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暗闇の森で、夜を選ぶ  作者: July
Story.1
7/24

7.外の世界は、扉を叩く

 暗闇の森が、ざわめいていた。


 風ではない。

 獣でもない。


 ——人の気配だ。


 私は、その違和感に先に気づいた。

 胸の奥が、嫌な音を立てる。


「……来る」


 彼の声は、低く短かった。


 すでに彼は立ち上がり、私の前に立っている。

 その動きに迷いはない。


「誰……?」


「……複数だ」


 複数。

 その言葉だけで、空気が重くなる。


 ——扉が、叩かれた。


 強く、遠慮のない音。


「暗闇の森の住人。話がある」


 落ち着いた声。

 怒号でも、威圧でもない。


 彼は私を一度だけ振り返った。


「……奥へ」


「地下?」


「……ああ」


 そこは、彼が“危険”だと言っていた場所。


「一人で……平気?」


 そう聞いた私に、彼はほんの一瞬だけ、言葉に詰まった。


「……平気ではない」


 正直な答え。


「……それでも、守る」


 胸が、ぎゅっと締めつけられる。


 私は、頷いた。

 ——でも、決めていた。


 地下に入る前、私は振り返る。


「……無事でいて」


 彼は、答えなかった。


 地下は、冷たく、静かだった。

 上で交わされる声が、かすかに響く。


「——ハイエルフを保護対象として確認しに来た」


「……拒否する」


「意思確認だけだ。力ずくではない」


 淡々としたやり取り。


「長命種は、管理されるべき存在だ。自由は、しばしば——」


 その言葉を、私は最後まで聞かなかった。


(……また、決められる)


 里で、何百年も繰り返されたこと。


 守るという名の管理。

 善意という名の選別。


 ——嫌だ。


 上で、何かが動く気配。


 私は、気づいた。


(……彼は、私を守るために、私を選ばせない)


 それが、彼の優しさだと分かる。

 でも——。


(……それは、私の選択を奪う)


 心臓が、強く打つ。


 私は、決めた。


 ——選ばせないのではなく、

 ——一緒に選ぶ。


 地下の扉を開け、地上へ出る。


「——待ってください」


 声が、震えた。


 全員の視線が、私に集まる。


「……出るな!」


 彼の声が、鋭く響く。


 それでも、私は彼の隣に立った。


「私は、ここにいます」


 静かに、でもはっきりと。


「保護される対象ではありません」


 来訪者たちが、顔を見合わせる。


「……意思表示か」


 年長らしき人物が言った。


「だが、選択には責任が伴う」


「分かっています」


 私は、頷いた。


「だから……自分で選びます」


 彼の手が、私の腕を掴む。


「……やめろ」


 低い声。

 怒りより、恐怖に近い。


 私は、彼を見上げた。


「守られるだけは、嫌なんです」


 初めて、はっきり言葉にした。


「あなたの隣にいることも、

 ここにいることも、

 私が、選びたい」


 沈黙。


 森の空気が、張りつめる。


 やがて、来訪者の一人が息を吐いた。


「……本人の意思が明確なら、強制はできん」


 彼らは、引いた。


 扉が閉まる。


 静寂。


 私は、足の力が抜けそうになった。


 次の瞬間、彼に強く引き寄せられる。


「……馬鹿」


 低い声。

 震えている。


「……失うと思った」


 その言葉に、胸がいっぱいになる。


「……ごめんなさい」


「……違う」


 彼は、額を押しつけるようにして、言った。


「……俺が、間違っていた」


 その声は、苦しそうだった。


「守ることで……選ぶ権利を、奪っていた」


 初めて聞く、自己否定。


「……それでも」


 彼は、私を離さない。


「……お前が選んだなら」


 深く、息を吸う。


「……俺も、選ぶ」


 それは、まだ告白ではない。


 でも、逃げ道を塞ぐ言葉だった。


 暗闇の森。


 外の世界は、確かに扉を叩いた。


 けれどその夜、

 私は初めて——


 守られる存在ではなく、

 選ぶ存在として、ここに立っていた。


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