第二十一話 腐敗した帝国
帝国解放軍が占拠する城塞都市ガブランに向けて出立した帝国軍は数百人のみが逃げ帰る結末となった。
大軍をけしかけ、総大将にはエル・トランセッドを用意したというのに結果は大敗を喫した。
「どういうことだ!!将軍!エルはどこに行ったのだ!」
帝都のド真ん中に鎮座する城では皇帝の怒号が響き渡る。
皇帝にとって解放軍などたかが一テロリストに過ぎないと考えていたのだ。
しかし蓋を開けてみれば精強な帝国軍が惨敗という結果に終わっている。
怒りが収まらないのも無理はない。
「エル殿は現在行方が分からず――」
「なぜ分からん!そもそも突然消えたという報告はなんなのだ!」
「申し訳ございません。生き延びた者の証言ですので多少混乱も混じっているかと」
「エルが行方知らずというのは百歩譲って許そう。不意打ちされればエルであろうとも絶対はないからな。しかし!八千もの軍を動かしておいて解放軍どもを駆逐できんのはなぜだ!」
「それに関しましては敵の情報があまりに少なかったせいです」
カイの能力はおろか、解放軍のメンバーがどのような能力を持っているかなどの情報は帝国軍側に殆どなかった。
知る必要がなかった、というのが正しい。
帝国軍の力を持ってすれば、たかが二千人程度の反逆者など鎮圧できると考えていたからだ。
「そもそもどうしてただの一人も指揮官が生き残っておらんのだ。退路を塞がれたのか?」
「生き延びた者の証言によりますと、気が付いたら指揮官が死んでいた、とのことです」
「瞬間移動の能力か?いや、それなら連続使用は厳しいはずだ。何かタネがある……何だ、奴らは何をしたのだ」
「分かりません。現在聞き込みをしておりますが依然として逃げ出した兵士らは皆混乱しているようで……」
「流石に今回の被害は笑えん。他国からの牽制を防ぐ意味でも国境沿いの軍は動かせんぞ。少なくとも半年間は奴らを自由にさせてしまう」
「彼らとてそうすぐに帝都へ攻め込むような真似はしないでしょう。半年から一年の間に軍備を整えます」
帝国軍の被害は大きく敵の情報も分からないとなると、第二陣を出すのも躊躇せざるを得なかった。
「帝都の守りは固めろ。奴らが本当に半年間も大人しくしているとは限らん。クソッ……平民如きにいいようにやられるとは情けない……」
「はっ。帝都外壁沿いには増員するよう調整いたします」
――――――
将軍が去ったあと皇帝は娘を呼び寄せた。
「来たかアリス」
「お父様、何か大事な話があるとお聞きしましたが」
アリスと呼ばれた娘、第一皇女アリス・セラ・エミルトンは輝くような長い髪を揺らしながら皇帝の前へとやってきた。
「帝国解放軍と名乗る反逆者達を知っているか?」
「もちろんです。少し前に城塞都市ガブランが落とされたと聞いております」
「そやつらが近い内にここ帝都に攻めてくる。お前は帝都を出て避難しておくといい」
「いえ、それには及びません。皇女である私が率先して逃げれば民はついてきません」
アリスは誠実だった。
悪事は決して許さず、彼女の手で監獄送りにされた貴族も何人かいるほど。
そんなアリスは当然ながら貴族連中から疎まれていた。
皇帝はそれを知っていたからこそ避難するよう提案を持ちかけたのだが、アリスは首を縦には振らなかった。
貴族連中から疎まれている、ということは混乱に乗じてアリスを亡き者にしようと画策する者も出てくるだろう。
帝国の主戦力は解放軍とぶつかる。
皇帝とアリスの守りは無くなりはしないが、薄まるのは明白。
その隙を狙われる可能性が高かった。
「アリス、敵は奴らだけではない。内部にも敵はおるのだぞ」
「存じております。私が一部貴族から嫌われていることも」
「ならばなぜそうまでここに残ろうとする」
