2.選ばないと決めた理由
朝は、来た。
それだけは、確かだ。
夜が明け、森に淡い光が差し込んだ。
いつもと同じ朝。
だが、俺の中で、何かが完全に終わっていた。
名を呼ばれることは、なかった。
返事をする必要も、もうなかった。
——それで、十分だった。
彼女の名を、思い出さない。
思い出せば、選んでしまう。
それが、俺の結論だった。
不死であることは、呪いではない。
だが、祝福でもない。
ただ——
終わらないというだけだ。
終わらない者が、終わる者を選ぶ。
その行為が、どれほど傲慢かを、俺は知った。
だから、決めた。
——守ることはあっても、選ばない。
——助けることはあっても、名を呼ばない。
——近くにいても、踏み込まない。
感情を殺したわけではない。
必要な場所へ、押し込めただけだ。
そうしていれば、夜は静かに過ぎる。
人は、時折、森に迷い込む。
俺は、道を示す。
危険を避けさせ、夜明けまでを見届ける。
それ以上は、しない。
名も聞かず、
理由も問わず、
朝が来れば、背を向ける。
それで、何百年も、生きてきた。
後悔は、なかった。
——あるはずがない。
選ばなければ、失わない。
それが、不死としての正解だ。
……そう、信じていた。
あの夜、暗闇の森で、
小さな気配を感じるまでは。
彼女は、あまりにも無防備だった。
危険を知らず、
境界を知らず、
それでも、こちらを見ていた。
恐れと、好奇心と、
それから——選ぶ前の目。
あの目を、俺は知っていた。
かつて、
夜を一緒に越えた者が、
同じ目をしていたからだ。
(……やめろ)
頭では、そう命じていた。
だが、体は動いた。
——守る。
それは、今までにもしてきたことだ。
だから、言い訳は簡単だった。
選んでいない。
ただ、守っているだけだと。
だが、違った。
彼女は、俺の境界線の内側に、
静かに、確実に入ってきた。
理由を求めず、
名を強請らず、
それでも、ここにいると選んだ。
——選ばせないつもりだった。
それが、俺の誓いだったからだ。
だが、彼女は違った。
守られることを拒み、
管理されることを嫌い、
それでも、隣に立った。
その姿を見たとき、
俺は、理解してしまった。
——これは、あの夜とは違う。
彼女は、俺に選ばせたのではない。
俺の隣を、自分で選んだのだ。
それは、
不死である俺の責任を奪う行為ではない。
——共有するという選択だった。
だから、怖かった。
選ばないと決めた人生が、
静かに、壊れていくのが分かったからだ。
それでも。
あの夜、
彼女が「好き」と言ったとき、
俺は逃げなかった。
逃げなかった理由は、ひとつだ。
——もう一度だけ、選んでもいいと、思ってしまった。
夜を越えることを。
変わっていく彼女を、見届けることを。
不死であることは、
何も約束しない。
だが、選ばない人生も、
何も守らない。
だから俺は、あの夜、言葉を選んだ。
「恋人になれ」と。
それは、
過去を否定する言葉ではない。
あの夜の喪失があったからこそ、
俺は、この選択の重さを知っている。
暗闇の森。
かつては、完全な孤独の場所だった。
今は違う。
夜が終わり、
朝が来る。
それを、誰かと一緒に迎えることを、
俺は、再び選んだ。
——二度と、同じ夜ではないと知りながら。
それでも。
それでもなお、
夜を選ぶと決めたのだ。




