7.離れるという選択
フィーネが森を出る準備を始めたのは、翌日の夜だった。
大げさな荷造りはしない。
必要最低限の荷物だけを、布袋にまとめていく。
ヴァイスは、その様子を黙って見ていた。
止める理由は、あった。
けれど、止める言葉は、なかった。
「……長くは、行かない」
フィーネが言う。
それは約束の形をしていない、ただの説明だった。
「分かっている」
ヴァイスは、短く答える。
彼女が求めているのは、引き留めではない。
“考える時間”を尊重することだ。
それが、彼の選択だった。
小屋の外に出ると、夜霧が森を包んでいた。
暗闇は、いつもと同じ濃さだ。
「森の外まで、送る」
「ありがとう」
並んで歩く足音が、静かに重なる。
フィーネは、何度か口を開きかけては、閉じた。
言いたいことは、きっとたくさんある。
けれど、今は言葉にしない方がいいこともある。
森の境界に近づくにつれ、空気が変わっていく。
夜が、少しだけ薄くなる場所。
「ここでいい」
フィーネが足を止めた。
「これ以上は、迷わせちゃうから」
ヴァイスは、それ以上進まなかった。
「……無理はするな」
それだけ言う。
フィーネは、小さく笑った。
「ヴァイスらしい」
少しだけ、間があった。
「ねえ」
「……なんだ」
「待ってて、って言ったら……困る?」
その問いは、重かった。
ヴァイスは、しばらく考える。
そして、首を横に振った。
「待つ」
即答ではなかった。
だからこそ、嘘ではない。
フィーネは、その答えを胸に刻むように、ゆっくりと頷いた。
「ありがとう」
「……帰る場所は、ここだ」
それは、約束ではない。
けれど、選択の表明だった。
フィーネは一歩、距離を取る。
それから、振り返らずに歩き出した。
夜霧の中に、金色の髪が溶けていく。
ヴァイスは、その背中を追わなかった。
引き留めなかったことを、後悔していないわけではない。
けれど、それ以上に――
彼女が、自分で選ぶ時間を奪いたくなかった。
森に戻る道は、いつもより長く感じられた。
小屋に戻ると、空間がやけに広い。
フィーネの気配が、確かに欠けている。
ヴァイスは、椅子に腰を下ろし、目を閉じた。
待つという選択は、簡単ではない。
それでも、選んだ。
一方、森を出たフィーネは、夜風を受けながら歩いていた。
足取りは迷っていない。
けれど、胸の奥は静かに揺れている。
「……ちゃんと、考えるから」
誰にともなく、そう呟いた。
選ぶために、離れる。
それは逃げではない。
夜は、二人を分かつ。
だが同時に、それぞれの答えへと導いていた。




