1.選ばれ続ける場所
ハイエルフの里は、美しい。
季節は整い、建物は古く、森は人の手に従順だった。
争いはなく、飢えもなく、すべてが長い時間の中で最適化されている。
——選ばれた場所だ。
私は、そこで生まれ、育った。
336年……。
長い時間のはずなのに、振り返ると、どこか薄い。
朝は、学びの時間。
昼は、役割の時間。
夜は、沈黙の時間。
感情は、制御すべきもの。
衝動は、幼さの証。
恋は、未熟者が通る道。
そう教えられてきた。
私も、それに従ってきた。
疑ったことは、なかった。
——疑う理由が、なかったからだ。
ある日、年長者の一人が言った。
「お前は、よく整っている」
それは、褒め言葉だった。
「感情の起伏が少なく、判断も安定している」
私は、頷いた。
「それは、良い長命者の資質だ」
胸の奥で、何かが小さく鳴った。
でも、その正体は分からなかった。
“良い”とは、何だろう。
“整っている”とは、誰にとってだろう。
私は、その問いを口にしなかった。
問いは、波を立てるから。
波は、嫌われる。
里では、すべてが決まっている。
学ぶことも、関わる相手も、未来の位置も。
自由は、与えられているようで、
実際には、選択肢の形をしていない。
ある夜、私は里の外縁に立っていた。
結界の向こうは、暗い。
危険で、未整理で、予測できない世界。
「見てはいけない」
そう言われてきた。
けれど。
(……なぜ?)
その問いが、初めて浮かんだ。
里は、私を守っている。
それは、事実だ。
でも同時に——
私に、選ばせていない。
その夜、私は気づいてしまった。
私は、何も選んだことがない。
それは、安心で、
それは、恐ろしいことだった。




