第二十九話 第三勢力
僕は、ちょうど人目につかない階段下に身を隠すと小さな窓から目だけを出して外の様子を伺う。
言い争っているのか城を背にした兵士と白い甲冑の騎士が向かい合っていた。
よく耳を澄ますと微かに会話が聞こえてくる。
「貴様ら血迷ったか!」
「お前たちの方こそ今の王国が正しいと思っているのか!」
「皇帝陛下に楯突くということは反逆だぞ!」
「アリス様がいる!あの御方ならば清く正しい王国を生み出せるのだ!」
どうやら皇女殿下率いる騎士団と王城を守る騎士がぶつかっているようだ。
現体制を守るべきと主張する者と新たなる体制を築くべきと主張する者。
僕は当然後者になる。
いくら皇女率いる騎士団が精強でも現体制側の戦力の方が圧倒している。
手を貸したいところだが、今は自分の命すら危ない状況だからな……。
そんな事を考えているといよいよ騎士の一人が剣を抜いた。
殺伐とした空気が漂っている。
今にも殺し合いが始まりそうな予感がする。
「双方剣を収めなさい!」
突然響き渡る透き通った女性の声。
声の主が誰かなどなんとなく想像できるというものだ。
窓からソッと覗いていると案の定白い甲冑の騎士が片膝を突いていた。
「貴方達も誰に剣を向けているでしょうか?」
皇女殿下は王城を背に剣を構えた騎士をキッと睨むと、なんら臆せず一歩二歩と前に出た。
「し、失礼しました……」
睨まれた騎士も流石に無礼が過ぎると理解したのか一斉に剣を仕舞う。
皇族に歯向かう事は死罪だ。
それが帝国では常識。
染み付いた慣習から騎士も従わざるを得なかったのだろう。
「皇女殿下、一体何をお考えでおられるのですか……?この場所は皇帝陛下が住まう城。いくら貴方が皇族とはいえ許された行為ではございません」
「もちろん理解しています。私は何も無意味にこの場にいるのではありません」
皇女殿下の次の言葉を息を呑んで待つ騎士。
「私は父上に退いて頂くために参りました」
その言葉を聞いた騎士はギョッとした表情を見せた。
それも当然の反応といえる。
父上に退いてもらうというのは廃帝を意味する。
まさか実の娘に追いやられるとは思ってもいなかっただろうな。
「……正気ですか殿下」
「正気です。貴方達も気付いているでしょう?この国に未来はありません。絶対的な権力を持つ父上に全ての責を取っていただきます」
「皇位継承権を持っているアリス様でもその言葉は無礼が過ぎるでしょう」
「無礼?今更何を……。私は父上に何度も進言してきました。国の在り方を変えねば未来はないと。しかし何一つ聞き入れて貰えませんでした。その結果、帝国解放軍などという反抗勢力が生まれています。此度の戦いで何人の尊い命が失われましたか?我々白き翼の騎士団は平等なる国を作ります!道を阻むというのであれば、血を流すことも吝かではありません」
皇女殿下は本気のようだ。
ただここからだと皇女様の顔が見えないな。
注意が逸れている間に動き、皇女様が見える位置へと移動した。
「なんか見たことがある気がする……」
皇女様の顔はどこかで見た顔だった。
それがどこだったかは定かではない。
でも確実に初見ではないはずだ。
そこで僕は気づいた。
皇女様の耳に付けられていた宝石の嵌ったイヤリング。
あれはよく覚えている。
だいぶ昔になるが、あのイヤリングを付けた女の子を僕は路地裏で見たんだ。
忘れもしない、スラム街の路地裏。
似合わない白いドレスを着た貴族令嬢と思わしき女の子。
その子が付けていたイヤリングにソックリだ。
宝石の価値など全然分からない僕でも分かるほど、輝きを放つ大きな宝石。
相当高価な代物であろうことは簡単に予想がつく。
少なくとも量産されるような物ではないだろう。
子供の時の思い出が蘇ってくる。
まだ幼さの残る顔立ちだったが、そのまま成長すればこんな顔つきになるだろう。
間違いない、皇女様こそ僕が出会った令嬢だ。
ただ今僕が気さくに話しかけることはできない。
