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第十九話 作戦開始

城塞都市ガブラン。

全員が定位置につくと同時に狼煙が上がった。

帝国軍が現れた合図でもある。


街の防衛はほぼ固定砲台頼りで住民の殆どが避難所へと詰め込まれていた。


「壮観な光景だな」

「……うむ」

ガブランを背に帝国軍と向かい合う形で立ち塞がるのは僕とドライ。

左右に別れた部隊は既に見えない距離で待機していた。

万が一にも帝国軍が突撃を敢行した場合はネウロが張り巡らせた罠が起動する。


ラースは戦闘能力が皆無のため、都市内に留まっている。

多分城壁あたりから戦場を俯瞰的に見ているだろう。


帝国軍は見えた、とはいえまだ相当な距離があった。

少なくとも固定砲台が絶対に届かない距離。


「緊張してきたな……」

「……安心しろ。何かあれば俺が能力を使う」

ドライの不完全な盾(セカンドシールド)は二秒というごく限られた時間だけだが、無敵の防御力を誇る。

エル・トランセッドが長距離から攻撃してきても防ぐことができる。



僕の手は汗でびっしょりと濡れていた。

ドライは無言で突っ立っていて緊張の色は見えない。


「緊張してないのか?」

「……していないといえば嘘になる。うまくいってくれと祈るばかりだな」

「まあそうだな……ここが正念場だ。帝国最強の男、エル・トランセッドさえ討ち取れば勝ったようなものだろ」

「ああ、少なくとも敵は動揺するだろう。しかし奴がそう簡単にくたばるとは思えん」

帝国最強の名は伊達ではない。

エルの偉業は誰もが知っている。

千を超える魔物を一人で止めたとか街を一撃で灰に変えただとか。

もはや伝説と化しているものだってある。


流石に全てが本当だとは思わないが、その半分だけでも十分脅威には変わりない。


「む……きたぞ」

帝国軍を率いる先頭の群れの中にエルらしき人物が見えた。

真っ白な馬に跨りローブを羽織っていて手には何も持っていない。


「あの先頭の男がエル、か?」

「恐らく……一人だけ馬の色も違うな」

先頭集団の中でも真っ白の目立つ馬に乗るなんて普通は考えられない。

エルが普通でないからだろう。


僕らを見たエルは指揮官らしき人物を引き連れて二人でこちらへと歩み寄ってくる。

お互い相手の顔が視認できる距離まで来ると止まった。


「お前たちは……解放軍のリーダーか?」

「そうだ。僕はカイ、こっちはドライだ」

「ふむ……リーダーはお前だな?」

エルは僕を見てリーダーだと言い当てた。

普通なら背も高く歳も僕より上であるドライがリーダーだと思えるはずだが、エルの勘は鋭いのかもしれない。


「私はエル・トランセッド。こっちは今回の戦いで指揮を執る男だ。それで?旗を振っていたのはどういう了見か答えてもらおう」

エルの言うように僕らは大きな旗を振っていた。

もしかしたらエルが近づいてくるかもしれないと考えての行動だったが案外正解だったようだ。

というのも帝国軍が立ち止まった場所からだと僕らは辛うじて見える距離だった。

旗を振っていなければそのまま攻撃されていたかもしれない。


「戦いの前にはこういった口上をやるんだろ?あんたら帝国軍はいつもそうやってるって聞いたぞ」

「ほう……?騎士道に準ずると?ならば学園都市リューンを人質にとったのは騎士道に反していないのか?」

「人質?何の話か分からないな。とにかく僕から言えるのは今すぐ軍を引き揚げろということだ」

「クククッ……帝国に反旗を翻したお前達を見逃せと?笑わせてくれる。そうだな……私がこれから能力を使う。その後生きていられたなら考えてやってもいい」

大した自信だ。

まあ今まで一度も負けたことがなければ僕もエルのような態度を見せていたかもしれない。


「僕が何もせずただ突っ立ったままだと思うのか?」

「ふむ……なにかするつもりか?ならやってみるといい」

「じゃあ期待に応えてやるよ!60秒の支配者(リトルドミネーター)!」

刹那、そよ風すらも止まり静寂に包まれる。

