2.選ばない優しさ
里を出る決意は、衝動ではなかった。
長い時間をかけて、
小さな違和感が積み重なった結果だ。
感情を抑えること。
波を立てないこと。
調和を乱さないこと。
それは、確かに優しさだった。
でも、その優しさは、
“選ばせない”という形をしていた。
ある日、私は年長者に聞いた。
「外の世界に行きたいと思うのは、未熟ですか?」
しばらくの沈黙。
「それは……必要のない問いだ」
やんわりとした否定。
「里は、お前にとって最善だ」
——誰が、決めたのだろう。
私は、その答えを飲み込んだ。
その夜、眠れなかった。
胸の奥が、静かに、でも確実に疼いていた。
(……選びたい)
何を?
どうやって?
それすら、分からない。
でも、分からないままでも、
選ばなければならない気がした。
里を出た日のことは、今も鮮明だ。
誰にも告げなかった。
引き止められれば、戻ってしまうと分かっていたから。
結界を越えた瞬間、
胸が苦しくなった。
怖かった。
不安だった。
それでも。
(……戻らない)
それは、初めて自分で選んだことだった。
森を彷徨い、
夜を越え、
暗闇の森に辿り着いた。
そこで、彼に出会った。
無口で、距離を測り、
でも、選択を奪わない人。
彼は、私を守ろうとした。
同時に、私に問いを残した。
——ここに、いるか。
理由を求めず、
未来を約束せず。
それは、里では一度も与えられなかった選択だった。
だから私は、彼の隣を選んだ。
恋だったかと問われれば、
その時は、違う。
恋は、あとからついてきた。
最初にあったのは、
“選べる場所”への安堵だ。
里は、私を愛していた。
でも、それは、管理の形だった。
彼は、私を愛し始めた。
それは、共有の形だった。
選ばない優しさと、
選び合う不安。
私は、後者を選んだ。
それが、正解かどうかは、分からない。
でも——。
少なくとも、今の私は、
自分の足で、ここに立っている。
暗闇の森の夜は、静かだ。
それでも、
里にいた頃より、ずっと息がしやすい。
私は、初めて知った。
恋とは、
誰かに選ばれることではない。
誰かと一緒に、
選び続けることなのだと。




