第十四話 帝国の魔女
ネウロを一人にさせるわけにはいかないと念の為僕が付き添いながら馬車へと乗り込んだ。
ガブランは帝国内でも大きな街だ。
馬車で街の外周を一周するだけで数時間を要する。
「貴方も着いてきたの?リーダーなら他にすることがあるんじゃなくて?」
「流石にアンタを一人にはできないだろ。嘘はついていないようだが、僕らも言葉だけで信じ切ることはできない」
「そう。ならしっかりその目で見ておきなさい」
ネウロはそれだけ言うと黙り込んだ。
馬車である地点までくるとネウロが止めるよう催促する。
御者に伝え停めてもらうとネウロはさっさと降りて両手を空へと掲げた。
「魔法は全て我が手中」
地面に色とりどりの魔法陣がいくつも現れ、また消えていく。
「はい、終わり。次の場所に行くわよ」
「え?もう終わりなのか?」
「ええ。遅延型の魔法陣を設置しておいたから。あとはタイミングを見て発動するか、帝国軍が足を踏み入れた瞬間発動するわ」
信じがたいが本当に今の一瞬で設置したのだろうか。
俺にはただ複数の魔法陣が出てきて消えただけに見えた。
「その顔信じてないわね。じゃあそこに石を投げてみなさい」
「こうか?」
ネウロの指差す方向に、俺は足元の石を拾って投げた。
刹那、爆発音と共に石が粉々に砕け散った。
「うおお!?」
「ほらね?言ったでしょう。今のは魔法陣に入った瞬間に発動する起動遅延型の魔法陣ね」
「な。何なんだ今の」
「エアボムよ。空気を圧縮させて……って説明しても理解できないでしょう」
ネウロの言葉に俺は首を縦に振る。
あんなものがたった数秒で設置できるのか。
改めてネウロの凄さに度肝を抜かれた。
帝国の魔女と名高い彼女だが、その名に恥じない実力は備えているようだ。
「これで信じた?」
「……ああ」
「じゃあ次に行きましょ」
またネウロと共に馬車へ乗り込む。
このペースなら一日とかからず魔法陣の設置が終わりそうだ。
それにしてもさっきは驚いたな。
流石にあれは帝国軍に同情してしまう。
何も無い地面を踏んだ瞬間爆発するんだから、対処のしようがない。
石が粉々になるくらいだ。
足の一本や二本吹き飛ぶだろう。
「なに?」
僕が帝国軍が吹っ飛ぶ瞬間を想像していると。ネウロが話しかけてくる。
「いや……帝国軍に同情するなって思って」
「そう?あなた、帝国解放軍のリーダーなんでしょ?なぜ敵に同情するの?」
「僕が憎んでいるのは帝国の体制だ。ただの一兵士に恨みはない」
そう、帝国を変えたいという思いから解放軍を名乗っている。
ただ、戦場に立たされるだけの兵士に恨みなんてない。
ネウロが僕の言葉に目を細めた。
「甘いわね。そんなんじゃ帝国を変えるなんて無謀よ」
「何故そう言い切れる」
「帝国はあなたたちに同情はしない。それどころか街ごと潰そうとしている連中よ?情なんてものは一切持ち合わせてないわ」
案外ネウロの方が辛辣だった。
帝国に嫌な思いでもありそうな雰囲気だ。
「その甘い考えはさっさと捨て去ることね。覚悟を決めたのなら真っ向からぶつかりなさい」
「ああ、分かってる」
「帝国の闇はあなたが思っているより深いわよ」
その後も様々な場所で魔法陣を設置していく。
僕はネウロの言った帝国の闇という言葉がずっと頭の隅にこびりついて離れなかった。
「ふぅ、これで最後ね」
日も落ちてきた頃、ようやくネウロが最後の場所に魔法陣の設置を終えた。
城塞都市ガブランを囲うように設置されたその罠はそう簡単に突破されないだろう。
「あくまでこれは時間稼ぎにしかならないわ」
「いや、それでもありがたい。正直僕らの戦力は少ない。帝国が本気を出せば数万の軍を動かせるんだろ?そうなれば僕らは終わりだ」
「まあ今回は数千ってところでしょう。流石に帝国軍本隊を動かすことはないわ」
「それだけ舐められてるってことか?」
「まあそれもあるでしょうけど、一番の理由はエルの参戦でしょうね」
エル・トランセッド一人で数万の軍に匹敵する。