もう慣れた感覚だ。

今この時この瞬間は僕だけが動くことのできる世界。


隠し持っていたナイフを握り締めると僕はそのままエルへと近づく。


どれだけ最強と言われていても時間さえ止まってしまえばこっちのもんだ。

帝国最強であろうと一人の人間には違いない。


刃をエルの首に当てめをジッと見つめる。

エルの焦点は今の僕に当たってはいない。

さっきまで僕がいたところを見つめていた。


「あばよ帝国最強。能力を使う前に殺してしまえばアンタも雑兵の一人に過ぎない」

首を撫でるようにナイフを横へとスライドさせると、半歩後ろにいる指揮官とやらへと目を向ける。

これで終わりだ。

帝国最強の男も呆気ないものだ。


エルにやったのと同じように指揮官の男の首をナイフで撫でると、その足で元いた位置へと戻る。

当初の予定ではこのまま前衛にいる精鋭達を殺していくつもりだったが、エルが目の前まできてくれたことでその手間は省かれた。



ドライと並ぶように立つと指を鳴らす。

瞬間音が、風が、声が僕の耳を揺らした。


目の前に佇むエルの首からは鮮血が舞い、その横にいる指揮官の男もまた赤い雨を降らせる。


二人は未だ首を切られたことに気づいていないのか、表情は変わらないままだ。


二秒三秒と時が経つにつれエルの表情は歪み指揮官の男が狼狽える。


「なっ――にが……」

エルは言葉がうまく紡げない。

空気が切り裂かれた喉から漏れ出るせいで、まともに声が出せないようだ。


「血ガッ――」

指揮官の男は両手で首元を抑えるが何の意味も成さない。

噴き出す血の雨は留まることを知らず二人の足元を真っ赤に染めていく。


「何を……した……」

エルも両手で首元を抑えているが、指の隙間から血が零れ落ちていた。

何をされたかなど理解できやしないはずだ。

瞬きしたと同時に首から血が噴き出ているのだから。


「きさ……まぁ……」

「呆気ないな。帝国最強だったか?そんな肩書き僕の前では何の意味のない」

「なぜ……いつの、間に」

「さぁな。教えてやる義理はない。アンタに恨みはないが敵対したのが運の尽きだ」

エルは両膝を突くと血溜まりの中へと倒れ込んだ。

遠くで見ている帝国軍も何が起きたか分かっていないのかざわつき始めていた。



さてと、これで最大の障害は排除できた。

まだまだ帝国軍の数は多い。

脅威には変わりないが帝国最強と呼ばれたエルを殺した頃で幾分か気持ちが楽になっている。


指揮系統はもはや混乱しているだろう。

今こそ勝機。


「ドライ、後は頼んだ」

「分かった」

短くやり取りを交わし僕は二度目の能力を使った。


即座に走り出し帝国軍の隊長格と思われる風貌をした兵士の首を次々ナイフで切りつけていく。


数十人近い兵士を殺したところで時は動き出した。

そして三度目の能力行使。


殆ど作業に近い。

数千もの兵士の数からいえば僕が殺した数など大した人数ではない。

しかし殺しているのは全て隊長格。

つまり、指揮系統は完全に瓦解する。


四度目の行使であらかた目に付く隊長格を殺したところで反転し元いた場所へと駆け出した。


一度に四回もの能力行使はやり過ぎたかもな。

このまま時が動き出せばあとは合図を送って挟撃する。


帝国軍の大部隊はここらで退場してもらう。

兵士らにも家族はいたかもしれない。

恨みはない。

ただ敵として立ち塞がる以上殺す以外に手はなかった。



「ドライ!戻るぞ!」

「む……もう終わった、のか?」

「ああ!隊長格は殆ど死んだ!帝国軍は今今頃慌てふためいているだろうさ!さっさとガブランに戻ろう!」

ドライの脇を通り抜け、そのままガブランまで走る。

都市内に入ったら僕の役目は終わり。

そのはずだった。


突如けたたましい音が響き渡り咄嗟に僕の足は止まった。


「何が――」

何が起きた。

そう言いかけた僕は固まった。


視線の先には襟を真っ赤に染めたエルがこちらに手を向けて立っていた。

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