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暗闇の森で、夜を選ぶ  作者: July
Story.1
10/24

10.夜明けの音

 目を覚ましたとき、世界は静かだった。


 暗闇の森にも、朝は来る。

 それは里にいた頃よりも、ずっと曖昧で、ずっと優しい。


 木々の隙間から落ちる淡い光が、床に細い線を描いている。

 夜が、確かに終わったことを示す印。


(……夢じゃない)


 胸に残る、確かな温度。

 昨夜の言葉を思い出して、頬が少しだけ熱くなる。


 起き上がると、家の中に彼の気配はなかった。

 少しだけ、胸がざわつく。


(……すぐ、不安になる)


 自分の幼さに、苦笑する。


 身支度をして部屋を出ると、台所から音がした。


「……起きたか」


 彼は、いつも通りの調子で言った。

 でも、その声は、昨日より少しだけ柔らかい。


「うん」


 それだけで、心が落ち着く。


 食卓には、簡単な朝食が並んでいた。

 果実と、温かい飲み物。


 昨日までと同じはずなのに、

 今朝は、ひとつひとつが違って見える。


「……体調は」


 彼が、少し間を置いて聞く。


「大丈夫」


 そう答えると、彼は小さく息を吐いた。


 沈黙。


 でも、それは居心地のいい沈黙だった。


 私は、思い切って言った。


「ねえ……今日は、外に行く?」


 彼の手が、止まる。


「……必要なら」


 曖昧な答え。

 でも、拒絶ではない。


「一緒に、少しだけ」


 そう付け足すと、彼は一瞬考えてから、頷いた。


「……離れるな」


「うん」


 森の中を並んで歩く。


 距離は、以前より近い。

 でも、触れ合わない。


 それが、今の私たちの自然な距離だった。


 ふと、指先が触れる。


 一瞬のためらいのあと、彼の手が、そっと私の手を包んだ。


 離れない。


 その事実に、胸がいっぱいになる。


「……慣れない」


 彼が、ぽつりと呟く。


「何が?」


「……こういうの」


 照れたように視線を逸らす横顔に、思わず笑ってしまう。


「ゆっくりでいいよ」


「……ああ」


 森の奥で、鳥の声がした。


 里では、朝は始まりを告げる合図だった。

 役割に戻る時間。


 でも、ここでは違う。


 朝はただ、

 夜の続きを、穏やかに繋ぐものだ。


「ねえ」


 私は、歩きながら聞いた。


「これからも……一緒にいるんだよね」


 確認するような問い。


 彼は、迷わず答えた。


「……ああ」


 短いけれど、確かな声。


「……選んだ」


 その言葉が、胸に深く染みる。


 未来のことは、分からない。

 時間の流れは、同じではない。

 失う恐怖も、なくならない。


 それでも。


(……それでも、いい)


 この人の隣で、

 世界を知り、

 変わっていく。


 そして彼は、

 その変化を、照れながら見守るのだろう。


 暗闇の森。

 夜に生きるヴァンパイアと、里を出たハイエルフ。


 恋人になっても、世界は急には変わらない。


 けれど——。


 夜が終わり、朝が来る。

 それを、誰かと一緒に迎える。


 それだけで、

 生きる理由は、十分だった。


 私は、そっと彼の手を握り直す。


 彼は何も言わなかったが、

 その手に、静かに力が込められた。


 ——選び続ける。


 それが、私たちの答えだ。


 暗闇の森に、

 今日も、穏やかな夜明けの音が満ちていた。


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