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暗闇の森で、夜を選ぶ  作者: July
Story.2
15/24

1. 夜が続く朝

 目を覚ましたとき、森はまだ眠っていた。

 暗闇の森に朝は来る。けれどそれは、光で目を覚まさせるものではない。夜の濃度が、ほんの少しだけ薄まるだけだ。


 ヴァイスは天井を見上げたまま、しばらく動かなかった。

 隣の気配を確かめるのに、理由が要るような気がしていた。


 フィーネはまだ眠っている。

 そう分かっていても、視線を向けるまでに少し時間がかかった。


 同じ家に住み始めてから、もうずいぶん経つ。

 けれど昨夜から、この距離の意味が変わってしまった。


 ――恋人。


 その言葉を頭の中で転がすと、胸の奥が微かに熱を持つ。

 照れくささと戸惑いが、同時にやってきた。


 上半身を起こし、静かに息を整える。

 物音を立てないことは、長年の習慣だった。彼女を起こさないように、という理由が加わったのは最近だ。


 窓の外では、夜霧がまだ森を覆っている。

 朝なのに、世界は暗いまま。それでも確かに、時間は前に進んでいる。


 ベッドの端に座り、振り返る。

 フィーネは毛布にくるまって、安心しきった顔で眠っていた。


 その寝顔を見ると、昨夜の記憶が自然と浮かぶ。


 言葉は多くなかった。

 けれど、はっきりと伝え合った。


 ――一緒にいたい。

 ――選ぶ。


 それだけで、十分だった。


 ヴァイスは思わず視線を逸らす。

 胸の奥が落ち着かない。長い夜を生きてきたはずなのに、こんな感覚は初めてだった。


 「……慣れないな」


 小さく呟く。

 声に出した途端、少しだけ現実味が増した。


 恋人になったからといって、何かが劇的に変わるわけではない。

 少なくとも、今朝の森はいつもと同じだ。


 けれど、同じでいられないことも分かっている。


 フィーネが、ゆっくりと目を覚ました。


 「……ヴァイス?」


 眠たげな声。

 呼ばれただけで、心臓が一拍遅れる。


 「起きたか」


 できるだけ、いつも通りに答える。

 声が硬くなっていないか、少し気にした。


 フィーネは身体を起こし、毛布をずらす。

 長い金色の髪が、肩から流れ落ちた。


 「おはよう……」


 その一言が、やけに重く感じられる。


 「……ああ。おはよう」


 視線が合う。

 一瞬だけ、互いに言葉を探した。


 恋人としての「正解」が、まだ分からない。


 フィーネは小さく笑った。


 「……なんだか、変な感じだね」


 「……ああ」


 同じ感想だった。


 しばらく沈黙が続く。

 気まずいわけではない。ただ、今まで通りでいいのか、分からなかった。


 フィーネはベッドを降り、ヴァイスの隣に立つ。

 少しだけ距離が近い。


 「ね、ヴァイス」


 「どうした」


 「……今日も、いつも通りでいい?」


 その問いは、軽いようで重かった。

 “恋人になったから、変わらなければいけないのか”という不安が、そこに滲んでいる。


 ヴァイスは一瞬、言葉を選んだ。


 「無理に変える必要はない」


 「……うん」


 「ただ」


 フィーネがこちらを見る。

 期待とも不安ともつかない表情。


 「……何か嫌なことがあれば、言え」


 彼女は目を瞬かせ、それから、柔らかく笑った。


 「うん。ヴァイスもね」


 その言葉に、胸が少しだけ軽くなる。


 朝は、まだ夜の延長線上にある。

 それでも確かに、昨日とは違う朝だった。


 ヴァイスは思う。

 恋は選んだ瞬間より、その翌朝の方が難しいのかもしれない。


 それでも――


 「朝飯、用意する」


 「わ、ありがとう」


 いつものやり取りを交わしながら、台所へ向かう。

 背中に向けられる視線が、以前より少しだけ近く感じられた。


 夜は終わらない。

 けれど、同じ夜でもない。


 ヴァイスは静かに息を吐く。

 続ける、という選択が、もう始まっていた。


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