第十二話 強力な協力者
夜、僕は黒いマントを羽織って馬に跨ると広場の真ん中へと急いだ。
目指すは学園都市リューンだ。
馬で駆ければ三日以上かかるが仲間の一人が特別な能力を持っている。
その者が広場で待機しており、僕は万全の準備を整えてその場へと向かう。
「遅いですよカイさん」
「悪い、準備に手間取った」
彼女が眼鏡を指で持ち上げギロッと睨んでくる。
長い髪に眼鏡というおよそ戦場には似つかない格好だ。
彼女は基本前線へは出ない。
というのも戦闘向きの能力ではないからだ。
「ココアさん、頼む」
「分かりました。生きて戻ってきてください」
ココアの持つ能力はたった一人だけを目的の場所へと瞬間移動させる事のできる特異な能力。
それだけ聞けば僕のような唯一無二の能力に思えるかもしれないが、移動させられるのはたった一人だけだ。
どれだけ強力な能力を保持していたとしても一人だけではできることもたかが知れている。
それに一人を移動させるとその日はもう能力が使えないほどの燃費の悪さ。
「一匹狼」
その言葉と共に僕の視界は暗転した。
次に目を開くと遠くの方に学園都市が見える位置まで移動していた。
「流石はココアさん……助かる」
誰に聞かせるでもなく独りごつ。
学園都市リューンが見える位置まで馬で来ようと思うと最短で三日だろう。
それを一瞬で移動させられるのだから解放軍になくてはならない存在だ。
後は僕の仕事だ。
フードを深く被り夜が明ける前に到着できるよう馬で駆け抜けた。
学園都市リューンを囲う外壁の高さはガブランほどではなかった。
学生が多く滞在しているこの都市はそもそも外部から狙われる事が少ない。
それに帝都が近いこともあり、他国が攻めてくるというのも考えにくい。
よって外壁はそこまで高くする必要はないと判断したようだ。
僕からしてみればとても助かる構造をしている。
近くまで来ると尚更楽勝に思えてきた。
外壁の高さは大人二人分といったところで、よじ登ろうと思えば容易い。
警備の目が怖くて念の為少しだけ時間を止め都市の中へと入り込むと夜中というのも相まって静まり返っていた。
街並みは学園都市というに相応しく大きな建物が多い。
白を基調としているのかド派手な色合いの建物は一切見つからなかった。
舗装された道を歩く事数分。
人っ子一人いない、というわけでもなくたまに住人と思わしき学生の姿を見かけた。
僕は今普通の格好に着替えていて目立つような服装ではない。
そのお陰でちらほらと見かける学生にも不審に思われずに街の中を歩けていた。
領主であるネウロの住まいは何処にあるのか、探し歩くこと数十分。
やっと見つけたその建物は御屋敷というにはまたちょっと違い、城というには小さくどちらかといえば大型の研究施設のような外観だった。
流石に領主が住んでいる建物だからか門のところには警備の者が二人と建物の周りを巡回している兵士が数人いた。
彼らに見つからないよう入り込むのは時を止める必要がある。
近くの建物の影で様子を伺いながら小さく指を鳴らした。
音が消え去ると同時に地面を強く踏み込み一気に駆け出した。
時間は六十秒しかない。
回数としてはまだまだ余裕はあるがネウロを連れて帰る為に最低でも六十秒を三回は残しておきたい。
街の外にさえ出てしまえばこっちのものだ。
ネウロの持つ魔法でガブランまで帰還する。
どうせ飛行魔法とかそういった類の魔法が使えるはずだ。それなら三日後に間に合う。
ネウロのいるであろう場所は大体検討がつく。
領主は大抵最上階に住んでいる。
窓から街を一望できるのが理由だろう。
階段を駆け上がり最上階である五階へと辿り着いた時に丁度時間が動き出した。
息切れも激しいがここからは隠密が重要だ。
足音を立てないようネウロがいるであろう部屋を探していく。
いくつもの扉が見つかったがその中でも一際装飾が豪華な扉があった。
恐らくここだろうと当たりをつけて、指を鳴らす。
時が止まったのを確認すると扉を開いた。
中には執務机に向かって何やら書類を見つめている一人の妖艶な女性がいた。
彼女こそネウロ・ランパネス本人だとすぐに分かった。
