第二十六話 近接戦闘
「す、凄い……」
八百人もいた帝国軍はものの数十分で消えた。
解放軍の士気は最高潮であった。
「ゆっくりしている時間はありませんよ。次は千六百人の帝国軍が押し寄せてきます」
「その雁行の陣とやらでしょ?その陣形の弱点はなんなの?」
「弱点はありませんよ」
シレッと言い切ったラースはまだ余裕の表情を崩さない。
「じゃあどうするつもりよ?」
「フフフ、私の教えを守っているようで結構結構。その分こちらも作戦が立てやすいですよ」
「で?どんな作戦でいくつもり?」
「まあまあ、落ち着いて下さい。雁行の陣には弱点らしき弱点はありませんが面白味の欠ける陣形です。わかりやすく言うとバランス型。つまり、攻撃力に欠ける陣形です。こちらは数さえ少ないですが一騎当千の能力者ばかり。各個撃破を狙って下さい」
「そう簡単にいかないわ。各個撃破といってもこっちには二百人しかいないのよ?八倍もの敵を各個撃破だなんて、不可能よ」
「やるしかありませんよラピスさん。我々が敗走すれば帝都の中に残っているカイさんが危険です」
あまりに戦力に差がありすぎて、各個撃破なんてとてもではないが無理だとラピスは歯を食いしばる。
ラースのことだ。
もっと突飛な策を打ち出してくるだろうと思っていれば、堅い作戦しか出さなかった。
「各個撃破は無理。二百人の能力者も半分以上が疲弊しているわ。千六百人もの帝国軍を蹴散らすなんて絶対に無理よ……」
「もうアタクシが出たほうがいいんじゃなくて?」
「ランパネス子爵にはまだ出ないで頂きたいのです」
「温存しすぎて負けてしまったら意味がないじゃない!」
ラピスが力強く机を叩きつけると一瞬の静寂が訪れる。
「ラース!奇策を打ち出すのが貴方なんじゃないの!?」
「ラピスさん、落ち着いて下さい。勝てる方法があるのです」
「それが各個撃破なんでしょう!?無理よ!どう考えても数に押し負けるわ!」
ラースも仕方ないといった表情で首を横に振る。
「今帝国軍の指揮を執っているのは私の弟子でもあるルーサーという男です。この男は私の言ったことを忠実に守っています。雁行の陣は各個撃破に弱い事も当然理解しています。しかし、私はこう教えました。万が一各個撃破に動く敵であればその場は退くべきだ、と」
「なぜなのよ」
「第三陣まで動かして敵が全て上回ってくる動きを見せれば、相手は自分より優れた軍師なのだと、そう教えたのです。そのまま続けていてもジリ貧、もしくはどこかで逆転の一手を考えている恐れがあります。それならば出直した方がいい、これが勝利を掴むための方程式なのです。その教えを忠実に守っていればこちらが各個撃破に動いた時点で帝国軍は退いていくでしょう」
「でもそれって予想でしょ?もしも帝国軍が退かなかったらどうするのよ?」
「その時はランパネス子爵の出番です」
本当にそううまくいくだろうか、とラピスはラースを信じきれていなかった。
しかし実際にラースの言った通りに敵は動いていた。
偶然というものはそこまで重なるものではない。
これは必然なのだ。
そう思い込むしかなかった。
「……分かったわ。全部隊、各個撃破をお願い。ある程度潰せば相手は退く。もしも退かなければ……ネウロが出るわ」
ラピスが指示を出すと深いため息をついた。
「ネウロが出れば確実に勝てるのに」
「こちら側にランパネス子爵という強力なカードがあるというのを知らせたくはないのですよ。バレてしまえば辺境の軍も戻すはずです。それだけ帝国の魔女の名は有名なのです」
帝国軍にも強力な能力を持つ者はいる。
それでもエル・トランセッドやネウロ・ランパネスのような一騎当千の能力者はそういないのだ。
「あっ!帝国軍の足が止まった……」
ラピスが戦場を俯瞰的に見ていると、小さく声を上げる。
「ふむ。どうですか?反転していますか?」
「待って……。ラースの言った通りよ。帝国軍が反転していくわ」