何しろ立場も違うし、帝国からしてみれば僕は今反逆者だ。
皇女様になんとか言葉を届けたいがここからだと声は届かないし……。
しばらく考えていると、皇女様の騎士団に動きがあった。
「そこをどきなさい。無用な血は流したくありません」
「たとえ皇女殿下といえどもここは通せません!」
「そうですか……この手はあまり使いたくありませんでしたが……」
皇女様が懐から何かを取り出したかと思うと、ソレを空に向けた。
刹那眩い光が周辺を照らす。
皇女様が取り出したのは信号弾だ。
それも真っ赤な光。
信号弾が打ち上げられたと同時にどこへ隠れていたのか、白い甲冑の騎士が至る所から姿を現した。
その数はゆうに百を超える。
「なっ!?これは……」
「もう一度問います。投降しなさい。今ならまだ命は奪いません」
「クッ――」
帝国軍の騎士は突然現れた白い騎士達に驚きながらも剣を構えた。
数はほぼ一緒だ。
数的有利だった帝国軍をひっくり返した皇女様の私兵。
明らかに鍛えられた精強な雰囲気を纏う白い甲冑の騎士を見て帝国軍の騎士は一人、また一人と剣を降ろしていく。
互角にも見えるが、勝てないと判断したらしい。
「さて、あとは貴方だけです。剣を降ろしなさい」
「できません。私はこの国に忠誠を誓った!たとえ皇女殿下が相手でも私はァァァァッ!」
ついに帝国軍の騎士隊長と思わしき男が動いた。
剣を上段に構え駆け出す。
皇女様が戦えるとは到底思えない。
すると皇女様の背後に隠れていた一人の執事が一本の細いステッキで剣を受け止めた。
あの執事は見たことがある。
路地裏でアリスと出会った時にいた男だ。
あの時は言葉も発さずただ寡黙にアリスと僕の会話を邪魔せぬようジッと見ることに徹していた。
齢六十は超えているであろうその執事は、再度ステッキを振り相手の剣を地面に落としてみせた。
……相当な練度だ。
少なくとも数年鍛えた程度で身につく動きじゃない。
「爺や、相手はもう反抗する気はないわ。その辺りでやめなさい」
「ハッ」
爺やと呼ばれた男が言葉短く返事をすると、またスッと皇女様の半歩後ろへと戻る。
剣を叩き落とされた騎士は呆然とした表情で執事を見つめている。
まあ当然の反応だろうな。
足の運びといいステッキの振り方といい、隙一つなかった。
それどころかもう一度攻撃をしようものなら、確実に殺されると思ったことだろう。
それほどまでに、その執事からは殺気が溢れていた。
本当に一瞬だけだったが、離れた場所にいる僕でも肩がビクついたくらいだ。
「なぜ貴方が……」
帝国軍の騎士は執事をジッと見つめ驚愕の声を漏らす。
どうやら彼にとって執事の姿は有り得ない者に映っているらしい。
「爺やは引退後私を常に補佐してくれていたんです。決して権力を振りかざして無理やり従わせてはいませんよ」
「そんな馬鹿な……帝国の腹心とも呼ばれた貴方が……アリス様の従者など」
従者という立場では収まらない人物なのだろうか。
僕にはあの爺やと呼ばれた執事の正体が分からない。
「ロベルト様……どうしてですか。貴方はずっと陛下に忠誠を使っていたのではないですか!」
「私が誰に仕えようと君には関係のないことだ。……アリス様、あまり時間をかけすぎると他の兵士が集まってきます。有象無象程度敵ではありませんが、万が一エルがこの場に戻ってこれば私では貴方様を守りきれません」
「ええ、分かったわ。第一部隊は私と共に入城を。第二第三部隊はこの場を守りなさい。第四部隊は帝国軍の足止めを、第五部隊はいつものように遊撃をお願いします」
白き翼の騎士団は五つの部隊に別れているようだ。
城を取り囲む騎士の数が増え続けているところをみるに、恐らく数百から千人近い数の騎士がいると思う。
あの騎士団と協力関係を結べればこの戦い勝てるかもしれない。
僕は皇女様に近づける機会を伺いつつ、彼女の動向を見守ることにした。
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