光る雨粒
雨がまた降っていた。窓の外を眺めながら、私はコーヒーをかき混ぜる。温かい液体が、少しだけ手のひらを慰める。濡れた路面の光が、遠くで揺れている。街は眠らないけれど、私の心は静かだった。
あの日、バー《Siri》でからすと過ごした夜のことを思い出す。軽くふざけて、私を挑発して、でも優しい――そんな彼女の笑顔が、何度もフラッシュバックのように頭をかすめる。私はそれを見るたびに、下を向いて黙り込むしかなかった。心を開くことの怖さが、まだ体に張り付いている。
「……あれから、どうしてる?」
突然、後ろから声がした。振り返ると、彼女――私がほんの少しだけ心を許している女の子――が立っていた。鼻に小さなピアスを光らせて、軽く雨に濡れた髪を払いながら微笑む。
私の胸は、少しだけ早くなった。言葉を作ろうとするけれど、口は先に動かない。考えすぎてしまう自分を、また少し恨んだ。
「……仕事?」私はようやく声を出す。
「ううん。ちょっと散歩してて」彼女は答える。その答えの軽さに、私は少しだけ安心した。深い話を避けることができる人。それが彼女の強さであり、私の心が少しずつ緩む理由だった。
窓の外では、雨粒がガラスに点描のように跳ねている。光が反射して、小さな星のように揺れる。それを見ているだけで、心の緊張が少し和らぐ。
「傘……持ってないんだ?」彼女が言う。
「忘れただけ」――いつもの言い訳を口にする。言い訳の柔らかさが、私を守る。彼女は軽く笑って、私に傘を差し出した。手の温もりが伝わる。思わず指先が触れる瞬間、私の体は一瞬で硬直した。
「……ありがとう」小さな声で言うと、彼女はただうなずいた。何も言わず、ただそこにいてくれる。それが、今の私にとっては十分だった。
私たちは並んで歩き出す。雨は少し強くなり、街灯の光が水面で揺れるたび、私の心も揺れる。からすのこと、バー《Siri》での夜、そして自分の弱さ。すべてが頭をめぐるけれど、彼女が隣にいるだけで、怖さが少しだけ薄まる。
突然、彼女が足を止めた。視線の先には、小さな子猫が雨に濡れて座っている。迷わず彼女は膝をつき、子猫に手を差し伸べる。その仕草は、無言の優しさで、言葉よりもずっと伝わる。
私はその光景を見て、思わず微笑んだ。小さな優しさが、世界を少しだけ変える瞬間。私たちはそれを共有した。言葉はなくても、心がつながる瞬間は確かに存在するのだと、私は知る。
雨の音が遠のいたころ、私たちは再び歩き出す。傘を差し、濡れた髪を払いながら、少しずつ距離を縮めている。心の奥の壁はまだ高いけれど、確かにひびが入った気がした。
「……帰ろうか」彼女が言う。
「うん」小さく答えて、私は視線を前に戻す。雨の街は、冷たくもあり、優しくもある。そして私は、その中で初めて、自分の感情に正直になれた気がした。
その夜、家に戻ると、濡れた服を脱ぎながら思う。怖いけれど、愛を求める自分がここにいる。そして、その感情を少しだけ、受け入れることができた。
――歪でも、恋は恋なのだと。