前方の部隊が壊滅的な打撃を受けたことで帝国軍は一気に退いていく。
「やはり……ルーサーは真面目な男ですよ。その分読みやすいですが」
「ラースの弟子が指揮を執っているのは間違いなさそうね」
「これならばランパネス子爵はまだ出なくても良いでしょう」
ラースの作戦は成功した。
少ない戦力で八倍以上の帝国軍を追い返したのだ。
「ただし、あまり時間の余裕はありませんよ」
「どうしてよ?もう帝国軍は戻って行ってるわよ?」
「ルーサーは次の一手を考えているでしょう。恐らく次は確実に潰せる数で攻めてきます」
「不味いわね……」
「その時は流石にランパネス子爵にお願いします。ルーサーは恐らく三千の軍を引き連れて戻ってきますので。私ならそうします」
たった二百人で抑えきれる数ではない。
三千人の帝国軍が攻めてくれば退却せざるを得ないだろう。
「カイ……早く信号弾を上げて……」
ラピスの悲痛な声は彼に届くことはなかった。
――――――
帝国の城内。
僕とドライは遂に皇帝がいるであろう居室を目前にして二の足を踏んでいた。
扉の前には五人の近衛騎士。
戦闘能力の低い僕と防御主体のドライでは突破はおろか、殺されてしまうだろう。
「どうする……?」
「うむ……一番手前にいる二人は俺が抑えられるがその隙に三人を相手取るのは無理、だな」
「無理だ。自慢じゃないが僕は近衛騎士と対等に戦えるほど強くない」
能力だよりの僕が三人の近衛騎士を倒すなんて絶対に無理だ。
それどころか一人倒すことすら難しいと思う。
「確実にあの扉の向こうに皇帝がいる。能力を使うか……?」
「いや、あと二回しか使えないだろう?ここで消費するのは不味い」
皇帝を殺すために一回。
そして、万が一の時の保険で一回。
ここで使ってしまえば後々危険な状況に身を置いた時、窮地を脱する事はできない。
「俺が盾になる。あいつらを押しやるからその隙に部屋へ飛び込め」
「馬鹿言うな。そんな事をすればお前が死ぬだろ」
「構わん。俺の命と引き換えにしても諸悪の根源を絶つ事ができるなら安いものだ」
ダメだ、ドライは死なせられない。
大事な仲間、特にドライは長い付き合いだ。
僕が帝国解放軍に参加した時から面倒を見てくれていた。
寡黙だが仲間思いの良いやつなんだ。
そんな男を死なせるわけにはいかない。
「さっきそこで拾った剣がある。ドライが能力を使って盾になり、その隙を突いて僕が近衛兵を殺す」
「隙を突いて殺せるのは一人だけだろう。残り四人をどうする」
「十秒だ。十秒だけ60秒の支配者を使う。それならいいだろ?」
「……他に手はない、か。分かった。タイミングを合わせよう」
僕の能力はなかなか融通が効く。
能力の行使を途中で止めれば残りの余った時間分はまた後で使うことができる。
十秒あれば身動き一つ取れない近衛兵など簡単に倒せる。
ナイフで首を掻っ切ってやればいいだけだからな。
「では行くぞ……」
「よし!」
僕らが廊下の角から飛び出すと扉の前にいる近衛兵がギョッとした表情でこっちを向いた。
「敵襲!」
近衛兵が剣を抜いて構える。
まだ距離はあるがこの速さなら三秒後には接敵だ。
僕は全速力で駆けながらドライの肩を叩いて合図を送る。
ドライが小さく頷くと僕を隠すように位置を変え、口を開いた。
「不完全な盾!」
半透明の盾が目の前に出現し、そのまま近衛兵らにぶつかった。
「うおっ!」
「グッ!」
「なんだ!?」
三人の近衛兵が無敵の盾による突進で後方によろめいた。
その隙を突き、心臓目掛けて剣を突き刺す。
「グアッ!」
大量の血を吹き出しながら後方に倒れていく近衛兵。
作戦通りだ。
ここで使うのが最高のタイミング。
「60秒の支配者!」
指を鳴らすと同時に無音の世界が降りてきた。
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