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暗闇の森で、夜を選ぶ  作者: July
Story.2
19/24

5.選ばれなかった未来

 フィーネが里の夢を見るのは、決まって夜明け前だった。


 夢の中の里は、いつも変わらない。

 白い樹々、透き通る水路、長命のエルフたちが静かに暮らす場所。


 そこでは、時間が滞っているように感じられる。


 目を覚ますと、暗闇の森の天井が視界に入る。

 胸の奥に、わずかな重さが残っていた。


 「……夢か」


 小さく呟き、身体を起こす。


 隣の寝台は空いている。

 ヴァイスは、すでに起きているらしい。


 夢の余韻を振り払うように、フィーネは身支度を整えた。

 扉を開けると、森の空気が流れ込んでくる。


 「起きたか」


 ヴァイスが、いつもの場所で立っていた。


 「うん。ヴァイスの方が早く起きたね」


 それだけの会話。

 けれど、フィーネは胸の奥に残る違和感を拭いきれなかった。


 ――里。


 夢の中の景色が、現実よりも鮮明だったことが、気になった。


 その日の昼頃、森に“知らせ”が届いた。


 風に乗って運ばれてきた、淡い魔力の波。

 エルフ特有の、呼びかけだった。


 フィーネは足を止める。


 「……来た」


 「何がだ」


 ヴァイスが問う。


 「里からの、呼びかけ」


 フィーネは、正直に答えた。


 ヴァイスの表情が、わずかに強張る。


 「行くのか」


 その問いは、短かった。


 「……話を、聞くだけ」


 フィーネはそう言って、微笑もうとした。

 けれど、その笑みはうまく形にならなかった。


 森を抜け、境界近くまで来ると、そこに一人のエルフが立っていた。


 長い銀髪、穏やかな眼差し。

 年長のハイエルフ――セリウス。


 「久しぶりだね、フィーネ」


 「……セリウス様」


 懐かしさと、居心地の悪さが同時に込み上げる。


 「元気そうで安心したよ」


 「はい」


 形式的な挨拶のあと、短い沈黙が落ちた。


 セリウスは、ヴァイスに視線を向ける。


 「君が、噂のヴァンパイアか」


 「……そうだ」


 空気が、少しだけ張り詰める。


 「安心してほしい。今日は争いに来たわけじゃない」


 セリウスは穏やかに言った。


 「ただ、伝えに来ただけだ」


 フィーネは、分かっていた。

 何を言われるのか。


 「里は、君を必要としている」


 セリウスの声は、静かだった。


 「長命のハイエルフとして、果たすべき役目がある」


 それは、何度も聞いた言葉。


 「君の未来は、すでに里の中で描かれている」


 フィーネは唇を噛む。


 「……私は、その未来を選ばなかった」


 「選ばなかった、というより」


 セリウスは少しだけ悲しそうに笑った。


 「まだ、選んでいない」


 その言葉が、胸に刺さる。


 「ここで過ごす時間は、君にとって必要な寄り道だ」


 「寄り道……」


 「そう。いつか戻る前提の」


 ヴァイスの指先が、わずかに動いた。


 「フィーネは、物じゃない」


 低い声。


 セリウスは驚いたように瞬きをし、それから頷いた。


 「もちろんだ。だが、彼女はハイエルフだ」


 「長命であることは、自由であることと同義じゃない」


 沈黙。


 フィーネは、二人の間に立ち、深く息を吸った。


 「……里は、私を信じていない」


 「そんなことは――」


 「信じていたら、“戻る前提”なんて言わない」


 フィーネの声は、震えていた。


 「私は、ここで生きてる。今を、選んでる」


 セリウスは、しばらく黙っていた。


 「……分かった」


 やがて、そう言った。


 「だが、忘れないでほしい」


 彼はフィーネだけを見つめる。


 「君には、戻れる場所がある」


 それは、優しさの言葉だった。

 同時に、逃げ道でもある。


 セリウスは一礼し、森の境界へと去っていった。


 残された二人の間に、重い沈黙が落ちる。


 「……ごめん」


 フィーネが、ぽつりと言った。


 「俺に謝ることじゃない」


 ヴァイスは、そう返した。


 「だが」


 続ける言葉が、見つからない。


 フィーネは、自分の手を見つめる。


 「私は、戻れる」


 それが、事実だった。


 「でも……戻らない選択を、まだ言葉にできない」


 ヴァイスは、その言葉を胸に刻む。


 選ばれなかった未来は、消えたわけじゃない。

 ただ、脇に置かれているだけだ。


 そしてそれは、

 いつか、二人の前に立ちはだかる。


 夜が、森に戻ってくる。


 フィーネは、ヴァイスの隣に立った。


 近い。

 けれど、完全には重ならない。


 それでも、今は――

 一緒に夜を歩くことを、選んでいた。


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