「私は誓ったのです。あの日……路地裏で出会った少年に」
「何をだ?」
「帝国を変えて見せると。お父様も既知でしょう?一部の貴族連中が私腹を肥やし平民のことなどただ税を収めるだけの奴隷だと思っていることを」
「…………」
皇帝は何も言えなかった。
アリスの言葉は事実だからだ。
既に皇帝が手を加えることなどできないほどに帝国は腐りきっている。
皇帝も悪事に手を染めたこともある以上、アリスの言葉が自分に向けられているような気がして目を逸らす。
「お父様のよろしくない噂も知っておりますよ。ですので私がこの国を全うな国に変えてみせます。その為には私が陣頭に立ち民を導かねばなりません」
「……そう簡単な事ではない。腐敗しきったこの国を全うな国にするなど夢物語でしかないのだぞ」
「やってみせます。私がただの城に籠もりきりの姫だと思わないでください」
アリスの目は決意に満ちたものであった。
話を終えアリスが去ると皇帝は引き出しの中から魔導石を取り出しどこかへと連絡を取り始める。
「私だ。あれの開発を急げ。半年で完成させよ。なに?開発費が足らんだと?いくら使っても構わん、国庫からいくらでも出してやる。しかし必ず間に合わせよ。よいな?」
皇帝はそそくさと通話を終えると、窓の外に視線を移す。
「好きにはさせんぞ……解放軍とやら。帝国の力を思い知るがいい」
皇帝は嫌らしい表情を浮かべ、いずれ相まみえる解放軍を想像しクツクツと笑う。
――コンコン。
ふと、皇帝の私室のドアがノックされる。
返事もせぬまま一人の男が一礼し入ってきた。
「失礼いたします」
「ゴルドー、何の用だ。お前に命じているのはアリスの監視のはずだが?」
その男は片目に大きな刀傷があり、筋肉質な身体をしていた。
「陛下のお耳に入れたいことが……」
「手早く済ませよ」
「はっ。アリス殿下が私設軍隊を設立いたしました」
ゴルドーは皇帝の右腕であり現体制を変えようとしているアリスを見張らせていた。
あまりに度が過ぎるようであれば気絶でもさせて地下に幽閉しておくことも視野にいれていたのだ。
「私設軍隊か……規模は」
「今のところは百人程度です」
「ふむ……様子見しておけ。数が増えすぎるようであれば謀反の兆しありと判断し捕縛せよ」
「はっ。ただアリス殿下を捕まえた場合味方する貴族が黙ってはいないかと」
「ふん。所詮は烏合の衆だ、捨て置け」
「畏まりました」
実のところ、父親としてアリスの身は案じているが、現体制を変えようとしているのはいい気分ではない。
そもそも今の帝国を作り上げたのは皇帝である。
自身の施策が気に入らないと真っ向から言われている気がして苛立ちを覚えていた。
「お転婆がすぎるなアリス……あまり派手に動かれれば余も動かざるを得んぞ」
「アリス殿下は悪事を働く貴族を片っ端から捕まえているようでして、一部の貴族が殺害計画まで立てているようです」
「確かに気持ちは分からんでもないがあれは余の娘だ。ふざけた真似をしようとする奴がいれば葬れ」
「はっ。それではまた任務に戻ります」
ゴルドーは皇帝の右腕であり、帝国の闇でもあり、アリスの護衛でもある。
腕が立ち生半可な者ではアリスに傷一つつけることは叶わないとまで恐れられていた。
エルが帝国最強でゴルドーは二番目に位置する実力者。
本当ならば自分の守りに就かせておきたいところだが、アリスから目を離すのはリスクが高い。
その為皇帝の側付きは序列でいえば三位の騎士が受け持っていた。
「帝国解放軍か……現体制に物申したい者の集まり、か。つまるところ下級国民の寄り合い……余に逆らったことを後悔させてやるぞ」
皇帝は暗い表情で、また窓の外へと視線を移した。
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