これまで
時は明治、西南戦争すら起こっておらぬ
西暦1775年(明治8年)
――――反吐が出る。――――
人のみならず猫や犬も寄りつかぬ、悲鳴ですら吸い取ってしまい、稲妻の閃光が一瞬辺りを照らす様な豪雨の夜。
薄まってゆく血溜まりを見つめ、ずぶ濡れになりながらこう思った。
――――刃が身を貫く感覚 その刃から身を伝い流れ手を染めるドロっとした赤黒い体液 叫び声を雨に掻き消され、倒れのたうち回り、血反吐を吐きながら、なんで俺がこんな目に。誰か助けて。死にたくない等と涙を流し喚く姿 そしてそんな戯けたことも言えなくなるくらい呼吸が小さくなっていき、やがて動かくなり、ただ濡れる冷たい物体と成り果てた標的 そして、その全ての懺劇を引き起こした張本人であるにも関わらず、氷のような冷え切った目で見つめている自分―――
それらに対する全ての感想がそれだ。
この青年、たった今禁忌を犯した。いつの時代でも、どんな場所でも決して許されない行為である殺人を犯したのである。
雨の夜に待ち伏せをし、音もなく忍び寄り。
そして、背後を取られてることを気づいた標的が刀を鞘から抜く前に彼の刃が腹に突き刺さり、そのままグリンっと腹を掻っ捌いたのだ。
ものの数十秒の出来事だった。ただ、肉体的にも精神的にも汚された青年――佐古 洸平――はハァハァと、持久走でも走ったかの様に息を荒げ、自ら握った雨で色が薄れてゆく刃に対し、「………クソが。」と呟いた。
すると、暗闇から呼子笛の音色が聞こえた。距離は離れてるが、間違いない警察だ。
(…アァホント腹立つ)
そう心で吐き捨て、その場を後にする。
駆け足で民家の間に掻い潜り、まるで闇の住民かの様に溶け込もうとする。
(腹立つ腹立つ腹立つ)
雨に濡れ、夜の黒へと消えようとする彼の心は未だに荒だったままだ。
人を殺し、この世の正義から逃げている。
そんな誰もが聞くと、無様だ。クズだ。人でなしだ。と罵ることこの上ない彼の目には怒りが宿っていた。
(…この稼業に手を付けた。その仕打ちがこのザマだとはなぁ)
そう思いながらも目の前に現れた階段を駆け、しばらくすると、辺り一面黒なのにも関わらず、巨大な影があわられる。その前まで来るとふと立ち止まった。
すると、雨が弱まり、しばしの間上がったのだ。
そして、分厚い雲の間から欠けた月が現れた すぐにまた土砂降りにしてやると言わんばかりの雲の隙間、月明かりに照らされた目の前に現れる巨大な柱、鳥居だ。洸平はその鳥居を潜り中に入る。しばし歩くと目の前に雨に濡れた崩れかけの本殿が姿を表す。そこはお察しの通りの廃神社だった。
本殿の前まで進むと再び立ち止まり足元、濁った水溜りに映るずぶ濡れの鬼
鏡になった水溜りをジッと見つめていた鬼は足元から正面を向き、次第に口角が上がりそして笑みへと変わり、そして振り返った。
ハハッと小さいながらも笑った彼の真正面の闇が、徐々に広がり影が形成され、それは色男の姿となった。
肩よりはある長髪を少し濡らしながらも、傘を差しゆっくり近づき、鬼の顔をした彼に遠慮もなく話しかけた。
「…早かったですね?」
「お前は遅かったな」
「えぇ、こっちとらマトが2人なもんで、時間も倍かかるのは当然でしょう」
そう洸平に棘のある言い方をされたが、
「銭を倍持っていくんだ。苦労も倍が当然だろうがよ"猫かぶり"の三浦さんよぉ」
倍返しのように棘を返すと、三浦と呼ばれた色男は
「ま、そりゃそうですけど...ってもう1人の守銭奴は?」
と話しの腰を曲げた
「知るかよ。俺が1番乗り」
「な訳あるかいなぁ。」
ガタガタンッ!!と目の前にある本殿の扉が開く。一瞬身構える2人であったが、その人物の顔を見るなりウンザリしたような顔で、