見た目もさることながら異様な雰囲気を纏っていて魔女と称されるに相応しい出で立ちだった。
時を動かすとナイフを彼女の首元へと沿わせる。
「喋るな」
「ッッッ!?」
突然部屋の中に現れた男がナイフを持って脅してくる。
そんな状況自分であっても心臓が止まるほど驚くだろう。
ネウロは静かに小さく頷く。
「アンタがネウロ・ランパネスだな?」
「…………」
「喋っていい。ただし、大声を出せば殺す」
「……ええ、そうよ。貴方は誰なのかしら?いえ、それよりもどうやってアタクシに気づかせずに入室できたの?」
「質問が多いな。まず僕の身元を明かす。もし変な動きを見せたら今のようにお前が気づく前に喉を掻っ切るからな」
散々脅しナイフを仕舞うとネウロはホッとため息を付いていた。
ネウロの前に回り込みソファに腰掛けると僕は身元を明かした。
「帝国解放軍のリーダーがこんな事をするなんて、どういうつもりなのかしら?ここは学園都市よ。貴方達にとって取るに足らない都市でしょう」
「いいや、目的は都市じゃない。アンタの力を借りたい」
「へぇ……その理由は?」
「三日後、帝国軍が攻めてくる。城塞都市ガブランの奪還、ではなく殲滅するらしい」
「住人もろともかしら?」
「恐らく。帝国最強の男も出張ってくるそうだ」
その言葉にネウロの眉がへの字に曲がる。
「アイツが出てくるのね。それならその言葉本当かも知れないわ」
「だからアンタの力を借りたいんだ」
「アタクシのメリットは?」
「この街には一切手出ししないと約束する。さっきので分かっただろ?僕はアンタにすら気づかせずに街に入り込める。爆弾を仕掛けるなんて簡単なものさ」
ネウロの顔は険しくなる。
想定される被害や対抗策をいくつも考えているのだろうが、どう足掻いても時を止めてしまえば何もできることなどない。
そもそも未だネウロは僕がどうやって気づかぬ内に懐へと入り込んだのか理解できていない。
「アタクシの領民を盾に力を貸して欲しいだなんて……なかなかえげつない事をしてくれるわね。アタクシには断る選択肢がないわ。貴方の能力が分かればまだ対抗策も取れるけれど……」
「悪いがそこまで教えてやる義理はない。さあ、選んでくれ。断るなら学園都市は見るも無惨な光景へと変わる」
ネウロはかなり悩んでいたが、ため息をついて諦めたような表情を浮かべた。
「ハァ……分かったわ。アタクシの領民の命には代えられませんもの。それで?アタクシに何をして欲しいのかしら?」
「いい返事をありがとう。アンタには帝国最強の男とやらを止めてほしいんだ」
ネウロの表情は固い。
魔女と称される彼女ですらも厳しい相手なのだろうか。
「なかなか厳しい事を仰るのね……エル・トランセッドは帝国最強と言われるに相応しい力を持っているのよ?」
「僕はあまりそのエルってやつの事を知らないんだ。そんなにやばいやつなのか?」
「城塞都市ガブランを一撃で葬り去れるくらいにはね」
ガブランは強固な要塞みたいなものだ。
それを一撃で吹き飛ばすなんてどんな能力を持っているのか。
「まあいい、とにかくアンタにはエルってやつの攻撃を防いでほしい」
「なかなか無茶な要求ね……でも領民の命には代えられないし……いいでしょう。ただし相殺できるかは分からないわよ?アタクシも自分の能力に自信はあるけれどあの男は格が違うのよ」
ネウロによるとその男は帝国最強になるべくしてなった能力を保持しているそうだ。
「とにかく今からガブランへと戻る。飛行魔法とかで連れて帰って欲しい」
「ええ?脅してきたくせにそういう所はがめついのね……」
「悪い。僕の能力は移動することに長けたものじゃないんでな」
「はぁ……まあいいわ。じゃあ行くわよ」
呆れたネウロに手を掴まれると視界は突如変わり学園都市の外にいた。
「転移魔法だと!」
「いいえ違うわ。これはテレポートって魔法ね。自分の知っている場所でかつ十キロ以内なら瞬時に移動できるのよ」
「それを転移って言うんじゃないのか」
「転移は別格の能力ね。距離関係なく飛べるんだから。さあ、行くわよ」
またネウロに手を掴まれ僕は空を飛んだ。
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