ネウロがいなければ確実にここで僕らの夢は潰えていただろう。
「アタクシがいなかったらあなた達終わってたでしょうね」
ネウロも理解している。
帝国解放軍の弱点を。
個の力は確かに強大だ。
ただし人数があまりにも少ない。
大軍とぶつかればひとたまりもない。
「言っておくけど脅威はエルだけじゃないわ。あっちにも能力者は沢山いる。多分だけど帝国軍の部隊長はみんな能力者よ」
「まあその辺りはなんとかする」
「あなたの力で?」
「ああ」
ネウロは鼻で笑う。
「フフッあなた一人では何もできないわ。アタクシですら反応できない能力というのは脅威かもしれないけれど、その力で何人の兵士を倒せるの?十人?百人?相手は万の軍勢なのよ。たった一人では戦況は変えられないの」
「分かっている!」
「なら何も言わないわ。でも覚えておくことね。切り札だからといって過信しすぎれば解放軍は崩壊する。さ、着いたわね」
気づけば馬車は城の前へと到着していた。
ネウロの言葉一つ一つが頭の中を巡る。
彼女の言うように、僕一人で倒せる数なんてしれている。
合計で五分程度しか時間を止められないし、その時間で一体どれだけの敵を倒せるのか。
一人ずつナイフで首を掻っ切っていっても百人ちょっと。
よくて二百人ってところだ。
何万という帝国軍の母数からしてみれば二百人など焼け石に水でしかない。
もう少し戦力の増強が最優先事項だ。
執務室の扉を開けるとドライとラピスが難しい表情で地図に視線を落としていた。
「どうしたんだ?こんな遅くまで」
もう外は暗い。
夜にも関わらず二人はこんな時間まで作戦会議していたのだろうか。
「む、カイ終わったのか」
「ああ。ネウロはさっき部屋に戻った。部屋の前には監視を二人つけているから問題はないと思う」
「そうか……さきほど仲間集めのために外に出ていたグループが戻って来た」
それは喜ばしいことなのではないだろうか。
しかしドライの表情は固い。
「帝国軍の総数が分かった」
「そうなのか。どれくらいだ?二千か三千か?」
「……八千の軍を動かすらしい」
「八千!?」
とんでもない数に僕も呆気にとられた。
帝国は本気で僕らを潰すつもりだ。
「こっちはどれだけかき集めても千五百といったところかしら」
「二千はおらんな」
二人が難しい表情で唸っていたのも納得がいく。
ネウロの罠があるといっても数が多すぎて半分も減らせないかもしれない。
いや待てよ。
それだけの軍を維持するには指揮官が必要になる。
つまり頭を叩けば敵は勝手に自滅するはずだ。
「僕にいい考えがある」
「だめよ」
ラピスに即拒否された。
「なんでだよ!」
「どうせあれでしょ?その力を使って敵の大将の首をとれば士気が落ちるから、とかそんな内容でしょ?」
「それの何がダメなんだよ」
「あなたしかできないからよ」
僕の力は唯一無二。
解放軍としても絶対に手放せない能力者というのは理解している。
ただ僕だってそう簡単にやられるつもりはない。
「あなたは解放軍のリーダーよ。頭を失えば自滅する。それは私たちにもいえる話ね」
「……そうだが。他に方法があるのか?」
「それを考えているところよ」
ラピスはそう言いながらまた地図に視線を落とす。
もう時間に余裕はない。
明日には帝国軍が攻めてくる。
「頼る相手がいない……か」
「ネウロを引き込めただけでも御の字ね。誰か戦略家みたいな人がいればいいけれど」
ラピスの言うように僕らの軍には参謀がいない。
今まではアッシュがリーダー兼参謀役を務めていた。
彼がいなくなった今、策を練る者がいない。
「ネウロに聞いてみる」
「あの女に?今は味方をしてくれてるけど、あの女は敵なのよ?」
「他に頼れないんだから仕方ないだろ」
それだけ言うと俺はネウロの部屋へと足を向けた。
帝国の魔女なら知り合いも多いはず。
淡い期待を胸に僕はネウロの部屋の扉を叩いた。
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