「...ケッ、話をすりゃ影かよバカ八が」
これまた"とりわけ"(七三分け)が似合う色男を見つめると、貼り付けたような笑みで彼は語り始めた。
「バカを付けるんであれば、名前変えんといて欲しい限りですわなぁ、こっちには仗八っていうかっこええ名前があるさかい"雑魚の佐古"さん。」
((お前も変えてるじゃねぇか、))
「というか、なんやずっと真ん前でしょおもない話してるなぁほっとこぉってなってたら、待てど暮らせど入ってけぇへんから俺がお出迎えしたろぉって思って出てきたら鳩が豆鉄砲を食ったようなかおしおってからに(笑)、しっかし相も変わらず怖がりですなぁこんなんでこの稼業できるのかほんま不安でしゃあないわ。あ、あと守銭奴言うたんどっちや?まぁ多分三浦くんの方や思うけど、一応見境なしもどついとこか?ええか俺は守銭奴やないねんただ銭が大切なだけやってなんっべんいうたらわか」
「いやいや待て待てしんどいしんどいきついきつい!!」
さすがに止めた三浦に、ナイス!と心でガッツポーズした洸平だった。
「相変わらず、ほんまによく喋る人やなぁ…息継ぎせんとよくここまで喋れるわ」
「フッこの商人の街で喋らん方が難しいってもんやろ、?第一三浦く」
「どォォうでもいいから、中入るぞ。誰か来ても敵わん」
洸平が話しを断ち切り、本殿の中へ入ってゆく。
「…ケッ見境なしが命令しよってからに…!三浦くん晴らし料頼むわ」
「ハイハイ、」
「……あと守銭奴の件は忘れてへんからな?」
「...ハァ」
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ゴトッ ゴトッ ゴトッと蝋燭のかすかな明かりで照らされた室内に置かれた3つの小型筒。
「…4円のところ、私が倍標的なんで2円いただきますね?あとは、お二人の1円です。」
廃神社の半ば壊れかけた賽銭箱、その中に入れておいた筒には銭が入れてあった。
合計金額は4円。
今の金銭感覚で言うところの、6万〜10万ちょい。
決して安くないこの金額を、若い彼らが手にしてるのかと言うと、お察しの通り
彼らは、金を貰って殺しをする所謂"殺し屋だ。
ただ、彼らはただの殺し屋。というわけではなく、相場が有るとするならば、それ以下...格安と呼ばれる金額でも請け合う変わりに、そこに余程の怨恨がなければ暖簾すらくぐることはできない、徳川が江戸を支配していた頃から数多く裏の世界に存在していた"裏稼業"。
彼らで言うところの"晴らし屋"なのだ。
洸平と
「よし、銭も受け取ったことやし、そろそろお開きといきましょか?」
「...なぁお前ら」
『ん?』
2人は揃って洸平を見つめた
「……いつまで続くんだろうな。この地獄」
「なんや?今更、」
「...ふと、思っただけだよ。俺がお前らを誘わなかったら、、どうなってたんだろってな。」
すると、少々強張っていた2人の顔が緩み
「...ま、貴方が言い出しっぺではありましすが、」
「…あないな出来事見過ごせはできんかったやろな。ここ3人」
と、あっけらかんと話す彼らに洸平は、フッと一度笑った。
外に耳を傾けると、先程の静寂から再び雨音がするかと思いきや、あっという間に豪雨と稲妻で騒がしくなっていた
「...なぁ三浦、仗八」
と、再び洸平が呼びかける。
「この大雨で外出歩いた方が目立つだろうし、誰か来ることもまぁねぇだろ、。だからさ、改めて振り返って見ないか?」
「振り返る?」
三浦が聞き返すと、彼は無表情で言った。
「...あぁ。俺らの初仕事をよ」
―――それは、地獄への始まりの話だった。―――




