、会場から出てくる客が一人もいない。  普通、こういうパーティーは入れ替わり立ち替わり人が動くものだ。まるで、一度入ったら出られない蟻地獄のよう。


『さやかさん? どうしました?』 「……サーシャ。このガットン商会の息子、婚約相手はどこの誰か知ってる?」 『いえ、詳しくは……。男爵令嬢としか聞いていました』


 ありがちなことだろうけど何か不穏なきがした。  商人の息子と、男爵女性。  そして「身分不問」で平民を集める、異様な舞踏会。


「ふふ、匂うわね」


 私は仮面の位置を直し、背筋を伸ばした。  煌びやかなドレスと香水の下に隠された、ドス黒い陰謀の匂いがする。


「行きましょう。毒を食らわば皿まで。ただ飯の代償に、1つネタを掴んでやるわ」


 私は招待状も持たず、堂々と正面ゲートへと足を踏み入れた。  亡霊ゴーストと記者の、最初の潜入取材が始まる。

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